特捜検事を騙した医師
ー脳梗塞を捏造した脳外科医:ロッキード事件は検察が政争の具として使われた結果に過ぎなかったー

科学・医学を使って脈の取り方一つ知らない検察官を騙すのはいとも簡単である.医療が関係する刑事事件における診断の捏造は、それほど珍しいものではない。下記の事例を見れば医者が特捜検事を騙すのは赤子の手をひねるより易しい.今回御紹介するのも,私が検察官に対する医学教育の必要性を痛感する典型事例の数々である.

2001年3月の東京女子医大事件で東京女子医大と元院長の東間紘氏は、人工心肺の操作が患者の死亡原因とする診断を捏造して佐藤一樹氏を刑務所送りにしようとした。(医師の名誉毀損裁判で和解成立、東京女子医大事件

私が検察から藪医者呼ばわりされているのも、橋本保彦が捏造した「筋弛緩剤中毒」という診断がその「根拠」となっている。

前世紀における診断の捏造で最も有名なのは、 古畑種基の鑑定だろう。古畑鑑定は狭義の臨床診断ではないが、法医鑑定は死因の診断であり、死亡に至るまでのプロセスを創作したという点で、立派な診断の捏造に相当する。

脳梗塞を捏造した脳外科医
一方、前世紀はもちろん、今世紀の社会にまで重大な影響を与えながらも、いまだに世間でほとんど知られていない診断の捏造もある。それがロッキード事件における最大の謎、児玉誉士夫の証人喚問回避の秘密である。ロッキード事件の時の児玉誉士夫の脳梗塞の診断は、1976年2月16日喜多村孝一(当時 東京女子医大脳神経外科教授)によって捏造されたものであった。以下、田中角栄、ロッキード事件40年後の「驚愕証言」(元参議院議員 平野貞夫氏)からの抜粋である
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オイルショックによる物価上昇や金脈政治批判を受け、田中内閣が総辞職に追い込まれてから1年2か月後の1976年2月5日。前日の米議会公聴会を受けて、朝日新聞が朝刊2面に、〈ロッキード社 丸紅・児玉氏への資金〉との見出しで、400字にも満たない小さな記事を掲載した。ロッキード社からの工作資金の流れには児玉、丸紅の2つのルートがあった。

第1は児玉誉士夫を通じて防衛庁に次期対潜戒機P3Cを売り込むルート。もうひとつは丸紅を通じて全日空に大型航空機トライスターを売り込むルートだった。政界への波及でいえば、第1の『児玉ルート』は元防衛庁長官で当時幹事長だった中曽根康弘につながり、第2の『丸紅ルート』は、丸紅の幹部、全日空、田中角栄の「刎頸(ふんけい)の友」だった国際興業グループ創始者・小佐野賢治、を通じて田中角栄につながるものだったが、流れた金の額もロッキード社にとっての重要性も、児玉ルートの方がはるかに上だった。

 当時、ロッキード社が流した対日工作資金約30億円(1000万ドル、当時のレートで円換算)のうち約21億円は児玉氏に秘密コンサルタント料として渡ったとされていた。にもかかわらず“本線”であるはずの児玉ルートは、事件発覚後すぐに、事実上、捜査の対象外になってしまった」(平野氏)。その理由は、児玉氏が脳塞の後遺症のために重度の意識障害を起こし、国会の証人喚問に応じることができないことだった。結果、東京地検の捜査対象は丸紅ルートに集中し、「角栄逮捕」の流れにつながっていく。

『新潮45』(2001年4月号)に掲載された記事で、児玉氏の主治医・喜多村孝一東京女子医大教授(当時、故人)の部下だった天野惠市氏(当時、同大助教授)の手記である。天野氏はその中で、国会医師団派遣直前の喜多村氏の行動を暴露した。記事には1976年2月16日の午前中、東京女子医大の脳神経センター外来診察室での出来事が克明に記されている。

〈立ったままの喜多村が、切り出した。「これから、児玉様のお宅へ行ってくる」 喜多村は、児玉を必ず、「児玉様」と呼んだ。〉

 天野が訝りつつその理由を聞いた後

〈「国会医師団が来ると児玉様は興奮して脳卒中を起こすかもしれないから、そうならないように注射を打ちに行く」

「何を注射するのですか」

「フェノバールとセルシンだ」

「先生、そんなことしたら、医師団が来ても患者は完全に眠り込んだ状態になっていて診察できないじゃないですか。そんな犯罪的な医療行為をしたらえらいことになりますよ、絶対やめてください」〉

 止める天野に対して喜多村は激怒し、看護師の持ってきた薬剤と注射器を往診カバンに詰めて出ていった。

 国会医師団が児玉を診察したのは、喜多村が児玉邸を訪れてから数時間後。そして喜多村が国会に提出していた診断書の通り、「重度の意識障害下」にあり、国会での証人喚問は不可能と判断されたのである。

もし児玉喚問が実現していたら、ロッキード事件は違った方向に展開していた可能性がある。丸紅を通じて角栄が受け取ったとされるのは5億円。一方、児玉ルートには21億円が流れたとされている。平野氏が続ける。「児玉氏の証言が得られなかったため、東京地検は狙いを田中さん一人に絞り、逮捕に全力を傾けた。もし当局が児玉ルートにも切り込んでいたら、ダメージを受けたのは中曽根氏だったはず。私は告発記事を読んだ後に天野医師と会って話したが、児玉氏の主治医だった喜多村氏は、その後、“中曽根氏の主治医”を名乗るようになったと証言している」

 事件発覚当時から、角栄の逮捕に至る流れは、政治的な思惑のある「国策捜査」ではないかとの指摘がされていた。米議会公聴会で疑惑が出た直後の1976年2月9日に当時の三木武夫・首相は、与党内に累が及ぶ疑惑であるにもかかわらず、「なすべきことは真相の究明」と言明。権力側が政界ルートの捜査を検察に促す“逆指揮権”が発動したともいわれた。そして結果として、三木首相と党内で対立する角栄に追及の矛先が向かった。その三木政権を幹事長として支えていたのが中曽根だった。
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喜多村と児玉の「縁
上記のより詳細な記述が,天野惠市 児玉誉士夫の口を封じた薬物注射にある.ネットで読めるのは,A5 8ページの紙の記事のうち1ページ半ほどだが,紙媒体の月刊日本 2016年 08月号では,注射以外のこともいろいろ書いてある.喜多村が児玉の主治医になった「御縁」は,政財界の要人をお客さんとしてたくさん抱えていた榊原仟(さかきばら しげる)が,児玉に頼み込んで暴力団がらみの喜多村の女性問題を解決してもらったことだったことや(下記),セスナ機特攻の問題にまで言及している.下記はほんの抜粋.
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喜多村には児玉から頼まれれば絶対に断れない理由がありました.喜多村は東京女子医大に主任教授として着任した直後,稲川会系の暴力団幹部の情婦とトラブルを起こしました.喜多村を採用した東京女子医大心臓外科の榊原仟(池田注:さかきばらしげる)教授もそのことで非常に頭を抱えていました」
その当時,榊原教授の外来患者の中に高血圧症の児玉がいました.榊原教授は日本を代表する心臓循環器の専門家だったため,政財界の要人達をたくさん診ていたのです.そこで,榊原教授は児玉に頼み,暴力団がらみの喜多村の女性問題を解決してもらったのです.喜多村が児玉の主治医になったのも,それがきっかけです.
なぜ私がこのことを知っているかと言うと,私の恩師である佐野圭司・東大脳神経外科初代教授の前夫人であった佐野寿満子さんから聞かされたためです.喜多村はもともと佐野教授のもとで助教授をしており,榊原教授が佐野教授に喜多村を女子医大の教授として迎えたいと言ってこられ,佐野教授が承諾して喜多村は女子医大教授に就任できたのです.そのため,喜多村が稲川会系暴力団の幹部の女に手を出して暴力団から脅かされトラブルを起こした際に,榊原教授は佐野教授に,困ったことになっている,いちおう報告しておきますと,佐野教授のところにお越しになったのです.
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下記も参考に
平野貞夫 田中角栄を葬ったのは誰だ K&Kプレス
ロッキード事件I…事件の風化と露出する真実
ロッキード事件J…中曽根幹事長の「陰謀」
平野貞夫 権力に屈した朝日新聞 朝日新聞はロッキード事件の真相を握り潰した

三井環さんは、「けもの道」は平成13年10月末、調活費問題の時から始まったようなことを言っているが、ロッキード事件そのものが「けもの道」だったことはご存じないのだろうか?
郷原信郎さんだって、この診断捏造事件を知っていれば、「ロッキード事件が日本海海戦でその後の特捜は大艦巨砲主義云々」なんて能天気なことは決して言えなかったはずである。

お二人とも、ロッキード事件は検察が「三木・中曽根ラインのパシリ」として政争の具に使われた結果であることを知らないとでも言うのだろうか?それとも今はもう知っているけど、OBだから古巣の恥は知らないふり?そんでもって「今でも検察を愛している」?ですか?市民はこうやって知っているというのに?あほくさ!

ロッキード事件で、検察が「三木・中曽根ラインのパシリ」として使われたことを知っている皆さんも、三木・中曽根ラインによる角栄追い落としというストーリーの方に気を取られて、喜多村孝一の果たした役割の重要性を置き去りにしてしまっているようだが、喜多村がいなければ、三木・中曽根が検察にやられてた。喜多村が三木・中曽根と結託して「うぶな」検察を騙した。喜多村なかりせば、三木(正確に言えば中曾根派だった稲葉修だが)が「逆指揮権発動」することもできなかった。偉いお医者様とはつくづく悪運が強いものだ。

→ 一般市民としての医師と法