日常診療の基本講座 その25

「あなたの周りの臨床倫理的問題を考えよう!―臨床倫理入門―」

佐賀市立国民健康保険三瀬診療所/佐賀大学医学部臨床教授 白浜雅司

(羊土社発行レジデントノートVol.7 No12(3月号)2006,16211626ページ)

 

1)研修医の皆さんへ-

 1年目の研修医の皆さんは、日常診療の基本的な技能に慣れてきて、少し余裕を持って患者さんに接することができるようになった頃ではないではないでしょうか。さらに2年目の研修医の方は、地域の診療所などでの研修で、医療以外の様々な周囲の状況が見えてきて、何となく自分が病院の研修で大事にしていたものと、患者さん、その家族、診療所スタッフと何か大事にしているものが違う、何となくモヤモヤしたことが残るというようなことに出会うことはなかったでしょうか。そのようなモヤモヤした感じを抱くということが、実は臨床倫理的な問題に気付くきっかけかもしれません。

 

2)臨床倫理とは?

臨床倫理(clinical ethics)と言う言葉自体が難しくてちょっととっつきにくいかもしれませんが、私は「日常診療の場において、医療を受ける患者、患者の関係者、医療者間の立場や考えの違いから生じる様々な問題に気付き、分析して、それぞれの価値観を尊重しながら、関係する者が納得できる最善の解決策を模索していくこと。」というようなことと考えています。このような問題の多くが最初関係者に何かモヤモヤとしたこととしてとらえられるのではないかと。

これまで、研修医の先生からうかがった臨床現場で遭遇した何かモヤモヤした事例をいくつか挙げると以下のような事例があつまりました。どれかは皆さんも遭遇されたのはないでしょうか。

1、救急外来に何度も動悸で受診し、抗不安薬を希望する独居の高齢の患者さん。

2、酔って転倒し、硬膜下血腫でCT撮影も必要だが、治療拒否をされたアルコール中毒患者。

3、白血病という病名に感づいている子どもに病気のことを話すことを拒否するご両親。

4、透析を続けていた患者さんの痴呆が進み、身体拘束しないと透析治療が危険になってきた。

5、脳梗塞は安定し、本人は家に帰りたがっているのだが、家族は退院に乗り気でない。

 

3)では上記のような事例で医療者はなぜモヤモヤするのでしょうか?

上記のような事例について共通するものとして以下のような点があると思います。

1、診断がうまくできない、治療がうまくいかず、医療者として無力感を感じる。

2、患者の思いと、家族の思い、医療者の思い、は同じではない。

具体的には

            患者や家族が治療に非協力的で治療がうまくいかない。

            医療者としては、不要、適切でないと思うが、患者や家族がある治療を希望する。

すなわち、患者と家族、そのケアをする医療者が、それぞれの立場で大切にしているものが違い、その中で医学的視点だけで進めようとしてもうまくいかないことが多いのではないでしょうか。

 もちろん、個人の性格の違いもあって、すべての医療者が、同じようなモヤモヤを感じるわけではありませんが、そのようなモヤモヤにどう対応していくかは、医療者として仕事を続けていく上で、医学的知識を学ぶのと同じように大切なことのように思います。

 

4)モヤモヤを解決するための方法

私はモヤモヤした問題をわかりやすくするために、私は以下の3つの質問を考えてもらいます。

1、この事例で、あなたが問題と感じる点をできるだけたくさん挙げてください。

2、この事例を考えるために、どのような情報がほしいですか。

3、あなたはこの事例についてどのように対応しますか。

もちろんこれにすぐ答えが出せるくらいなら、最初からモヤモヤなんかしませんよね。モヤモヤには、何となく嫌な感情も加わりますのでなお大変です。そのようなときに少し問題を客観的に分析することができればと思います。その手助けとして、私はJonsenらが開発し私が改変した臨床倫理の4分割表をもとにした検討をお勧めしています。詳しい4分割法の解説は紙面の都合で、以下の筆者のHPを見ていただきたいのですが、各項目のチェックポイントをある程度知っておくことは問題点の気づきに役立つでしょう。

臨床倫理の討論のページ 

http://square.umin.ac.jp/masashi/discussion.html

 

臨床倫理の4分割表

1)医学的適応

  Medical Indication

 “BenefitNon-malficience

    恩恵、無害の原則

 

  (チェックポイント)

   1.診断と予後

   2.治療目標の確認

   3.医学の効用とリスク

   4.無益性(Futility

  5.医療事故、医療ミス

2)患者の選好

  Patient Preferences

Autonomy

自己決定の原則

 

 (チェックポイント)

   1.患者の判断能力

   2.インフォームドコンセント

   3.治療の拒否

   4.事前の意思表示(Living Will

   5.代理決定

                  代行判断

                  最善利益

3)QOL

   QOL(生きることの質)

   Well-Being

   幸福追求の原則           

 

 (チェックポイント)

  1.QOLの定義と評価

(身体、心理、社会、スピリチュアル)

  2.誰がどのように決定するのか

 ・偏見の危険

 ・何が患者にとって最善か

  3.QOLに影響を及ぼす因子

 

4)周囲の状況

  Contextual Features

  Justice-Utility

   公正と効用の原則

 

 (チェックポイント)

   1.家族や利害関係者

   2.守秘義務

   3.経済的側面、公共の利益

   4.施設方針、診療形態、研究教育

   5.法律、慣習

   6.宗教

  7.その他

 

6)具体的な事例の検討

 では、ひとつの具体的な事例をあげて検討してみましょう。うまくまとめた結果だけよりは、具体的な会話を含めた検討の様子を味わってもらえたらと思い再現してみます。

<事例>

地域医療・保健の研修で1ヶ月診療所実習をしていた2年目の研修医Aさんの経験した事例です。

ある日、指導医のB先生が午後から出張で、診療所で留守番をしていたところ、夕方、定期的に訪問診療を続けている脳卒中後の寝たきりで、少し痴呆もある88歳のCさん宅から、朝から食事をとらず、38度の発熱があるので往診して欲しいという連絡ありました。先週指導医のB先生と往診した患者さんで、その時はお元気でした。A研修医は診察後、熱も38度あり、食事もとれていないことから、すぐ後方病院に紹介入院にした方がいいと判断して、入院を勧めたのですが、患者さんは「入院はいや。家がいい。」同席していた息子嫁さんも「本人も家にいたいといっていますし、もう少し家で様子をみてはだめでしょうか。入院させると逆に私たちの病院までの行き来が大変で」と患者も家族も入院に乗り気でない様子。Aさんは困ってB指導医の携帯電話へ連絡しました。

B医師 「全身状態はどうなの?いかにもつらそうですぐ何かの緊急対応が必要な感じ?」

Aさん「熱はあるのに、そこまでつらそうな感じではありません。ただ発熱の原因がわかずちょっと心配で」

B医師 「寝たきりの老人の発熱の原因として多いのはなんだろう?」

Aさん「呼吸器と尿路系の感染でしょうか」

B医師 「そうだね。だったらどんなところに注意して診察する。」

Aさん「咽頭発赤、呼吸音と背部叩打痛の確認だと思って診察したら、右肺に雑音があり、軽い肺炎があるのではないかと気になるのですか。」

B医師「咳や痰はどう。」

Aさん「特にありません。ただ高齢者の肺炎は咳や痰のはっきりしないこともあるので」

B医師「念のため髄膜炎の除外の項部硬直と、イレウスなどの腹部グル音も確認して、あと脱水はないか、起立性低血圧もチェックした上で、CBCとCRPの採血チェックまでしてくれないかな。結果が出たら、また連絡下さい」

(30分後)

Aさん「採血結果はWBC15000、CR4.6で感染が疑われる所見です。入院させなくていいでしょうか?」

B医師 「そうだね。肺炎が心配なんだね。実は昨年もこういうことがあって肺炎で入院させたのだが、本人が退院したがって、点滴は抜くし大変だった。一時は身体拘束せざるをえなくなってそれが寝たきりになる原因になってね。一応明日の夕方は帰って患者さんを診ることができるので、それまで、経口の抗菌剤を使って経過を見てもらおうか。ちょっと患者さんの家族に変わってくれないか」ということで、介護の中心であるお嫁さんに受話器を渡した。

お嫁さん「すみません。どうしてもおばあちゃんは入院が嫌らしくて。」と話した後、B先生の声に「わかりました。もう年齢も年齢だし、今夜突然悪くなるということだってありうることはわかっています。ただ本人も以前から、死ぬなら自分の家でと言っていましたので、そうさせてください。主人にも先生のお話を伝えておきます」と答えて、Aさんに再度かわった。

B医師「もう一度患者さんのご家族と話をして、やはりこのまま家でみていたいということだから、抗菌薬だけ処方して飲ませてください。何かあったら私の携帯に連絡してもらうようにしたから。私が帰るまで急変したりしたら、先生に連絡するかもしれないので、連絡がつくようにしておいて。」ということだった。

Aさんは思った。患者にとって本当にこのまま家でみることが最善なのかと。

幸い翌日患者さんは少し食事を取っていて、熱も37度台に下がってきたという連絡があり、そのまま経過観察し、翌週の定期往診に行ったときには、前と変わらないくらい食事もできるようになっていたのだが。何かしっくりしないものが残っていたので、AさんはおそるおそるB指導医に聞いてみた。

「先生、なぜ先生はあの時、つよく入院を勧められなかったのですか。経過が悪ければ、家で突然死して取り返しのつかないことになりませんかね?」

(このような問いかけをぜひ指導医にしてほしい。それがこのような倫理的な問題を考える貴重な機会なのだから。臨床倫理の問題は特別な事例にだけ関わるものではなく、日常の症例に倫理的な問題は潜んでいる。指導医はそのような研修医の問いに応えながら、一緒に考えてほしい。なぜそのような判断をしたのか。それでよかったのか。私はこのようなことをきちんと考える機会が増えることが、市民の日本の医療への信頼を回復するための大きなきっかけになるような気がする。)

 

B医師「そうだね。確かに残念な結果になって後悔することもあったよ。でもね。最低限医師としてなすべき医学的な対応をやって、自分なりの判断を伝えた上で、患者・家族の意向と折り合わせることができればいいんじゃないかな。そこら辺を臨床倫理の4分割表で整理して考えてみようか。」

 

1、医学的適応を検討する

B医師「まず医学的な確認は絶対大事だよね。Aさんが呼吸器か泌尿器感染症を疑って診察と採血検査をして、WBCCRPの上昇を確認して、抗生剤を出してくれたのが結果的によかったのだが、もし悪ければ、当然翌日診療所でできるレントゲンや検尿やエコーや、必要なら後方病院に紹介しただろう。臨床の現場では慎重に経過をみる(Watchful Waiting)という姿態は一番大事だからね。入院したら検査が進んで、感染源が確実にわかったかもしれない。また脱水症状なども持続点滴をすれば早く改善したかもしれない。でも一方で、慣れない場所による譫妄、点滴を抜こうとする危険、動かなくなることでの廃用症候群などもありうるので、入院医療のメリットデメリット、在宅医療の限界の両方を知って、この患者さんにとって最善の医療は何かを考えるんだ。」

 

2、患者の選好を確認する

Aさん「次の患者の意向はどうしてわかりますか。寝たきりで今ひとつ判断力が不確かですが。」

B医師 「これまでの患者や家族と付き合って彼らの意向を知っていたのが大きいだろうな。あの患者さん診療所に通っている頃から、点滴などの注射が大嫌いでね。またこれまでに食べ物が咽喉に詰まって救急車を呼ぶというようなこともあった。その時に、今後このような急変はまた起こりえるし、家で突然死などがあるかもしれないという話は、本人、同居している家族にもしたけれど、やはり家で過ごしたい、家でみたいという結論だった。だから、あの時電話で家族の意思を再確認したんだ。在宅が心配ならいつでも入院を考えてもいいからねと。」

 

3、患者さんのQOLを見直す、4、周囲の状況を知る

Aさん「この患者さんのQOLってどうでしょうか。介護する家族は昼間農作業で忙しく、十分なお世話ができないと思うのですが。」

B医師 「でもこの方が育てた田んぼをみながら、またご先祖の祭られた仏壇の前で過ごすのと、知らない病院の病室で暮らすのではどっちが患者さんにとっていいのかな。周囲の状況にもかかわるけど、この地域の在宅のサポートは結構充実しているよ。今度訪問看護師さんが温泉のお湯を家に運んできて入浴させるのを見るといい。患者さん本当にいい顔しているよ。あと、この地域の医療福祉の関係者、ヘルパー、訪問看護師や村の福祉担当者が一同に集まるケアカンファレンスがあって、関係者が患者の状態、家族の介護状況などで、在宅ケアの調整をする。一時期、家族が忙しくて、介護放棄ではないのかという意見もあったけど、仕事に出る時も、ちゃんと食事の用意だけはされているし、田植えや稲刈りの忙しい時期は、ショートステイを利用してもらうようにしている。あとヘルパーさんの中には、自分が訪問したときに誤嚥による窒息死などがあったらという不安があったようだけど、本人が口から食べたいという間は食べさせようよ。それでもし窒息しても誰も悪くない。最後の責任は主治医の私にあるからという対応をしているよ。また家での介護は、家族は普段着のままでいいけど、病院にかようとか、付き添いするのは相当大変でね。特にこのお嫁さんは運転されなし。」

 

Aさんは、このような話を聞くことで、今回在宅で見ようという判断がされたのだなということがわかって少しスッキリできた気がした。

このようなモヤモヤ問題への対応は、患者にとっての最善を模索することにある。それは、医学的データだけで判断できるものではなく、患者のこれまでの人生、大切にしているもの、患者・家族の歴史などの情報を、患者・家族との対話を通して得ることが鍵になる。そして、患者を中心に、家族、医療福祉のチームが協力してできるということを知ってほしい。誰か一人を悪者にしたり、誰か一人に責任を負わせたりすることでは、結局いい対応を続けることができないからである。

 

まとめ

                  医学的適応、患者さんの選好、QOL,周囲の状況、の4つの視点で患者さんの問題点をみつめ直し、最善を模索する

                  指導医の判断にモヤモヤすることがあったら、その判断の理由を尋ねてみる。

                  倫理的な問題でモヤモヤしたときは一人で判断せず、誰かと一緒に考える

                  4分割表を用いた検討法の詳細は「臨床倫理の討論のページ」を参照のこと

http://square.umin.ac.jp/masashi/discussion.html

 

<著者紹介>

佐賀市立国民健康保険三瀬診療所所長/佐賀大学臨床教授 白浜雅司

2005年4月から、卒後臨床研修で毎月一人の研修医が診療所にやってきます。彼らとの対話を通して、自分のやってきた地域医療や臨床倫理をふりかえることができるのは貴重なことです。関心のある方はぜひ以下のHPをご覧ください。ご意見も大歓迎です。

http://square.umin.ac.jp/masashi