「地域の診療所で学ぶ、保健医療福祉の連携」(医学書院発行看護教育2002.12月号に書いた論文)
佐賀県三瀬村国民健康保険診療所所長、佐賀医科大学臨床教授 白浜雅司


1)私が考えるこれからの医療者のあり方
 約8年山村の診療所の医師として働いた経験から、これからの医療者には、患者の健康問題を、臓器別の疾患としてだけではなく、総合的に引き出し、患者の生活や地域の現状にも配慮しながら対応できる力が必要になると感じている。そのような問題に対応できる、すなわちプライマリケアを担える医療者の役割と養成が重要になるだろう。プライマリケア医療と専門医療は、どちらが上とか下ではなく、相補的に連携してこそ患者さんに最善のサポートが提供できる。さらに、これからの医療者は、患者だけを相手にするのではなく、保健医療福祉に携わる人々とも連携して、住民の健康を地域で支えていく視点を持つことが必要だと考えている。


2)診療所実習を始めるようになったきっかけ。
 私は、僻地や地域でいろんな住民の相談に乗れるプライマリケア医になりたいと考え、九州大学医学部卒業後、新設の佐賀医大総合診療部で研修し、附属病院の総合外来を中心に、診療と後輩の教育に従事していた。その頃、現在の三瀬診療所の医師が入院され、代医の一人として関わるようになった。初めての村の診療所での診療であったが、外来や往診などを通して、普段着の患者・家族と、その生活背景を知って対応できることが新鮮で、地域に根ざした医療は面白いと思った。幸い私が後任の医師として診療所に派遣されことになったが、何らかの形で学生教育を続けたかったので、週一回の研修日の確保と、将来診療所で学生実習を受け入れることを赴任時にお願いした。以前米国のプライマリケア医学教育の現場を視察したことがあり、地域の診療所の医師が、臨床教授として大学教育に参加する一方、自分の診療所で、楽しそうに医学生の指導に当たっていたのが印象深かったからである。そして、1995年4月より、佐賀医大6年次の選択コース(全部で14週間)の中で、2週間の診療所実習がスタートした。初年度5名の学生が選択し、その評判を聞いて、以後毎年10名くらいの学生が選択するようになった。さらに、それらの実績を踏まえて、1998年より、総合診療学外ケア実習という名目で、4日間の必修の診療所実習も始まった。これまでの8年間で佐賀医大の学生を中心に、実に180名の学生がこの診療所で実習したことになる。


3)診療所の日常と学生の学び
 三瀬村は、佐賀医大から車で30分ほどの山中にある人口1700人の佐賀県で最も小さい村である。三瀬村国保診療所は、村唯一の医療機関で、地域の保健、医療、福祉の連携の中核として機能してきた。一日平均外来患者30名、往診対象患者が2,3名で、患者の7割は65歳以上の高齢者(村の人口の約30%が65歳以上の高齢者)という、確実に高齢化の進んだ村の診療所である。この4月に流水浴施設のある保健センターを併設したバリアフリーの明るく広い診療所が新設されたが、それまでは狭く老朽化した施設だった。検査機器としては、初期診療に必要な、単純レントゲン、心電図、自動血球検査装置、基本的生化学検査ができるドライケミスト、腹部エコー装置はあるが、CTや消化器内視鏡、胃透視などのレントゲン装置はない。治療機器として牽引装置、マイクロ波、低周波などの簡単な整形外科的な治療装置がある。スタッフは、医師1名、歯科医師1名、看護婦3名、事務2名で、誰かひとりが倒れると診療に支障が出るギリギリの人員で診療している。(余談になるが、突然の看護師の入院で、実習学生に手伝ってもらって何とか診療をこなしたとという経験がある。実習した学生の満足度は、自分たちが責任をもってする仕事が増えた後の方が明らかに高かった。)
診療所実習の一般学習目標としては、「地域医療の中核である国民健康保険診療所における第一線の医療(プライマリケア)を体験し、地域における総合診療の面白さを知り、今後の日本の医療が直面していく課題「保健・医療・福祉の統合」について考える。」ということをあげている。
 実習の基本的内容は、朝9時から、昼休みをはさんで5時まで、私の外来について血圧測定や診療介助をすること、患者送迎バスにのって村の様子、患者の受診状況を把握すること、週1日はシルバーケア三瀬という村内の福祉施設でデイサービス事業に参加することである。学校検診、予防接種、高齢者サービス調整会議、産業医の職場巡視、健康講話などが実習期間中にあれば一緒に参加してもらう。
 佐賀医大以外の実習生は、適当な宿泊施設がないため、診療所の当直室に泊まり、私の医師住宅で家族と一緒に食事をとり、診療所医師の生活をまるごと体験してもらうこともある。

 診療所実習で学んだことを学生の感想から取り上げると以下のようなことになる。
1) 医師と患者の距離の近さ、生活の相談までできる普段着の関係。
2) それまでの経過や、家庭環境など、患者の背景まで含めた対応。
3) 問診、診察と、簡単な検査でかなりの疾患の対応ができること。
4) かぜや、発熱、こどもの発疹などいわゆるCommon Diseaseの対応。
5) 適切な高次医療機関、専門医への紹介と患者への説明。
6) 急患の対応。(必要時は救急車搬送に同乗する。)
7) デイサービスやホームヘルプサービスに同行し、地域での福祉活動を知る。
8) 往診、訪問看護などに同行し、在宅医療の実際を知る。
9) 高齢者サービス調整会議や日常的な保健師、介護支援センタースタッフとの相談を通して、保健医療福祉の連携、チーム医療の実践を知る。
10) 病気の治療だけでなく、その人の生活を支えようとする姿勢を学ぶ。
11) 日常的な診療の中での禁煙教育や、予防接種や健康診断、学校や職場での健康講話、救急蘇生法の普及など、地域の健康を守ろうとする姿を学ぶ。
12) 生涯学習の姿勢を学ぶ。(僻地でもインターネットなどを用いて最新の情報が勉強しやすくなった)
13) 医療経済を考えた検査や処方の検討。(診療所で投薬する薬の薬価一覧表を見せ、レセプトチェックの時期には、病名確認などの作業にもつきあってもらう。)
14) 空いた時間には、プライマリケアに関係する本やビデオなどを用いて広くプライマリケアについて学ぶ。(新診療所では治療相談室を学生控え室と共用にし、地域医療を取り上げたテレビ放送の録画ビデオや、プライマリケアの本を備えた。)
 体験できる実習内容は、実習時期に受診した患者の内容や、関連行事によって違ってくるが、少なくとも地域医療に携わる医療者の姿勢だけはいつ実習に来ても見てもらえると思っている。




往診先で、左はUCSFから来ていたレジデント。アメリカでは医師による往診はほとんどなくこのような機会をとても喜んでいた。


4)学生の感想から(いくつかの学生レポートの一部を提示する。)


(自分で直接申し込んできた佐賀医大4年次学生のレポート)
 夏休みに無理にお願いして実習をさせていただいたのは、白浜先生の行動科学の講義に感銘を受けたから、地域医療に興味があったから、そして最近テストが続き教科書ばかりに目がいってmotivationがなくなりかけていて医療の現場を体験する必要性を自分が感じていたことなどがある。たった5日間ではあったが地域医療というものを凝縮した5日間であった。
 実習3日目、後少しでお昼の休憩と気が緩んでいたときのことだった。先生から連絡が入り急患が来るとのこと。聴診器を手に診察室に行くと、患者さんが腹部の痛みで脂汗をかいていた。血圧は低下し、みるみる状態が悪化していくのがわかった。患者さんは苦痛で先生の問い掛けにもあまり答えない、そんな中、先生は強く言われた。“苦しいのはわかるけど、どこが痛いのかはっきり教えて!”私は、患者さんは苦しいのだからしょうがないのでは、と思った。しかし後で先生が“冷たいように見えたかもしれないが、情報が少ない急患では正確な問診が欠かせないんだ”と言われた。本当に患者さんを助けるためには同情するだけではだめで、厳しく接することも必要なのだ。冷静に自分ができることを見分け、どこから専門医に任せるのかを瞬時に判断する能力もまた不可欠である。ほのぼのとした診療所に緊張が張り詰めた1時間であった。
 そして一番心に残っているのは、在宅死を選択された末期ガンの患者さんである。初めてお会いして、こんなに苦しそうでひとり住いならすぐに入院したほうがいいと思った。しかしその方は家のほうが落ち着くからと弱々しい声ではあったが頑として譲ることはなかった。先生や看護師さんはその方の意志を突き通すお手伝いをされて、決して何かを無理強いすることはなかった。自分の価値判断を患者さんに押し付けることがいかに患者さんの権利を侵害することかを理解すること、その一方で医療者として最大限してあげられることの情報をお伝えすること、この二つの両立こそが患者主体の医療を実現させていくのであろう。住みなれた家でいつものふとんの上で横になっている患者さんを見て思った。たくさんのチューブにつながれ身動きをとることもできず何の思い出もない病室を眺めながら旅立つことと、苦しいかもしれないが思い出の詰まった家で昔を回顧しながら最期を迎えることはどれだけquality of death が違うだろうかと。
 医師はさまざまな役を演じなければならない。患者さんを気遣う“家族”、世間話をする“友達”、患者さんの深刻な悩みに対して相談に乗る“カウンセラー”、そして患者さんの健康の管理をする“医療のエキスパート”。今その人は医師に何を求めているのかを察知して、適当な対応をする。
そして実習中に強く感じたことは、こうした患者と医師の関係には看護師の存在が欠かせないということだ。毎度毎度看護師のすばやい対応、細やかな心遣いに驚きを隠せなかった。看護師は医師と患者の間をつなぐ橋のような存在だと思った。彼らがいなければ患者さんと真の意味で分かり合えないかもしれない。もっと看護師が医師と対等の立場で意見を言えるチーム医療を実践できたら日本の医療はよりよい方向転換をすることができるだろう。


(佐賀医大6年次選択コース学生のレポート)
 最終日に、保健センターで、シルバーケアの介護資産、役場の福祉課長、保健婦さん、社会福祉協議会のヘルパーさん、診療所の白浜先生と歯科の先生、看護婦さんなど、三瀬村の保健医療福祉を担う方々が集まる高齢者サービス調整会議があり、参加させていただきました。医療福祉を必要としている住民の一人一人について、それぞれの立場からの情報を提示し、皆で共有して、医療・介護の方針を決定するといったものでした。白浜先生は「医者一人ができることは限られているのですよ。」と言っておられたのですが、このような皆さん一丸となった協力態勢が出来上がっているからこそ、患者さんの意志を尊重したきめ細かいサービスが提供できているのだろうと思いました。
 今回の実習を通して、乳児の予防接種から、外来での多くの高血圧患者のコントロール、在宅ターミナルの患者さんの訪問診療に至るまで、「ゆりかごから墓場まで」の村の医療を実践するために、村に溶け込み、時には行政を動かすように働きかけ、また、福祉・介護とも融合している診療所の役割を、肌で感じる貴重な体験できた喜びを、このレポートを書きながら、再びジワーッと感じています。実習を暖かく受け入れてくれた、三瀬村民の皆さん、診療所、シルバーケアの皆さん、御指導いただいた白浜先生、本当にありがとうございました。


(他大学から実習に来た6年次学生のレポート)
 診療を見学していて印象的だったのは、患者さんがとてもリラックスして診療を受けていることであった。大学病院では、大学病院であるということだけで萎縮している患者さんも多かったし、一般病院でもそれなりに患者さんたちは緊張しているように思えたが、三瀬村の診療所では知っている人ばかりの通いなれたところであるためか、患者さんたちは皆リラックスしているように感じられた。患者さんたちの事情や家庭背景なども先生、看護婦さん、事務員さんたちはご存知で、アットホームな雰囲気であった。患者さんの医師に対する信頼と安心感は、患者さんたちから不要な不安を取り除き、受診しない時でも心の健康に一役買っているのではないだろうか。
 受診する患者さんの何人かは、ご家族の病状について質問したり相談したりしていた。家族ぐるみでケアしているため、例えば旦那さんの介護についての相談やぐちも聞くことができ、アドバイスも出来る。患者さんも話すことで心が軽くなるだろうと思う。


(佐賀医大6年次必修コース学生のコメント)
 三瀬診療所はこの4月にオープンしたばかりで、僕が描いていた山奥のうす暗い診療所のイメージとは違って、明るく、清潔感のある、広い診療所だった。木材をふんだんに使って暖かい感じで、土足のままは入れるように工夫されていて、村の健康を守る拠点として村民の目にも心強くうつるだろうなと思った。
診療所の外来でやっていることといえば、主に血圧測定と、胸部の聴診、そして会話だった。おそらく外来に来た患者さんの9割は高血圧だったと思う。そんな患者さんを前にして、白浜先生は「ああこれくらいなら大丈夫よ、そいより稲刈りはもう終わったと?」などと、村の言葉で患者さんと話をしていた。これまでの大学病院などで経験した目くじら立てて病気を見つけようとする医療ではなく、医師と患者が顔をあわせる中で、体の変化を観察し、出てきた症状に対して治療するおだやかな医療だと思った。


(1ヶ月実習した6年目の研修医のレポート)
 今回の研修では、白浜先生のご家族と毎朝・夕、一緒に食事をさせていただきました。白浜先生にもご家族にも他人が1ヶ月も生活に入り込んでくるのは、負担であったと思います。暖かく迎えていただいたことに深く感謝いたします。しかし、診療所で働く医師の生活を垣間見ることができ、ちょうどこれから、家庭を持つことになる私にとっては、どのように地域の一住民として住み、その中で働き、どのように家庭をつくっていくか、ひとつの見本をみせていただくことができ、有り難い経験でした。
 また、1ヶ月間と見学・研修としては比較的時間があったため、余裕をもって、村の医療を見させていただくことができました。他職種の方々と働いたり、お話を聞いたりする中で、様々な人たち(医療職だけではなく、隣近所の人達も含めて)の連携・協力によって、村の医療が形づくられていることを強く感じました。ゆっくり、村の人とお話しすることで、自分が診ているのは「患者というよりも、同じ土地で生活している同じ人間・隣近所の人なのだ」ということが、本に書いてあるような難しい理念ではなく、感覚として実感することができました。


5)これまでの成果と今度の課題
 上記のいくつかの感想文からわかるように、学生はこちらの期待以上に実習で様々なことを学んでくれていた。
このような地域医療の面白さを伝えたい、将来このような道を歩む仲間がおこされることが目標ではじめたことだが、少しずつだがその成果があらわれつつある。少なくともプライマリケア医との連携が必要なことがわかる専門医が育っていることが嬉しい。
 年に何回か、特に他大学から実習生が来た時など、佐賀医大から実習に来た学生も呼んでバーベキューをやることにしている。こういう地域での医療の面白さだけでなく、地域での生活の楽しさも伝えたいからである。



実習学生とのバーベキュー(三瀬村でとれた三瀬鶏、野菜、タケノコとかを使って)


 村の人にとっても、自分たちの診療所が学生実習の場になっているということは誇らしく、隔週ごとに学生が実習している火曜日の比較的元気なデイサービスの参加者は、若い学生と話すのを楽しみにしているらしい。
 ひとつ反省として、一人の末期がん患者の事例があった。毎回学生を連れて往診にいっていたのだが、ある日患者さんから、「学生さんにはこんな痩せた体を見せたくない」と言われた。きちんと患者さんに学生実習の同意をえていなかったことをわびた上で、「でも学生さんには、病気が進行しても、あなたのように自分の家で療養できることを知ってほしいのです」とお願いし、次の往診から、学生は患者さんが寝ている部屋には入らず、隣の部屋から、私と患者さんの会話を聞くことだけを許してもらった。往診の患者さんを診ることができずに残念だったという学生もいたが、それ以上にこのような患者のプライバシーへの配慮が必要なことが学生に伝えられてよかったと思っている。
 またスタッフへの、学生の評価は励みになった。特に看護師の仕事の素晴らしさに気づいた学生のコメントが多かったのは嬉しかった。医学生が、医師と看護師の連携や看護独自の対応を見る機会は、意外と大学病院では少ないようである。患者への声かけや励ましなど本当に痒いところに手が届くケアを提供している看護師や、地域の健康のコーディネーターとして働く保健師の働きをしっかり覚えておいて、将来の連携に生かしてほしい。
そしてできれば、医学生と看護学生が一緒に往診して、それぞれの立場からの感想を述べ合うような実習ができたらすばらしいと思う。診療所の医師が医学生の教育にあたる時代である。診療所の看護師が看護学生の教育にあたって、地域医療の面白さを語るようなことがあってもいいのではないだろうか。
 私自身にとっても、学生実習は、自分の診療を振り返る機会になる。学生に見られても恥ずかしくないような診療を心がけるし、実習アンケートの最後には、改善したらよい点を書いてくれるように頼んできた。「患者さんの話を聞くより、先生が話す時間の方が長い」、「十分話を聞いたり、診察したりしないで、すぐ年のせいでしょうというのはよくないのでは」など厳しい意見ものもあるが、自分の仕事を客観的に評価してもらえることは有難い。また新しい診療所を作るにあたって、プライバシーに配慮した診察室、バリアフリーでいける病室など学生の意見もかなり参考になった。
 今後の課題として、まず、指導スタッフと財政の問題がある。限られたスタッフでは学生にいつでも対応できるとは言えないし、自分自身指導医としてレベルアップしていくためには、学会や研究会への参加も必要になる。現在、代医の派遣や謝金をはじめ、様々なサポートを受けているが、このような教育のレベルを維持するにはそれなりのコストがかかる。卒後臨床研修必修化時の研修指導医への補助や、勉強で出張するときの代医のサポート制度などが充実していくことを期待したい。
 もうひとつ、このような地域医療教育の普及が望まれる。神奈川県の内山富士雄先生を中心に「プライマリケア・家庭医療の見学実習を受け入れる診療所医師のネットワーク」(略称PCFMネット)http://www.shonan-inet.or.jp/~uchiyama/PCFM.htmlを立ち上げ、現在58診療所が参加している。この中には医学生、研修医だけでなく、保健医療福祉に関係する学生の実習を受け入れているところもある。実習希望があればぜひ申し込んでほしい。


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