三瀬村での1か月研修を終えて
佐賀大学医学部付属病院 研修医 黒木淳
私は大学で1年間研修をした中で、「癌治療後」というものをもっとよくできるのではないか、という思いがあった。その理由は、限界まで化学療法を行い、できなくなった時点でその後の対応を考え始めたら末期のがん患者さんには遅すぎると思ったためだ。一例を挙げる。肺がんに対し化学療法を行っていたが全身状態が悪化し、治療継続が困難となった。本人は家に帰りたいという希望があったが、家族の不安や骨転移による跛行があり、帰るには訪問看護や介護保険(福祉用具の導入など)が必要であった。申請や準備などには数週間かかるが、癌患者さんの数週間はとても長いものであり、やっと帰れたがあまり長く家で過ごすことができなかった。その患者の背景に、どういうもの(家族背景や考え、かかりつけ医や福祉資源など)があるのかをあらかじめ知り、治療やその後のことについて話し合い、お互い準備ができていたらもっとスムーズにその人の戻りたい場所(家や地域の病院)へ帰れるのではないかと感じていた。今回、三瀬の福祉や医療と人々との関係を見せていただいたが、行政と福祉と医療が話し合いをもち、情報を共有し、それぞれの得意な角度から高齢者を支え、よりよいケアを行おうとしていた。これだけ患者自身や家族や社会背景を知っているかかりつけ医や福祉系の人々がいればどんなに心強いか、またその現状を最先端の医療をする側も把握しておけば、この問題は解決できると思った。
話が前後するが、この1ヶ月間は地域医療を知るのにちょうどいい大きさの村であった。デイサービスで会った人、ホームヘルプであった人が患者として再び会うなど、多少なりとも患者さん自身や家族を色々な角度で知ることが出来るためだ。何度目かの再会になると親しみが生まれ、診療がさらに楽しくなった。逆に、私が患者さんの客になってびっくりしたこともあった。例を挙げる。弟がまず感冒で来院し、数日後、母と祖母が感冒で来院。締めくくりは兄であった。また、母が働いているため朝早く子供を診療所に預け、昼休みに迎えに来たり、仕事が終わるまで点滴をゆっくり落としながら待つなど、まさにその家庭を知っているからこその理解や対応であり家庭医の醍醐味だと思った。また、小中合同の運動会にも校医として参加した(といっても見学しただけで無事に終わった)。子供たちの晴れ舞台であるが、数日前に感冒や怪我で数人の子供が来所していたため、ちゃんと参加できるか気がかりであった。当日、みんなが元気に参加している姿を見て一安心、本当によかった。皆が皆を知っていて応援し合い、とてもあたたかい運動会だった。一方、老夫婦も印象的だった。亭主関白のため妻は急性のストレス性の胃潰瘍で輸血まで必要な状態であった。楽しみはデイケアでゆっくりすることであり、その日も参加していた。夫は体がきついのに、妻がデイケアに行ってしまったため不安になったといって診療所へ来た。しかし実際は体のきつさよりも、他の田が青々とし始めたのにやめざるを得なかった自分の田が気がかりであり、老夫婦2人きりで子どもがいない心細さが問題だったのだ。診療にゆとりがあるため、その方が一通り話し終わるまでたっぷりきくことができた。ただ医療をこなしているのではなく、人をみているという実感があった。その人自身が主役で、生活があり、医療はほんの一部分でしかなかった。一ヶ月間はこういったことの積み重ねで、なんとなくではあるが、地域医療の大枠をつかむことが出来たと思う。今後どういう医療を専攻していくかわからないが、私自身の初心や医療の在り方を考え直すよい機会となった。人をみる仕事をしていく上で、この研修は貴重な経験であった。三瀬の皆さんが機会を与えてよかったと思って頂けるようにこれからも精進していきたい。
最後に、惜しみなく私に研修の機会を与えてくださった三瀬の皆さん、心もとない私をあたたかく支えてくださった診療所の皆さん、医学・倫理・村学など多岐に渡り熱心に教育してくださった白浜先生、本当にどうもありがとうございました。