三瀬診療所実習レポート

                  産業医科大学医学部4年 上野 啓通

○動機

 きっかけは卒業された先輩の「地域医療の実習に行きたかったな。それができなかったのが心残りだ。」という一言でした。

地域医療。以前からなんとなくその言葉に興味をもっていました。言われてみればたしかにぜひ自分も現場が見てみたい、地域医療というものはいかなる医療が行なわれ、またいかに地域の住民達と交流して、地域に根ざしているものなのかいるのか見学させてほしいという衝動に駆られました。行動力が乏しく、その言葉を聞いて実際に動き出すのに一年以上を要したものの、2006年2月15日から20日まで白浜先生の元で地域医療というものを学ばせていただきました。臨床的知識に乏しく、またいろいろな点で未熟であるためご迷惑をおかけしたこととは存じますが、自分なりに多くのことを学べた実り多き4日間でした。以下はその実習に関する記録です。

 

 

2月15日

 

2月16日

8:55

朝礼

8:55

朝礼

9:00

午前診察

9:00

午前診察

13:00

昼休み

12:30

企業の検診

14:00

往診

13:30

昼休み

15:30

午後診察

14:00

午後診察

18:00

レポート作成

17:30

レポート作成

18:15

帰宅

18:00

帰宅

 

 

 

 

 

2月17日

 

2月16日

8:15

掃除

8:15

掃除

8:55

朝礼

8:55

朝礼

9:00

午前診察

9:00

午前診察

12:30

予防接種

13:00

昼休み

13:00

昼休み

14:00

高齢者サービス調整会議

14:00

午後診察

15:30

午後診察

17:30

レポート作成

18:00

レポート作成

18:00

帰宅

18:15

帰宅

 

先に述べましたように臨床的知識がほぼ皆無であるため、ポリクリ的な医療実習は行なえず、患者さんの血圧を測定したのち診察を行なう先生方の横についてお話を伺わせていただきました。また患者さんの途切れた際にはビデオをみたり、本を読んだりして地域医療、プライマリケアについて学習し、先生の往診や予防接種、産業医健診など外回りの活動にも同行させていただきました。

 

  1. 病院と診療所
  2.    実習に入る前、その2者についての違いを問われました。その時、診療所は医療的僻地における公的な機関というイメージであるのに対して、市中の病院は個人経営で商売という側面があり経営を維持するために程度利益を求める必要がある。という旨のことを述べると、それは偏見だと怒られました。自分では現在なにかと利益を求めすぎだとたたかれている市中病院に対して自分なりの弁護をしたつもりだったのですが、考えてみればとんでもない思い違いをしていました。この場というのも変な話ですが、謝罪したいと思います。

       実際の二つの違いは単純に「病床数」であると聞いて、自分がいかに偏見にとらわれて、中身を考えていないかを思い知りました。今回の実習ではこうした経験が多くありました。プライマリケアやインフォームドコンセントといった定義上の親しみしかなかったその言葉を現場でほんの一部でも垣間見たことで改めてこれまでの自分が偏見、あるいは先入観にとらわれて、ものをとらえているのかを実感し、もう少し自分の中で深く考え物事の本質をとらえるべく努力したいと思ったのですが、それはまたあとから述べます。

  3. 血圧測定
  4.    先に述べたように私は臨床的な知識がなく、患者さんの診察ができなかったので血圧測定のみをさせていただきました。単純な作業なのでしょうが、慣れていないためかなり緊張しました。手技的な緊張もあったのですがそれ以上に患者さんの肌に触れるということにかなり緊張してしまいました。そんな私の気持ちを見透かすように先生は「今は病院実習でも機械が測定するからこういったことをする機会はないだろう。こういった作業は大事だと思うんだけどなぁ」とおっしゃっていました。たしかになにも知らない、なにもできない自分でもひとりひとり、患者さんの手をとり、声をかけて血圧を測定していくことで患者さんと交流ができたという実感がもて、患者さんの話により耳を傾けられた気がしました。

  5. 患者さんの呼び込み
  6.    待合室から患者さんを呼び込む際に「_様」と呼んでいたら、なるべく「_さん」と呼ぶようにと言われました。「そういう言われ方をされて嬉しいかい。」と。私も後者の方がずっと気持ちが楽であることに言われて初めて気がつきました。個人差はあるのでしょうが、そういう人間の方が多いのではないかと思います。それでは何故前者の呼び方をする病院が増えているのでしょう。やはり最近における患者さんの地位向上という動きの副産物なのでしょうか。そうした動きに注意して病院を歩いていると「患者様は神様です。」といった感じのスローガンまで掲げている病院も発見してしまいました。目指すべきは医師と患者の対等な関係であり、隔たりのない近しい関係の構築なはずが、そうした倒錯現象が生じてしまっては医師と患者の距離がますます離れてしまうことになりかねないと感じました。

       先生のそうした細やかな気遣いは話し方にも現れていて、土地の言葉で優しく語りかける口調は正に私の中にあった「村のお医者さん」のイメージとピタリと合致しました。(これもまた私の偏見と言ってしまえばそれまでですが。)言葉遣い、話し方、そのテンポ、雰囲気どうすればよいというマニュアルは存在しておらず、丁寧な言葉遣いで事実を正確に伝えればそれで完璧によいのではないということを実感しました。

  7. ビデオ
  8.    4日間で計何本かのビデオを見せていただきましたが、一番印象的だったのがこの診療所をテーマにした「村の診療所に学ぶこと」でした。医療・介護・行政の3つががっちりと連結できているという医療福祉体制。また、患者さん1人1人と病院内だけの関係に留まらず、同じ地域に住む住民同士として生活レベルで接することができる。カルテを全て保管して長期的な経過観察が可能であるといった「小さい村だからできること」がきっとあるという先生の言葉が印象的でした。その後、診療所を取り巻く環境は変化し、厳しい実情も存在しているという話を伺いましたが、医療と行政が密接に関わっているというのを知らなかったわけではないのですが、特に地域医療という形態の場合、その行政側の意向が極めてダイレクトに影響を及ぼすという側面があるということを知りました。

  9. インフォームドコンセント
  10.    この言葉については考えさせられる患者さんが何人かいらっしゃいました。印象的だったのは胆のう癌を患い、別の病院で告知されたのにもかかわらず来院されて、「もう大丈夫と言われたので運転免許の更新がしたいのだがどうか」とおっしゃっていた患者さんでした。先生は運転免許に関してやめるようおっしゃり、疾患のことに関してはあまり深く話はされませんでした。もう一人高齢の患者さんがMRIを希望されたのですが、検査の結果が悪かったら逆にそれが原因で体調を悪くしたり、QOLが低下してしまう危険性が大きいということで結局MRIをとらないこととなりました。インフォームドコンセントという言葉は流行語のように大学に入る前から何度も聞いてきたのですが、その言葉を表面でしかとらえていなかったのだと気づかされました。 患者の知る権利を一番先に満足させるべきだ、そこさえ満足させてしまえばインフォームドコンセントの意義ある程度は果たせたと言えるはず、と考えていたのですが、考えてみればそれでは機械的に書類で告知するのとなんら変わらないのかもしれません。自分の理解不足は当然あるのですが、それを差し引いても書面の上の定義と実際の現場における意味は同じ言葉であっても隔たりがあるのだな、と感じました。

    先生から「インフォームドコンセントというのは事実を伝えるべきか否かという部分がもっともウェートを占めるのではなく、患者にとって最善のやり方はなんなのかというところを第一に考えるべきである」と伺いました。本当にその通りだと思います。先生からしてみると至極当たり前のことを言っただけなのかもしれませんが、僕からすると目から鱗と言うか、すごく心に残った言葉でした。

  11. プライマリケア

この実習をする上でもっとも学びたかったことの一つが、プライマリケアでした。今まで頻繁に耳にしてきたのですが、その意味は理解しづらいものでした。特に気になっていたのがプライマリケアを定義する上で必ず用いられる「包括的」という単語でした。

 今にして思えば、その言葉を理解することこそが実習の最大の目的だった気がします。現在の医療は1点を見つめる医療であると言われています。医療の発展とともに医学は細分化され、医師は病気のみ、体の一部のみを相手に診察するようになってしまったという現代医学。「そればかりではないよ。具合の悪い時だけでなく、日常から患者と接し、時に予防し、罹患した際は根治治療を、あるいは病との付き合い方をともに模索しながらともに生きるということも大切なんだ。」先生と過ごした時間からそう学んだ気がします。

私の通っているのが産業医科大学であり、こうした予防医学・プライマリケアについてほかの大学以上に重要視しているという特色上、余計にこうしてプライマリケアについて考えさせられる時間をいただけたことは非常に意義深いことでした。疾患だけを見つめることなく、人を見つめる、人とともに生きることを目標とした医療。地域医療や産業医学はそうした本質を共にする医療なのかもしれません。

そのような医療は企業内であったり、村内であったりと限られた区域内で実現可能な医療であって、ビデオの中でディレクターがおっしゃっていたように近所のかかりつけ医という存在も昔話になってしまい(ここは市中病院の開業医の先生に聞かないとうかつなことは言えませんが)、医師の存在が以前よりずっと遠い存在になってしまっているのかもしれません。

 これから医療はどう変質していくのでしょうか。そうした医療の必要性を求める声によって地域的、包括的な医療が息を吹き返すのか、より専門的に細分化され、病気を診断し、治療するといった点に力が注がれるのか、それとも・・・それは私のような未熟なものには予想しかねるのですが、医療がどう変わろうと、自分がどういう医師の道に進もうと、「医療の根底は人を診て、人と生きるということである」という今回学部ことのできた認識は決して変わらないと思います。

 

     以上、私が4日間の実習中に考えたことをいくつかピックアップして書かせていただきましたが、先生の医療活動は私が見せていただいただけでもこの他に企業健診、地域の高齢者サービスに関する会議への出席、予防接種、往診など多岐にわたっており、加えて学会や大学での講義もされているということで本当にお忙しいことと思います。そんななかご無理を言って実習を引き受けていただきありがとうございました。未熟で考えが至らないところだらけで短い実習中も反省することばかりでしたが、自分にとって大きな収穫を得ることができました。

     そして先生だけでなく、看護士の糸山さんにも大変お世話になりました。医療従事者として先生同様尊敬すべき点が多く、その献身的姿勢を参考にして今後自分も成長できたら、と考えております。また、同時期に研修されていた斎木先生にも非常に温かく接していただきました。先生と出会えてことに感謝しています。温かいと言えば診療所のスタッフのみなさんはもちろんのこと、患者さんにいたるまで三瀬村で出会った全ての方が温かく自分を迎えてくださった気がしています。

     繰り返しにはなりますが、未熟な自分を受け入れてくださった三瀬村に、もちろん誰よりも白浜先生にお礼を申し上げるとともに、受けたご恩をお返しする上でも今回の経験を今後の学習、そしてその先の医療従事者として生きていく上で大切な糧にしていきたいと思っております。本当にありがとうございました。