倫理的な配慮(南山堂「治療」Vol.84, No.10, 2555-2562, 2002特集「臨床現場のよりよい判断と決断のために」に書いた論文、特集全体の目次はこちら


Summary


 臨床における判断や決断において大切なのは、まず患者の問題を把握すること、次にEBMの手法を用いて今できる最善の問題解決法を見い出すことである。しかし、が最終的な介入は、医療者による医学的な判断だけでは決められず、受け手である患者自身の意向や、家族など患者をとりまく周囲の状況に配慮して決定しなければならない。それらをうまく引き出し、バランスのとれた対応をすることが臨床医に求められる倫理的態度である。


1.はじめに


 近年、コンピュータの普及や医療コストの問題などからEBMという概念は医学界に急速に浸透してきた。臨床ですぐ使える種々のエビデンスが手に入れやすくなった一方で残念ながら、エビデンス至上主義というか、エビデンスを探したり、よいエビデンスを作ることが、患者を診察したり、患者の話を聞くことよりも、重きをおかれるような風潮が出てきていることを少し危惧している。より良い臨床判断を行うためには、医学的エビデンスだけでなく、多角的な視点が必要なことを自分の臨床経験もおりまぜながら述べてみたい。


2.臨床現場における倫理的な態度とは


 筆者は約10年程前、Jonsenらの臨床倫理という本5)に出会い、彼らの医療倫理セミナーに出席し、彼らの開発した臨床倫理の4分割表(医学的判断、患者の意向、QOL、周囲の状況)(表1)をもとに、日本の日常臨床で使える倫理的判断の方法(臨床倫理)を模索してきた。そして現時点で臨床倫理を「患者と、そのケアや診療にあたる医療者、患者家族などが、それぞれの価値観に配慮しながら、患者に対する最善の対応を模索していくこと」と定義したいと考えている。まさに臨床倫理の目標は、今回の特集のテーマ、臨床現場のよりよい判断と決断を目指すものであると思う。
 この論文で、詳しいその4分割法を提示することはできないので参考ホームページ1)を見ていただくとして、その臨床倫理の4分割表にそって、より良い臨床判断をするために必要な倫理的な配慮について述べたいと思う。


表1、臨床倫理の4分割表
1)医学的適応
 “Benefit、Non-malficience”
    恩恵、無害の原則

   (チェックポイント)
   1.診断と予後
   2.治療目標の確認
   3.医学の効用とリスク
   4.無益性(Futility) 

2)患者の意向
  Patient Preferences
“Autonomy”
自己決定の原則

 (チェックポイント)
   1.患者の判断能力
   2.インフォームドコンセント
 (コミュニケーションと信頼関係)
   3.治療の拒否
   4.事前の意思表示(Living Will)
   5.代理決定
 (代行判断、最善利益)

3)QOL
   QOL(生きることの質)
   “Well-Being” 
   幸福追求の原則 

 (チェックポイント)
  1.QOLの定義と評価
 (身体、心理、社会的側面から)
  2.誰がどのように決定するのか
 ・偏見の危険
 ・何が患者にとって最善か
  3.QOLに影響を及ぼす因子

4)周囲の状況
  Contextual Features
  “Justice-Utility”
   公正と効用の原則

 (チェックポイント)
   1.家族や利害関係者
   2.守秘義務
   3.経済的側面、公共の利益
   4.施設方針、診療形態、研究教育
   5.法律、慣習
   6.宗教
   7.その他



3.医学的適応の問題


 1.医療の目標
 まず、どのような医学的介入をするのかが、倫理的な判断の前提になる。医療の目標はいくつかのものがあげらる。a.健康を増進し、病気を予防すること、b.症状、痛み、苦しみを緩和すること、c.病気を治療すること、d.予期しない死亡を防ぐこと、e.機能を改善する、あるいは安定している状態を維持すること、f.病状や予後について患者を教育し、相談にのること、g.ケアを受けている患者に害を与えないこと、などである。従来の医学では、病気を治すこと、一日でも長生きするというなどだけが医療の目標にされてきたが、近年患者のQOLなど様々な側面から医療の質を評価するアウトカムスタディなども始っていて、目標設定に役立っていくだろう。具体的な目標設定は医療者による医学的なデータだけでは決められない。症例ごとに患者の意向やQOL、家族の意向なども加味して何を優先するのかを決めていくことが大切である。
 2.新しい医学知識を学び続けること
 今回の論文を準備するにあたってEvidence-Based Ethicsという興味深い論文を見つけた。新生児医療にローテートしてくるレジデントに、未熟児で生まれても最新の新生児医療によって障害なくNICUから退院する患者のエビデンスを学ばせることによって、新生児への積極的な延命治療を肯定する意見が増してくるというものである。
 また、筆者は数年前、末期治療において輸液を減らして脱水状態にしておくことがい患者の苦痛を減らすといういくつかの論文3)4)に接してから、在宅で積極的には輸液はせずに、経過をみていくということを自信をもって勧めることができるようになった。(遠い親戚などからは「この診療所の先生は点滴もしてくれん」という非難を受けることはあるが、患者や世話している家族は苦痛が少ないことを実感として知っている。)
 3.介入の効果とリスク、その不確実性の共有
 オスラーは臨床医学を「不確実性の科学であり、可能性のアートである」と述べた。どんなに確固としたエビデンスがあっても医学の言葉の多くは実際には確率に基づくものであり、やってみないとその結果がわからない。しかしながら、医学上の判断が不確実であるからという理由で、医学的介入を放棄することは許されない。そして、この不確実性こそが臨床の場において倫理的問題を生じさせる大きな原因のひとつである。このような場合医療者は「われわれは何をしようとしているのか」、「期待する結果はそのための労力に見合ったものか」、「その介入による利益はリスクを正当化できるものか」などの倫理的な問いを自らに問いかけなければならない。この不確実性を少しでも少なくするため、データ収集能力、医学的知識、そして臨床的論理づけによって診断をつけ、患者のニードにあった治療方針を提示するなどのEBMの手法を身につけておくことが重要になる。
 筆者は突然の腹痛で夜中に受診し、診察、腹部X線、腹部エコー、緊急採血検査で異常所見がなかったことから、経過を見て翌日上腸間脈動脈閉塞症の診断がついたが不幸な転帰をとった事例を自戒をこめて、ホームページに提示しているが6)、これまで2件、同じ病気で身内をなくされた御家族から質問のメールをいただくことがあった。両方とも急激に悪化し亡くなった後に病名を告げられたが、納得がいかない、必要な対応がとられなかった医療ミスではないかという問い合わせのメールであった。
 この病気は早期の診断が難しく、手術しても救命率が低いことなどをお答えしながら、医師として、はっきり診断できない状態で中途半端なことを伝えることえへの抵抗があるのかも知れないというコメントを送ったところ、「医学が万能でないことはわかる。ただ、患者が急変していく時に、今どのような状態で、どこまでわかっているのか、わかるだけでいいから説明していただきたかった」という返事が来た。急変時に患者の診療に最大限集中するのは当然だが、不確実な部分があるからこそ、今どこまでわかっているのか、何をしようとしているのかの説明教育ということが重要だと思う。
 不確実性とともに生きることを楽しむ者は医師にも患者にもいない。そのために医師は、過剰な確実性を求めて過剰な検査を行い、しばしば医療過誤を起こす結果となることがある。それよりも医師は不確実性とその結果としてのあやまりは避けられないのであるから、患者の気にしていることを無視せず取り上げて、きめ細かくフォローアップすること、「副作用の確実にない薬を処方できればいいのですが」など確実性を求める患者の反応に同情し、不確実性を共有することが必要である7)
 4.エビデンスがない場合の対応
 エビデンスがまだ十分でない場合の対応(実際にはまだまだRCTで証明されたエビデンスはそう多くない)は、正確に現時点での最善のエビデンスを提示した上で、今後の対応を検討することになる。
 こういう例があった、専門医に紹介された胃癌ステージ3bのケースであった。無事胃全摘手術は終わったが、化学療法を勧められて、受けるべきかどうかという相談であった。胃がんについては最近、ガイドラインが、医師用8)、患者用9)と作成されて、かなり具体的に治療方針が示されているが、術後の化学療法については、研究段階の治療となっている。私は、消化器癌の治療、その化学療法をやっている数人の大学時代の同級生に相談した。確かにまだ胃癌の術後科学療法については、エビデンスはない。ただ手術にあたる外科医の立場としては、この3bあたりが、切除ができても、術後の再発率が高く、なんとかいい化学療法があればだめ押しをしたいところだという意見が多かった。そしていくつかの副作用がなく、効果も期待できる薬も出ているので、その効果と副作用を説明してもらって納得されたら受けることを勧めたらとのことであった。私は、担当医から詳しい説明を受け、納得して治療をはじめられた。現時点でエビデンスがないからあえて治療はしない。というのもひとつの考え方だが、まだエビデンスはないが、効果が副作用をしのぐと考えればそのことを説明して患者の同意が得られれば、やってみる。その経過をみながら(患者への治療効果はその患者に治療介入をしないかぎりわからないのだから)軌道修正していくというのは倫理的にも正しいと思う。またこのような成果をきちんと積み上げることが、次のより確固としたエビデンスをつくる上でも大切なことではなかろうか。


4.患者の意向を配慮した対応とは


 1. インフォームドコンセント
  a. 正しい情報を伝えること
 これは医学的適応の中の問題かもしれないが、説明する情報はできるだけ正確に伝える必要がある。最近いくつかの医療訴訟で、実際は手術数や、成功率がよくなかったのに、偽って良いデータを提示していたということが問題になっている。筆者は各種のデータを元に多くの治療の選択肢を提示するだけでなく、自分達の施設でのデータを正直に伝えて、自分達の経験からこの方法を勧めたいということまでが、担当医の責任であると考えている。もちろん、患者がその治療法を望まず、別の治療法を希望し、自分達にその治療法についての経験がなく自信がないなら、その治療のできる医療機関に紹介することが倫理的な態度だと思う。また逆に訴訟を怖れるあまり、必要以上に厳しい説明をして、せっかくの治療のチャンスを失うようなするような萎縮医療に傾くのも考えものである。
 このような経験がある。往診先で90才近い患者の下肢の急性動脈閉塞症が疑われる症例があった。発症後5時間は過ぎ、緊急手術に間に合うか間に合わないかの難しいところで、担当医からは、「これまで6例同じような年令の方を手術しましたが、残念ながら回復して帰宅できた方はいません。しかし治療法はバイパス手術しかなく、少ない可能性にかけたいのですが。」という正直な説明を受け、患者も家族も「よろしくお願いします」と承諾し、手術を受け、今も元気に過ごしている方がおられる。正直に語ることは医師患者間の信頼関係を築く大きな要素である
  b. わかりやすく説明すること
 専門用語はさけ、できれば視覚に訴えてわかりやすい説明をする。私は、住民検診で、コレステロールが220mg/dl以上で、高脂血症というレッテルを貼られて二次検診に回ってくる多くの方々に対して、高脂血症についての日本で行われた大規模スタディJーLITの表を一緒に見ながら説明することにしている(図1)。この表に、患者の年令、性別、高血圧の有無、糖尿病の有無、LDLコレステロール、HDLコレステロールなどの値を入れると今後6年間1000人をフォローしたときに、どれくらいの人に虚血性心疾患などの動脈硬化による危険なイベントが起きるのかが、色分けして提示されていて、患者に自分のリスクを把握してもらいながら、今後どのような治療をしていくのがいいか、一緒に考えることができるからである。この研究については、問題点を指摘する意見もあるようだが、今後もこのような患者の個別性を反映したエビデンスがすぐ取り出せ、説明できるようなガイドライン資料が作られていくことを期待したい。
  c. 理解しにくい患者への説明
 高齢者は理解力が低下していて、説明しても理解してもらえないという話をよく聞く。たが、だから説明しても無駄だというのではなく、まずどこまで理解できているかを確認することが必要になる。突然専門病院に入院した状況などでは、まだ自分がどのような状況にあるのかの把握さえうまくいかずに動転している可能性もある。人間関係ができていない間は、気軽に質問などできず、わかりましたといっても本当にはわかっていないこともある。何回か説明しても理解できない場合は、患者望む人(患者と一緒に住んで生活を見ている家族など、患者の価値観を知っていて、その意向を代理できるような人)に代理決定をしてもらうことになる
 筆者は4年前から、村の高齢者に広くインフルエンザのワクチンを接種をするようになったが、最初は各地区の公民館に集まってもらった接種者に30分くらい、注射の効果と副作用について説明をして回った。予防接種予診票を確認すると、ワクチンの説明書を読みましたかの問いには、「いいえ」と答え、ワクチンの副作用などについて理解しましたかには、「はい」と答えている人がいた。目が不自由で、説明書は読めないが、私が接種にいく1時間ほど前に、先発でいっていた保健婦と看護婦が時間をかけて予診表を患者の耳元で説明したり、老人同士で助け合って予診票を完成させてくれてていたのである。
 2.治療拒否
 エホバの証人の方のように特殊な信条によって、輸血を拒否する人がおられるだけでなく、高齢者の中には、もう年だからそれ以上苦しい検査や治療はしたくないと願う人が多い。筆者はそのような場合、患者を紹介する前に、一度その道の専門家に治療の可能性を相談することにしている。最近は高齢者でも比較的負担なくできる治療(開胸でなく胸腔鏡による肺癌の治療など)が着実に進歩しているからである。特に、今やっておいた方があとで苦痛が少なくてすみそうだと判断される場合には、再度治療を勧めることもある。もちろんそれでも拒否する人もいるが、透析の導入など、あの時先生が強く勧めてくれたから、思いきって治療を受けて、今も元気でやっていますと感謝されることがある。
 こういう例もあった。左主冠動脈主幹部の99%狭窄というACバイパス手術の適応の患者で、心カテの写真を見せられながら手術の必要性の説明を受け、本人も「よろしくお願いします」といっていたのだが、翌日手術をしないで帰ると言われて困っているという連絡を受けた。患者の気持ちは、様々な不安の中で揺らいでいたのだろう。最終的に患者が手術を受け入れた。その理由は1)患者の長生きを願う家族の願い(「できれば千羽鶴を作ったりして励ましてくれた孫の成長を見届けたい」という目標ができたようであった。)、2)手術の不安を少しでも減らすため、手術の終わった患者さんが訪室するようにされた婦長さんの配慮(訪室してくれた患者は退院する時に、次はあなたが手術を受ける患者に体験を話す番ですよといわれたという、医療者から患者への説明では伝わらない、体験者にしかできない情報提供がある)、3)執刀する医師が毎日病室へ来て、何か質問や心配なことはありませんかと訪ねてくれたこと(幾多のデータの説明以上に、不安を聞いてくれることが信頼関係を生む。結局この先生に頼んでうまくいかなかったら寿命だとあきらめるくらいの信頼ができないと心臓の手術など任せられないように思う)などであったようだ。このあたりは、医学のパーソナルな部分―共感、人格の尊重、効果的なコミュニケーションスキル、患者の利益を第一にすることーで、まさに臨床医学のアートの部分である5)。このアートは直感的なもので、複雑すぎて科学的な研究はできないと長い間信じられてきたが、このあたりの大切さをしっかりと認識して実践したい


5.QOL


 これまでのどれだけ長生きしたかという量だけでなく、どのように生きたかという質を大事にしようという視点から考えるものである。ただ、どうしても医療者は、客観的に比較できるQOLスコアなどの指標を使おうとする傾向があるが、評価表のどの項目を重視するのかというウェイトは違っており、患者による評価をじっくり聞くことなしに、医療者が勝手にQOLが上がったさがったと評価することのないように注意したい


6.状況を配慮した対応


 1. 家族
 日本では、まだまだ患者だけでなく、家族の意見は強い。患者だけで決定できないことは多いし、老老介護の問題など、一人の患者だけでなく、家族全員の健康に配慮する必要もある。
 2. 医療経済、システムの問題
 日本では世界のEBMで証明された薬が使えないとか、保健が効かないというような問題もある。レセプトで切られるから、やらないではなく、やれるように個人でも学会や団体でも、必要なものは認めてもらうように支払い基金へ問題提起をし続けることも臨床医の責任であろう。
 3. 研究の問題
 一見臨床と研究は別のようだが、これからは現場に必要なよいエビデンスを現場でつくる必要もである。詳細についてはこの論文の範囲を超えるので、参考文献をあげておく10)


7.最後に


 最近Hynessらが作成した有名なEBMの3つの輪の改訂版が発表されていた11)。1996年に提示されていた、「リサーチエビデンス」と「臨床能力」、「患者の意向」の統合という概念(図2)から、「患者の臨床状況と周囲の環境」、「患者の意向と行動」、「リサーチエビデンス」をバランスよく引き出しまとめる形で真中に「臨床能力」が組み込まれ、その能力が大きくなることが期待されている(図3)。つまり、患者にとって最善の介入の決断をするためには、患者に適応されるエビデンス探しだけにエネルギーを注ぐだけでは不十分で、もっと患者の意向を聞き出すための配慮、患者の状況を知るための働きが必要ということである。インターネットやパーソナルコンピューターが発達して、どこでも情報を入手できるようになった現在、患者にとって最善の判断ができるのは、日常的に患者との関係があり、患者の状況や背景、患者の周囲の環境を知っているプライマリケア医の役割は、ますます重要になると思われる。


参考文献


1) 臨床倫理の討論のページ http://square.umin.ac.jp/masashi/discussion.html
2)Tem L Major-Kincade, Jon E. Tyson, Kathleen A. Kennedy: Training Pediatric House Staff in Evidence-Based Ethics: An Exploratory Controlled Trial. Journal of Perinatology, 21:161-166, 2001.
3)McCann RM, Hall WJ, Groth-Juncker A.: Comfort care for terminally ill patient. The appropriate use of nutrition and hydration. JAMA, 272(16): 1263-1266, 1994
4)Fainsinger RL, Bruera E.: When to treat dehydration in a terminally ill patient? Support Care Cancer,5(3):205-211, 1997.
5) Albert R Jonsen, Mark Siegler, William J. Winslade: Clinical Ethics, fifth edition. McGraw Hill, New York, 17-18, 2002.
(この本の第3版は日本語に翻訳されている。大井玄、赤林朗監訳「臨床倫理学:臨床医学における倫理的決定のための実践的なアプローチ」新興医学出版社)
6)2001年山村診療所意志の日記(4) http://square.umin.ac.jp/masashi/1diary4.html
7)Richard K. Riegelman著、福井次矢訳: すぐれた臨床決断の方法ム医療過誤少子化にむけてーメディカルサイエンスインターナショナル、東京、144-146、1991.
8)日本胃癌学会編:胃癌治療ガイドライン医師用2001年3月版、金原出版
9)胃癌治療ガイドラインの解説ー胃がんの治療を理解しようとするすべての人のためにー2001年12月版、金原出版
10)Ian Kerridge, Michael Lowe, David Henry: Ethics and Evidence based medicine, British Journal of Medicine, 316: 1151-1153, 1998.
11) R. Brian Haynes, MD, RhD,  P.J.Devereaux, MD, Gordon H. Guyatt, MD: Clinical expertise in the era of evidence-based medicine and patient choice, ACP Journal  Club. 2002 Mar-Apr; 136:A11.


図1



図2、図3



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