特集●倫理的問題への看護の視点

チーム医療での倫理的問題への対応
――医師の立場から――
しらはままさし
白浜雅司*
 *三瀬村国民健康保険診療所・所長,佐賀医科大学・臨床教授



日常臨床における倫理的な問題の対応(臨床倫理)の教育と実践にあたっている医師の立場から,看護倫理の問題に言及したい。
ここ数年,いろいろな看護師の方から,私に臨床倫理についての講演をしてほしいという依頼がある。また,医師から依頼された病院での講演であっても,医師以上に多くの看護師が参加され,積極的に質問されたり,こちらがハッとさせられるようなコメントをされたりして,医師と違って1日中患者のそばにいて,患者の生活が見えている看護師の視点は貴重だなと思うことが多い。
ただそのような講演のアンケートに,必ずといっていいほど,「自分たち看護師は倫理的なことを考えようとしているのだが,最終的な治療方針を決定する医師がわかってくれない」「倫理的な対応をしたいのだが,いまのスタッフではそこまでやる余裕がない」というようなチーム医療や医療システムの問題から,実現が難しいという感想があり,このような意見に,どうお答えしたらいいのかと考えていた。確かに,医師も看護師も1ベッド当たりアメリカの1/5のスタッフ数で対応しているのが日本の医療の現実である。このうえ倫理的な対応も考えなさいと言われても,対応できないという気持ちもわかる。私は患者のQOLの話をする時に「Quality of Working Life:疲れていてはよい仕事を心から続けてすることはできない。そしてそれが患者のQuality of Careに反映される」ということに言及する。患者のQOLと医療者のQOLをごちゃ混ぜにしてという批判もあるが,医療スタッフ自体を支えるような臨床倫理を普及させないと,熱心な医療者がバーンアウトするだけで,結局患者によい医療を継続して提供できないと思うからである。
大学病院で看護師や医師がチームで働くという環境から,8年前に,医師1人,歯科医師1人,看護師3人の山村の小さな診療所に移り,患者の背景などいろいろなことを長く診療所で働いてきた看護師に教えてもらいながら,診療してきた(このことが患者や地域の視点も含めた臨床倫理を考えるうえで貴重なのだが)。そのため私自身には,医師‐看護師間の意見の相違という実感があまりない。今回この項を書かせていただくにあたり,病院の看護師とお話しして,自分が一般の医師と看護師の中間の立場にいることを認識した。そのような医師の立場から,看護師がチーム医療のなかで,倫理的問題の対応がしやすくなるためのいくつかの提案をさせていただきたい。もし一つでもお役に立つ提案があればうれしい。


 1.本当に看護師には力がないのか
看護師の抱える倫理的問題を理解するため,最近出された『ケアの向こう側―看護師が直面する道徳的,倫理的矛盾』という本を読ませていただいた。そのなかで,「倫理学の目的は『何をなすべきか』という疑問に答えることであるから,それは決定権のある人々のものであり,決定権のない実務者のためのものでない。――決定権がないのにどう行動しろというのだ,というナースの疑問は当然のことだ」1)というくだりが気になった。本当に看護師の仕事は自分なりの価値判断もせずに,指示された実務をこなすだけのビジネスなのだろうか。


 2.看護師にしかできないこと
確かに,最終的に治療方針を決定し,指示を出すのは,医師の仕事である。しかし,その決定をするために,看護師が収集する情報は大いに役立っているのではなかろうか。看護師は医師に比べて明らかに患者と接している時間が多いからである。私が医師として育った佐賀医科大学では,医師も看護師も一緒のカルテに記録をしていて,看護師の記事のなかに,私たち医師には言わない患者の気持ちが書かれていて,たいへん役立った。また研修医時代,詐病を疑う発熱患者がいて,私は医師として医学的データでは異常がないことを必死で検証しようとしたが,ベテランの担当看護師は,忙しい仕事のなかでも1日一定時間患者のそばに座り,しっかり信頼関係をつくり,患者の不安を明らかにしてくれた。そしてそれが一番の治療だった。患者は一人暮らしの不安から,都会に出た子どもに帰って来てほしかったのである。投薬などではなく医師の指示がなくてもできる療養上の世話は,当然看護師の判断で行われることだし,それで助けられる患者は多いはずである。このような看護師の仕事の深さ,すごさを知った医師は,看護師を部下としてではなく,大切な同僚として頼りにしていくだろう。


 3.適切に情報を伝えること
では,どのように看護師の仕事のすごさを医師に理解させるか。それは,日々の患者の世話や観察,会話をとおして知り得た情報を,適切に伝えることである。どんな忙しい医師でも,病棟へ来て患者を診る時間はある。その前後にでも,治療方針の決定に考慮してほしい情報を短くまとめ,その理由,根拠を伝えてもらうと医師としてはたいへんありがたい。忙しければカルテにメモを残してもらうだけでもいい。


 4.患者や家族への医師の説明に同席し,弱い立場の患者のサポートをすること
患者や家族への病状説明などもできるだけ同席してほしい。同席すれば,医師の考えがわかるだろうし,ちょっと難しそうな部分を,患者や家族が質問する手助けができると思う。同席すると医師が看護師にムンテラの記載までさせるという苦情を聞くこともあるが,医師には医師が話したと思う内容の記録をすることは当然として,同席した看護師が理解したこと,患者や家族がどう受け止めていたかを追加して記録しておくことは,患者や家族の理解を知るうえで大切である。このように医師だけでなく,看護師の協力がなければ,患者の不安な本心まで聞き出す真の意味でのインフォームドコンセントなどできないと思う。こちらが何を話すか以上に,患者が何を知りたいかに答えることが,患者の自己決定を支えることになる。質問を受けて初めてインフォームドコンセントといえるのである。医師が「何かわからないことはないですか」と聞いてもさっと質問できる患者は少ない。患者のそばにいる看護師には,説明を受けた後のフォローも続け,患者の不安を聞き出す受け皿になってほしいし,そして,その患者の思いを医師に伝えてほしい。
どんな医師も,医学的適応ばかりでなく,最終的に患者に喜んでもらえるような医療を提供したいという思いはある。けれど,短時間の問診では,なかなか大事な患者の希望を聞き出せないのである。


 5.感情的にならないこと
患者のことを思ってのこととは思うが,「何で効果のない抗がん剤を続けるのですか。患者さんがかわいそうじゃないですか」というような感情的な発言をされると,次から医師はそのような看護師に相談しなくなる。感情的になりそうな時こそ,ひと呼吸おいて,できるだけ自分の感情を差し挟まないで,患者や家族の言葉を客観的に伝えてほしい。「患者さんが,この治療を始めて体がきつくてつらいし,まったく眠れない。一度家に帰ってゆっくり眠りたいと望まれています。一時帰宅ができないでしょうか」くらいに言われると,受け入れやすい。


 6.相手が助けを求めるまで手を出さず,見守るという姿勢も大切
 どうしても医療者(特に看護師)は,患者に何かしてあげたいと思う。しかし,在宅の高齢者などに,いまは困ってないから干渉せずに自由にさせてほしいという願いをもっている人は多い。困った時にはすぐ手を出せる状態で,少し離れて見守るという姿勢が大切である。


 7.あいまいさに耐えられること
 D.Callahanは,高等教育での倫理教育の目標として以下の5項目をあげている。
・道徳的想像力を刺激すること
・倫理的問題を認識すること
・問題を解析する技術を発展させること
・道徳的義務と個人の責任の感性をひきだすこと
・意見の不一致やあいまいさに寛容であり耐えられること
特に最後の「意見の不一致やあいまいさに寛容であり耐えられること」という点が興味深い。臨床の現場における倫理的な対応は,100%全員が満足などということはなく,関係者の60%くらいしか満足できないかもしれないが,そのような小さな積み重ねが,倫理的な対応を続けるうえで大切だと思う。


 8.誰かを悪者にしないこと
医師が変わらないといけないのはもちろんで,2004年からの卒後臨床研修必修化のなかで,指導医の立場で,どのようにしたら倫理的な配慮や態度がとれる医師を育てられるのかを検討しているところである。ただ,誰か一人を悪者にして非難すれば問題が解決するということは少ないし,なかなか人は変わらない。自分を変えるほうが簡単である。倫理のような態度教育は,ロールモデルでしか教えられない。指導する人が,指導される人の価値観を尊重し,その良いところを伸ばすような教育ができなければ,患者の意思を尊重するような倫理的な医師や看護師は育たない。


 9.システムのせいにしないこと
システムが悪い,人が足りないからできないでは,目の前の患者はサポートできない。私たちがいまできる最大限の配慮をして,そのような医療スタッフを支えることが,結局自分たちの健康を守ることになるのだということを患者,一般国民に認識してもらう必要がある。
システムはすぐには変わらない。しかし,自分たちで変えられる小さなことはあるはずだ。有名なニーバー牧師の祈りは,このような私たちに大きな示唆を与えてくれる。
 「主よ,変えられないものを受け入れる心の静けさと,変えられるものを変える勇気と,その両者を見分ける英知を与えたまえ。アーメン」


 10.チームとして一致して対応する
 「あの先生はちょっとおかしいのよ」などと安易に他の医療スタッフの批判を患者にこぼしたりすると,患者はその医療スタッフ全体への不信を抱き,誰の指示に従ったらいいのかわからなくなる。たとえば,DNRオーダー(心肺蘇生をしないという指示)が出た時に,その考えがチームのなかで統一されず,個人個人で解釈が違っては困る。DNRオーダーはチームの意思統一のもとに患者や家族の承認をとって,医師が指示を出すものである。もしそれに異議があれば,そのオーダー決定や更新の折に,きちんと医師に伝えて考慮してもらう必要があり,チームで話し合って決まったことに従って対応しなければならない。
 最近、DNRオーダーが生かされていないという報告を耳にすることが多い。主治医や受け持ち看護師のいる日勤帯はいいのだが、夜勤帯の看護師や当直医にDNRオーダーが伝わってないことがあるらしい。患者・家族、医療スタッフ全員が心の痛みを感じながら決めたオーダーである。誰が見てもすぐわかるカルテの部分に表示するなどして、連絡ミスで挿管してしまうことがないように注意したい。

最後に,チーム医療を考えるうえで貴重なHIV感染者大石敏寛さんの「チーム医療に携わる専門家へ」と題した言葉をあげておく。医療チームは,自分たちのためではなく,あくまで医療を受ける患者のためにあることを忘れないでいたい。
・自分の仕事を理解してほしい
 どのような影響を患者に与えるかを理解してほしい
・相手の仕事を理解してほしい
 互いの連携のために
・自分の仕事に傲慢にならないでほしい
自分の仕事が一番だと思わないでほしい
・自分の仕事に誇りをもってほしい
・是非患者と一緒に希望をもってほしい



「臨床倫理の討論のページ」
[http://square.umin.ac.jp/masashi/discussion.html]
 筆者が行っている臨床倫理の討論や教育内容を提示したホームページ。Jonsenらが提唱している臨床倫理の4分割法の紹介など,筆者が執筆したほとんどの論文を読むことができる。


 引用・参考文献
1)Chambliss,D.F.,浅野佑子訳:ケアの向こう側;看護師が直面する道徳的・倫理的矛盾,日本看護協会出版会,2002.
2)小島通代:看護ジレンマ対応マニュアル;患者中心の看護のための医師とのコミュニケーション,医学書院,1997.
3)矢永由理子編,成田善弘監修:医療のなかの心理臨床;こころのケアとチーム医療,新曜社,2001.
4)白浜雅司:医療職を目ざす学生の倫理的感受性をいかに育てるか;医学生への臨床倫理教育の経験から,看護教育,41(4):260-266,2000.


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