在宅医療の倫理的な問題
三瀬村国民健康保険診療所 白浜雅司


1、はじめに
 この稿では、実際の在宅医療でよく遭遇する倫理的問題を含む事例を提示し、それらの事例の問題点と対応を考えていただきながら、在宅医療で問題となる倫理的課題について解説したい。この一文が、在宅医療のポジティブな面を最大に、ネガティブな面の最小に、患者・家族に最善の医療(ケア)を提供するきっかけになれば嬉しい。筆者は在宅医療を学ぶことは、より良い入院・外来医療を提供することにもつながると考えている。


2、在宅診療で出会う倫理的な事例
 まず、以下の3つの事例について、自分がそれぞれの患者の主治医であったとして、どのような倫理的な問題に気付き、どのように対応されるだろうか。


 事例1、65才男性Aさん。2年前に脳出血で右片麻痺になった患者。入院当初はリハビリにがんばっていたが、途中でやる気をなくし、1年前自立歩行などできないまま家に戻り、現在ベッド上だけの生活になっていた。最近ちょっとした動きでもの体が痛いと言う訴えがあり、体をふいてやろうとする家族に怒鳴る。血圧も高く、訪問した保健師のすすめで家族が診療所医師に往診を依頼したが、Aさんは非常に不機嫌で、医師に診察させようともせず、「こんな体で生きていてもつまらない。安楽死の薬を出してくれ。」と言われた。


 事例2、80歳男性Bさん。肝癌を伴う肝硬変で、最近、腹水がたまるようになった患者。通院していた診療所から後方病院に紹介され、入院して腹水を抜いて、一時的には、利尿剤、アルブミン製剤で、腹水を減らすことに成功したが、すぐまた腹水がたまる状態。患者の表情は暗く、食事も進まず、「このまま良くならないのなら自由にできる家で過ごしたい」という本人の強い希望と、同居の妻、近くに住む娘の希望で、紹介元の診療所医師に在宅治療の依頼があった。腹水はたまったままベッド上の生活だが、なんとか食事もとれ、だるさはあるものの、痛みはない。夜中に3、4回75歳の妻が排尿の介助をする必要はあるが、妻の話では、この程度の介護なら、昼間は娘も手伝ってくれるし、何とか続けられそうですと話していた。ところが、正月に帰省した長男が、「何でこんな重病人を入院させない。このままだと介護する母さん(患者の妻)まで倒れてしまう。」と言いだした。


 事例2、86才女性Cさん。4年前御主人を肺癌で亡くした後一人暮らしをしていた。最近地域の医療福祉関係者が集まる高齢者サービス調整会議で、ヘルパーと保健師から「最近ボケが始まったのか、毎日息子が帰ってくるとそわそわして家の周りをうろうろしている。このまま、一人暮らしを続けてさせて大丈夫だろうか」という意見が出た。診療所へ受診され、診察での長谷川式簡易知能評価スケール
を出すと計算や短期記憶で軽度の痴呆が疑われたが、普通に会話はできる状態であった。ただ、ヘルパーの話しでは、一日何も食べないでぼうっとしていたり、火の消し忘れで鍋を焦がしたりすることが時々あるらしい。家族は遠くにいるひとり息子だけで、診療所医師は、その息子と今後の対応を相談したいと思っているが、仕事が忙しく、なかなか帰省できない。Cさん自身は、住み慣れた家や友だちから離れるのが嫌で、今さら息子のいるような都会へはいきたくないという。


3、臨床倫理の考え方の紹介
 私は「臨床倫理」を「日常診療の場において、医療を受ける患者、患者の関係者、医療者間の立場や考えの違いから生じる様々な問題に気付き、分析して、それぞれの価値観を尊重しながら、関係する者が納得できる最善の対応を模索していくこと」と定義している。上記の事例それぞれに、いくつかの価値観の対立点や、問題点があり、どのような対応を選ぶのかと言う調整が必要になる。その対立点をはっきりさせ、検討すべき問題点を少しでも多く提示する方法として、Jonsen1)らが提唱している臨床倫理の4分割法というやり方(事例の問題点を「医学的適応」「患者の選好」「QOL」「周囲の状況」の4つの側面からバランスよく考えていく方法)を用いて検討すると理解しやすいと思う。事例の問題点をできるだけ広く取り上げた上で、関係者によって最善の対応策を検討するのである。詳しい4分割表の内容、用い方については参考文献にあげた筆者のホームページ2)を参照して頂きたい。


4、在宅医療で遭遇する倫理的問題
 在宅診療において、どのような倫理的な問題があるのか、以前家庭医療学研究会在宅診療(研修)WGで作成したカリキュラム(案)の中で表のような在宅医療における倫理的な問題の要点をまとめた。このなかから、できるだけ在宅医療に特徴的な倫理的な問題について、呈示した事例も引用しながら解説する。


1)在宅医療導入の問題
 一般の在宅医療が、入院医療と一番の違うのは、病院の規則(医療の論理)によって患者が動くのではなく、患者の生活の場に、医療が入っていくことである。
生活の場であるということがメリットにもデメリットにもなるように思う。病院では訴えが多く、何もしようとせず、問題患者と言われていたような患者が、自宅では、時間はかかっても食事や排泄などを自分でやらざるを得ず、自立していくこともあれば、事例1のように、他のスタッフの目がないので、さらに、わがまま放題になって、全く動けなくなる人までいる。
 高齢患者では病院の新しい環境に慣れず、眠れなくて興奮し、痴呆が進行したのかと思っていたのが、家に帰るとまたおちついたとか、家に帰ると食べるようになって元気になったということはよく経験する。いくら栄養士の方が工夫しても、慣れた家の味付けと家族と一緒に食べる食事にはかなわない。病院の先生方には、入院治療して症状はおちついたのに元気をなくしたような患者に、ぜひ在宅医療を検討してほしい。不思議に治療意欲がわいて医学的にもよい結果を産むことがある。
ただ、気になるのは、事例1のように、完全には患者の自立ができないままに自宅に帰らざるを得ないケースが最近増えていることである。これは医療経済の側面から長期入院ができないことがひとつの誘因となっているのだが、突然もうこれ以上症状の改善が認められないので、あとは家でと突き放すのではなく、何度か試験外泊をして、訪問介護ステーションなど、在宅のネットワークの利点を試しながら、前向きに在宅ケアが始められるような工夫をしたい。
 また、技術の進歩で医療機器を使ったハイテク在宅医療もできるようになったが、家族によるケアは、できるだけ単純で危険の少ないものに限りたい。練習して医療スタッフ以上にうまくケアできる家族もいるが、処置中のトラブルが原因で、患者の命を縮めるような場合(例えば人工呼吸器をはずした痰の吸引時のトラブルなど)、家族の心的トラウマは相当なものであるからである。そのようなリスクを差し引いても得られる大きなメリットがあることを確認し、患者と家族が納得した上で、在宅医療を開始したい。

2)治療のゴール、積極的治療と緩和治療
 治療を目標にするCUREと症状の緩和を目標とするCAREのどちらを中心とするかがよく問題になるが、在宅医療は、決して終末期のCAREだけを目指す医療ではない。またCUREとCAREを完全に区別することはできない。個々の事例に応じて、入院して侵襲のある検査や治療をした方がいいこともある。少なくとも医療者は、広い立場から、在宅以外の可能性のある選択肢を患者に提供するように心がけたい。
 例えば嚥下性の肺炎がおきた時、医師が、栄養状態が改善すれば、嚥下力が回復する可能性があると判断した場合には、一時的に入院してIVHやPEGを検討する必要がある(全部を自分でする必要はないが、在宅医療の進歩についていくための勉強と、そのようなことができる施設とのネットワークを作っておく)。もちろん、そのような方法を提示した上でも、患者が敢えて経管栄養や点滴はせずに最後まで口から食事をとりたいという希望が強ければその選択に従うことになる。

3)家族と患者の意見の相違、家族内の意見の相違
 患者本人は「1日も早く家に帰りたい」と望み、家族は「できるだけきちんと良くなってから帰って来てほしい」と願うことは多い。その場合、家族の思いは、本当に良くなってほしいという気持ちと、このまま帰ってこられても対応できない、何か家でおきたら困るなどという様々な気持ちが含まれたものだろう。また逆に、家族は付き添いが大変で、家に帰ってほしいと思っているのに、家には帰りたくないという患者もいる。双方の意見の相違があるままで在宅を始めるのは難しい。
 医療スタッフとしては、ホームヘルプ、訪問看護など往診以外の在宅でのサービスができるようになったこと、毎日在宅でなく、週の半々をショートステイと家で行き来するなど、介護者に最初から過重な負担がかからないような工夫が提示されること、実際外泊などをして、必要な介護を体験してみることが現実的な対応を決める上で大事なように思う。
 事例2のように、一旦近くに住む家族の同意は受けて、在宅医療を始めても、遠くの親戚などから、なんで入院させないのだと言うような叱責をうけることもある。そのような場合、本人からどのような治療をしたいのかの確認できるといいが、本人の意識が低下した時に備えて、自分は在宅医療をしてほしいという本人の希望を文書で残しておくことが、在宅医療導入の経緯に関わらなかった家族の納得につながる。このような入院至上主義は、ある意味医療者が作りあげてしまったものであり、これから医療福祉関係者、家族が一緒になって、より良い在宅医療を提供し、「何で在宅医療を考えないのだ」と言われるように努力する必要があるだろう。

4)医療介護チーム間の意見の相違
 介護保険が始まり、特定の患者を医師、看護師、保健師、介護福祉師、ホームヘルパーなど様々な職種が一緒になって、ケアすることがある。その場合、関係するものの意見調整のケアカンファレンスを定期的にしておく必要がある。ある独居の末期胆嚢癌患者に、毎日4回、交代で医療や介護の専門職が訪問したことがあった。経験の少ないヘルパーから、「自分が訪問した時に患者が亡くなられていたらどうしよう」と言う声があった。確かにヘルパーには医学的な対応はできない。「その時はすぐ診療所に連絡してほしい。後の処置はするので。ただ、家で看取ってほしいという患者本人の願いをこの村で実現するためには、みんなが、交代で見守ると言う方法が現時点でのベストだから。」と話して納得してもらったことがある。
 事例3の痴呆の疑われる患者の状態は、短時間の診療所の診察ではわからないこともあり、ホームヘルプやデイサービスなどある一定時間患者と接するヘルパーに詳しく状況を聞くことが、真のサポートにつながった。最終的にこの事例は、家の近くで転んで動けなくなるまで、村の様々な医療福祉専門職および、隣近所の方のボランティアによるサポートで独居生活を続けられた。最後は歩けなくなり、息子さんが近くの介護施設に引き取られたが、この村で十分自分のやりたい生活を支えてもらったと笑顔であいさつに来られたのが印象に残っている。

5)介護疲れ、虐待
 在宅医療のもうひとつの特徴は、ケアの重要な役割を医療者でなく、家族が担っていることである。医療者はある意味それを仕事として距離をもってケアを提供できるが、家族は、それぞれの生活に加えてケアを担っている。肉親という特別の感情をもってケアに当たるため、自分の生活を犠牲にして、介護者自身が体調をこわすこともある。そして、その介護疲れが、介護の放棄、虐待、逆に介護心中などということを起こす危険がありうる。訪問診療では、患者の病状だけでなく、介護者の心身の健康チェックと、そのケアに対するねぎらいの言葉かけが大事な仕事だと考えている。そして介護疲れがたまる前に、ヘルパーの介護時間を増やすことや、ショートステイの利用などを勧める必要がある。

おわりに
 限られた紙面では、在宅でも大切な、インフォームド・コンセント、自己決定能力の判断、代理決定の問題などについて言及できなかった。関心のある方は、参考文献の最後に挙げた筆者のホームページなどで学んでほしい。


参考文献
1) Jonsen AR, Siegler M, Winslade WJ:Clinical Ethics--A practical Approach to Ethical Decisions in Clinical Medicine (3rd ed.). McGraw-Hill, New York, 1992.(日本語訳は、赤林朗、大井玄監訳「臨床倫理学:臨床医学における倫理的決定のための実践的なアプローチ」新興医学出版1997、臨床倫理の4分割表の詳しい解説テキスト)
2) 臨床倫理の討論のホームペーhttp://square.umin.ac.jp/masashi/discussion.html
(臨床倫理の4分割法を始め、筆者の書いた多くの倫理関係の論文が読める)
3) Robert M.Arnold, Maryanne Fello: Hospice and Home Care: Jeremy Sugarman Ed: 20 common Problem series, Ethics in Primary Care, McGraw-Hill, New York, 1992. 117-128.(プライマリ・ケア医の直面する倫理的な問題20項目を選んで論じた教科書の中の一章でくわしく検討されている)
4) 田坂佳千、白浜雅司:在宅医療の倫理問題、黒川清編「在宅医療・介護基本手技マニュアル」永井書店、2000、586-605(かなり詳しく在宅医療の倫理問題を検討したもので、4分割法を用いた具体的な在宅医療の事例の検討も含まれている)


表1、在宅診療研修カリキュラム案(倫理関係部分)
個別行動目標:在宅診療の倫理的問題に適切な対応ができる
1)在宅医療に伴う以下の倫理的課題について説明できる。
 (1)治療のゴールの設定
 (2)積極的治療と緩和治療
 (3)延命治療の是非
 (4)安楽死と尊厳死
 (5)インフォームド・コンセント
 (6)患者の自己決定
 (7)自己決定能力の判断
 (8)代理決定(代行判断と最善利益)
 (9)患者のQOLとDOL(Dignity of Life)
 (10)家族と患者の意見の相違
 (11)医療介護チーム間の意見の相違
 (12)有限な資源の公正な配分
 (13)虐待
2)患者の生活に影響を及ぼす倫理的な問題を見い出すことができる。
3)倫理的問題に関して他のスタッフに相談できる。
4)将来倫理的な問題が起きる可能性を予測できる。
5)患者が精神的判断力を発揮できるように支援できる。
(患者自身だけで判断できない場合は、患者や患者が信頼する人と一緒に判断するように調整できる。)
6)患者に判断能力がない時は、患者の最も信頼する代理人とともに患者にとっての最善の判断を下すことができる。
7)医療介護スタッフ間の倫理的な問題を調整することができる。
(医療介護スタッフが抱える倫理的問題に配慮できる。倫理的な問題に誰が中心に関わるべきか判断できる。)
8)倫理的問題への介入結果をモニタリング(評価・修正)できる。
(家庭医療学研究会在宅診療(研修)WGで作成した在宅診療カリキュラム案
http://square.umin.ac.jp/masashi/zaitaku.html より引用)


<プロフィール>
白浜雅司 三瀬村国民健康保険診療所/佐賀大学医学部
1700人の山村の診療所長として働きながら、学生・研修医の診療所実習を受け入れています。一方で、臨床倫理やコミュニケーションの教育も続けています。自分の実践をもとに教育するのは楽しいです。聖書の「全てのこと相働きて益となる」という言葉が座右の銘。様々な出会いと経験が現在の私の仕事を支えています。仕事の詳細はhttp://square.umin.ac.jp/masashiを御覧下さい。