三瀬村国民健康保険診療所の現場を見学しての感想
長崎純心大学現代福祉学科3年 瀬戸美佳


 現在、医療・福祉においても在宅生活が叫ばれていますが、高齢者になってもできるだけ自己の健康管理を行ないながら在宅での生活を行なうためには、予防(医学)が重要になってきます。今回、三瀬村の住民の方にとって、診療所の存在はどのようなものかを知りたいと思い、実際、医療の現場で診察場面を見学させていただきました。
 訪れた日が年末という事もあって、訪れる患者さんはそう多くはありませんでしたが、小雪がちらつく中ながらも早々来られた方がいらっしゃいました。
 私は、これまで患者として病院に行き、医師に病気をみてもらう立場しか体験することがなかったのですが、同じ診療室でも医師側の場所から見つめる時に、患者さんの表情や言葉を客観的に見ることが出来ました。
 患者さんの年齢や性格なども反映されるのかもしれませんが、患者さんは終始、先生とだけの会話に徹するのではなく、時折(先生の後ろに立っている)私の方にも目線を投げかけながらお話される方が多い事に気づき、私も患者さんの目を見ながらゆっくり相槌を打っていました。そうする事によって、患者さんの表情が幾分か柔らかくなったような気がしました。私自身、普段診療所の中で見かけない人間が診察室の中にいる事で患者さんが不安に思われないのかを心配していましたが、待合室や診察室の中でも気さくに話し掛けてこられたので安心しました。それだけ、三瀬村の住民の方が優しく、また、先生のいる診療所に対して信頼してくださっているからであろうと思われます。
 それだけでなく、この時の環境を今振り返り、客観的かつ大胆に考えるとすれば、診療室という仕切られた部屋の中では、医師と患者の一対一の関係よりも、その空間に一人の人が入り、その人がクッションのような役割を果す事によって、患者さんの緊張が少なからず和らぐのではないだろうかと言えるのではないでしょうか?
 今日インフォームドコンセントが言われるようになっても、患者さんは病気に対する不安だけでなく、様々な不安を伴いながら診察室の椅子に座るのでしょうから、会話を交す時に・・・その中で医師は所見を含めて診察されるのでしょうが、同様に患者さんにとって、自分の話を非審判的に聞き入れてくれる人(多くの診察室では看護師が多いのかもしれませんが)がそこにいる必要があると思います。もちろん、それを嫌う患者さんもいるので、絶対とはいいきれませんが、特に高齢者が医師と対等な関係をもって診察室で向かい合う時には必要とはいえないでしょうか。
 看護師や医師と違って、福祉の学生は医療行為が行なえないので、診療室の中では具体的に何かの行為を行なう事はありませんでしたが、待合室での時間を使って、患者さんのお話を伺うことが出来ました。伺ってみると一人暮らしの高齢者が多く、診療所の方から車で自宅まで迎えに来て貰えるので助かっているといった話が伺えたのですが、その反面、家族と同居していながらもやはり家族への遠慮や孤独を訴えられる方もいらして、改めて、病気の不安よりも家族関係や親しい人の死によって人との交流が減った事に対する不安や寂しさといった人間関係についての問題を深く認識せずにはおれませんでした。
 今回、診察室における見学を通して、インフルエンザの予防接種を含めて住民の方の病気に対する予防意識はずいぶん高い方ではないだろうかと思えました。在宅で生活を行なうにあたり自立した生活を送るためにも、住民の健康に対する意識だけでなく、持病があっても、(医療や福祉を活用しながら)リスクを少なくして生活するための知識や心構えを持つ事によって、生活の質をいい状態に維持できるのではないだろうかと思いました。
 最後に、一日ではありましたが、多忙な中、時間をとって見学を受け入れてくださった白浜先生をはじめ職員の方々、また、診察室に入ることを快く受け入れてくださった患者さんに深くお礼を申し上げます。


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