診療所だより
「電子カルテ導入記」

 村の佐賀市への合併の前後にかなり大変なことに取り組むことになりました。それは、電子カルテを導入したことです。三瀬診療所はカルテだけでなく、レセプト(多くの読者はご存知でしょうが、診療機関から国民健康保険や社会保険の支払い者宛に送る医療内容とその医療費請求を記入した紙)も手書きなので、月末に看護師さんが遅くまで残ってレセプトを作成するという大変な作業がありました。ただ全部でも300枚くらいなので、何とか手書きでもできるとそのままにしていました。将来的にはレセプトは手書きではなくコンピューターでの打ち出しにすることが義務付けられるということは知っていたのですが(審査をするにはきれいな印刷のほうがやりやすいのは当然)、なかなか診療所に財政的な余裕が無く、一方で私はそのうち厚生省が音頭をとって国内統一規格の電子カルテを作るものとばかり信じていましたので、導入考慮中が続いていました。
 ある日、診療所に見学にきた別の診療所の先生が、年間30万くらいの経費だけで、使用できる診療所の医師が中心に作っているレセプト一体型の電子カルテがあるからと見せてくださったのです。出先に持っていくノートパソコンにもカルテが入っていて、緊急で問い合わせのあった患者の対応もされたのです。画面はごちゃごちゃしていて、見やすいとはいえませんでしたが、確かに、電子カルテとレセプトはきちんと使えるものでした。介護保険の申請書、紹介状、診断書などもきれいに書けることも、同じような文書の作成の手間を省いて、かつきれいに作れることは、字が汚い私には魅力的でした。(介護保険は後日、佐賀市への申請はその電子カルテの形式ではできず、私の打ち出したものを看護師さんが書き写すことになりましたが、それでも汚い私の字を読むのよりはずっと楽だそうです。)そして何とか合併前の置き土産として、200万円ほどの村の予算を投資して、電子カルテ専用のコンピューター4つをLANで結ぶという準備をしました。そして合併がおちつく10月くらいから、2−3ヶ月くらいかけて、徐々に電子カルテの作成をしていくという目標を立てていたのです。
 ところが夏すぎに、2人しかいない内科の看護師さんの一人が、体調を崩して仕事をやめられるという大事件がおきました。幸い村内に代わりの看護師さんが見つかりはしたのですが、小さな診療所で働かれた経験は無く、レセプトの作成経験などまったく未経験であったことから、(うちのような小規模診療所以外は、ほとんど医療事務というプロがこの作成をやっていることでしょう)、もう一人の看護師さんの負担を避ける方法として、送球に電子カルテ化を試みることにしました。ただし、そのような新しい看護師さんに仕事を覚えてもらいながら、新しい電子カルテを導入するということですから、看護師さんや受付の方には負担はこれ以上かけられません。自分で膨大なカルテを作ることは至難の業でした。それを助けてくれたのが、研修医の先生たちでした。彼らは、すでに大学で電子カルテに慣れていましたし、何よりコンピューターを触りなれているため、入力が速いのです。またこうしたらできるじゃないですかとか言って、ボタンを押したりすると簡単に入力できるのです。まさにコンピューター世代で、字を書くことがなく、手書きする方が心配という先生がいたのには驚きましたが。
 今でも感謝しているのですが、導入をはじめた月の研修医の先生です。私の診療の横に付きながら、診療の前後に電子カルテに患者名や、保険番号、処方を記入するという作業をやってくれました。最初のうちは、すべて薬や検査の登録から自分でやるのですから手書きよりも倍以上の時間がかかりました。でも1回入れれば、次の時は同じ処方や検査の繰り返しが多いので、ずっと楽になりますが。幸運だったのは、その先生が保険請求の仕組みに関心を持っていたからです。(今考えると、そのように関心をもって行動することで、私を助けてくれたのではないかと思いますが)。レセプトと電子カルテの一体化のメリットは、まさに保険請求の内容がわかることですが、恥ずかしながら私には、それぞれの診療の保険点数がどうなっているかということはよくわかっていませんでした。たぶん開業医の以外の多くの勤務医は、そのような保険点数がどうなっているかにはあまり関心がないでしょう。(私もこれまで、月初めに患者さんのレセプトのチェックが看護師さんから回ってくるのを、ちょっとこれは本来の医者の仕事ではないと思いながらいやいややっていました。4月からは研修医と一緒にこれも医者の仕事なのと慰めあってやっていましたが)。しかし、このレセプトとリンクした電子カルテを使うと、今日いくら診療費がかかったかが、目の前で計算されるのです。ただその計算の意味がわかるためには、保険点数のしくみを知っておかなくてはなりません。毎日、診療が終わってから12時ごろまで、手書きのカルテと、電子カルテの保険点数が本当に一致しているのかを確認する作業がはじまりました。実際の医療の仕組みを知る上で、この点数確認作業は私にとって有意義でした。
 わかったことは、病気によってまた年齢によって、医療費負担が大きく違うということです。高血圧などの慢性疾患は、指導料がつくのですが、それが70歳以上の高齢者だと1割負担で、440円くらい、65歳以下だと1230円、そして若い人で、高血圧、糖尿病、高脂質血症の人は、検査料を含むとはいえ、3500円とまったく負担金が違うのです。一方不安神経症などで、15分以上お話を聞いても200円もかからないのですなのです。いや、これでは、そのような患者さんが病院の外来で相手にされないで、診療所に戻ってくるのも仕方がないなという感じもしました。やはり薬や検査だけでなく、このような患者さんの話を聞くことにある程度の診療報酬が払われるのは当然だと思っています。
 電子カルテ導入でいくつかうれしかったこと。まず300枚のレセプトが、15分で打ち出せたことです。これはやはり感激でした。次に患者さんの誕生日が受付表で表示されていて、今日お誕生日ですねと診療の最初にお祝いが言えたことも印象的でした。あと第1診察室は、電子カルテ用のパソコンの画面は31cm×41cmあって、患者さんに診療記録や処方内容を見せて確認できること、皮膚の発疹などは、デジタル写真にとって、その回復具合をみていただけることです。そして今はそう多くはないのですが、やはり、目の前で、患者さんにこの検査をすると、これくらい負担が増えますがという話ができることです。医療の選択に、お金のことを話すのは今でも気は進まないのですが、明らかに通常より負担の大きい検査(たとえば多項目のアレルギーの検査など)を進めるときには、その説明の一部として、負担金の話を簡単にできるようになったのはよかったことです。これからも電子カルテとレセコンが順調に稼動して、患者さんの診療に役立つことを願っています。