朝日新聞東京版より
------------------------------------------------------------------------
発行日 =(1999年06月29日)
------------------------------------------------------------------------

ネットワークで診療充実 町のお医者さん変身中

 寄らば大樹というわけか、患者の大病院志向が根強い中、「町のお医者さん」たち
が、従来のイメージから脱皮しようと奮闘している。自分の腕を頼りに我が道を行く
タイプから、大きな病院や他の診療所と縦や横の連携を築きつつ、効率的で患者にも
メリットのある医療を目指す、ネットワーク型への変身だ。医師の間でも専門家志向
は色濃く残る中で、「患者が最初にかかれる医者」を目指した、自己研さんの試みも
始まっている。(吉田晋)

 ○病診連携 病院と患者紹介しあって治療

 「お加減いかがですか」

 東京都葛飾区の下町に建つ東部地域病院。機器が並ぶナースセンターで、心臓手術
を先日受けた女性に、医師の大槻和男さんが語りかける。

 「心臓がちょっとお休みしちゃう時があるんですね。その時、動きなさいって信号
を送る装置を入れましたから」

 「先生、私、独りでも暮らせますか」

 「大丈夫ですよ。お孫さんのためにも元気にならなくちゃ」

 大槻さんは、この病院の勤務医ではない。隣の江戸川区で開業する「町のお医者さ
ん」だ。この女性が自宅で軽い発作を起こし、心臓が悪いと気づかずに来院して以来
のつき合いだ。原因が分かって、大槻さんは病院の主治医と一緒に治療方針を検討し
た。「長い入院で足腰が弱るより、早く家に帰った方がいい場合もある。ただこの方
は自宅で独りのことが多いので、ペースメーカーを埋め込む方法が適切と判断しまし
た」

 以前、都立病院に勤めていた時は、患者の日常生活を知るすべは、紹介状に書かれ
た限られた情報しかなかった。「専門医は臓器別に病気を見がち。開業医は患者の日
常生活まで視野に入ってくる。両方の視点がないと治療方針は固まらないと思うので
す」

 病院と開業医(診療所)とが患者を紹介しあう仕組みが「病診連携」だ。ちょっと
した病気でも大病院に行く傾向が、総合病院の「三時間待ちの三分診療」を招いてい
るとの反省から、適切な役割分担のために提唱されている。

 これを進めるため、厚生省は昨年、「地域医療支援病院」という制度を作った。診
療所などからの紹介率が一定以上であることを条件に、病院が受け取る報酬に上乗せ
をする仕組み。東部地域病院もその一つ。大槻さんの実践は「共同診療」といい、病
診連携の目玉の一つだ。ただ、支援病院は厚生省によると全国でまだ十カ所に満たな
い。共同診療となると、時間の制約や遠慮があって、あまり広がっていないのが実情
だ。

 行政の制度や医師会の枠組みに頼らず、医師らが自主的にスクラムを組む例も現れ
た。

 東京・多摩地区で糖尿病の専門医と地域の開業医らが作った「西東京臨床糖尿病研
究会」は、病院と開業医がペアで患者を診る態勢をとっている。患者に渡す「療養手
帳」には医療機関名を書く欄が二つ。検査データなどの経過を記録する表も、開業医
用と病院用が見開きになっている。

 代表の伊藤真一さんは、二十年前に診療所を開いた時から、地元の総合病院で糖尿
病の専門外来を担当してきた。そこで、一人の医師が五百人から千人の患者を管理し
ている現状に直面した。「昼食を抜いて一日百人を診なければならず、きめ細かい指
導は無理。診察の間が二カ月空いてしまうことも珍しくない」

 日常的な管理は開業医でもできると患者に勧めても、強い抵抗にあった。「確かに
開業医側にも、食事指導をする栄養士を雇う余裕がないなど、課題もありました」。
開業医二人で始めた研究会は、現在約二百人。栄養士のパート契約を仲立ちしたり、
研修会をしたり、開業医の底上げにも力を入れる。

 それでも患者の九割は、いまだに大病院に並んでいるのではないか、と伊藤さんは
言う。「病診連携は、パンク寸前の大病院にとっても、患者さんの生活の質を高める
ためにも重要なのですが」

 ○1患者1カルテ 回線結びデータ共有、テレビ電話で「診察」も

 東京都新宿区の診療所で、院長の澤村正之さんは週に二回、テレビ電話を通して患
者の「診察」をする。画面の向こうには七十六歳の男性と、介護する妻。場所は自宅
だ。

 「お小水をスティックにつけて、画面に映して下さい」「脚を指で押して、むくん
でいないか見せて下さい」

 カラー画面で尿糖値や肌の色を確認し、服薬指導の目安に役立てる。週一回の往診
に加え「毎日でも様子がみられるのは安心です」と言う。

 一見未来的な光景だが、もっと大がかりな実験も同時に進んでいる。地域の診療所
と大病院を電話回線とコンピューターで結び、患者宅のテレビ電話とも連絡。最新の
安全システムでデータを守りながら「一患者一カルテ」を作ってしまおうという事業
だ。

 完成すれば、診療所から病院に患者の紹介があった瞬間、病院の医師は、開業医の
診療録をパソコンで読めるようになる。逆の場合も、診療所の医師は即座に病院の検
査結果やレントゲン写真、画像診断機器の動画などを呼び出せる。診療所の間でも同
様だ。

 「これまでだと、入院中のデータが見たい時は、患者さんや家族に病院に足を運ん
でもらい、時間も手間もかかった。また、同じ検査を繰り返すこともあった」と、同
区で開業する中山健児さんは言う。

 事業は、新宿区医師会が一億円以上を出し、国の補助も受けて進めている。区内の
基幹病院のうちまずは二つが参加。連携の輪に入るかどうかは患者が決め、今秋にも
本格スタートの予定だ。将来はほかの病院にも参加を呼びかけ、周辺の区と結んでい
く構想もある、という。

 ○脱“専門家志向” 米国の「家庭医」も参考に

 大阪市東淀川区で開業する木戸友幸さんは、以前勤めていた国立病院で、診療所か
ら回されてくる患者を診ていて、その医師の「くせ」を感じることがあった。患者の
容体を過小評価する人と、過大評価する人がいる、ということだ。

 「自分がどのレベルまで診ることが出来て、どの線で病院に任せるか。この判断に
は専門的訓練が必要なのに、日本の開業医は各人の試行錯誤に任されているのが実情
です」

 木戸さんは、医師免許を取った後、米国で三年間のトレーニングを受け「家庭医」
の資格を取った。幅広い臨床実習はもちろん、心理学やコミュニケーション技術など
もたたき込まれた、と話す。

 「日本の医者は、『専門』がないと満足感や安心感が得られないと思いがちです
が、それは医者側の理屈。患者さんにとって身近ないい医者とは、幅広く診てくれる
人なのでは」

 日本でも家庭医の養成をと、研究者や現場の医師らが「家庭医療学研究会」をつく
ったのが十三年前。それに先だって生まれた「日本プライマリ・ケア学会」は、すで
に二十一年の歴史を持つ。学会の認定医は六百八十人を数えるが、「すそ野がなかな
か広がらないのは医学教育の問題が一因」と会長の小林之誠さん。

 川崎医大教授の津田司さん(総合臨床医学)も、同じ意見だ。「日本の医学部は、
卒業前に徹底的な専門医教育をするから、学生も専門医へのプラスイメージばかりが
膨らむ。総合診療部を設ける大学が増えたとはいえ、大学病院の患者を振り分ける役
割だけ与えて、家庭医を育てる機能を認めていない所も多い」

 日本医師会常任理事の桜井秀也さんは、「家庭医機能を持つ医師もいるだろうが、
求められる条件を一人で満たすのは難しいのでは」と、家庭医という考え方には否定
的だ。それでも、「かかりつけ医を選ぶ時には、専門分野なんか分からなくても、ウ
マが合うかどうかがポイントでしょう。その医師が、必要な専門家を知っていればい
いんです」と、「専門信仰」にはクギを刺す。

 ◇

 住民に最も身近な医療を一次医療(プライマリー・ケア)と呼び、主に診療所が担
い手となる。医療費の高騰や、患者を地域生活から切り離しがちな医療の専門分化が
問題になるにつれ、必要性が強調されるようになってきた。

 家庭医は一次医療を担当する。米国やカナダでは資格がある。間口が広く、家庭や
職場の環境をも視野に入れ、他の医療機関や福祉関係者と連携を取りながら、継続的
に患者を診ていくことが特徴とされる。日本でも十五年ほど前に厚生省が導入を検討
したが、日本医師会が資格の制度化に反対して、立ち消えになった。医師会は、患者
が普段かかっている医師という意味でかかりつけ医を提唱。例えば耳鼻科や眼科でも
「かかりつけ医」になりうると強調している。

 ●経営的メリット得られる制度を

 池上直己・慶応大教授(医療政策)の話 患者の大病院志向は、中小病院や診療所
までが対抗上、高価な医療機器を入れ始めて医療の高コスト体質にもつながる。改め
るべき課題だ。ただ、患者に「大病院に行くな」と言っても効果はないし、大病院で
は別途お金を取るとするのも、お金のない人には不公平だ。診療所の受診者が増えれ
ば外来診療の収益に頼っている病院には赤字を強いるから、病診連携に協力的な病院
は公的病院などにとどまる傾向にある。病院が診療所に患者を紹介したら経営的メリ
ットがあるという、より抜本的な仕掛けを導入する必要があるだろう。