佐賀市立国民健康保険三瀬診療所研修レポート
研修期間2006/8/1〜8/31
沖縄県立中部病院 辻泰輔


 私は現在沖縄県立中部病院(後期研修:プライマリ・ケアコース3年目)に所属し、来年度には沖縄の離島診療所のどこかに行く予定である。今回地域医療・診療所研修として佐賀市立国民健康保険三瀬診療所で研修する機会をいただき、診療所の地域における役割、医師の業務、地域住民とどのような関係を持っているかなどを1ヶ月という長期間にわたり学ぶ(観察する?)ことができた。この間に経験したことや考えたことについてレポートする。
 研修を開始してまず電子カルテが導入されていることに驚いた(中部病院はオーダーのみ電子化されているがカルテは手書き)。まずは経過、処方、検査を打ち込むという慣れない操作を覚えることに苦労した(慣れるには1週間かかった)。しかしここで使用している電子カルテは最後に診療報酬(患者さんの自己負担分)が表示される。1回の受診でこんなに負担があるのかと思うこともあれば、高齢者ではほとんど毎回の負担が変わらない(受診回数は多いので結局総計は多くなる)など、普段病院業務では考えることが少ない医療費というものを実感させられた。その他採血検査(CBCやchemiの一般的なものは診療所で検査可能、他は外注)や単純レントゲン、AED、心電図、エコー(古いが・・・)もそろっておりある程度までは診療所での診療が可能である。
 一日の診療所受診者は約30〜40人、主に高血圧、高脂血症、糖尿病など高齢者の慢性疾患のフォローが中心であり、受診されても「変わらない」という言葉が最も多く聞かれた主訴?である。しかし発熱、腹痛、虫に刺された(蜂など)、指を切った(鎌など)、転落して頬の皮膚が剥けた(皮膚が剥離していたため皮膚科紹介)、針金が刺さった、膝が痛い、手をついてから動かせない(骨折疑いにて整形外科紹介)など幅広く急性期・外科・皮膚科疾患を経験した。年代も1歳〜90歳代まで幅広い。お盆の時期には行事で疲れた高齢者(女性のみ!)がよく受診されていた。やはり盆・正月は忙しく大変なのだそうだ。

 日常の外来は穏やかに過ぎていくが、時々緊急を訴える連絡が飛び込んでくる。
 1例目は80代女性、自宅でぐったりして反応がないと家族から診療所が閉まる直前に連絡がはいった。急いで自宅に駆けつけると全身蒼白で呼びかけに反応しない。呼吸・脈はしっかりしているものの血圧は60〜70台とショック状態であるため診療所では対応できないと判断し救急車を要請した。その間点滴ラインを確保したがその痛みのためか初めて意識が回復し呼びかけにも応えるようになった。そのまま病院に搬送となったが、この方は認知症がありまた部屋はクーラーもつけず非常に蒸し暑い状態(8月!)であり、おそらく熱中症を起こしたと考えられた。幸い後日無事に退院されたと連絡があった。このようにほとんど設備も人手もないとき、何ができるか・どこまでできるかを考えさせられた。
 2例目は50代男性、以前からアルコールを飲酒していたが、自宅で割れたコップで上腕を切った。様子をみていたが血が止まらずまた本人は受診拒否をしていると、朝早く家族より連絡があった。このときもとりあえず往診かばんを持って(輸液セットも準備)自宅を訪問した。本人寝転がっていたが酩酊状態、会話は可能であったが創の状態については痛みも感じなかったためか自覚がなく、診療所・病院受診は断固拒否された。床や布団に血痕が付着していたが出血は滲んでくる程度であった。環境も決してよくないため再三診療所または病院受診するよう説明するも受け入れなかったため、その場(自宅)で創の処置をすることとなった(これに関して抵抗はなかった)。創は約5cm、筋まで達する切創だったが幸い筋の損傷はなく、洗浄と一部を縫合して終了した。その後は酒をやめるよう説明するもすぐには禁酒できなかった。3日後一旦飲酒を中止するも再飲酒。このときこの方は酒をやめられないだろうと半ばあきらめの気持ちで私は考えていた。しかし、その後すっかり酒をやめることができ、創の経過も非常に良好である。
 この症例で考えたことは飲酒の上、受診を拒否している患者に対しどこまで診療所は介入するべきか、ということだった。この点に関して今回白浜先生の医療倫理講義で聴講した4分割法で問題点を下表のように考えてみた。
 
医学的適応:Medical Indication 
・上腕部切創(脂肪組織まで切れており止血も不十分) 
・創の処置も清潔操作・洗浄等の処置が必要 
・アルコール多飲しており低栄養、肝機能障害、易感染性が考えられる 
・この状態で感染した場合、上肢切断や敗血症などで致命的となる可能性もある 
・以上から入院の適応があると考える
患者の意向(選考):Patient Preferences 
・病院・診療所受診拒否 
・救急車要請も拒否 
・「かまわないでくれ」と自宅での治療にも決して協力的ではない 
・しかし、治療に抵抗しない 
・「悪い血だから流れたほうが良い」など判断能力の低下も考えられる 
・上肢切断・死亡について説明するも理解できない様子
QOL:Quality of Life 
・上肢の機能障害は認められない(受傷時) 
・入院により禁酒・禁煙が必要となる 
・酒を飲んでいないときは仕事をしている 
・上肢に障害が残ると仕事を行うことが困難 
・経済的には困窮している 
周囲の状況:Contexual Features 
・母親・弟は受診・入院させたいが本人が断固として拒否しており説得できない 
・母親が状態を理解できているかは不明 
・経済的に医療費を支払うことができない 
・保護等の処置は役場ではできない
 
 この方の自宅に往診している間は毎日のように病院または診療所受診をさせることを考えていた。一方以前からこの方を知っている白浜先生は酒をやめられると信じておられた(以前も酒をやめることができた)。先生がやさしいからかとも思い、当初は禁酒の期待を裏切られるようなこともあったが最後には酒をやめることができた。何が禁酒させたのかはわからないし、この方の場合家庭の事情がいろいろあるようでこのまま禁酒をつづけることができるかはわからない。同様のことを繰り返しながら状態が悪くなる可能性もある。しかしその患者自身、そして家庭も含めた周囲への理解がなければこのような対応はとれなかったのではないか。様々な問題があり、一概に結論を出せないが、先生が「やれることをやるしかないんだよね」と言われていたが、その「やれること」を増やすためには医療についてはもちろんだが、普段から地域にかんして様々な関係をつくり上げることも必要なのだろう。ただ酒飲みだからと安易に放置せず、粘り強く通い続けた白浜先生達を見ていると、できることはやるという診療所の役割の一面を見た症例であった。
 往診として週一回、午後に2〜3人の自宅を訪れていたが、その環境は様々であるがここのような地域でも独居の高齢者が多く、これからますます高齢化社会が進む上で診療所だけでなく、保健師、ヘルパー等の職種と協力していく必要性を実感した(これらの職種による高齢者会議にも同席させていただいた)。
 それ以外にも校医として中学校での禁煙教育、産業医として工場での熱中症についての講義、保健センターでの予防接種などその活動は多様であった。
 また子供会のラジオ体操、地域のバーベキューなどにも参加させていただき、先生が地域に溶け込んでいる様子も見ることができた。先生が「1年、2年で交代したりしてはね。12年だから」と言われていたのが印象的だった。
 病院研修しかしていない私にとってこの診療所研修は戸惑うことも多かった。しかしこの1ヶ月間の経験は来年度の診療所はもちろん、この先医師として働いていく上でも非常に貴重な経験をした。これからまた病院で研修を続けるが、今回自覚した自分に足りない点を補い、また学んだことを持ち帰り生かせたらと思う。
 最後にこのような貴重な研修をさせていただいた白浜先生、診療所の方々、保健センターの方々、シルバーケア三瀬の方々、佐賀大学研修医の平井先生、そして三瀬村の方々に心よりお礼を申し上げます。