2006 年4月の亀井先生とのやりとり

> 先日前々回に登場した複視の患者さんと最近とても体調がいいですね

亀井道場という場の力をつくづく感じます。私が言ったことというより、あの場で、道場に来ている人達の気持ちが、私の口を使って言わせたこと、そして言語 ばかりでなく、視線、表情、身振り手振り、総動員して、もっといいプレーがしたいという、強い気持ち、集中力を思い出します。芸人とか、プロスポーツ選手 の気持ちがとてもよくわかるのです。Lecture is a show. いい言葉です。

> 前回の時ご報告した脳幹梗塞(橋の梗塞でした)の患者さんが退院してこられま
> した。担当した神経内科医が脳幹梗塞の可能性にまで言及した開業医ははじめて
> だと感心していたそうです。

本来は、別に感心されるほどのことではないのですけれどね。神経学は、臨床を知る便利な道具に過ぎません。私はその道具の使い方を伝える度に、道場のみな さんから新たな使い道を提案してもらって、次の機会に、新しい使い方をまた伝えているに過ぎません。

典型的な職人気質だった私の師匠は、病歴と診察だけでわかる という意味で、”臨床的にわかる”と、よく表現していました。私は、当初、検査所見を含めて 総合的に判断するのが我々臨床医の仕事だから、病歴と診察だけを取り出して、”臨床”というのはおかしいと、入局当初思ったのですが、彼にとって、臨床と は、それこそ”ベッドサイド”で得られるものに限定した意味だったのです。

本当に素晴らしいもの、面白いもので、そしてそれが患者さんの役に立つものだったら、是非とも人に教えてあげたいと思うはずです。臨床医なら誰でも、臨 床、つまり病歴と診察を理解できるはずなのに、もしそれが伝わらないとすれば、伝えられる方に問題があるのではなく、伝える方に問題がある。そこで、伝え るにはどうするかを工夫し、実際に行動に移せば、その成果が生まれるのを見る喜びを感じることができる。自分たちの面接・診察技術が、何か特別な、高級な もので、他の人たちには会得できないものだと信じているうちは、まだまだ神経学の本当の面白さがわかっていないことになります。

亀井道場のような素晴らしい環境に恵まれない勤務医であっても、たとえば職場の看護師に、面接技術を伝えることができる。病棟で、外来で、看護師が伸びて くれれば、自分の仕事の能率も危機管理能力も向上します。

> ところでこの患者さん、今は右下肢の筋力低下、左顔面神経麻痺軽度

橋底下部外側症候群(Millard-Gubler)(この場合病変は左側)とかなと思います.名前は有名ですが,
神経内科医でも滅多に見ません.とくに腫瘍が原因のことが多く,血管障害は稀と,平山恵造先生の本
に書いてありました.顔面神経麻痺は末梢性(脳内の神経根が梗塞に陥る)のはずで,そうすると顔面
神経麻痺自体は明らかなはずなのですが・・・難しいですね.

> 左回内回外がうまくいきませんが(左利
> き)これは麻痺のせいか小脳症状か?です。

左の中小脳脚にまで梗塞が及んでいると考えます.

> ただこの患者さんがそれ以来尿意、便意がわからなくなったそうです。排尿、排
> 便はできるとのことですが、知らぬ間に排尿してしまうのでおむつが必要になっ
> たとのことです。これも橋の梗塞で説明がつくのでしょうか?(脊髄視床路の障
> 害による膀胱充満感の欠如?)

私もそのぐらいしか説明が思いつきません.多くの膀胱直腸障害は,神経内科医が最も苦手とする症候です.

先生とのやりとりは,神経内科専門医の間のカンファランスのレベルになりました.何しろ私が平山先生の教科書をあっちこっちひっくり返しながら回答してい るのですから.(決して皮肉ではありません.おろそかにしていたことを勉強しなおすいい機会だと思っています).紹介先の神経内科医が驚くのも無理はあり ません.

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