インフォデミックという名の人災
―忘れた頃にやってきた自殺者の増加
「COVID-19は季節性インフルエンザなど足下にも及ばない恐怖の感染症である」。そんなでっち上げは人災に決まっているのに、どんな天災でもいつも 決まって「人災」と騒ぎ立て、「犯人捜し」に血道を上げる連中が、今度ばかりは絶対に人災だと言わない。それは彼らがでっち上げの張本人に他ならないから だ。

2019年1月場所は連日満員御礼だった

あなたはCOVID-19の流行をどう評価するだろうか?悲劇だったと思うだろうか?だったらどの程度の悲劇だったと思うだろうか?日本国内で40万人近くが死んだスペイン風邪にも優るとも劣らない悲劇だと思うだろうか?おそらく今は(私がこの記事を書いている2020年9月12日)そうは思っていないだろう。

しかし、数ヶ月前に「COVID-19で42万もの日本人が死ぬ」と高名な数理疫学者が記者会見で公言した時はどうだったろうか。自分がどれほど動揺したか、覚えているだろうか?百歩譲ってその時は「何を馬鹿なこと言ってやがる」と思ったとしても、「ロック・ダウン」という言葉を初めて聞いたときはどうだったろうか?福島第一原発爆発後の計画停電を思い起こさなかっただろうか?

では、今はCOVI-19はどの程度の悲劇だと思うだろうか?日本国内で3571人もの死者を出した2018-19年の季節性インフルエンザを上回る悲劇だと思うだろうか?そう問われるとあなたは逡巡するかもしれない、何しろCOVID-19による死者数は2020年9月12日現在、3571人の4割の,1411名なのだから。ではなぜあなたは,COVID-19の脅威は季節性インフルエンザよりも4割程度であると判断できないのだろうか?他の人間なんかどうでもいい。あなた自身がそう言い切れないのはなぜなのだろうか?

COVID-19による死者数はでっち上げであり、実際には、高名な数理疫学者が記者会見で公言した通り、42万人もの日本人が死んでいるはずだと思うからだろうか?おそらくそうではないだろう。ではなぜ、COVID-19の脅威は季節性インフルエンザよりも4割程度であると判断できないのだろうか?

あなたは、2019年の大相撲初場所で、関脇の玉鷲が13勝2敗で初優勝したことは覚えていないかもしれない。でもあなたが逡巡するのは、自分の記憶力が低下したと考えるからではない。2019年1月1ヶ月だけで季節性インフルエンザで1685人もの死者数が出ていたにもかかわらず、両国国技館には連日満員御礼の垂れ幕が下がっていた(ここでは日本相撲協会が観客動員数を公開もせずに満員御礼の垂れ幕を連日垂れ流しているという事実を論ずることはしない)。

ところが、2020年の5月場所は中止になった。4月27日の番付発表の時点では、COVID-19による累計死者数は351人だったにもかかわらずである。ではなぜ、あなたは「COVID-19の脅威は季節性インフルエンザよりもはるかに小さいのに、大相撲が中止になるのはおかしい」と考えないのだろうか。他の人間なんかどうでもいい。あなた自身がそう考えられないのはなぜなのだろうか?たとえあなたが、横綱の名前は白鵬しか知らないにしてもだ。

全てはでっち上げだった人災としてのインフォデミック
そう、2020年の大相撲5月場所が中止になったのは、COVID-19による死者数が甚大だったからではない。「COVID-19はインフルエンザなど比べものにならない。100年前に世界中で5000万人もの人間を殺したスペイン風邪と同じぐらい恐ろしい流行病である。それゆえ人類の英知を集め、一致団結して100年前と同様に、マスク、手洗い、握手の禁止、ハンドドライヤーの使用禁止、ドアノブの清掃、キーボードの消毒といった、エビデンスのかけらもないおまじないの数々で、この人類最大の危機を乗り切ろう.大相撲中止は当然だ.国技さえ中止せざるを得ないのだから,プロ・アマ問わず,他の運動競技試合も全て中止せよ.まして況んや芸能・娯楽なんぞで人が集まるなど言語道断」 

そんな子供だましのデマに多くの人がひれ伏したからだ。それが「国民のたしなみ」とされたからだ。一方「自分はコロナのデマに飽き飽きした」と公言したり、ネット上に「季節性インフルエンザの死亡者数は3000人以上」としつこく書いたりする人間は、「非国民」扱いされたちょうど80年前に、「アメリカと戦争なんぞ馬鹿げている。勝てるわけがない」と公言した人間が刑務所送りになったように。ちょうど「北陵クリニック事件は全てでっち上げだ」と公言して憚らなかったムショ勤めの医者のように。

自殺者増加を無視する人災の張本人達
「COVID-19はスペイン風邪の再来である」とのデマを垂れ流したのは、もちろんSARS-CoV-2ではない。でっち上げの犯人はいつも人間である。その意味でCOVID-19は決して天災なんぞではない。人災である。 では犯人は誰なのか?それは騙されたと思う人自身が当事者意識を持って考えればいいことだ。自分は騙されたと思う人がいなければ、誰も責めを負うことはない。自分は騙されたと思う人がいても、その人に当事者意識が欠如していて、いつものように「マスコミが悪い」で思考停止していれば、誰も責めを負うことはない。ましてや裁判にかけられることなど金輪際ない。こうしてでっち上げの犯人達は安心してまた次のでっち上げに邁進していく。彼らは一切構わないだろう、今後どんなに自殺者が増加しようとも。

開戦前、国民は日本が朝鮮半島や満州に進出するのは当然の権利だと思っていた。メ ディア、といっても当時は主に新聞ですが、部数を上げたいから読者が喜びそうな記事を書く。世論が「軍は何をしてるんだ」と尻を叩いて戦争に突入していっ たという側面もある。ならば国民やメディアにも責任はあるだろうと。

そんな戦争責任を負った者のなかで、いちばん悪質だと思う者をあえて挙げるとすれ ば、それは新聞ジャーナリズムです。小林(注:英雄)の言う「利巧な奴」ですね。敗戦まであれだけ戦意を煽っておいて、敗戦と同時に凄まじい東條バッシン グ。あれはそうしなければ「お前たちこそ日本を戦争に誘導していったじゃないか」と自分に火の粉が降りかかってきたからでしょう。ナチスに協力したドイツ の新聞はすべて廃刊されていることと比較すると愕然とします。亀井宏 旧日本軍の将兵たちはあの戦争をどう振り返ったか

参考:そのものずばりの回答は,まだ見つかっていないようです.ご存じの方は私まで
レファレンス事例詳細(Detail of reference example)より
質問「国民はその程度に応じた政府をもつ」というような意味の言葉を述べたのは、どこの国の誰か。
回答:『世界名言事典』p460より、J・S・ミル(J.S.Mill:イギリス)「国家の価値は結局、それを構成する個人個人のそれである」。
『世界引用句事典』p251より、ダニエル・ウェブスター(アメリカ)「人民の政府は、…人民に適応するようにつくられる」。
以上、2人の言葉を紹介する

やっぱりあったタイムラグ:遅れてやってきた自殺者の増加
新型コロナ裁判−「スペイン風邪の再来」:でっち上げの原点−
やっぱりあったタイムラグ:遅れてやってきた自殺者の増加
デマは新聞が創る
敵前逃亡レース:散々アビガンを煽った挙げ句がこのザマだ
コロナのデマに飽きた人へ
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