2月23日と24日、三瀬村国民健康保険診療所を見学させていただいた。そもそも、私が診療所を見学したいと思ったのは、私自身が都市でしか生活した経験がなく、地域医療、往診、山村での高齢者の一人暮し、などを言葉でしか知らないことに気付いたからである。4月から大学病院での病棟実習が始まるが、大学病院が一次医療を行う施設ではなく、基本的にはすべての患者さんが近所の開業医、あるいは地元の診療所を経て来院する事も知識では知っていたが、実際に自分の目で見たことがなかったのだ。
診療所の様子や何をしているかという事は、この半年の社会医学系の講義、テレビや本からの知識、診療所のホームページなどから予想していたものと、ほぼ同じであった。しかし、自分の目で見て初めて分かった事はとても多かった。
一日目の午前中は、診療を見学させていただいた。新患はほとんどなく、多くが慢性疾患の患者さんのようで、「おはようございます。」と先生に挨拶するときもとてもうれしそうな表情をされる方が多い。一見、みな顔の色つやがよく、元気そうにさえ見える。病人は顔色が悪くベッドに寝ているもの、入院すべきかどうかの判断が大切、投薬、治療方針は医師が提案するもの、などこの4年間でいつのまにか思い込んでいたことが、特殊な場合に限ることを改めて思い出した。私自身も病院に行った経験はあるが、急性の疾患や、入院を必要とする緊急の場合だけで、長期間定期的に通院したという経験がなかったというのも、その一因かもしれない。
ここでは、病気は生活に入り込んでいるもので、患者さんはご自分の体のことや病状をよく把握していて、注射や点滴、薬を自分から頼む人が多いのには驚いた。大きな病院を受診したい、できれば医大を、と言う方も多く、大学病院の地域での位置付けも初めて考えさせられた。
午後の往診では、退院して在宅で介護を受けている家庭を実際に訪問し、また二日目には高齢者支援の調整会議に出席した。印象に残ったのは、多くの職種が関わっていること、本人も家族も周囲の目を気にすること、4月からの介護保険に向けて現場が未だに混乱していることである。医療や介護には、高い理想ももちろん必要とは思うが、現実には高い費用がかかり、介護する側にも守らねばならない生活がある。一方的に、高齢者を引き取らない家族を非難するのは簡単だが解決にはならず、現場では、本人はもちろん、家族や診療所、行政にとっても一番よい道を考えねばならない、という当たり前のことも改めて考えさせられた。
今回、4年と5年の間の春休みに見学させていただいたが、時期的にとてもよかったのではないかと思う。初めて実際の患者さんと接して知識の不足は痛感したが、それでも一応すべての科の講義を履修していたこと、社会医学系の講義を通して、一般的な日本の医療体制や保険のしくみを知識として知っていたことは、目で見ていることを理解するのに役立ったと思う。また、5,6年生の病棟実習を前に、地域の診療所を見学したことで、今後出会うすべての患者さんに、地域での生活や家族があることを忘れずにいられると思う。
この実習を通して一番強く感じたのは、地域医療を担う責任の重さである。どんな病院でも、地域でも、医師は診療・治療に対して大きな責任を背負う。しかし、地域でただ一人の医師ともなれば、乳幼児から高齢者まで、慢性疾患から救急医療、また皮膚科、眼科、整形外科の知識まで、患者さんのニーズは幅広く、専門外です、では通用しない。また地域に関わるには、社会や経済についても精通していなければならない。プライマリーケア、全人的医療と言葉でいうのはたやすいが、細分化、専門化している現在の医療システムの中では、どの分野に進むより医師個人の学習意欲や向上心が問われるのではないかと思う。現在、医師過剰時代と言われながら、未だに無医村は全国で多々ある。その矛盾を解くためには地域医療を担える医師を育てることが大事である。しかし、卒後のスーパーローテーションを実施している研修指定病院などを別にして、卒後すぐに専門の科に進み、大きな病院で何年かはその分野の患者さんしか診ていないという医師では、地域医療を支えることはできないだろう。佐賀医科大学が地域医療の担い手を育てるとのコンセプトを掲げるならば、もう一歩進んで、具体性、実現性のあることに取り組めればよいと思う。