実習期間 2000.9.18〜9.29
95069 日野原千速
はじめに
佐賀県三瀬村および大分県姫島村の2カ所でそれぞれ自分の目でみることになった2週間であるが、一言に「地域医療」といっても、相違点があり、それぞれについて比較するとともに現在の日本が抱える問題点・課題を考えていきたいと思う。
1.背景
(1)ひとびと・産業
両村は人口に関しては、三瀬村が2000人弱、姫島村が3000弱と、顕著な違いは、感じられなく、またその年齢の構成もいわゆる地方に多く見られる、高齢者に偏りが見られる点で一致している。その為、高齢者が高齢者をみるという、もっとも困難な実状はしばしば見られる。
しかしながら、三瀬が地形が山間部であり、主な産業が農業であるのに対し、姫島は、島であり、漁業に従事する人がほとんどである。この違いは、、集落の成り立ちを変化させる。三瀬が田畑にそって家があるため、家々や集落間に大きな距離がある。また、道路から玄関までの間が急な坂道であったり、車の通れない道であることがしばしばある。姫島は、山々とそれらの間に平地があるが、その平地部分に集落が集中する。その分、家の面積は、狭くなるが、家々が近接し、道に沿って家が建っている。つまり、一人で歩けない人であっても家の高さまで二人で抱えられれば十分に送迎が可能である。
また、産業は、生活をも変化させる。農業は高齢になっても多くの仕事をする人が多く、農繁期の負担は厳しいものとなる。漁業では、ある程度の年齢になると、それを続けることが困難となり、高齢者の負担は、やや少ないかと思われる。また、漁業は潮を中心に営まれるため、漁業に従事する人は、診療所になかなか顔を出さなくなるという状況も見られる。
(2)地理
中核病院へのアクセスについてだが、三瀬では車で40分で大学病院に行ける。道は、山道だが、車さえあれば、24時間搬送可能である。姫島も1時間程でいけるが、島外に出るためのフェリーが一時間ごとにでており、村民の足として力を発揮しているものの、当然24時間体制ではない事が1つ難点と思われる。また、その病院がすべての処置(PTCAなど)を出来るわけではなく、場合によっては、更に車で30分ほどの別府まで行かなければならないケースがある。この違いは、三瀬が市に隣接していることに対し、姫島が町・村を経由しなければ、医療的に充実した地域に達することが出来ない点による。
どちらのケースでも方針として、各町村の医療を充実させるよりも交通を充実させることでカバーするという考えがあるのではないかと思われる。これは、政策的な意図があるのかもしれないが、それ以前に医療を充実させる人材確保が困難である現実によると、強く思われる。
(3)村の活性
その村が勢いのあるものか、そうでないかは、構成している人々だけでなく、そこを訪れる人々にも大きく左右されると考えられる。福岡〜佐賀間にあり、主要経路の1つである上に、温泉・観光と、近年、三瀬村は活性化されてきており、道路の整備などの面でも変化が見られている。このことは、村の雰囲気・刺激のみならず、村内の就職先の増加や他からの注目と言う形でも重要である。
逆に姫島は、漁業以外の産業(車エビ養殖など)が低迷しつつあることや、公共事業が自然発生的でなく、村内の声によってなんとか始まるという困難な状況である。人口の減少(5年間に300人の減少がコンスタントにみられている)、庁舎等の老朽化と厳しい状況がみられた。観光は、夏期に集中して見られ、その時期は、帰省を含め、数倍の人口となると言われている。
(4)町村合併
姫島は現在、一島一村体制である。周囲に島がないと言うこともあるが、本土側との町村合併によるデメリットが懸念されるという点も1つの理由であろう。つまり、海を隔てているということが、本土と同等に見られない、という状況を生み出すことをおそれているし、十分に考え得るのである。本土側が半農半漁であるという違いも理由になるのかもしれない。三瀬村は、三村合併によってなったが、意識・実状の共有がその裏付けとしてあったから成り立っていると考えられる。
現在、町村合併や地域を「広域」で見る、という動きが見られるが、この点に関しては、当然ながら一長一短がある。長所としては、少ないマンパワー・資金・資源で効率よく医療・保健・福祉が行えると言う点が考えられる。短所としては、面積的に広くなるという物理的な面、地域による利害の相違・偏りなどが考えられる。
これらの点に関しては、両村ともにそれぞれの特色を生かして現在、成り立っていると思われる。
2.医療・保健・福祉
両村ともに施設的な違いは、いくらか見られたがもっとも目に付いたのは、人の点である。医者・看護婦の数である。人口の差がいくらかあるものの、医者3人体制を基本とする姫島に対し、三瀬は、1人である(歯科医は別とする)。このことは、医療の充実という点ではなく、より大きな問題を含んでいると思われる。
まず、複数の医者を持つことで医者一人一人の負担が減少すること。更に、出張など不在時のバックアップ、24時間対応できる環境。また、患者が医者を選択する権利を持てる、医者の入れ替わりの際の引継の面でも校歌を示す。いくらある医師が奮闘して村民の為に動いたところで、その医師に限界はみられる事は、事実であり、そのような医師こそ、余裕をもって、次なる取り組みに時間を割く必要性がある。設備は、資金と土地さえあれば、なんとかなるのかもしれないが、その地域に定着する医療従事者の存在が無くしては、それぞれの施設は、役割を果たせない。村に居着いた人が頑張る姿は、ドラマティックであるのかもしれないが、そうも言ってはいられない現実がある。
また当然、村民からの要望もある。医療が充実すればするほど、更に高度で専門的な医療に人々は期待を寄せる。耳鼻科や眼科などが具体的にあがるそうだが、このことは、医療側が考える必要性とは、少しばかり違いがあると思われる。構成する人々やその状態を考えると当然、高齢者の寝たきり、という状態がもっとも問題となるのだが、それにさいして、リハビリテーションの必要性の声が挙がると考える。職種・資格はなんであっても良いのだが、とにかく、適切なリハビリをとおして、直接的に高齢者のADL増進のみならず、間接的に意識改革という形で貢献する役割もある。
さて、小さい町村という状況は、メリットもある。医療・保健・福祉がそれぞれ一人の個人に対して、具体的なイメージを共有する事出来、また、物理的にもそれぞれの施設が近くにある事が多い。逆は、政治を含むそれぞれとの距離の図り方である。
3.未来
(1)三瀬村
新しい診療所の建設が進められており、村としての方針も明らかにされていくとおもわれる。しかし、次に村の医療を担う人材への引継がもっとも大きい問題と思われる。このことは、現在一人の医師で見ているという点が大きいと思われる。村民との関係がうまくいっている医師ほど、その後の医師に負担を掛けうる。新しい医師は、村民の失望を誘い得るし、「診療所離れ」を示す患者も考えられる。
対策としては、過渡期の調整と、複数の医師で村を診ていく体制を出来る限り、実現することが必要と思われる。また、村民の意識をそのようにむける事も大切である。医師に恵まれず、いわゆる「無医村」状態が長い地域ほど、数多くの医師を見ており、その反応は、顕著に現れる。
(2)姫島村
本土との町村合併が無いとしても、評判によって患者は容易に診療所・病院を選択し、またこのことは、福祉でも見られる。その為にも、自分の村のなかで他よりも優れている点を打ちだす必要がある。現在の高齢者生活福祉センター「姫寿苑」では、例えばリハビリ設備を充実させるにも面積的に不可能であり、今後、新しくたてるのであれば、その主たる目的とは別に、土地確保によって目的を変化させうる施設の存在が大切と思われる。またそれに対応できるスタッフの存在による裏打ちは、当然である。
(3)共通するもの
それぞれの村がそれぞれの状況のなかで試行錯誤し、動きを持ったものである事が肌で感じることが出来たが、地域を見るのは、医療を中心とした体制でなく、町村すべてを巻き込んだ事業であり、それには、観光などの要素も大きく含まれると思われる。姫島でも町民が将来像について強く論じる姿を目にする機会があったことは、非常に貴重であったし、その姿は、力強いものであった。しかし、財政面、町村全体の将来像など、医療・福祉等の関係者のみでは、不十分な面は多く、その町村のありかたが問われる必要があると思われた。「ありかた」とは、何に重点を置くか、何年先を見据えての考えを持ち、それを続け、変化させることが考えられるかということである。
さいごに
いままで「地域医療」という言葉は、すべて同一の状況を対称にしているという思いこみがあったが、二つのことなる村を見たことがそれぞれの違いをはっきりとさせ、様々な面で目に付いた。地域ほど、生活やその情勢によって変化が見られ、それは、避けられない点である。つまり医療に従事していても、人々の生活や地域の政治に関わることを余儀なくされるのである。また診療所の趣も、都市部では、「患者を待つ」体制であるが、「患者の中に飛び込む」という形も多く見られるという発想も生まれた。町村やそこでの生活は、そこに生きている人で構成されているのであり、生活は、医療という面以外に様々な面を持つことが当然である。
都市部では、より「無機的」に患者ー医師間が成されるという印象があるが、実際その事は、事実であり、それは、患者の住まいや生活を目の当たりにすることが困難である事にもよると思われる。つまり、病院・診療所に居ないときのその人の姿を知らないのである。