プライマリ・ケア医に必要なインフォームドコンセントの心構え
三瀬村国民健康保険診療所/佐賀医科大臨床教授 白浜雅司
(「治療」2月増刊号「患者さんへの情報提供とインフォームドコンセント」pp14-17、2001より)


<サマリー>
プライマリ・ケア医の行うインフォームドコンセントは、専門医の医療訴訟に対する法的な予防手段として、危険を伴う治療的介入の説明について同意文書をを取ることとは少し違う。プライマリ・ケア医のやる医療は、危険は少ないが、まだ診断のはっきりしない不確定な要素が強く、また外来と言う患者の生活の中での医療の比重が大きいため、患者に十分理解してもらった上で、医師と患者が協力して最善の治療をめざす(Sharing Consent)の考えが特に大切である。


<はじめに>
約30年程前にアメリカで確立されたインフォームドコンセント(以下IC)は、危険を伴う手術や検査をする場合において、事前に必要な情報を提供して患者の同意のサインを受けると言う法的な側面から成立した。確かにICという概念が、訴訟社会のアメリカでの医事訴訟対策として始まったことは否定できず、危険の少ないプライマリ・ケア(以下PC)ではICにはあまり注意が払われていなかった。しかし、PC医(特に長年その患者や家族のかかりつけ医として機能してきた医師)は、それまでの治療関係の中で、患者の性格や考え方、社会、家族的な背景も知った上で、患者によくわかるように説明して(教育して)、一緒に医療行為を決定する(Shared Decision Making)ことができ、そのことが、患者の満足や、治療効果を向上させるという臨床的な意味でのICの大切さが証明されつつある。この項ではPC医がICを行う場合の留意点についてできるだけ具体的に提言したい。


<インフォームドコンセントとは何か>
 まず一般的に提唱されているICの概念と具体的な方法を述べ(表1)、適宜PC医のICについて言及する。

表1、ICの理論構成と具体的方法
******************************************************************
1)適切な情報の開示
(1) 患者の現在の医学的状態(無治療の場合の経過予測)
(2) 予後を改善するかもしれない治療/検査(そのリスクと利益)
(3) 患者が選べる他の選択肢について(そのリスクと利益)
(4) 医師の最善の臨床的判断にもとづく勧告
2)情報の患者による理解
3)患者の自己決定能力の確認
     法的判断力(Competence)
     意思決定能力(Decision-Making Capacity)
   患者の自己決定能力が無い場合は代理同意(Proxy Consent)
     代理判断(Substituted Judgement)
     最善利益(Best Interests)
   事前指示(Advance Directives)
4)患者が決定を行う際の自由意志・自発性の尊重
5)患者の同意
**********************************************************************

1)適切な情報の開示
 ICのにおける適切な情報の開示の内容は、(1)患者の現在の医学的状態、(2)予後を改善するかもしれない介入、(3)患者が選べる他の選択肢についての医師としての意見、(4)医師の最善の臨床的判断にもとづく勧告などである。
しかし、まだこの症例の状況では、診断も確定しておらず、すべての項目が問題になるわけではない。家庭医学の教授でもあるミシガン州立大学生命倫理研究所のH.Brody教授は、これまでのインフォームドコンセントでどこまで話すべきかとう法律的基準(Professional Standard:専門家基準、Reosonable person standard:理性的一般人基準)は、必ずしもプライマリ・ケアの現場にそぐわないことを主張し、Transparency Standard:明快基準を用いることを提唱している。すなわち、診断治療の決定のプロセスにおいて、医師が考えている決定の利点と欠点と不確実さを、患者にその都度わかりやすく伝えていくのである。その課程において医師は患者への倫理的な義務をはたすことになる。

2)情報の患者による理解
いくら適切に情報が開示されても、その内容を患者が説明を理解できなければ、それは患者の適切な判断、自己決定に結びつかない。できるだけ専門用語は使わずに、図などを適宜用いながら、くり返し説明すること。患者がわかりにくいことは何度でも質問してもらえるような雰囲気をつくり、最後に「何かわからなかったことありませんか?」という一言を付け加えることなどの努力が必要である。質問が無いのは本当にわかっているとは言えないと言う見方もあり、「どのような治療(検査)を勧められましたか。」「なぜそのような治療(検査)がなされるのですか。」などという質問を医療者からすることのも有用である。

3)患者の自己決定能力(CompetenceとDecision-Making Capacity) の確認
 アメリカではこの能力を、法律的な観点からの法的判断力(Competence)と医療側の判断による意思決定能力(Decision-Making Capacity)とに分けて考えているが、ここでは臨床的に重要となる後者の意思決定能力をもとにその評価の仕方を述べる。
   意思決定能力は、「成人に達し、健全な心を持った人は自分の身体に対し行われる行為に対し決定する権利を持つ。」が基準である。それからはずれるもの、すなわち、子供や老人、精神障害者などで意思決定能力がないと判断される場合(詳しくは総論の該当の項目参照)には、代理同意Proxy Consentを求めねばならない。一般に近親者が代理人になると考えられてきた。代理同意には患者に意思決定能力があった時の判断を知っている代理人による代理判断(Substituted Judgement)と、患者の意向がわからず、分別のある人間なら同じ状況で選ぶであろうという判断をする最善利益(Best Interests)という考え方がある。誰が代理決定者として相応しいかは、もちろん本人の希望を聞いておくことも必要だが、実際に日常的に家族と接していると、誰を一番患者が信頼しているのかも、わかることが多い。
 また、今後は自分の自己決定能力がなくなった時に、どのような治療を望み、誰に代理人になってもらうかという事前指示(Advanced Directive)も広まってくるであろう。例えば腎不全が進行して将来透析をする可能性のある患者などには、落ち着いている段階から少しずつ、今後の治療の選択について意見を聞いておく必要がある。

4)患者の自由意志・自発性
 医師や家族への依存関係や強制など患者が自発的に行ったのでない同意は、ICとして意味がない。そのために患者が同意しない自由、医師の説明に疑問を抱いた時に別の医師の意見(セカンドオピニオン)を求める自由、同意撤回の自由などが保証されなければならない。
これも、大きな病院で専門医の説明を受けると、よくわからなくても断れない感情が患者と家族に働くようである。そのような場合の相談役や代理人的な働きをPC医が行うことも重要である。

5)患者による同意
 ICの同意は必ずしも同意書という形をとる必要はない。同意書に署名させることがICと勘違いしている医師がいるが、判例上も、患者による同意書への署名が医師のミスの免責にはならない。しかしながら、患者や家族がゆっくりと読み返すことができることや、患者の理解の確認に使うメリットも大きい。



<事例提示>
以上にあげた概念をもとに、PC医のICの事例を提示する。もちろんいろいろなやり方があり、これが絶対に正しいというものではないが、ICは医師と患者、家族との対話の中で進められていくことを理解してほしい。自分だったらどう対応するか考えながら読んでいただきたい。


(事例)78歳男性。急に嗄声と左肩の痛みが強くなったと言うことを主訴に診療所の外来に受診、胸部レントゲン写真をとることを指示し、その結果、左上肺野に直径5cmほどの腫瘤陰影を認めた。さてあなたがこの担当医であったら、どのように説明して治療していくだろうか。


 まず、この症状が肺腫瘤による反回神経麻痺と肩の痛みではないだろうかということをPC医が頭に浮かべられるかどうかがICの第一歩になる。胸部レントゲンをとってはじめて、上記のような診断のためのICの問題が生じるのである。PC医の基本的な臨床能力が不十分な状況でのICは、患者にとって役立たないばかりか害になることさえある。本特集全体を通してICの基礎となるPC医が知っておくべき基本的情報がちりばめられている。熟読いただきたい。
 次の対応は、撮影したレントゲンを見せながら、「どうもここに大きなしこりがあるようです。これが肩の痛みや声が出にくくなっている原因ではないだろうかと思います。もう少しこの部分を詳しく検査するためにCTという胸の輪切りのレントゲンをとることと、声を出すところがどうなっているか耳鼻科の先生に見てもらいましょう。いいでしょうか。」というような言葉かけになるだろう。ただこの段階から、その検査の結果を説明した上で、次の精密検査の必要性を説明し、患者の理解を得ておくことが、将来のさらに進んだ複雑なICを行うための準備段階として大切な意味を持つことを知っておいてほしい。
患者からはレントゲンを見せた段階で「先生これはガンですか」という質問があった。「まだはっきりしたことはわかりません。それをはっきりさせるために検査を受けてほしいのです。」と応答した。PCではまだ情報が不十分ではっきりしたことは言えないことも多い。その状況も患者にわかりやすく説明することも大切である。
 患者は説明を聞いた後「わかりました。」といって紹介状を受け取って帰っていった。ただ、同伴した妻が、「夫は強そうに見えて、結構小心者で病院ぎらいだから、受診してくれるかどうか。」と漏らした。撮影当日CTをとる予定の病院に連絡したところ、受診していないとのこと。すぐ、患者へ電話で連絡、「色々御心配なのはわかりますが、まだはっきり何なのかもわからないし、せっかくの治療のチャンスを逃すのはもったいないじゃないですか」と説得し、CTをとってきてもらった。確かに左気管支をとりまく腫瘤があり、肺癌が強く疑われた。患者にCTを見せながら、「やはりこのしこりが周りの神経を圧迫して、声がかすれたり、痛みが出ているようなので早めに精密検査して、治療を始めることが必要です。専門病院に紹介状を書きましょう。」といったが、本人がなかなかうなずいてくれない。「どうして病院にいきたくないのですか。」、「どうせガンだから助からないんでしょう。」、「まだはっきり悪いものと診断できたわけではありません。ただもしガンだとしても適切な治療をすれば、少なくとも痛みなどの症状は改善できますよ。」というやりとりがあった。もし、患者の自己決定だけを尊重するICなら、ああそうですかで終わりかもしれない。しかし、このPC医は患者に病気から逃げないで欲しかったし、このまま治療のチャンスを逸して、症状が悪化して苦しむだけで終わって欲しくなかった。「家族のご意見も聞いてみましょう。」ということで、遠方にむ患者の子どもさん方にも診療時間外の土曜の午後に集まっていただいて病状を説明した。患者を前にして、子どもさん方が、「このままお父さんが悪くなって苦しんでいくのをただだまって見ていきたくない。」と口々に言われ、「仕方ない。一回だけは入院してやるか。」ということになった。日本ではこのような、個人の自己決定だけではない、家族決定というようなものがあることは、特にPCの現場では多いのではなかろうか。病気は個人の病気であると同時に家族の病気でもある。入院前の段階では、患者へはっきり、ガンの疑いということまでは言わず(組織診断をしたわけでもないので)、「悪いものの疑いもあるから、検査と治療の目的で、入院してもらいましょう」といって、患者へ行った説明内容も含めた紹介状を書いた。
診断は肺小細胞癌で、幸い化学療法が効いて、痛みや嗄声も改善して退院された。退院時の返事には、患者には、かなり強い抗癌剤の治療を受けてもらう必要から、きちんと肺癌であると言うこと告げたこと、再発する可能性も否定できないことが書かれていた。退院してきた患者さんは、「やっぱりあの時、先生のいう通りに入院して良かった。」と言われた。
 奥さんは定期的に診療所へ受診されている方だったので、経過を聞きながら、このまま再発しなければいいが、再発することもありうるので、今決めておくべき大切なことは御主人とよく話しておくようにということを勧めた。結局2年後再発して、亡くなられたが、1年間は自分の家で過ごし、必要な自分の身の回りの整理だけはされたようである。このあたりが、その方の生活背景、家族背景を知っているPC医のできる介入ではないかと思う。医学的治療方針についての自己決定と同様、患者の社会生活での自己決定も大事だからである。
 最後に表2に、PC医が行うICの利点をあげておく。注意点に留意しながら、利点を最大限に用いたICを行って欲しい。


表2、プライマリ・ケア医がインフォームドコンセントを行う利点と注意点
1、 それまでの人間関係から、お互いに質問したり、自分の意見を出したりという自分の意思を表現するというICを行う前提条件が作りやすい。
2、 患者の性格や既往歴、家族背景などを良く知っているので、ICの理解力、患者の決断の背景が理解しやすく、決定の妥当性も評価しやすい。
3、 なかなか外来の時間は短く一度にたくさんのことは話せないが、段階的に少しづつ繰り返して話し合うことで患者の理解が深まる。
4、 病状もまだ落ち着いている段階で、患者の判断能力も十分あり、患者が自分の実際の生活も考えて、良い治療方針を決定しやすい。
5、 PC医が専門医と患者の仲介役となることで、患者が本当に知りたいことや、不安を聞き出しやすくなったり、専門医の説明の補足ができる。
(注意点)
1、 自分は患者の思いを知っていると思い込んでいないか。患者の思いも刻々変っている。いつもこういう理解で正しいかと患者に確認することが大切。
2、 プライマリ・ケアの段階では診断など不確定なことが多い。だが、「よくわからない」とだけ伝えると患者が不安になることがあるので、今までわかっていることを確認と、今後の検討方針を伝える。今急に悪化していなければ、時間的経過が最高の診断の鍵になることも多い。
3、 PC医がすべての分野において最新の医学的情報を持つことは不可能である。ただし、医学文献やインターネットを使ってある程度、最先端の医療情報を身につけておくこと、自分が不案な専門的なことは、適宜専門医と相談して、紹介するだけでなく、どのようなICを誰がやった方がいいのかを検討することも重要である。


参考文献
<参考文献>
1)H. Russell Searight ,Phd; Rick A. Barbarash, Pharm D, BCPS: Informed Consent: Clinical and Legal Issues in Family Practice. Fam Med. 26: 244-9.1994.
2)Clarence H.Braddock III: Informed Consent , Jeremy Sugarman (eds) 20Common Problems Ethics in Primary Care, p239-254 McGraw Hill, 2000
3)白浜雅司:「インフォームドコンセント」日本内科学会(認定内科専門医会編)、医療ビッグバンの基礎知識ー医療の大変革を理解するためにーp52-57、1999.
4)Howard Brody: Transparency :Informed Consent in Primary Care, Hasting Center Report, September/October p5-9, 1989,
5)トマス・グリッソ、P.S.アッペルボーム著、北村聡子・北村俊則訳「治療に同意する能力を測定する」ー医療・看護・介護・福祉のためのガイドラインー、日本評論社、2000、
6)A.Akabayashi, M D Fetters and T S Elwyn: Family consent, Communication,and advance directives for cancer disclosure; a Japanese case and discussion. Journal of Medical Ethics, 25:296-301, 1999.