診療所実習レポート
96079 前田 寿幸
1. 姫島での実習
自分自身、島に渡るのは2〜3回しかなく、まして島の診療所を実習するのは初めてのことだった。その上自分が勉強してきたものは、ほとんどが専門性を重視したものであり、地域で求められる医師がどのようなものなのかは、未知であった。
実習を始めてみて、一番最初に驚いたのは医者の多さである。今年の三月に定年された松本先生をはじめ、外科・小児科などの3人の先生がいることは僻地医療としては考えもしないことであった。後から聞いたのだが、3人の先生がいることで国東半島の大きな病院へいろんな研修を受けにいくことができるというのは、昔からある僻地医療の知識・技術の遅延という神話を打破し、大病院まではいかないが大きな可能性を秘めていると思った。また、内視鏡室、透析の機器や手術室の存在は僻地医療であることを感じさせないものであった。
到着して一日目の夜に、運良く急患を体験することができた。クループの子だったが、先生自体も前から同様なことがあったということが分かっており、滞ることなく診療は終わった。自分自身、救急に興味がありいろんな病院の救急をみさせてもらったが、子供の救急において患者がたらい回しにされ、大学病院に母親が泣きながらくることは少なくない。これは、多くの病院で若い研修医が当直をしているからであり、小児科の救急・夜間診療がないからにほかならない。先輩の医師から聞くのは、救急の電話がかかってきて、子供だったらできるだけ断るようにするということである。ある意味、医療の質が高いはずである中央がだめで、僻地のほうが安心できるという本当に変な話である。しかし、僻地の問題点は、より専門的な医療が必要となった際に中央の医療機関に送る時間がかかりすぎるという点である。姫島では、漁船やヘリコプターでその問題を解決しようとしていたが、漁船の場合は振動が大きすぎる点や水飛沫により体温を保温するのが困難な点がある。また、ヘリコプターはそれを飛ばすのにいろいろと条件がきびしすぎるという問題点があり、まだ実用的ではない。これをどう解決していくかがこれからの問題であるだろう。
最後に、この姫島での実習をする前にこれだけは解決しておきたかった疑問があった。それは、なぜ島に残る人は便利がいいところに住もうと思わないのかというものである。よく、都会からきた人はこんなのんびりしたところにくると、「都会のストレスから開放される」、「こんなところに住んでいる人はストレスがなくていいですね。私も住もうかな」などと、面白いことを言う。そんな人は本当に、命懸けで漁に出ていく気持ち・冬の海の冷たさ・どんな日でもやらないといけない畑仕事・エビの養殖の失敗と成功の繰り返しを考えたことがあるのだろうか。言うなれば、自然のストレス。これは、島の30〜40才の人を見れば、だいたい50才ぐらいに見えることを考えれば、いかに自然のストレスがすごいものかがわかる。患者さんの年齢を当てるのが得意な自分であったが、こんなにはずしたのは初めてであった。話がはずれたが、なぜ島に残るのかという疑問はいろんな答えがあると思うが、ひとつの回答を得ることができた。それは、ある80才ぐらいのおばあちゃんと話をしているうちに、なぜ島に残ったかを聞いてもいいかなと思ってしてみたところ快く答えてくれた。そのおばあちゃんは息子が二人いて、現在関西方面へ働きに出ており結婚もし、子供もいる。たまに、電話はかけてくるが、帰ってくるのは一年に一回ほどである。さびしくはないと言ってはいたが、少しさびしそうではあった。息子さん達は同居を勧めたが、それは断った。何で断ったのかと聞くと、「自分の息子達のふるさとはここにしかない。自分がここに残っていることで、いつでも息子達が帰ってくるころができる。ふるさとはだれにもひとつしかなく、それはなくなったとき、その大事さが分かるよ。」と言い終えると、少し涙目になり、外を眺めていた。その時自分は松本先生が言われていた、「自分は70歳になりますが、患者さんから学ぶものはたくさんあります。」という言葉を思い出した。きっとこの実習は自分が医者、そして人間として生きていく上で、とても貴重なものであり、このおばあちゃんと一緒に見た外の初秋の風景を忘れはしない。
2. 三瀬診療所での実習
三瀬診療所では、患者を中心として在宅医療・在宅ターミナル・ケアが円滑に行われているのが、よく目に映った。それを可能にしているのは、医者をはじめとして看護婦・ヘルパー・支援センター・役場などが強いつながりによって成り立っていることに他ならない。例えば、服薬指導などは医者・薬剤師がどんなに説明していたとしても、なかなか理解してない場合が多く、支援センターの人が家を回り、ちゃんと服薬しているかを確認していることで医療が円滑に進んでいることを強く感じた。また、ヘルパーさんの栄養と本人の好みを考えた多彩なメニューには、驚くばかりであった。ほとんど大学における医療を見てきた自分には、こういう人たちがいるからこそ医療は成り立っていることを思い知らされた。また白浜先生も、ホームページを作成し、感染症などの情報を提供・交換することで医療の質を上げようと精力的にがんばっておられた。一番心に残っているのは、白浜先生の言われた「自分は患者がこの三瀬にすんでいたから、助からなかったということには絶対にしたくない。」という言葉である。実際に村民にはクモ膜下出血などの教育がなされており、医学に対する啓蒙なども強い。また、積極的に心肺蘇生の講習を中学生から導入しており、医者だけが動くのではなく、村民一丸となって医療に取り組んでいるように思えた。患者さんに際しても、大学病院のように薬をもらいに来ただけなのに何時間も待たされるのではなく、患者さんがきたら1〜2分で診療が始まると言うのはとてもいいことだと思う。過去では地域の病院から大学病院への紹介にだけ、保険診療に加点されたが、現在では大学病院から地域の病院への紹介も加点されるようになったので、大学病院に集中する患者さんを地域に戻すのが円滑になっていくのが望まれる。
最後に、今の診療所に足りないものとしては、救急の出入り口がほしいと思う。実際に急患がきて運び出すときにとても時間のロスがあり、途中で暴れ出したりしたらあの狭い廊下ではとても危険だと思う。新しい診療所ができる際に、考えておられると思いますが、その設置は必要だと考えます。
学生の感想に戻る