看護教育2000年4月号 vol 41. No4. pp260-266
特集「倫理的意思決定能力を育む」
医療職を目ざす学生の倫理的感受性をいかに育てるか
ー医学生への臨床倫理教育の経験からー

佐賀県三瀬村国民保険診療所長
(佐賀医科大学臨床教授)白浜雅司



<はじめに>
 私は、人口1700人の小さな山村の診療所長として働きながら、佐賀医科大学の臨床教授として診療所実習で年間30-40名の医学生の診療所実習の責任をとっている医師である。また、6年程前から、主として佐賀医科大学の医学生に対して、臨床倫理、コミュニケーショントレーニングなど、医師の人間性教育に関わる部分の教育を担当しており、「医療職を目ざす学生の倫理的感受性をいかに育てるか」というテーマは日頃考えていることである。自分のこれまでの教育を振り返りながら、感じていることを述べてみたい。将来看護婦と一緒に働く医師を育てているもの意見として参考にしていただければ幸いである。

<医療職に必要な倫理観や倫理的感受性とは何か>
 まず、ここで論ずべき「医療職に必要な倫理観や倫理的感受性」ということは具体的にどのようなことをさすのであろうか。私はこれまで取り組んできた臨床倫理の概念すなわち、「日常の臨床の現場で生じている倫理的な問題を認識し、分析し、対応していく能力」としてとらえたい。そして、それは結果として「患者の満足、安心を増すようなケアを提供するとともに医療スタッフ自体のサポートにもなる」と考えている。患者とともに医療者も癒されるような倫理観を育てなけれは、熱心な医療者がバーンアウトするだけで、患者に継続的したよいケアの提供はできないと考えるからである。

<倫理的な感受性は育まれるものか>
 倫理教育を論じる時に、ある人間の倫理観は幼少時から自然に身につけられるもので、大学入学後、すなわち専門教育に教育するのではおそいという意見が。私はそのことに関して、このような教育をはじめた頃の2人の学生の講義アンケートの内容を印象深く覚えている。
1つは「患者の気持ちを考えていては、まともな医師になれないのではないかと思っていた。今日の授業を受けて、患者の気持ちを大切にしていていいんだということが確認できてほっとした。」というものであった。大半の学生は最初、患者の支えになれるような医師になりたいという気持ちで入学してくるのだが、莫大な医学知識の洪水の中で、また病棟実習などに出て医師の忙しさを目の当たりにすると、いちいち患者の気持ちなどに配慮している余裕はないという気持ちになるのであろうか。本来学生のもっている豊かな倫理的感受性を失わせることなく、少しでも伸ばすような教育の機会を、特に、高学年の臨床実習に出た後に作る必要があると考えている。
もう1つが「理系出身の自分としては答えが二つ以上あるような倫理的問題を考えることはできない」というものであった。このような学生は研究者としては大成するかも知れないが、臨床医としては少し危ないものを感じる。その学生にあった適切な進路指導をするのも教育に当たるものの大切な義務ではなかろうか。

<現在関わっている倫理教育の内容>
 私はこれまで、医師養成に対する国民の要望にそって、医学的知識と技術を持つだけでなく、患者との信頼関係をつくれる医師、コミュニケーション能力とあたたかな人間性、さらに倫理観を備えた医師の養成に役立つ教育ができないかと色々試みてきた。
もちろん私だけがそのような教育を行っているわけではなく、私の担当する講義実習以外にも学生は、一般教育の中の哲学や倫理、法学、社会学などで医療倫理に関係する分野のことを学ぶ機会が与えられている。ただそれが高学年における臨床医学教育との接点がほとんどなく、十分に生かされていなかった_
また臨床実習においても、倫理的な側面を強調してくれる指導医についた時は倫理的な学びができるが、いつも倫理的な側面が強調されるわけではなく、私の担当する以下のような教育がそれなりの評価を持って継続されてきた。

4年生の行動科学「良い患者医師関係をつくるには」の討論
 新聞の投書欄やいくつかの患者の闘病記などをもとに、患者と医療職の視点の違い、患者が医師に言いたくても言えなかった思いなどを資料として渡し、そのような問題がおきる原因は何か、その解決策は何かをグループ毎にまとめて発表させる。もうすでにこの段階で一般の患者の視点よりも医療者の視点に立っている学生がいて、(たとえば、「患者の話しをもっと聞いて欲しいと言っても医師は忙しい」など)、そのような現実の中で、さて医療者はどう対処していくのかということを具体的に討論してもらうのである。

4年生の臨床入門
 佐賀医科大学では、4年生の最後、5年生からの大学病院での病棟実習の直前に、従来の身体診察法などの診断学だけでなく、患者とのコミュニケーション、臨床倫理、EBMなど臨床の現場に出るために知っておくべき多様な側面を「臨床入門」としてまとめて教育し、臨床実習の学びに備えている。その中で私は「コミュニケートレーニング」と「臨床倫理」の2つのパートを受け持っている。

「コミュニケーショントレーニング(1)(2)」
 倫理はまず、人間関係の中で問題になる。患者、家族をはじめとしたその周囲の人と医療者との相互関係でなりたっていてその関係を作るのにコミュニケーションの果たす役割は大きい。
(1)では「がんの説明」や、「高血圧や糖尿病」などの患者シナリオを用いて、学生が3人グループになって医師役、患者役、観察者役になって、自分が医師として聞きたいこと話したいこと、患者役として知りたいこと話したいことのずれを体験してもらう。
(2)ではボランティアの模擬患者の方に協力してもらって、「娘を突然くも膜下出血でなくした60歳女性」「がんを心配している咽喉頭異常感症の58歳女性」などという設定で学生にインタビューをしてもらう。学生には事前に「全身倦怠感」、「咽喉頭異常感症」で総合外来を受診された中年女性への問診で聞くべきことを予習してきて下さいと言っておく。グループで作戦を立てさせてインタビューさせるが、模擬患者が相手だと緊張感も増し、本当に患者が言いたいことを聞きだせていないことに学生たちは気付きこれから病棟実習の中で、患者さんとのコミュニケーションの勉強も重要な要素であることを実感するようである。

「臨床倫理総論」「臨床倫理PBL Problem Based Learning」
 臨床倫理総論では、Jonsenらの作った臨床倫理の4つの枠組み(表1)をもとにして、実際の臨床的な事例を考える方法を講議する。できるだけ具体的な事例を用いて解説しようと努めているが、総論だけでは具体的にとらえるのは難しく、後半の臨床倫理PBLで5-6人くらいのグループに分けて事例を検討してもらう。今年検討した事例した症例は(表2)のような3例で、事例は私のいくつかの臨床経験をもとに創作したものである。敢えて最初から詳しい情報はあげず、倫理的な問題点に対応するにはさらにどのような情報が必要かを考えるところから学生に体験させ、それに私が答えるかたちで一緒に対応策を考えることにしている。

5年生の病棟実習での「患者医師関係」の検討
 総合診療部を実習している学生に、実際の病棟での実習を通して、患者さんやその家族との関係、医療スタッフとの関係の中で、「嬉しかったこと」、「困ったこと、残念だったこと」をレポートに書いてもらい、1時間程、学生と一緒に討議する時間をもっている。まだ始めて1年だが、レポートに自分の思いをたくさん書いてきて積極的に意見をのべる学生と、そのようなことは個人的なことで、あえて討議する必要は無いとする学生の2つに評価が分かれている。

6年生の「インタビュートレーニング」
 総合外来実習の中で、4人の学生が自作自演の患者役になり、医師役の学生とのインタビューを行い、それをビデオにとってみんなで検討するものである。
 4年の臨床入門の時には、まだ医学的知識が十分でなかった学生も、1年間の病棟実習を通して、知識においては少し成長しているが、まだまだ患者の思いを聞き出すという能力は十分でない。患者役をすることで、自分の気持ちをどこまで聞いてもらえたかを学生は体験する。私は、常に個々の学生のそのインタビューの良かったところと、悪かったところ双方を指摘するように努めている。喋るのが上手な学生も、言葉数の少ない学生もいる、それぞれの個性のいいところを伸ばし、悪いところを補って欲しいと考えている。

6年生の「臨床倫理ケースカンファレンス」
 5年生の臨床実習で学生が体験し、彼らが倫理的な課題をもつと考えた症例を臨床倫理症例シートにまとめさせ(表3)、8人程のグループ毎に、学生が一番討議したい1-2症例を選んで1時間かけて討議するものである。このカンファレンスの前身は選択コース「臨床倫理」で、医師だけでなく、一般教育の倫理や社会学、法学の先生方も参加した討論がされていた。現在はもと保健婦をしていた大学院の学生に討論に参加してもらって、医師だけの視点に片寄らない討論に努めている。また難しいケースについては私が作っている「臨床倫理の討論」というホームページに掲載して、国内外の色々な立場の方コメントをいただいき討論の参考にしている。
 1998年度のカンファレンス全体の結果を学生のアンケートなどをもとにまとめたところ、学生が経験した倫理的症例数は、一人平均で3.95±1.53例で80名(92%)の学生は何らかの倫理的症例を経験していた。倫理的症例を経験しなかったという学生は7名で、その理由として、「気にはしていたが経験しなかった」というものが5名、「考える余裕がなかった」「医療スタッフが問題にしていなかった」という意見が各1名であった。倫理的な症例を経験した診療科は21科と多くの科にわたり、倫理的症例の疾患別の割合は、「がん」(悪性腫瘍)が51%と半数を占め、糖尿病などの慢性疾患24%、くも膜下出血による脳死状態などの救急疾患12%、ALSなどの難病10%が続いた。
 倫理的な症例を経験したと答えた学生について、実習時に倫理的な問題点について考えようと思ったかという質問をしたところ、62名(77.5%)の者が考えようと思ったと答え、その理由として、「患者のケアの向上のため」40名、「自分の気持ちの整理のため」27名、「医療スタッフが問題にしていたから」9名、「臨床倫理の考え方を学んでいたから」1名 であった。
残る18名(22.5%)の者は、「倫理的な問題点をを考えようと思わなかった」と答え、その理由として「考える方法がわからなかった」9名、「考える必要を感じなかった」4名、「スタッフが問題にしていなかった」4名、「考えても無駄だと思った」2名、「考える余裕がなかった」1名であった。
学生が取り上げていた倫理的課題は、80症例に対して130項目あり(1症例平均1.63項目)、多い順に告知を中心としたインフォームドコンセント、治療法の選択、治療拒否、医療不信、医師患者関係、患者・家族関係、経済的負担、治療効果のない患者への対応、転院退院の問題、手術合併症、病気の受容、治療意欲のない患者への対応、自己決定能力の判断、治療ゴールの設定、社会復帰など非常に多岐にわたっていた。(図)
カンファレンスに対する学生の評価は、85%が「良かった」、15%が「どちらとも言えない」と答え、「悪かった」というものはなかった。また87%のものがこのような実習が、将来の「倫理的症例への気付きを増すと思う」と回答していた。
 アンケートの自由記入欄の回答では、肯定的なコメントとして、「この授業以外で倫理的な問題をきちんと考える機会がない」、「漠然としていた問題点がまとめていく過程で明らかになってきた」「倫理的な問題の考え方がわかった」「自分たちが経験した症例で考えるので、具体的で印象深い」「他の人の意見を聞いて、自分が見逃していた様々な見方や考え方を知ることができた」「地域の福祉施設や、保健婦などへ相談するというような解決の手段を知った」「医者になったら必ず直面する重要な問題だから、時間のあるうちに考えておきたい」などがあった。
 一方今後の改善希望としては「時間的制約から、討議が十分できない」「教官からの意見がでると学生からの意見が出しにくい」「教官から適切な症例を提示してほしい」「提示された症例では情報が不十分である」「ケースバイケースで終わるのではなく適切な対応を教えてほしい」「実際主治医になってみないとわからない」などが挙げられていた。

<今後の医療者の倫理的感受性を育むために必要なこと>
 以上のような自分自身の経験をもとに、今後の医療職を目ざす学生の倫理観や倫理的感受性を高めるために必要だと思っていることを以下に述べたい。
1、コミュニケーション能力の向上
 私はこらまで学生や医療スタッフなどと多くの臨床倫理のケース討論を行ってきた経験から言うと、日本の臨床倫理のかなりの問題は、この医療者と患者の間、あるいは医師・看護婦など医療スタッフ間のコミュニケーションギャップが大きいのではないかと感じている。
先日行った4年生の臨床入門のコミュニケーショントレーニングで娘を亡くした中年女性の問診で、代表となった学生2人は、家族歴で娘さんが亡くなった経過を聞き出していたのだが、2人が2人とも患者に対して悪いことを聞いたという感じで話題をそらしてしまったのである。そこが患者としては一番聞いて欲しいところだったのに。その後の反省で、シナリオの種明かしをする以前に、学生は娘の死がポイントだったことに気付いていた。でも聞けなかったのである。それがいわゆる一般の日常会話と、医療で行うインタビューの違いなのである。相手の痛みを伴うことを敢えて聞かなければならないプロとしてのインタビューの大変さ、そしてそれを患者の気持ちに配慮して行うことの重要性を学生は学んでくれたようであった。
 最近の若い学生は携帯電話とかメールでの会話はするが、面と向かって厳しい話しをするという経験に欠けている。彼らにプロのコミュニケーション能力が重要なことを、学生同士、実習での患者さんとのやりとりの中で学んで欲しい。そしてその能力の良いところを伸ばし、弱点を補うようなサポートを実習につきそう教官が常に行う必要があるのではないだろうか。
2、患者の視点を加えること
 倫理教育の評価者の1人はまちがいなく患者である。上記のコミュニケーショントレーニングで、学生に強烈なインパクトを与えることができたのは、模擬患者が教育に参加してくださったからである。学生はこれまで医療者だけのある意味、自分たちだけにしか通用しない閉鎖社会で教育されていたのが、一般の市民が教育に入ることにより、甘えを許されない状況に立たされる。その患者役からもらう感想は、教官のいくつの言葉にも増して学生の心に刻み込まれるのである。またあえて模擬患者を使わなくても、実際の実習で受け持った患者にその学生の患者への接し方で良かった点、悪かった点を評価してもらうことは大きな意味がある。
3、現場の視点を(現場のロールモデルの必要)
 入学時に看護をめざした理由を聞くと、自分が病気の時の看護婦さんにあこがれて看護婦の道をめざしたということは結構あるようだが、看護教育の臨地実習で、学生は「あの看護婦さんのような患者に配慮できるような看護婦さんになりたい」という経験をしているのだろうか。
私の診療所実習にくる医学生の多くは、看護婦さんの患者さんへの暖かい配慮に感心したと言うコメントを残している。彼らは病院の中では看護婦の働きを知る機会が少ないようである。また臨床倫理カンファレンスにおいても、医療スタッフが問題にしていれば学生も問題としてとらえ、問題にしていなければ学生も問題としてとらえにくいことがわかった。どんなに基礎教育で倫理的な問題の大切さを強調しても、実習の現場で、そのことに配慮されていなければ、教育効果は半減するだろう。
学生の教育と同じように生涯教育としての医療スタッフへの倫理教育の必要性は大である。
4、個々の学生を尊重した教育を
 個々の患者を尊重しようという倫理的な教育は、個々の学生を尊重しようと言う形で行われる必要がある。私は臨床倫理カンファレンスにおいて全員の学生の症例に、教官のコメントを記入して返すようにしている。またさらに質問のある学生には電子メールで返事を書くようにしてきた。そのような手間をかけて個(学生)を尊重していく教育姿勢が、学生自身が個々の患者を尊重する意識につながってくれることを願っている。
5、医療チームとしての視点を
 医師と看護婦の意見が違いが、看護倫理の大きな問題になっているようである。学生教育の中で、看護学生と医学生がそれぞれの立場から討論するような場があればよいと思っている。日本の医療社会では、看護婦が倫理的な問題意識をもっていても、医師にそのような意識がないばかりに対応できないことが多い。
 本当は医師も悩んでいるのである。一緒に考えてくれる医療スタッフがいてくれればどれだけ心強いことか。私は実際の診療において倫理的な問題の対処で困ったことは、やはり一番の身近な仲間である看護婦に聞く。このことも学生には新鮮に映るらしい。医療チームがお互いに尊敬しつつ、意見を出しあいながら患者の問題に当たる姿は、必ず実習で触れておいて欲しいことである。
6、地域の視点を
 医学生のほとんどは、大学病院か大病院でしか実習をしない。大学病院・大病院で病院の医療しか知らず、それが最高の医療だと思っている。しかし地域には大病院にない患者の生活の場があり、そこでの生活をしながら、往診したり訪問したりする医療福祉のスタッフがいる。そのような活動を知らずして、患者の意向を尊重した医療はできないのである。事例としてあげた精神科の患者のようなケースも地域のサポートネットを知っていてそのようなグループの活動ににつなげることで、倫理的な問題の解決の糸口が見い出されることも多い。
7、マニュアルを与えるのではなく、共に考える視点を
 臨床倫理ケースカンファレンスの自由回答には、「教官から適切な症例を提示してほしい」「提示された症例では情報が不十分である」「ケースバイケースで終わるのではなく適切な対応を教えてほしい」というような学生のマニュアル志向、指示待ちの姿勢がうかがわれた。だが、臨床の問題はもっと複雑で一つのマニュアルですべてが解決されるような簡単なものではない。「どうせ考えても仕方がない」ではなく、「何かできないか少しでも考えてみよう」と言う積極的な取り組みにつなげるにはどうしたらよいかが今後の大きな課題である。

<おわりに>
 医学教育の立場から、自分が取り組んでいる倫理の教育の現状と課題について述べた。看護教育で参考にできる部分があれば嬉しい。また臨床倫理の討論には是非看護の視点のコメントもいただきたいので関心ある方は参考文献にあげたホームページにアクセスをお願いしたい。
 この原稿を書いた後、2000年2月14〜16日にイスラエルで開かれた“Ethics Education in Medical Schools”という医療倫理教育としては初めての国際会議に出席した。31ヶ国、200人程の参加者のうち40名程の看護系の方々が「医療倫理の教育に看護の視点を」「医学生と看護学生双方の参加による倫理教育」などの演題で発表されていた。世界の様々な医育機関の倫理教育の問題も日本と似かよっているという感想をもった。今後の看護倫理の教育に当たる方々のご活躍を期待したい。

<参考文献>
1) 白浜雅司:「佐賀医科大学における医療倫理教育」生命倫理1996,6:57-61
2) 白浜雅司:「学生が経験した症例をもとにした臨床倫理教育」生命倫理1998,8:81-88 
3) 白浜雅司:「臨床倫理Clinical Ethicsの考え方」家庭医療 1997,5:12-16
4) Jonsen AR, Siegler M, and WINSLADE WJ: Clinical Ethics--A practical Approach to Ethical Decisions in Clinical Medicine (third ed.). McGraw-Hill, New York, 1992. (日本語翻訳版が赤林朗、大井玄監訳「臨床倫理学:臨床医学における倫理的決定のための実践的なアプローチ」新興医学出版社、1997
5) 臨床倫理の討論のホームページ
     http://square.umin.ac.jp/masashi/discussion.html
(上記の1)〜3)の論文もこのホームページで読むことができる)



表1、臨床倫理の4分割表
1)医学的適応
  Medical Indication
 “Benefit、Non-malficience”
    恩恵、無害の原則

   (チェックポイント)
   1.診断と予後
   2.治療目標の確認
   3.医学の効用とリスク
   4.無益性(Futility)

2)患者の意向
  Patient Preferences
“Autonomy”
自己決定の原則

 (チェックポイント)
   1.患者の判断能力
   2.インフォームドコンセント
 (コミュニケーションと信頼関係)
   3.治療の拒否
   4.事前の意思表示(Living Will)
   5.代理決定
 (代理判断、最善利益)

3)QOL
   QOL(生きることの質)
   “Well-Being”
   幸福追求の原則

 (チェックポイント)
  1.QOLの定義と評価
 (身体、心理、社会的側面から)
  2.誰がどのように決定するのか
 ・偏見の危険
 ・何が患者にとって最善か
  3.QOLに影響を及ぼす因子

 

4)周囲の状況
  Contextual Features
  “Justice-Utility”
   公正と効用の原則

 (チェックポイント)
   1.家族や利害関係者
   2.守秘義務
   3.経済的側面、公共の利益
   4.施設方針、診療形態、研究教育
   5.法律、慣習
   6.宗教
   7.その他



表2 臨床倫理検討事例
症例1) 55才男性。建設会社のやり手営業部長。2年前に会社の検診で 糖尿病を指摘されたが、仕事が忙しくて再検査することもなく過ごしていた。仕事 柄アルコールを飲む機会が多く、毎日お酒を平均5合くらい飲んでいた。最近のど の渇きがつよく、からだのだるさが強いため近くの病院を受診したところ、血糖が 450と上昇しており、インシュリンの分泌もよくないので早急に入院してインシュリ ン治療を始めるように主治医は勧めたが、仕事が忙しく入院などできないと拒否された。
                         
(問)あなたがこの患者の主治医だったらどのように対応しますか。

症例2)86才女性。4年前御主人を肺癌で亡くした後、山村で一人暮らし。最近村の医療福祉関係者が集まる高齢者サービス調整会議で、ヘルパー及び保健婦から最近日によってこの方のいうことが違っていておかしい老人性の痴呆ではないか、このままほおっておいていいのだろうかという意見が出た。念のため村の診療所へ受診してもらったが、言葉もしっかりしていて、特に話しのつじつまがあわないことはなかった。ヘルパーの話しでは、一日何も食べないでぼうっとしていたり、火の消し忘れで鍋を焦がしたりしたことがあるらしい。家族は息子が二人いるが、それぞれ遠く離れた所にすんでいて、今後の対応を相談しようとするが、なかなか村に帰省することもない。本人は住み慣れた家や友だちから離れるのが嫌で、息子のところにはいきたくないという。
(問)あなたはこの村の診療所の医師である。どのように対応しますか。

症例3)患者は3才の女児。父親(30才男性)が救急外来に子供がころんで右手を痛がっているという訴えで連れてきた。レントゲン撮影で右橈骨骨折と診断されたが、全身を診察すると、からだのあちこちにあざがあること、子供が父親を怖がっていることなどから単なる事故としては不自然で、担当医は幼児虐待の可能性もあると考えた。
(問)あなたがこの救急外来の担当医だったらどのように対応しますか。



表3
<臨床倫理症例検討シート> 学籍番号(000)氏名( XXXX ) 
これまで経験した倫理的症例で一番印象に残っているケースについて簡単に以下にまとめて下さい。臨床倫理の4分割法についての考え方は資料「臨床倫理の考え方」や臨床倫理の討論のHPを参考にしてください。
<症例>40才くらいの男性の患者<経験した病棟や外来>( 精神科 )  
<簡単な病歴>
うつ病でこれまで2回自殺企図をくり返したことがある。
治療もスムースに進み、家族のことを考えると早く職場復帰をしたいが、
上司、同僚の偏見が気になって医師の退院許可がおりているのに、患者は
退院を拒否している。
<自分が考えたこの症例の倫理的な問題点>
本人にとって今後どうするのが一番いいのだろうか?
<その症例の臨床倫理の4分割法>(わからない部分には?を)
(医学的な適応)         (患者の意向)
診断はうつ病。                   治療には積極的。
治療目標は抑うつ気分の改善と            しかし職場復帰への不安が強く
自殺防止。                     退院拒否。
最終的には職場復帰。                それ以外の退院拒否の理由は?
(QOL)             (周囲の状況)
家族、職場の人の援助、仕事内容           家族は協力的で患者を暖かく
への配慮が患者の精神的な負担を           見守っている。
軽減させ、それがQOLの向上に           会社の同僚は復帰に協力的だが
つながるのではないか。               上司に理解のない人がいる。
<自分が担当医であればとりたい対応>
家族、職場の関係者を交えて、話し合いを持ち、今後の患者の社会復帰への環境を整えていく。
<質問欄>(症例を検討して浮かんだ疑問や質問を何か書いて下さい)
患者の社会復帰のための環境整備まで医師が本当に立ち入れるでしょうか?
<教官のコメント>
確かに難しい問題です。他の職種、例えばソーシャルワーカーや精神保健センターなどのスタッフの協力を得ることも大事でしょう。






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