「これからの課題(さらなる改訂に向けての問題整理)」
三瀬村国民健康保険診療所 白浜雅司


 今回、内科専門医会を中心に、日本におけるインフォームドコンセント(以下IC)の現状分析をもとに、様々な専門家がそれぞれの専門を生かしてIC集を作ることができ、企画に参加したものの一人として本当に良かったと思っている。この項では、編集委員会で討議されたり、原稿を読んだりしながら考えたICを実践するための課題と対策を提示したいと思う。


(1)コミュニケーションの問題
 今回のIC集が、健康教育とともに、コミュニケーション・リソースブックの中に含まれたことが興味深かった。ICのポイントはまず患者とのコミュニケーションで、ICに関わる医師は以下の3つのコミュニケーション能力を身につけることが必要である。

1)患者にわかりやすく情報を伝達するコミュニケーション能力 
 まず患者がきちんと理解できるような、コミュニケーションの能力がなければならない。難しい専門用語を使わないこと、できるだけ視覚に訴えて図などを書いて説明すること、患者の理解を確認することが必要になる1)。
筆者は小学校の健康教育で小学1年生にもわかる話ができることが、情報提供のひとつの到達目標だと考えている。一度に多くの内容について話をしても混乱するので、急がない病状では、少しずつ前回話したことを確認しながら、次の話をするような配慮も必要だろう。また大事な説明は文書にして渡して、「後でゆっくり読み返したり、他の家族と一緒に読んだりしてください。その上でわからないことがあったら、次回の受診時に質問して下さっていいですよ」というような話し方をすると、あせらずに理解してもらえるだろう。この本がそのような時の資料として役立つことを願っている。

2)患者の情報を収集するコミュニケーション能力
 日本の患者さんは、なかなか自分の不安や意見をストレートに言ってくれない。そのような患者から自分の治療の希望や、不安を聞き出すには、医師の側から「他に気になっていることはないですか」などと促す必要がある。また話す言葉の内容だけでなく、その時の表情などノンバーバルな部分からの情報も大切にしたい。直接医師にたずねるのは気が引けるという患者もまだまだ多いので、家族や看護師など他の医療スタッフの協力を得て、患者の思いを聞き出すことも大切である。

3)チームとして患者の自己決定を支えるコミュニケーション能力
 最終的に患者が治療方針に同意して治療を進めていくことになる。その過程において、医師はコーチ役として患者の自己決定を支援する重要な働きがある。また医師だけが、患者の自己決定を支えるわけではない。患者の家族をはじめ、関係する看護師、保健師、薬剤師、ソーシャルワーカー等様々な職種の人間が、チームとして患者の自己決定を支えることが大事であろう。またそれまでの信頼関係があり、患者の背景を良く知っているようなかかりつけ医と医学的な情報や技術を持つ専門医の連携も重要だと思う1)



(2)自己決定を支えるということ
 ICで患者個人の決定だけを強調することには問題がある。IC本場のアメリカの臨床医でコミュニケーションや臨床倫理の専門家が「医師の勧めと患者の自己決定」という論文2)を書いている。医師が患者の決定に強く関与してより良い自己決定を導く「自己決定強化モデル」と、医師は情報提供だけして後は患者が決めていくという「独立選択モデル」が対比された表(表1)が興味深い。
表1
自己決定強化モデルEnhanced Autonomy Model 独立選択モデル Independent Choice Model
知識と経験が医師と患者の間で共有される 患者の経験と価値を重視
患者と医師との協同作業  患者は独立していて支配する
関係中心  患者中心
医師は能動的なガイド 医師は受動的な情報提供者
付加的な専門的意見(勝者/勝者) ゼロ-サム関係(勝者/敗者)
対応能力に基づく 支配に基づく
対話に基づく  討論に基づく
医師は結果に個人的に関与する 医師は関与しない職人
患者の結果について患者医師双方で責任持つ 患者の結果について医師は患者に責任委譲
    
  そして、患者の自己決定能力を高めるために、以下のような6つの提言がされている。

1)患者の考えを注意深く聞きながら、あなたの医学専門知識を患者と共有しなさい。
2)臨床的事実と患者の個人的経験をよく考えて治療を勧めなさい。
3)最初に、技術的な選択肢でなく、最終的な目標を決めなさい。
4)意見の相違を、互いの意見交換のための出発点としなさい。
5)最終決定は十分に情報を与えられた患者がすることである。
6)医師は自分の内なる声を洗練し、表現するために働きなさい。
 
 この6項目のうち、2)は今話題になっているEvidence Based MedicineとNarrative Based Medicineにも関係する問題のように思う。信頼できるデータは大事であるが、その患者の生活(人生)の中での、病気や医療という視点を忘れないでいたい。
 3)の技術的な選択肢ではなく、最終的な目標というのは、例えば終末期の気管内挿管をするかどうかという技術的な問題が先(どうしても医療者はそちらの情報を求めてしまうが)ではなく、最後まで家族と話ができるような最期を迎えたいというような目標を大事にすることを指す。
 6)の内なる声を洗練し表現すると言うのは、自分の価値観を患者とオープンかつ押し付けないように話し合う技術を身につけることである。私は、客観的データだけを示して後は患者が決定するだけではなく、データに自分の経験や価値観を加えて、その患者に最善と思う方法を提示することまでが担当医の責任だと考えている。もちろんそれを患者が拒否した場合には、次の方法を一緒に考えることになる。



(4)家族の問題、文化の問題3)4)
 日本では家族が個人の自己決定に及ぼす影響が大きい。個人と家族と社会が関わりながら独立している西洋の自己決定と、社会ではなく狭い世間の中での家族の中の個人と言う生き方をするように教育されてきた日本人の自己決定のプロセスは違う。病気になってから、さあ自己決定しなさいといってもできない人がいることを忘れてはならない。また、末期の状態にあっても、遠慮、いたわり、自制、受容などから、あえて自分の思いを口に出さず、まわりの人の選択にまかせる人も多いのである5)
 家族の絆が強ければ強い程、家族はICのサポーターにも妨害者にもなる。そのメリット(家族が闘病の支えになる)とデメリット(患者本人の意思よりも家族の思いが優先される)のバランスを考えて、対応する必要がある。患者の家族が悪い知らせを伝えることに反対された場合にも、本当にそれが患者の最善の利益になるのかを一度問うてみる必要があるだろう。


(5)時間とコストの問題
 現場の医師にとって十分な説明をするための時間の確保が問題となる。忙しい診察時間内で何が話せるかという意見もあるが、私はそれまでの継続した患者医師関係があれば、通常外来の6分間でも、結構色々なことが話せると感じている。聞きたいことが一杯ある患者は、あらかじめ聞きたいことを書いてもらって、その質問の順にできるところまで回答するような工夫をしている。
 ただ一方、癌など重篤な病気で紹介入院が必要な場合には、本人だけでなく家族もよんで、ゆっくり説明する場をもうけることが必要なことがある。特に通常の診療時間と別に、休日等家族の揃える時間に主治医がでてきて説明するというような場合には、その理由を書いた上で、時間外診療の請求をしていいと思う。そのことは、救急患者を時間外に治療をするのと同じくらい重要な意味を持つからである。


(6)セカンドオピニオン
 ICに関連して、セカンドオピニオンを求めることも当然の患者の権利であり、医師側が説明の最後に「私以外の医師の意見を聞くことも可能ですが」と付け加えることは大事だろう。セカンドオピニオンの希望があれば、主治医はこれまでのデータをまとめた紹介状を書き、診療情報提供料をいただくことになる。その方が、結局、患者が医療者にはっきり言えずに、黙って何度も同じ検査を別の医療機関で受けるより、患者へのリスクも医療コストも少なくてすむはずである。


(7)ICの立法化の問題、医療訴訟との関係
 ICの立法化の動きもあるし、その動きに反対するものではないが、どこまで説明するかなど、個々の症例で違うものを法律で一律に規定することは現実には難しいと考える。すでに日本の法律においても、平成9年の医療法改正において医療法第1条の4〔医師などの責務〕2項に「医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手は、医療を提供するに当たり、適切な説明を行い、医療を受ける者の理解を得るように努めなければならない。」というの努力規定がきちんと明示されているし、同じく医療法第1条の2〔医療提供の理念〕において「医療は、生命の尊厳と個人の尊厳の保持を旨とし、医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手と医療を受ける者との信頼関係に基づき、及び医療を受ける者の心身の状況に応じて行われるとともに、その内容は、単に治療のみならず、疾病の予防のための措置及びリハビリテーションを含む良質かつ適切なものでなければならない。」とあり、日本の現行法でも患者の意思を無視した医療はできないのである。
 ICに関連してカルテ開示の立法化の動きもある。2003年4月28日の新聞報道によると、カルテ開示の法制化を検討していた厚生労働省の「診療に関する情報提供等の在り方に関する検討会」が、独立した法制化を見送り、個人情報保護法案の「情報開示規定」の枠組みの中で対応していくことになった。個人情報保護法案は、本人からの個人データの開示要求に応じて本人に情報を開示する義務があるとしており、この規定に開示の法的根拠を求めるという。
医療情報は確かに患者と共有してこそ、その価値が出てくるものである。治療の妨げになるので、医師の裁量で開示を控えるということについては、これまで以上にその根拠を説明する責任が求められるであろう。
 医療訴訟を予防することがICの第一義的な目的ではないにしろ、「医療過誤で訴えられるのは臨床能力が劣る医師ではなく,コミュニケーション・スキルに乏しい医師である.」「訴訟に巻き込まれた時の大変さを考えたら,患者さんの病状や治療経過説明に時間を費やすなんて何でもない.」6)という言葉は真理である。


(8)不確実性の共有7)
 「医療に対する過度とも言える期待と根深い不信感が患者の心に同居していることを相談から強く感じます。「病院に行けば必ずよくなるはず」という盲目的な期待。その一方で,患者の希望通りに治療が進まないと「ミスがあったに違いない」という不信感。まさに依存と対立です。」という辻本さんの意見は、まさに臨床の状況を的確に指摘である。臨床の現場では、不確実性は避けられない。どんなに統計的に副作用が何%の確率でと話しても、その患者にとって副作用はおきるか、おきらないかなのである。今回またまだ症例数が少なく、はっきり%が提示できない分野もありました。そのような場合、現在ここまではわかっているが、それ以上はわからないという誠実な説明をするしかないだろう。自分に任せておけば絶対大丈夫だという幻想を抱かせるのではなく、不確実な部分は不確実なこととして、患者と医療者が共有できるような真の信頼関係を患者と医療者で作っていくことが必要である。


(9)治験や研究との関わり(病理検体の問題、遺伝子診断など)
 これまで一般医療機関での診療と、研究教育機関での研究は別のものとされていたが、最近は一般の病院・新郎所で治験がなされたり、通常の病理検査の検体が後で別の目的の例えば遺伝子レベルの研究などに使われたりするというようなことが出てきた。このような研究のためのICの問題についても別項で言及していただいた。ますます研究と一般臨床の壁はなくなり、研究が進むことで多くの患者が救われることは大切なことだが、このような研究要素の強い治療については、一般治療のIC以上に、リスクの説明や、自由意志での同意または拒否の確認が大事になる。それを治療者である医師が同時に行うことは、倫理的にも問題があり、今後ますます看護師や薬剤師などの治験コーディネーターとの協力が必要になろう。


参考文献
1)白浜雅司:プライマリケア医に必要なインフォームドコンセントの心構え.治療83:14-17. 2001.
2)T.Quill, H. Brody: Physician Recommendation and Patient Autonomy: Finding a Balance between Physician Power and Patient Choice. Ann Intern Med125: 766-769.1996.
3)白浜雅司:患者の自己決定を受け入れるだけでいいのか!―医師の責務とは―.治療85:84-87. 2003.
4)中島弘:バイオエシックスのグローバリゼーション-21世紀の医療のために日本の現状を考える-. 日医雑誌127:233-240.2002.
5)淀川キリスト教病院ホスピス編「ターミナルケアマニュアル」第3版、最新医学社、東京.1997.
6)武田裕子:医師となってまず必要となる日常診療あれこれ「トラブルマネジメント」.レジデントノート4:69-75.2002.
7)白浜雅司:倫理的な配慮.治療84:2555-62.2002.


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