≪地域医療研修を終えて≫
佐賀大学医学部附属病院 卒後臨床研修センター 研修医(2年目) 飯盛智子
卒後臨床研修の一環として2005年4月1日より1ヶ月間、三瀬国民保健診療所で地域医療研修を行った。
研修内容は、診療所で常勤医師である白浜先生と共に診療を行った。また、デイサービス、ホームヘルプ、訪問看護にも参加した。
日常の診療で印象深かったのは患者さんと白浜先生の関係の深さであった。白浜先生は長年三瀬診療所に勤務され、また御自身も三瀬村に住まれているため、医師と患者というよりは「知り合いの人」といった感じで、カルテでは知りえないたくさんの情報を持っておられるように感じた。患者さんもとてもリラックスされ、時には話題の中心が症状や病気のことではなく身内の話、仕事の話であることもあった。
実際の診療では大学病院と違い、臨機応変な対応が行われていると感じた。投薬についても患者さんと話し合いながら、時には患者さんの希望に応じ、時には「この薬がなくてもあなたなら大丈夫」「いいお薬は悪くなった時のためにとっておきましょう」と話しながら、症状だけでなく、その人の生活に合わせて処方をされていた。こういったことはその人の生活が見えているからこそできることであると感じた。
また、往診にも同行させてもらったが、まず驚いたのは「こんにちは〜。診療所です。」といって先生、看護師さんが、家人が出てくる前に家に上がることであった。患者さん、家族も気にする様子もなく、ここではこれが当たり前のことであるようであった。医師と患者さんの信頼関係だけでなく、村に人間同士の信頼関係がなければできないことだと感じた。往診と聞くと寝たきりの人を診る印象であったが、必ずしもそうではなく、割と元気だけれど移動が困難な人、病院から退院してきたばかりの人の所へも行った。山の中で坂が多く足場が悪いところもあり、また家族が診療所に連れて来られる人ばかりではないため、往診は非常に重要な役割を果たしていた。
在宅医療を行われている方の中には末期状態の方もおられ、どのように最期を迎えるかということは家族に心の準備も含めて非常に重要である。高齢者では急変の可能性も高く、いざというときに驚いて救急車で病院に運ぶと、救命のため挿管等の蘇生行為が行われることになるが、実はそういったことを本人・家族が望んでいない時もある。私が三瀬に行って間もない頃、在宅でみている方の家族から「様子がおかしい」と連絡があり往診をした。熱があり、呼吸音から肺炎も疑われたため私はすぐ後方支援病院に搬送することも考えたが、血液検査で大きな異常がなかったこと、実は今までにも急変のエピソードがあったこと、家族が家で看取ることを望んだことから、そのまま経過観察とすることにした。その方はその後解熱し、全身状態も改善され、このような対応もあるのかと考えさせられた出来事であった。それだけに留まらず、関係機関と協力しホームヘルプ、訪問看護の回数を増やす等の対策がきわめて迅速であったことにも驚いた。その場には介護者も同席し、介護者自身ができることとできないことを率直に発言できていることも印象的であった。
デイサービス、ホームヘルプ、訪問看護には半日〜1日参加させていただいた。診療所でも会ったことのある人ばかりにお会いし、各機関が協力し、ケアが必要な高齢者の方を見守っているような印象を受けた。在宅医療支援センターの方の話では、村の高齢者のほぼ全員の状態を何らかの形で把握しているとのことであった。1ヶ月に1度のケアカンファレンスが月末に開かれたが、1ヶ月しかいない私でさえ、名前と問題点を把握できるほどで、かなり情報が共有されていると感じた。人口1700人の村という小さな単位であるからこそ、目の行き届いた医療・福祉が実践されていると感じた。
大学病院では具体的な診断、治療、考え方等を学び、1分1秒を争うように治療を行ってきた。しかし病気が治り、問題が解決して退院した後の生活まで考える視点をもっていなかった。ストーマを作っても、高齢になり四肢が不自由になったらパウチ交換が自力で出来なくなる可能性があること、膀胱カテーテルを留置し尿閉は回避できたもののその姿を人に見せることができず、外出できない人のQOLが低下することなどは、やはり地域医療で患者さんの生活を見ることで初めて理解できた。
研修の目的とはちょっと外れるのかも知れないが、三瀬村で1ヶ月を過ごし、自分自身の生活にも変化があった。三瀬村はとても魅力的な場所だと感じたが、それはすばらしい自然に恵まれているというだけでなく、「お互い様」という言葉が生きているからであると思う。急いでいる人を巡回バスに間に合わせるため多少診察の順番が入れ替わっても「私は次のバスでいいから」という方が多いし、白浜先生が急用で不在でも「お互い様」と対応してくれる方が多いとのことだった。近所の方が患者さんを病院に連れて行く、ということもあった。こういったことは心のゆとりと、本当の思いやりがないとできないと思う。これは医療の原点でもあり、これがないと人を癒すことはできない。自分自身、せわしく生きていたことに気づき、今までより余裕を持って毎日を過ごすようになった。
2年間の卒後臨床研修では必修科が多く、1〜3ヶ月のごく短期間での研修となり私たちもできるだけ自分の能力を上げようと日々努力をしている。そういった多忙な日々の中では地域医療の意義がわかりにくく、ともすれば疎かにされることもある。しかし、地域医療を経験して初めて分かることは分厚い教科書を読むよりはるかに多く、長い医師人生の中で1ヶ月だけでもこういった経験ができたことはかなり重要なことであると思う。また、こういった経験がある医師同士では話の内容に深みが出るような気がする。実際、現在大学に戻り研修を行っているが、患者さんの生活を考えるようになり、病気は病院だけで治すものではないと考えゆとりを持って診療に当たることができるようになったと思う。
卒後臨床研修の義務化の賛否は分かれるところであり、今後も検討されていくと思うが、少なくとも私はこのような地域医療研修の機会を与えられ、自分の医師としての価値観を広げることができ非常にありがたいと思っている。また、私を非常に温かく迎えてくださった三瀬村の方々に感謝し、三瀬村で学んだことを、今後多くの方に還元することで恩返しをしたいと思う。
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