真実(がん)を伝えるための医師の役割と技術
三瀬村国民健康保険診療所/佐賀医科大学 白浜雅司


はじめに
 この稿では、真実を伝えること(Truth Telling)についての医師の役割と技術についてできるだけ具体的に考えてみたい。
 始めにお断りしておくが、筆者は現在小さな山村の診療所で医師として働く、いわゆるプライマリケア医で、がん患者の治療を専門とする医師ではない。日常診療の中で、がん患者との接点というと、早期にがんの疑いのある患者を見つけだして専門医へ紹介すること、癌の治療中で、ある程度おちついた方のフォローアップすることであり、終末期の患者の在宅ケアを担当することもある。また一方で、医学生や医療者のコミュニケーションや臨床倫理の教育を受け持つ教官であり、その両方の立場から真実を伝えることについての医師の役割と技術について考えてみたい。
 このような立場の医師として常日頃、疑問に思っていることがある。それはなぜ真実を伝えると言う時にがんだけが特別視されるのかということである。第一線で診療に当たっていると、様々な早期診断や治療法が確立されつつある癌に比べて、まだ治療法がなく時間をかけて徐々に悪化していく神経疾患、慢性の呼吸不全、肝硬変や、偏見の残る感染症や精神疾患などの説明の方ががんを伝えることより、ずっと難しいように思える。
 最近あるALS(筋萎縮性側索硬化症)患者さんのホームページ1)の言葉を読んで考えさせられた。「ALSには、上手に生きる方法を告知してください。発病したことが、十分に不幸なのです。それ以上の絶望を与えないで」「告知しないのは逃げだと思うし、まして患者本人に告げたら面倒を見ないという医者は信ずるに足りない」これらの言葉は、がん患者にもあてはまる部分もあるが、まだ緩和ケアを含めた治療法があり、悪くなる場合はもっと短期決戦であるがんよりも難しいと思われないだろうか。さらに、それらの病状の説明以上に、今最も難しいのが、自分たちの医療ミスの真実を伝えることではないだろうか。


1、なぜ、医師が真実を伝えることが必要なのか
 真実を伝えることについては、倫理的な側面から、嘘をつくことは許されないという意見や、真実を知ることが患者の権利であるからというような法的な側面があり、この特集でも倫理学や法律の専門家がそのような点には言及されると思うが、私は臨床医の立場として、真実を伝えようとする最大の理由は、患者が真実を知ることによって、今後どのように悪くなる病気と現実的に対応していくのか、医療者が、患者の意向を尊重しながら、患者家族と一緒に考えていくことができることにあると考えている。
 がんの真実を伝えることは、ただ単に○○がんであるという事実を一時点で伝えることを指すのではない。その事実がどのように患者に伝わるのか、そしてどう患者が受け止めて、その後、患者と一緒にどうがんとつきあっていくかという長いプロセスを指すと考えた方が患者・医師双方にとって取り組みやすいと思う。


2、伝える真実の内容とは
 がんの真実を伝えるといっても、かなり範囲が広いので段階を追って示す。
1) がんの可能性が疑われた時
 住民検診などで異常があって、二次検診依頼を受ける場合など、「がんの可能性もあるから、きちんと調べてもらいましょう。」と話すことが多いが、がんの可能性と聞いただけでも不安になって二次検診を受けない人がいる。私はそんな人に、がんである確率は低い、最悪がんであっても治療法がいいろいろあるというような良い情報を必ずセットで伝えることにしている。医師は一般の人に対して、がんの悪い情報だけでなく、早期発見ができれば、治療法がいろいろあると言うこといった良い情報を日常的に伝える責任がある。そして、もっとがんの予防や、早期がんを見つけるための問診を含めた技術のスキルアップに取り組む責任があると思う。
 また、C型肝炎のフォローなど今はまだ悪性とは言えないが、悪性になる可能性があるので、定期的に検査を受けてほしいということを伝える機会も多くなった。人工妊娠中絶時に胞状奇殆の診断を受けていた40代の女性が、ひどい咳で受診し、絨毛がんの肺転移で、何も出来ないまま呼吸器管理になって亡くなられた苦い経験がある。担当医からは、今後2年間、毎月のhCG検査を受けるように指導されていたのに、最初の1、2ヶ月異常がなく、後は忙しいからと放置されていたらしい。早期のhCG上昇さえつかまえられれば、化学療法で95%以上改善する疾患であるのに。人工妊娠中絶という嫌な過去は早く忘れたいという気持ちが働いたのだろうか。
 このように悪性の可能性があるということは、たとえ患者が聞きたくなくても、きちんと説明しておかないと、せっかくの今の医学でできる治療のチャンスも失わせることになる。このような時にも、早期に対応すれば治療法があるという良い知らせと合わせて強調したい
2) 治療可能性のあるがんが見つかった時
 治療可能ながんについてはがんであるということや、その治療法とその効果と副作用を患者の希望と理解に応じて伝えることが必要である。それがないと、つらい治療に積極的に参加してもらえないからである。もちろんこの時点で効果がある積極的治療法を拒否される方もある。患者さんがよく理解された上での拒否であれば、医療者として積極的治療はせずに、患者の求めに応じて緩和的ケアをするということになる。
3) 治療可能性のないがんが見つかった時
 (1)最初治療可能で、病状の進行や再発などでそれ以上の治療ができなくなった場合
 それまでの経過で、患者・医師間の信頼関係ができていれば、段階的に真実を話すことはそう難しくないと思う。次にどのようなことが起きうるかということも、少しずつ前もって話して心の準備をしておらえると、与えられた時間を用いて次の対応を考えられるからである。
 (2)最初から治療法のない進行癌が見つかった場合
 何を伝えればいいのか一番難しい。残された時間が限られることもつらいが、少なくともかなり厳しい状況であることを話し、その後どこまで話すかは、患者の希望を聞きながらということになろう。最悪の場合でも見放さないのが医療者の役割である。ある新聞に「もう末期で何も治療法がないんだ。ごめんね」と言われて絶望したという投書が載っていた。正直かも知れないが、それは医師が語る言葉ではない。根本的な病気は治すことはできなくても、痛みや苦しみを減らすための治療はできる限り行いますと伝える。真実を伝えることが患者を見放すことになってはならない。その意味で、伝えた直後に、別の病院でフォローするというようなケースで真実を伝えるのは慎重にしなければならないと思う。
4) 予後を伝えること
 予後の予測ははっきりいって難しい。予後は3ヶ月でしょうと言われて退院した患者の家族が、3ヶ月なら悔いのないようにと精一杯介護を始められ、4カ月目に家族が倒れるということがあった。私自身の反省を含め、医師は少し悪めに予後のことを話す傾向があった。予測より短くては困るが、長ければ喜ばれるだろうと。しかし、この経験から、予後については数字で明言せず。本人に、「これからかなり厳しい状態になることも考えられるので、大事なことは早めに引き継いでいただいた方がいいと思います」とだけは話しておくことにしている。「いつまで生きられます?」と予後についての質問を受ける機会は意外に少ない。聞かれたら「予後の予測は難しいです」と正直に答えている。
 また、死に目に会うことを今でも非常に重視する家族があるが、ある程度死期が近付いたことが分かる場合には、家族の方に「もういつお別れの時がきてもおかしくない状態ですから、意識のはっきりしている間にお別れをしておいて下さい」と言うことにしている。もう死が避けられない状態で、安らかに死を迎えようとしている方に、家族が死に目に会うためだけのために蘇生をするようなことはできるだけ避けたいからである。そしてできれば、どのような最後を迎えたいのか <DNAR(Do Not Attempt Resucitate)オーダーを含めて)を自然に本人と語れる関係ができれば最高ではなかろうか。


3.具体的な真実を伝える時のプロセスと留意点
 有名なトロント大学のバックマンの「悪い知らせを伝える」2)やBritish Medical Journalに連載された「いかに”深刻な診断”を伝えるか」3)などという欧米のこの分野で定評のあるテキストが、日本語訳で出版されているので、真実を伝えるプロセス全体について、ぜひ参考にしていただきたい。ここではそれらを参考にして、筆者自身が患者さんや家族から教えられて、実践していることについて挙げておく。


1) 真実を伝える場の設定。
 バックマンの教科書でも最初に環境を整えるという項目がある。救急外来で座るところがなければ、カーテンを引いて、ポータブル便器のふたをしてであっても座ってとうくだりに感動した。もちろんこれからつくる病院や診療所に、こぢんまりとしてプライバシーが守られる治療相談室を作るような配慮は必要だが、それらの環境がないから患者に配慮できないわけではない。
 そしてこの環境の中で、患者をフォーマル、インフォーマルにサポートする様々な人の存在が大きい。医療者だけでなく、千羽鶴をおくって励ます遠くの孫の存在、同じ病を勝ち抜いた患者の存在など様々なものが、患者が真実に直面して対応する助けとなる。決して医師一人で上手に真実を伝え、サポートもしようと背負い過ぎないことである。できるだけ真実を伝える時は、看護師にも同席してもらい、説明の内容などを知ってもらっていると、医師には直接言いにくくても看護師には不安を話してくれることがある。


2) 信頼関係をつくること
 同じつらいことを伝えられるとしたら、やはり自分のことを知っていて、信頼関係ができた人から伝えられる方が受け入れやすいだろう。大学病院の医師から診療所の医師になって、真実を伝えることがやりやすくなったと実感するが、それはそれまでの患者との関係の中で、患者のことを自分が知り、患者も自分のことを知っているからだからだと思う。そういう意味でもっと専門家はどのようにこの患者に真実を話すといいかをプライマリケア医に相談したり、その場に同席してもらったりするようなことを考えたらいいと思う。
 ある外科医が心臓手術をためらっていた患者のもとを毎日訪れ、手術のメリット・デメリットではなく、「何か心配なことないですか」とだけ聞いてくれたことで、患者はその先生に絶対の信頼を寄せ「この先生にお願いしてダメなら、それが自分の寿命だから」と手術を受け、元気に過ごしている。信頼をつくる鍵は「話す」よりも「聞く」こと、「何かをする」ことよりも「そばにいること」のような気がする。また病気だけでなく、どんな人生を送ってきたかを知ることは人間関係をつくっていく上で重要である。


3) 患者の理解や知りたいことを聞き出すことに
 ある大学の臨床倫理の講義で、学生に自分たちが経験した倫理的問題を含む事例を挙げさせた時に、「軽度の痴呆があるが身寄りのない老夫婦の片方が受ける膵臓癌の手術の説明を1時間以上かけてわかりやすく説明されたが、その手術の危険性などについてほとんど理解されなかった」という事例が出され、オブザーバーとして出席されていた医療職以外の方から「1時間もわからない話をされたそのご夫婦の気持ちはどうだったでしょうか」というコメントをいただいた。
 何を伝えるかはあくまで患者の知りたいことに対応することが原則である。「あなたの病気についてどのように理解されていますか」と聞けば、その患者の理解はわかるし、「病状はかなり厳しいです。病気のことについて詳しく知っておきたいですか」「病気の治療については良い知らせと悪い知らせがあります。悪い知らせも全部知りたいですか」「もし悪い知らせは知りたくない場合、そのことについて誰と相談したらいいでしょう」などの質問を行えば、患者がどの程度知りたいのか(知りたくない人も2〜3割はおられる)かの意思の確認はできる。入院時にこのような真実を伝えるためのアンケートを取ることがあるが、患者の考えは病気の状況で刻々変わるものであり、説明時に、再度上記のような質問に答えてもらって始める必要がある。
 情報は(特にそれが患者にとって治療が難しいなど悪いものであるならなおさら)他の治療と同じく、その使い方で薬にも毒にもなることを忘れないでいたい。そのためにはできるだけ、事前の患者の情報を正確に把握しておく必要がある。


4) 質問を受けて始めてインフォームドコンセントと言える。
 多くの日本人はわからないことがあっても、なかなかたずねない。柏木哲夫氏の作られた「死にゆく患者の心理プロセス」4)の中で不安を抱いても8割の人がたずねないと書いてある(図1)。だから質問もなくあっさり「よくわかりました。よろしくお願いします。」とい言われた時には、まだ良く理解してもらってないなと思ったほうが良い。「いつでも聞きたいことがあったら言ってください。もし私に直接聞きにくいなら、看護師さんにでも構いません。」と説明の最後にひとこと入れておく。看護師の役割についても別項で述べられるが、患者のそばにいて、患者が話しやすい看護師には、ぜひ真実を伝えたことがどのように患者に伝わっているかの確認と、いかに述べる感情的な反応のフォローをお願いしたい。とにかく医師は一人で何でもできると思わないことである。チームとして対応したほうがよいことは多い。


5) 感情への対応をどうするか。
 真実を聞いて泣き出したり、落ち込んだり、怒り出したり、感情的な反応はある。最初そのような反応をされるとどうしたらいいだろうと困惑すると思うが、感情が出されることはいいことだくらいに構えることが必要である。悪い知らせを伝える2)にはこのような感情への対応が詳しく書かれている。患者が泣き出してもいいように伝える時にはティッシュボックスを置いておくというような配慮も書いてある。確かに患者がショックで泣き出した時に黙ってティッシュボックスを差し出すのは、口でいろいろ言うよりも患者の感情を受け止めることになると思う。もちろん経過を見ていて対応が難しい場合には、精神科やカウンセラーなどに協力を求める。


6) 家族の反対にあった時の対応。
 筆者は、家族だけに先にがんであることを伝えるということはほとんどないが、がんであることを含めて、患者にどのように伝えましょうかという相談をすることは多い。「がんの可能性が疑われた時」で述べたように、一番身近な家族に、サポーターになっていただきたいからである。もちろん「患者は気が弱いから、そんなことを話されると落ち込んで治療意欲をなくしてしまうのではないかと心配です」などと反対されることもある。
 その時に筆者が確認するのは、「本当に心配なのは患者さんでしょうか、患者さんと接しなければならないご家族の皆さん自身の心配なのではないでしょうか」「もちろん、がんであることをストレートに言わないでもいい、でも病状がかなり厳しいことを伝えずに、これから悪くなっていく患者さんと、わだかまりなく毎日15分じっくりお話できるでしょうか。でもこれからの時期、いろんな治療以上にそのような家族との語らいが患者さんの一番の慰めになるんです」ということを話す。それでも何も悪いことは言わないでほしいという家族はおられない。


7) 日本人の自己決定の背景。
 真実を伝えることが増えたのは、欧米でさかんになった自分のことは自分で決めようというバイオエシックスの思想が背景にあると思われる。しかし、自己決定の背景となる個人の概念が日本人と欧米人では少し違うように思える。このことについて中島弘氏の概念図(図2)5)が理解を助けると思う。家族から独立して自分だけでことを決める人は少ない。やはり家族と一緒に(もちろん本人に誰と一緒に話を聞いてもらいたいか聞いたうえで)話をするのがいいように思う。また前述の柏木の図(図1)で、あえて不安をたずねない理由として「恐れ」「否定」「あきらめ」などどちらかというとネガティブな感情の他に「自制」「遠慮」「いたわり」「受容」などをあげている。確かに、ここで自分がいろいろ聞いて家族や先生を困らせるより、自分が黙っていることを選ぶ方が高齢者を中心におられることも確かである。自分で決めないこともある意味で日本人の決定の仕方なのかもしれない。これまでさまざまなことを、なんとなく回りの人の意見を気遣って決めてきた人に、人生の最期だけは自分の意志をはっきり示しなさいと迫ることが本当にその人を尊重することになるのだろうか。


最後に
 予後が悪いというような真実を伝えられてショックを受けない患者はいないだろう。真実は辛い残酷なものかも知れないが、その伝え方が残酷でなく、患者の自己決定しやすいように、感情に配慮されて伝えられれば、多くの患者はその中で現実的な対応ができる6)。これは医師が体得すべき大切な技術であり、そのための技術を学び続けるものでありたい。そして、そのことを教えてくれるのは、患者とその家族である。





引用文献
1) さくら会 闘えALS のホームページ http://plaza9.mbn.or.jp/~sakurakai/
2) ロバート・バックマン著、恒藤暁監訳、「真実を伝える」診断と治療社、2000、
3) チャールズRKハインド著、岡安大仁監訳 「いかに”深刻な診断”を伝えるか」、人間と歴史社、2000
4) 淀川キリスト教病院ホスピス編、ターミナルケアマニュアル第2版、最新医学社、1992
5)中島弘:バイオエシックスのグローバリゼーション-21世紀の医療のために日本の現状を考える-. 日医雑誌127巻2号、233-240頁
6)Jonsen AR, Siegler M, Winslade WJ: Clinical Ethics--A practical Approach to Ethical Decisions in Clinical Medicine (5th ed.).McGraw-Hill, New York, 2002.


参考文献
1)「臨床倫理の討論のページ」http://square.umin.ac.jp/masashi/discussion.html