病歴聴取の教え方

「問診は職人芸である」私はしばしばそう教えられた。でも本当にそうだろうか?それは教育の放棄ではないのか?自分が指導者から、患者さんからもらった知恵を次の世代に伝える。それが我々医師の使命ではないのか?

2017年2月26日に開催された21世紀適々斎塾で、山中克郎先生(諏訪中央病院)の症例呈示をお借りして、来院から身体診察に至るまでの医師の診断プロセスを解説した時の概要である。プロの取った病歴を含む症例呈示は、それだけで良質な教材として活用できる。

予診表確率を意識する:「携帯電話の使い方が分からなくなった62歳男性」
これだけで医師の頭の中では予診表確率が形成される。学生さんの学習は、医師の頭の中で言語化されない、暗黙知のプロセスを言語化することから始まる。具体的には、可能性の高い疾患を本命・対抗・その他の3つにして、それぞれ何パーセントかを記録し、なぜその確率になったのかを説明する。その他の疾患はもちろん複数でよいが、なぜその疾患を挙げたのか?つまり確率は低くても敢えて挙げたのは何故かを説明する。その他の疾患の中にはしばしば、確率は低いが絶対に見落としたくない疾患が含まれる。例えば心窩部痛が主訴だったら下壁梗塞と糖尿病性ケトアシドーシス検診で肝機能障害と指摘されたが主訴だったら甲状腺機能低下症というように、背後を固めてから、あるいは地雷が仕掛けてある場所をあらかじめ把握してから前へ出るイメージ。

こうして予診表確率を明示的に意識することによって、以後の病歴聴取・患者さんの観察・診察に対する「欲望」と「想像力」がいやが上にも高まる。この予診表段階での「わくわく・どきどき」感の醸成が、診断学教育の鍵である。

予診表確率は病歴聴取・観察重点項目形成に必須
そうやって予診表確率が明確になって初めて、では病歴で何を聞くのかが決まる。さらに同時に、患者さんの観察重点項目も決まってくる。同伴者の有無、歩きぶり、顔色、発汗の状態、声の調子・・・なじみの患者さんであれば、これらの項目が「いつもと違うかどうか」がその後の判断に重大な影響を及ぼす。予診表確率が明らかになった時点で診察重点項目もある程度決まってくるのだが、患者さんの様子は診察重点項目に重大な影響を与える。病歴聴取は音声言語による患者さんのメッセージを受け取ることであり、患者さんの様子の観察は、患者さんが無意識のうちに発する非言語性のメッセージを受け取ることである。 病歴聴取重点項目と観察重点項目を書き出し、それはなぜかを予診表確率で挙げた各疾患と関連付けて説明する。その後で初めてプロの病歴を見て、答合わせをする。

病歴の答え合わせと病歴後確率、そして予診表確率との比較
このプロの病歴聴取と、自分の病歴聴取と比較しながら、プロの病歴の各項目が、それぞれどういう疾患・病態をrule in/rule outするのに役立っているのかを考える。その後に初めて病歴後確率を書き出し、自分の予診表確率とどこがどう変わったのか、それはなぜかを説明する。
この場合、本命・対抗だけでなく、予診表確率でその他に分類してあった疾患群がどう消えていったのか?通常は、診察や検査よりも感度の高い病歴・観察の段階で除外できるはずの疾患が消えていないとしたらそれはなぜか?そもそも予診表確率で挙げる必要がなかったのではないか?といった点も必ず議論する。そうして診察の効率化と無駄な検査の芽を事前に摘む。

病歴後確率と診察重点項目
次ぎにようやく診察の重点項目に移る。必要な診察項目を挙げ、それはなぜ必要なのかを病歴後確率で挙げた各疾患と関連付けて説明する。こうして自分の判断に対して必ず「自分自身で!落とし前をつける」。それが診療科を問わず、医師が常に行っている訓練である。ただ、普段の診療ではこれらのプロセスが光の速さで通り過ぎるので、学生さんにはそれが見えない。そこを自転車並みの速度で再生し、学生さんと一緒に自分の診療を振り返る。それが万年研修医の醍醐味である。

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