特集:緩和ケアにおける臨床倫理ー身近なルールを考える 

緩和ケアにおける意思決定ー自分で決めるか、おまかせかー
三瀬村国民健康保険診療所 白浜雅司

緩和ケアVol.15(2) Mar.2005. 103-109


1)はじめに
 緩和ケアに限らず、あらゆる治療方針の決定は、患者の意思を尊重して、家族と医療者がその意思決定をサポートしていくということが原則であるが、実際の治療方針は、患者の意思だけでなく、医学的適応、患者家族の思い、医療や保健の体制、医療者の思いなど様々な要素が関わって決定されていく。この項では、日本の現在の医療環境の中で、患者の意思を尊重しつつ、その思いを家族や関係者の思いと調整して最善の治療方針を決定するために留意しておくべきことについて、正しい倫理的な原則を提示すると言うより、倫理的な原則をどのように実践していくのかに力点をおいて提示したいと思う。
まず、具体的に検討するため、緩和ケアにおける意思決定が、何度か問題になった事例を提示する。


(2)事例
 80歳男性。2年前に胃癌で胃全摘を受けた。最初から胃癌であることは、本人に告げられ、手術後、リンパ節転移もあり、再発は五分五分で、術後の化学療法を併用したほうがいいということで、術後の抗癌剤治療をいくつかうけたが、それぞれ、吐き気、発熱などの副作用が強く中止して自宅療養を続けていた。1年程で食事もとれるようになり、腫瘍マーカーなど血液検査も異常なく推移していた。
しかし、2年後突然皮膚にイボのようなものが見つかり、生検したところ、癌の転移であることが明らかになったという説明があった。そこで、新たな抗癌剤の投与が始まったが、今度はふらつきで動けなくなるなど神経症状が出て来た。主治医は、頭部CT検査や、神経内科医へのコンサルテーションを受けたが、神経症状が脳転移、脊椎転移によるものなのか、抗癌剤の副作用によるものなのかはっきりしなかった。確定診断のため髄液検査も考えたが、患者の苦痛や、軽い血小板減少など、出血傾向もあるため、それ以上の検査や抗癌剤治療はせず、一般的な輸液、吐き気止めなどの対症療法で経過を見ていた。患者本人は、転移がわかってから、もう最期の時が来た。どうせ死ぬんなら、今さら入院して検査や治療で苦しみたくないと思い、主治医にも家族にも、症状の悪化を強く訴えなかったらしい。
 一方、介護にあたる妻は、高血圧、心臓病などいくつかの病気を抱えていて、このまま自宅で患者の世話をしていたら、自分が先に倒れてしまうと、夫に入院を勧めていた。この夫婦には息子と娘がいるが、息子は離れたところに住んでいて仕事で忙しくほとんど見舞いにも来られず、娘は車で1時間くらいのところに住んでいるが、自分の子の育児に忙しく、週末ごとに見舞うのが精一杯であった。
 いよいよ病状が悪化して、歩けなくなった。妻と娘は、外科的治療のできる病院よりも、緩和ケアのできるホスピスへの入院を検討し、最終的には本人もそのことを受け入れたが、ホスピスは満床で手術を受けた病院へ入院させざるを得なかった。
 入院後数日で意識状態が低下、本人はもうほとんど治療についての希望を出すことはなく、家族に「これからのことはお前達がいいようにやってくれ」と言い残して、昏睡状態になった。主治医から、妻と娘に、もうがんの末期状態であると思われるの、急に心拍や呼吸が止まっても、心臓マッサージや、気管内挿管はしないこと(いわゆるDNAR:Do Not Attempt Resuscitation)についての話があり、妻と娘ももう十分苦しみましたからと了解していた。
 そして、2日後、呼吸状態が悪化、家族と一緒に最期の時間を過ごせるように個室に移された。深夜そばについていた娘が、呼吸が浅くなったことを看護師に伝えたところ、看護師は救急カートを出しながら、「すぐ先生を呼んで蘇生を始めます」と言われたので、「もう蘇生はしないように先生からお話されましたが」と伝えると「え、そうなのですか。私は聞いていないのですが。」と言われて家族は驚いた。しかし、急遽かけつけた息子は、ぜひ人工呼吸器につないで1日も長く生きることができるようにしてくださいと主張し、当直医はどのように対応したらいいか困ってしまった。


(3)事例の問題点と対応
 ホスピスでは、ある意味で死を受容して入院している患者、家族が多いので、このような最期になって対応に困る事例は少ないだろうが、実際の日本の現状では、このような病棟で行われる緩和ケアが多く、あえていくつかの問題点を含む事例を提示して考えることにした。ホスピスだけでなく、一般病棟でこそ、患者の意思が尊重された質の高い緩和ケアが望まれると思うからである。
 筆者は、倫理的な問題で悩む場合に、ジョンセンらの4分割法1)を使って検討している。その具体的な検討内容については筆者のHP2)などを参考にしてほしいが、その事例に関係するものが、できるだけ広い視野で一緒に検討する上で有用な手法であると考えている。臨床倫理は、決して誰か倫理の知識に詳しい人が、正解を提示して終わるものではなく、関係するものが、じっくりその事例の問題点とその対応を一緒に考えるプロセスが何より大事だと考えるからである。


図1、4分割表であげてみた事例の問題点(ひとつの視点で、漏れもあるだろう)
医学的適応

胃癌再発皮膚転移で、予後は悪い(1月以下?)
脳転移か抗癌剤の副作用か診断がはっきりしない
検査はリスクが高くやりにくい
根本的治療法はないかあっても不確実
何が患者にとっての治療目標か?

患者の選好

患者が自分のこのまま家にいたいという気持ちを言い表さない。
患者はできるだけ入院したくない。
医療者からの情報が不十分
医療者が、患者の気持ち、願いを十分聞き出せていない。どうしたら聞きだせる?
どのような終末期を生きたいのか?

QOL

本人にとって何が大切か
何かやり残したことはないのか
何かやりたいこと、不安はあるか?
QOLを向上させるor低下させる因子? 

周囲の状況

ホスピスは満床でターミナルケアの専門家がいない。
妻は病弱で入院してほしい
家族の願いが妻娘と息子で違う
家族の不安(死の受容)?
地域のサポートシステムは?



1、緩和ケアにおける意思決定のためのコミュニケーションの重要性
 緩和ケアにおいて何よりも大事なのは、患者、患者その他の関係者の思いを知るためのコミュニケーションである。それによって、限られた時間の中で、患者の願いを尊重し、家族、他の関係者の思いも考慮しながら、最善の治療方針を決定することが。ただし、実際に緩和ケア外来を受けている患者がどのような方法で治療選択の希望をもっているかについて知ることは難しい。Bruera3)らは緩和ケア外来を受診している78人の癌患者への調査で、実際の患者の希望は、治療方針を積極的に一人で決めたいと言うものが16人(20%)、医師と一緒に決めたいが49人(63%)、医師に決めてほしい人が13人(17%)だったのに対して、医師側の判断はそれぞれ、23人(29%)、30人(39%)、25人(32%)で、緩和ケアの専門家と言うコミュニケーションの上手な医師でも、患者の意思を把握することが難しいことを述べていている。
ではどのようにしたら、緩和ケアにおける患者と家族の思いをうまく意思決定に取り入れることができるだろうか。緩和ケアのコミュニケーション方法として、Hallenbeck4)が提唱しているGOODという方法にそって筆者の考えを述べる。


1)G:Goals(目標設定)
 患者と、家族、医療者がどのような治療目標を持っていることを知ることが大事になるが、まず現状をどのように把握しているかを伺い、最終的にどのような目標で治療するかを検討することになる。この時、注意することは、最初から細かい医療の選択、たとえば人工呼吸器を繋ぐか繋がないかというような話をしないようにすることである。それらは、医療者にとって非常に関心のあることなのだが、患者にはそのような医学的な目標ではなく、生活での目標が大事なのである。何が患者の最期の日々の生活をするうえで大事なものを知り、そのことが少しでも実現するように、治療法を提示していくのである。ただ、このことを聞き出すためには、まず、それまでの患者のライフヒストリー(人生の物語)を聞くことが大事になる。
私は、呼吸が苦しくなっても在宅酸素を拒否されて、在宅で亡くなられた方をみとったことがある。その方は、職業軍人で、終戦後シベリアに抑留され多くの部下を失ったことがずっと人生の負い目としてあり、これくらいの苦痛を味わうのは当然だと言われた。結局最期は、眠るように亡くなられたが、医学的適応としては酸素濃度が下がったら当然在宅酸素と考えてしまうのだが、病気の苦しみを味わうことも、この方の最期の時期の過ごし方として意味があったのである。


2)O:Option(選択肢提示)
 1)の目標の実現のために、色々な治療の選択を提示することになる。もし、1ヶ月後の娘の結婚式に出ることが目標であるのなら、出席を目指して合わせて抗癌剤の治療をする。それが無理なら、日時を早めて、ホスピスで結婚式を行う、新郎と一緒に写真だけでもとるなど様々な対応ができるだろう。緩和ケアに残された時間をどのように使うか、まず医療の手段の選択よりも、患者が人生の最期の時期をどうしたいのかを聞き出し、そのためにどのような治療(治療しないことも含め)をするかが検討される。
検討に当たっては、患者・家族にその治療法のメリットと負担を提示する。例えば、「呼吸が苦しくなって、人工呼吸をする場合、呼吸はなると思いますが、自分の声で会話することは難しくなります。」というようなことである。一般的な予測データもできれば提示する。例えば癌の多発転移で心肺蘇生をして退院できるのは1%以下であることなどは、情報として伝えた上でDNARのことについて検討する必要がある。またその施設でのデータも知らせることができると、より現実的な問題として受け入れやすいであろう。
また、医療者が考える治療法を提示するだけでは十分とはいえない。医師側からの提示の後、ぜひ患者本人や家族から質問したり、希望を出したりする時をもってほしい。ホスピスでの治療と一般病棟での治療、在宅での治療がどのように違うのか。それが、最終的な治療目標にどのようにかかわるのかをできるだけ具体的に相談したい。そしてその治療を選択理由になる関係者が大切にしているものを分かち合うことができればより納得できる選択ができるだろう。


3)O:Opinion(医師の意見を述べる)
 いくつかの選択肢を挙げた上で、医師が自分なりに最善であると思う選択肢を述べる。バイアスをかけないように、医師は中立の立場で情報を提供するだけに徹すべきという考えの方が多いかもしれないが、患者の意見、家族の意見を尊重しながら、医師の治療目標、治療で予想される結果などと一緒に医師の意見を望んでいる患者は多い5)。「あなたは食事が唯一の楽しみだといいましたね。そうだったら、経管栄養はお勧めしません。」などと、患者の大事にしてきたものを大事にして、それを実現するために医師としての最善の選択肢を述べるのである。


4)D:document(記録を残す)
 事例で、DNARが生かされなかったのはなぜだろうか。治療選択にいたった内容がカルテ(診療記録)にきちんと記録されず、その指示がうまく他の医療者に伝わっていないことは少なくない。「家族にDNARの説明をし、承諾された」というような、結果だけのフォームでは、だれがどう関与して、なぜそのような結論に至ったのかがわからず、実際の治療に生かされないのである。Hallenbeck4)は緩和ケアにおける重要な意思決定について以下のような内容を記録に残すことを勧めている。
a、討論と決定に参加した全員の名前
b、討論の内容と最終結果をわかりやすく記録する。「患者と患者の娘さんと話し、嚥下性肺炎の予防というメリットと患者に残された最後の楽しみである食事ができないという負担を考えると、経管栄養はしない方がいいのではないかと思うと述べ、患者と娘さんはそのことに同意された。」のように残すのである。
c、将来おきうる事態への対応について検討する場合には、患者が今希望していることと、将来の希望との両方をあげておく。「今は、蘇生による延命治療を希望するが、将来、まわりとの意思疎通ができなくなった場合には、蘇生を含めた延命治療は望まない」などというような形式で残すのである。
d、上記の決定で確認された治療の意味づけを残す。例えば「患者と家族は死が近付いていることを理解され、これからの治療目標は、QOLの向上であることを確認した。」というようなことを残しておくのである。
 最近、患者の意識低下に備えて、アドバンスディレクティブ(事前の治療選択の指示、代理決定する者を指定する事前指定)、それらを文書にしたリビングウィルを残しておくということがされるようになったが、わたしはその文書の作成さえあれば、問題がなくなるというより、上記のような事柄がきちんとカルテに残していく過程が大事だと考えている。5)


2、 患者の本音を聞き出すには
 若い世代の患者の中には、医師が色々話す前に、自分なりに治療への希望を、はっきり述べる方も出てきたが、実際には、この事例のように、自分なりの意見や希望を持っていても、病気の進行とともに、自分で重くて辛い選択をするよりは、家族や医療者が決めてくれるのを待つというやり方を取る人も多い。
 それは何事においても、自分を強く主張することをしてこなかった、ある意味で強く自己主張をしない方が、他の人を傷つけることなく、波風をたてずに生きていける(死んでいける)という日本の文化の特徴であるようにも思える。そのような場合に、どうすれば、少なくとも、本人の望まない治療を回避できるのだろうか。
 私はやはり患者の不安や期待を聞き続けるしかないと考えている。毎日少しずつでもベッドサイドに坐って(この坐るということがポイントである)、こちらからの説明よりも、まず患者の不安を聞きだすこと、「何かやってほしいこと、心配なことはないですか。全部対応できるかどうかわからないけど、できるだけ希望にしたがって対応しますので教えて下さい。」を優先する姿勢が大事だと思う。「終末期の患者には、薬ではなく時間を注射しなさい」という日野原重明氏から教えていただいた言葉は、多くの場面で役立ってきた。
 また、患者の声の聞ける人を見つけることも大事である。筆者は村の診療所の医師として10年働いてきたが、大体誰に相談すれば患者の意向をうまく聞き出してくれるのかわかってきた。私より経験豊かな看護師や、受け付けの方の意見も非常に役立った。そして、専門医に紹介する場合も、患者の心理社会的な背景を含めて情報を提供したり、かかりつけ医として、専門医と同席して、病状説明を行ったりした。時には専門医の説明がわからなかった(質問もあったがうまく聞けなかった)患者に、専門医に問い合わせて、説明しなおすというようなこともあった。


3、 適切なときに、適切な説明と患者の理解がなされているのか。6)
 最近、病名を伝えることは普及したのだが、この事例のように最初の治療可能性の高いときの病状説明と、転移がおきたことの病状説明では困難さが違う。転移後の患者さんは、すでに全身状態も悪く、癌の転移であることがはっきり言われると、意気消沈してしまうことも多いからである。癌の末期であると言う、真実は辛いものかも知れないが、真実の告げ方が残酷であってはならない。「もう癌の末期で治療はできない」とすべての希望を奪うような説明ではなく、「病状はかなり進行していて、完全な治癒と言うことは現時点での医学では難しいですが、今ある症状(痛み、全身倦怠感など)については、最新の緩和ケアの技術を用いて、できるかぎりコントロールしていきますので」など最後まで患者を支えていくことを伝える。
 この事例では、もう少し早く、医師の方から、患者の状態が悪くなってきていることを聞き出して、積極的な治療から、緩和ケアに変えるのか、最終的にどのような最期の時を過ごしたいのかという患者の意向を聞けていたら、その思いをもとにもう少し最後の家族内の意見調整がやりやすかったように思う。


4、 判断能力が落ちている場合の対応
 高齢者の中には、痴呆や、病気の進行と並行したうつ状態で判断能力が落ちている方もおられる。簡単に判断力があるかどうかは、精神科や心理の専門家に診察を受けるというのが理想的だという意見もあるが、総合病院などで、専門家にすぐコンサルテーションできる場合をのぞいて、難しいと思われる。最低限、患者に決定を反復してもらうか書いてもらう、その判断理由を述べてもらう。そして2、3日おいて、その判断を再度確認するということができれば、一応判断能力はあるととられていいのではないかと思う。しかしながら、根拠を特に病気が進行すると、うつ状態になり、判断力の落ちる方、何より、生きる意欲が低下して、もうどうぞ先生のいいようにしてくださいと言われる方もおられる。そのような場合でも、本人に、これからあなたの治療について、ひとりで決めるのが難しかったら、だれと一緒に決めたいですか、あるいは、もしあなたの判断能力が低下してうまく決められなくなった場合は、誰に決めてほしいですかという事前の指定を聞いておければ、代理決定者も本人の代わりとして決定することが楽になるであろう。もちろん一人だけである必要はない5)。


5、 医学的適応がない治療や、法的に許されない安楽死を、患者や家族から希望された場合の対応をどうするか。
 時々、事例に挙げたような、医師の立場からは無意味で、患者に苦痛を与えるだけの、延命治療の継続をお願いするというケースや、民間療法を依頼されることがある。このような場合、家族の判断は理論的なものではなく、十分介護してあげられなかったと言う後悔の感情や、家族が死を受け入れられないということが原因であることが多いようである。
 私は、患者家族も患者と同じようなケアの対象として考え、短期間(数時間でもいい)、家族の納得ができるように、患者のケアに参加してもらいながら、対応すると言うことがあってもいいと考えている。ある看護師から、医師と患者の対面のインフォームドコセントでなく、患者さんの家族と一緒に意識のなくなった患者さんの体をふきながら、「患者さんは喜んでおられるでしょうね。これからどうしてほしいと思っておられるのでしょうね」というような横並びのインフォームドコセントをして、家族間の意見が一致していって良かったという話を伺ったことがある。
一方、「早く楽にしてあげてください。もう苦しむのをみているのがつらい。」というような家族の訴えを、安楽死願望と受け取ってはいけない。苦痛を和らげるような緩和ケアの技術を駆使して対応していただきたい。


6、 最終的に、関係するものの意思が一致できなかった場合にどうするか。
 筆者は、患者本人と同じくらい家族の意見を尊重する立場をとってきた。それは、終末期の患者のケアにおける家族の役割は大きく、患者もそれを望む人が多いからである。もちろん、それまでの患者との関係や、介護疲れから、介護に積極的でない家族もいるが、きちんと家族にも状況を話し、家族が患者にできるケアを支援する。そのようなケアを行ってもらうことが結局家族のケアにもつながるからである。
最後に、関係者の意見が一致しない場合の対応についてKarlawish7)らの提案を引用する。
1) 決定を先送りにして、時間をおいて、合意できなかった点を考え直す。
2) 各人の治療目標とその目標を達成するための治療の選択肢を分けて考える。
3) 新しい解決法を試してみる(治療するかしないかではなく、時間を区切って治療を試してみるなど)。
4) 力関係や人格的な葛藤をさける
5) 第3者をよぶ(信頼される聖職者、倫理や緩和ケアのコンサルタント)
6) 最終的に意見の違いがあっても、関係者それぞれの基本的な価値観を責めない。
 少なくとも、医療者が患者や、家族の価値観を非難することは避けたい。医療者は有名なニーバー牧師の祈り、「主よ、変えられることを変える勇気と、変えられないことを受け入れる心の静けさと、その両者を見分ける英知を与えたまえ」という姿勢を大切にしたい。


参考文献
1)A.R. Jonsen et al. Clinical Ethics 5th edition.A Practical Approach to Ethical Decisions in Clinical Medicine. McGraw-Hill. 2002
2)臨床倫理の討論のページhttp://square.umin.ac.jp/masashidiscussion.html
3)Edauardo Bruera et al. Patient Preferences Versus Physician Perceptions of Treatment Decisions in Cancer Care. J.Clin.Oncol.2001;19.2883-2885.
4)James L. Hallenbeck: Palliative Care Perspective. Oxford University Press. 2003.
http://www.mywhatever.com/cifwriter/library/70/4969.htmlでその内容が読める。
5)白浜雅司:アドバンス・ケア・プランニング 意識低下後も患者の意思を尊重するケア―、ギア・チェンジ緩和医療を学ぶ二十一会、医学書院 2004
6)白浜雅司:がんの真実を伝えるための医師の役割と技術、ターミナルケア13:190-195、2002.
7)Karlawish,J.H.T. et al. A Consensus-Based Approach To Providing Palliative Care to Patients Who Lack Decision-Making Capacity. Ann Intern Medicine.1999; 130: 835-840.