受験前からの念願の白浜先生にお会いでき、見学をさせていただいている自分がふい
に夢見心地になるときがありました。
わずか1日でしたが、朝礼に始まり、診療所での診察の見学、バスに乗っての村の方
たちとの触れ合い、往診の見学などいろいろ経験させていただきまして、机に座って
の授業では味わえないものを学ばせていただきました。
私は約3年間、大学病院で働かせていただいていたのですが、大学での診療と異なっ
て診療所での診療は、患者さんはもちろんのこと、先生や看護師の方も含めて生活が
伺える、あるいは生き方が見えるものであるような気がしました。
先生の「これはおかしいな」あるいは「大丈夫だな」という判断ひとつひとつが患者
さんの命に直結しているという医師という仕事の責任感を改めて感じるとともに、や
りがいというものも再確認できたような気がいたします。
診療所の皆様にくれぐれもよろしくお伝えください。
今日はどうもありがとうございました。
今回、私は始めての実習見学を三瀬村診療所でさせていただきました。1日のみでしたが、学ぶことがたくさんありました。
1日のスケジュールは、まず朝礼に参加させていただいた後、白浜先生の診察を見学、途中、患者さんの血圧を測らせていただきました。また、巡回バスにも同乗させていただき、車中、ブルーベリー園を始めるなどの村の様子、インフルエンザが流行っていること、福岡の地震で飼っている猫がいなくなったことなど村の方々と少しお話することもできました。午後は往診に同行させていただきました。
私はこの実習見学を通し、特に3つのことを感じ、学びました。
まず一つは、医師の責任感とやりがいの大きさを改めて実感しました。朝、具合が悪くて来院し、奥の部屋のベッドに寝ていた高齢のおばあちゃんに対して、しばらくの安静後、先生は検査結果をもとに、顔色、歩行テストなどを行い、「大丈夫そうだ、おうちに帰ろうか。」と帰宅の判断を下しておられました。もし、その判断が間違っており、帰る際におばあちゃんが倒れてしまい万一のことがあったら、自分の下した判断のせいであり、一生悔やむことになると思います。医師の患者さんの病態に対する「何かおかしいぞ」あるいは、「大丈夫そうだ」といった判断あるいは言動のひとつひとつが患者さんひとりひとりの命に直結しているということを改めて知り、その責任の重さとやりがいの大きさを肌で感じることができました。
二つ目は、日々の勉強における視野のひろがりを持てるようになったことです。診察中、先生にこの手技は何をみているものかと質問され、学校で習ったはずが答えられませんでした。自分が学校で勉強していると、その目的が目の前のテストに通るためになりがちですが、本当は医師になり患者さんを目の前にしたときに、自分がどう接し、何ができるかという中身を学んでいるのである。そういう視野の広がりを感じることができました。実習を通して、これからの普段の勉強も少しずつ視野が変わっていくような気がします。
最後に、私は以前から総合診療あるいはプライマリケアに興味があり、大学病院ではなく、村の診療所でのプライマリケアとはどういうものかなどを知りたくて行きました。診察途中にも患者さんから「急に血圧が高くなって」という相談の電話が入り、先生は「様子をみて悪化した場合は夜中でもいいから連絡して」とおっしゃっていました。また、先生は往診の際も患者さんと介護する家族の方の日ごろのたまっている話をゆっくり聞いておられました。村における診療所の医師とは、患者の一番近くにいて、何でも相談できる医師、ささいな変化をキャッチできる医師なのではないだろうかと思いました。また、村におけるプライマリケアとは、患者さんだけでなく、医師、看護師自身も含め、生活、生き方に根付いた医療ではないかと感じました。
白浜先生、お忙しい中、実習見学をさせていただきまして、どうもありがとうございました。
また高学年になった頃にまた勉強させてください。