実習症例をもとにした「臨床倫理ケースカンファレンス」

白浜雅司*1、小泉俊三*2  
*1三瀬村国民健康保険診療所
*2佐賀医科大学・総合診療部



抄録:佐賀医大では学生が実際に感じている臨床倫理上の問題を把握し、学生に臨床倫理を実践的に学ばせる目的で、6年次総合外来実習(必修)において、臨床実習で経験した症例をもとに検討する「臨床倫理ケースカンファレンス」を開始した。95名の対象学生中有効回答のあった87名のアンケートとケースレポートから、学生が臨床実習中に経験し、倫理的な課題が含まれると感じた症例(以下「倫理的課題症例」)の内容とカンファレンスに対する評価を検討した。87名中80名の学生が、一人平均3.95±1.53件の倫理的課題症例を経験していた。検討された倫理課題は全部で130項目(一症例平均1.63±0.51項目)で、多い順にインフォームドコンセント、治療法の選択、治療拒否等があげられ、少数ではあるが臨床倫理で重要な患者医療者関係の問題、医療費の問題、患者家族の問題などもあげられていた。カンファレンス後のアンケートでは、85%の学生がカンファレンスに参加して「良かった」と評価し、87%の学生が、このカンファレンスによって、「倫理問題への気付きが増す」、回答者全員が「このようなカンファレンスを必修の科目として今後も続けるべきだ」と答えていた。いかに学生の主体性を尊重して討議内容を充実させていくかが今後の課題である。

キーワーズ:臨床倫理、医療倫理教育、臨床実習、ケースカンファレンス



Case-Based Conference on Clinical Ethics for Students During Clinical Clerkship
Masashi Shirahama M.D1) Shunzo Koizumi M.D. FACS2)
1)Mitsuse National Health Insurance Clinic, Saga, Japan
2)Department of General Medicine, Saga Medical School, Japan 
To examine the ethical problems which students may face during clinical clerkship and to help them to learn how to solve these ethical problems practically, we started a compulsory ethical case conference for medical students rotating thorough the department of general medicine. Actual cases were selected from among those students had encountered during their clinical clerkship. Group of students were to analyze these cases and discuss how to solve ethical problems. In this study, we evaluated this course on the basis of student's questionnaires and case sheets they submitted. Eighty students (92%) answered that they had encountered ethical cases. Each student encountered an average of 3.95±1.53 cases with ethical problem. Students noted 130 ethical issues (an average of 1.63±0.51 items per case). Ethical Issues included informed consent, treatment selections, refusal of treatment, medical distrusts,and the doctor-patient relationship. In addition, such important subjects as economical burden, ability for self-determination, social rehabilitation, and patient-family relationship were mentioned, but only rarely. Eighty-five percent of students thought the conference were valuable. Moreover, 87% of students thought such conference would motivatie them to think about the ethical issues in the future. All the students think these compulsory ethical conference should be continued. However, both the students' degree of participation and comprehensiveness of the conference could be improved.

Key Words: clinical ethics, education of medical ethics, clinical clerkship, case-based conference



はじめに
近年、医学部における医の倫理教育の必要性が認識され、多くの医学部・医科大学で、色々な形の取り組みがなされている1)。ただし、医学教育全体の中での倫理教育カリキュラムの位置付けや、何をどのように教えるのかについては、まだ検討が始ったばかりである2)。特にその内容が、臨床実習前の講義形式の教育に片寄っていて、日常臨床において生じる倫理課題を、学生自らが認識し、分析し、解決しようと試みるような形の、臨床に即した医の倫理(以下臨床倫理)の教育が少ないと言う問題点がこれまでに指摘されている1)3)。
このような反省から、我々は、学生が直面している臨床倫理的な課題を知り、臨床倫理の考え方をより実践的に学ばせる目的で、1998年度より、学生が臨床実習で経験して倫理的な課題を含むと感じた症例(以下「倫理的課題症例」)を提示させる形式の「臨床倫理ケースカンファレンス」をスタートさせた。
今回このカンファレンス前後に学生に行ったアンケートと学生が作成した症例検討シートをもとに、学生がどのくらいの頻度と内容の倫理的課題症例を経験しているのか、また倫理的課題症例と出会った時どのように対応したのか、そして今回始めたケースカンファレンスについて、学生がどのように評価しているのかについて検討したので報告する。


1、対象と方法
 対象は総合外来実習(必修)にローテートしてきた佐賀医科大学6年次学生95名。(約8名が1グループで、2週間単位の実習。全部で12グループが回ってくる。)
 方法は、各グループの実習初日に、5年次の大学附属病院での臨床実習および6年次の関連病院実習において倫理的課題症例を経験したかどうかを問う事前アンケート(表1)及び一番印象に残っている倫理的課題症例について自分なりに考えさせる臨床倫理症例検討シート(表2、具体的な学生の検討シートの一例を提示)を渡し、翌朝までに完成して提出するように指示した。
 事前アンケートの内容は1)臨床実習で何例くらい倫理的課題症例を経験したか、2)倫理的課題症例を経験しなかった者ではその理由、3)倫理的課題症例を経験した者では、その経験をした時に倫理的課題について深く考えたかどうかであった。
一方、症例検討シートの内容は、1)臨床実習などで感じた倫理的な症例の簡単な病歴、2)自分で考えた倫理的問題点、3)症例の臨床倫理的分析(Jonsenらの提唱する医学的適応、患者の意向、QOL、周囲の状況の4分割法で考える手法による(表3))6) 7)と足りない情報の調査、4)自分が担当医であればとりたい対応、5)教官への質問、6)教官からのコメントからなっている。
 担当教官は、提出されたすべての症例検討シートに目を通し、必要なコメントを付けて返した後、グループの学生と相談して、一つあるいはテーマが関連する2つ程度の症例を選んで、1週間後の討論までに全員が考えてくることを課題とした。
実際のカンファレンスの時間は、午前の外来が始まる前の1時間で、まず学生の視点で、症例を臨床倫理の4分割表を使って分析し、それぞれの学生が主治医であったらとりたい対応を発言し討論した後、担当教官がコメントを付け加えると言う方法をとった。教官自身の知識や経験が不十分なところは、インターネットや電子メールで国内外の専門家の意見を聞いてコメントすることもあった。
カンファレンス後、1)カンファレンスが良かったかどうか、具体的な良かった点と、悪かった点と改善すべき点。2)カンファレンスの経験によって将来倫理的な課題への気付きが増すと思うかどうか。3)必修カリキュラムとして続けるべきかを問うアンケート調査(表4)を施行し、学生の評価を聞いた。
 なお、今回調査対象となった6年次の学生は、4年次の臨床入門コースにおいて、90分2コマの臨床倫理の4分割法を用いた臨床倫理の考え方ついての講義と事例検討の実習を受けており、5年次には主に大学附属病院の臨床各科で、平均30人程の患者を受け持っている。


表1カンファレンス前アンケート
<カンファレンス前アンケート> 学籍番号(000)氏名( XXXX ) 
問1)これまでの臨床実習を思い返してみて、あなた自身が何らかの倫理的な課題が含まれると感じた症例の数を書いて下さい。(   )症例。

問2)倫理的な課題が含まれると感じた症例に接した時、自分でその倫理的課題を考えようと思いましたか。
(1.思った、2.思わなかった、3.経験しなかったのでわからない)
 1.思った人の理由(複数回答可) 
  1.患者ケアのために考えることが必要だと思ったから。
  2.自分の気持ちを整理するために考えることが必要だと思ったから。
  3.臨床倫理の授業を受けて考える方法を知っていたから。
  4.医療スタッフが問題にしていたから。
  5.その他(                   )
 2.思わなかった人の理由(複数回答可)
  1.考える必要を感じなかったから。
  2.考えても無駄だと思ったから。
  3.考える方法がわからなかったから。
  4.医療スタッフがだれも問題にしていなかったから。
  5.その他(                   )



表2臨床倫理症例検討シート 
<臨床倫理症例検討シート> 
学籍番号(000)氏名(XXXX)臨床実習で経験した倫理的な課題が含まれると感じた症例で一番印象深い症例について簡単に以下にまとめて下さい。
臨床倫理の4分割法についての考え方は資料「臨床倫理の考え方」6)や臨床倫理の討論のHP10)を参考にしてください。
<症例>40才くらいの男性の患者<経験した病棟や外来>( 精神科 )  
<簡単な病歴>
うつ病でこれまで2回自殺企図をくり返したことがある。
治療もスムースに進み、家族のことを考えると早く職場復帰をしたいが、
上司、同僚の偏見が気になって医師の退院許可がおりているのに、患者は
退院を拒否している。
<自分が考えたこの症例の倫理的な問題点>
本人にとって今後どうするのが一番いいのだろうか?
<その症例の臨床倫理の4分割法>(わからない部分には?を)
(医学的な適応)         (患者の意向)
診断はうつ病。                   治療には積極的。
治療目標は抑うつ気分の改善と            しかし職場復帰への不安が強く
自殺防止。                     退院拒否。
最終的には職場復帰。                それ以外の退院拒否の理由は?
(QOL)             (周囲の状況)
家族、職場の人の援助、仕事内容           家族は協力的で患者を暖かく
への配慮が患者の精神的な負担を           見守っている。
軽減させ、それがQOLの向上に            会社の同僚は復帰に協力的だが
つながるのではないか。               上司に理解のない人がいる。
<自分が担当医であればとりたい対応>
家族、職場の関係者を交えて、話し合いを持ち、今後の患者の社会復帰への環境を整えていく。
<質問欄>(症例を検討して浮かんだ疑問や質問を何か書いて下さい)
患者の社会復帰のための環境整備まで医師が本当に立ち入れるでしょうか?
<教官のコメント>
確かに難しい問題です。他の職種、例えばソーシャルワーカーや精神保健センターなどのスタッフの協力を得ることも大事でしょう。


表3、臨床倫理の4分割表
1)医学的適応
  Medical Indication
 “Benefit、Non-malficience”
    恩恵、無害の原則

  (チェックポイント)
   1.診断と予後
   2.治療目標の確認
   3.医学の効用とリスク
   4.無益性(Futility) 

2)患者の選好
  Patient Preferences
“Autonomy”
自己決定の原則

(チェックポイント)
   1.患者の判断能力
   2.インフォームドコンセント
 (コミュニケーションと信頼関係)
   3.治療の拒否
   4.事前の意思表示(Living Will)
   5.代理決定

3)QOL
   QOL(生きることの質)
   “Well-Being” 
   幸福追求の原則 

(チェックポイント)
  1.QOLの定義と評価
 (身体、心理、社会的側面から)
  2.誰がどのように決定するのか
 ・偏見の危険
 ・何が患者にとって最善か
  3.QOLに影響を及ぼす因子

4)周囲の状況
  Contextual Features
  “Justice-Utility”
   公正と効用の原則

(チェックポイント)
   1.家族や利害関係者
   2.守秘義務
   3.経済的側面、公共の利益
   4.施設方針、診療形態、研究教育
   5.法律、慣習
   6.宗教



表4、カンファレンス後アンケート
<カンファレンス後アンケート> 学籍番号(000)氏名( XXXX )
問1)今日の臨床倫理ケースカンファレンスに参加してどうでしたか。
(1.良かった、2.どちらともいえない、3.悪かった)
良かったところを具体的にあげて下さい。
(                          )
悪かったところ、改善すべきところを具体的にあげて下さい
(                          )
問2)このようなカンファレンスに参加することで、将来、臨床倫理的な課題への気付きが増すと思いますか。
(1.増すと思う、2.わからない、3.増すとは思わない)
問3)このようなカンファレンスは、今後も必修カリキュラムとして続けた方がいいと思いますか。
(1.続けた方がよい、2.わからない、3.やめた方がよい)


2、結果
1)回答数
アンケートと臨床倫理症例検討シートは、各々のグループ(平均8名)の実習時に渡して回収した。有効回答は対象者95名中87名(回答率92%)であった。
2)学生が経験した倫理的課題症例数(図1
学生が経験した倫理的課題症例数は、一人平均3.95±1.53例であった。倫理的課題症例を経験しなかったという学生も7名(8%)いた。その理由として、気にはしていたが経験しなかったというものが5名、考える余裕がなかった、医療スタッフが問題にしていなかったという意見が各1名であった。
3)臨床実習時に経験した倫理的課題について考えようとしたか(表5
 倫理的課題症例を経験したと答えた学生について、実習時にその倫理的課題について考えようと思ったかという質問をしたところ、62名(77.5%)の者が考えようと思ったと答え、その理由として、患者ケアの向上のため(40名)、自分の気持ちを整理するため(27名)、医療スタッフが問題にしていたから(9名)、臨床倫理の考え方を学んでいたから(1名 )があげられた。
残る18名(22.5%)は、倫理課題を考えようと思わなかったと答え、その理由は、考える方法がわからなかった(9名)、考える必要を感じなかった( 4名)、スタッフが問題にしていなかった(4名)、考えても無駄だと思った(2名)、考える余裕がなかった(1名)であった。
4)倫理的課題症例を経験した診療科(図2
倫理的課題症例が経験された診療科は21科と多岐にわたっていたが、グラフのように大まかには、内科系が49%、外科系22%であった。多かったのは血液内科、消化器内科、泌尿器科および神経内科であった。
5)倫理的課題症例の疾患別割合(図3) 
倫理的課題症例の疾患別の割合は、がん(悪性腫瘍)が51%と半数を占め、糖尿病などの慢性疾患、救急疾患、難病が続いた。
6)倫理的課題の内容(図4
学生が取り上げていた倫理課題は、80症例に対して130項目あり(1症例平均1.63±0.51項目)、多い順に、告知を中心としたインフォームドコンセント、治療法の選択、治療拒否、医療不信、医師患者関係、患者・家族関係、経済的負担、治療効果のない患者への対応、転院退院の問題、手術合併症、病気の受容、治療意欲のない患者への対応、自己決定能力の判断、治療ゴールの設定、社会復帰など非常に多岐にわたっていた。
7)カンファレンスに対する学生の評価
 カンファレンス後に行ったアンケートでは、学生の総合評価は85%が「良かった」、15%が「どちらとも言えない」と答え、「悪かった」というものはなかった。また87%の学生がこのようなカンファレンスに参加することによって「臨床倫理的な課題への気付きが増すと思う」と回答し、回答者全員が「今後も必修カリキュラムとして続けるべきだ」と答えていた。
8)カンファレンスに対する感想意見(表6
 事後アンケートの自由記入欄への記載は、良かった点について、86名の記入があり、内容をまとめると、「他の人の意見が聞けた」「ふだん考えないことを考える機会になった」「実例を使うと具体的で考えやすかった」「自分なりにどう対応すべきか深く考えた」「将来必ず直面するので役立つ」「他職種との連携の大切さを知った」「臨床倫理の考え方がわかった」などの順で多かった。
 一方悪かった点や改善希望には46名の記入があり、「なかなか学生からの意見が出ず、討論にならなかった」「教官から適切な症例を提示してほしい、教官の話が聞きたい」「時間が足りない」「下調べや、事前の情報収集が不十分である」「まだ医師でないので実感がわかない」などがあげられていた。


表5、倫理的課題が含まれると感じた症例に接した時、その課題を考えようと思いましたか(N=80)

1) 思った 62(77.5%)
その理由(複数回答)
1、 患者ケアの向上のため          40(67%)
2、 自分の気持ちを整理するため       27(45%)
3、 スタッフが問題にしていたから      9(15%)
4、 臨床倫理の授業を受けて考える方法を   1(2%)
 知っていたから

2) 思わなかった 18(22.5%) 
その理由(複数回答)
1、 考える方法がわからなかった        9(50%)
2、 考える必要を感じなかった         4(22%)
3、 スタッフが問題にしていなかった      4(15%)
4、 考えても無駄だと思った          2(11%)
5、 考える余裕がなかった           1(6%)


表6、カンファレンス後のアンケートの自由記入欄の意見(N=87)

カンファレンスの良かった点(N=86)(複数回答あり)
他の学生や教官の自分と違う意見を聞けた    29 
ふだん考えぬことを考える貴重な機会だった   20
実例を使うと具体的で考えやすかった      14
自分なりにどう対応すべきかを深く考えた    7
将来必ず直面することで、その時に役に立つ   7  
保健婦など他の職種との連携の大切さを知った  6
臨床倫理の考え方がわかった          6

カンファレンスの悪かった点、改善すべき点(N=49)(複数回答あり)
学生からの意見が少なく、討論にならなかった     10
教官から適当な症例提示を、教官の話が聞きたい    8
時間が足りない                   8
提示された情報だけでは不十分            7 
まだ本当の医師でないので、実感がわかない      6
一部の意見に片寄ってしまう。患者の視点が欠けている 2
教官の意見が出ると学生の意見が出しにくくなる    2
具体的な記入法や参考書を教えてほしい        1
実習では知識だけが要求される            1
実際の症例は先入観があってやりにくい        1
朝一番でやるには内容が重すぎる           1



3、考察
 佐賀医大では、従来、医の倫理教育は1、2年時における哲学、倫理学の中で扱われるのみで、独立した「医の倫理」、特に日常臨床における倫理的課題を取り扱う「臨床倫理」の講義はなかった。1993年度より5年次の臨床入門系統講義の中で「臨床倫理」の総論的講義と、事例検討の2コマが開始され、それに続いて、1995年度より、6年次希望者に対し、4週間の「臨床倫理」の選択コースが開設された。その内容は、学生が主に5年次の臨床実習での経験から、倫理的な問題を感じたケースについて、医師だけでなく、法律、心理、社会学などの教官も加わって検討するという形式で、負担の多いコースであったにもかかわらず、毎年10人前後の学生の選択があり、それらの学生のアンケートで、学生全員が受講できる形にすべきだという意見が強く4)5)、今回新たに、総合外来実習(必修)の中で臨床倫理ケースカンファレンスを始めた。
 今回我々が行ったような、ある学年の医学生全員を対象に、臨床実習全体でどのような倫理的な症例を経験したのかということについて検討した報告は、検索した限りでは見当たらなかった。この結果は今後日本の医学生のニードに合わせた臨床倫理教育を推進する上で基礎的なデータになると考えている。
 当初、学生は臨床実習で倫理的課題症例に接した験験がなく、カンファレンス自体が成り立たないのではないかという心配もあったが、実際には92%もの学生が、何らかの倫理的課題症例を経験しており、一人当りの件数も3.95±1.53件と多かった。一方経験しなかったという7名の学生は、臨床倫理に関心がないのではないかと危惧したが、実際の討議には積極的に参加しており、事後アンケートの評価も他の学生と同じで高かった。
次に、臨床で倫理的な症例を経験した時、その倫理的な問題点について自分で考えたかという質問に対しては、「考えた」という者が多く、その理由として、「患者のため」という意見と「自分のため」というものが多かった。臨床倫理は、患者、医療者双方の問題を含んでいて、この両面が考えられていたことは大切であろう。逆に「考えなかった」という学生の理由では、「考える方法がわからなかった」という者が多かった。「考えた」という理由で臨床倫理の考え方を学んでいたからという者が1人しかいなかったこととも合わせ、臨床実習前のわずか90分2コマくらいの臨床倫理の教育では、その内容をいつも意識して、実際の臨床実習で使いこなすことは難しいと思われる。もうひとつ学生に大きな影響を与えるのが、現場のスタッフの倫理的な問題に対する考え方である。倫理を教える教官だけでなく、教育病院のスタッフ全体が臨床倫理に関する素養を身につけていないと、学生は教えられたことと、実際の違いに悩むことが指摘されている1)。今後卒後教育や、臨床指導医に対する臨床倫理の教育も重要になってくるであろう。
 倫理的課題症例を経験した診療科と疾患の検討では、診療科は、21科と多岐にのぼり、多かった順に癌患者を多く扱う血液内科、消化器内科、泌尿器科などでがん患者への対応や、神経内科の難病の患者で倫理的な課題に直面することが多いようであった。
 具体的な倫理的課題は80症例に対して130項目あり、一症例あたり1.63±0.51項目であった。その内容は「インフォームドコンセント」の問題が26%と最も多く、これは浅井らが総合診療部での実習に限って臨床倫理についてのエッセイを書かせた報告で「インフォームドコンセント」を取り上げたのが65%と最も多かったことと順位としては一致する8)。しかし、佐賀医大の学生が挙げた問題は、「治療法の選択」、「治療拒否」、「医療不信」、「医師患者関係」「患者家族関係」、「経済的負担」など非常に多岐にわたっていて、学生が患者の問題を単に医学的な側面からだけでなく、それ以外の側面からも考えていることがわかった。ただし、浅井らが少なかったと指摘している「臨床実習にかかわる学生特有のジレンマ」「患者のプライバシー」をあげるものはなかった8)。学生は、実習の一環として患者に接することが当然で、自分たち自身が患者に問題を与えているという感覚が本学学生にも薄いのかもしれない。今後の検討課題である。
 事後アンケートによると、このカンファレンスに参加した学生の85%が「良かった」と評価し、「今後医師となった時に、倫理的な課題に対する気付きが増すと思う」という者も87%あり、回答者全員が「今後もこのカンファレンスを続けるべき」と、予想以上に高く評価していた。その理由を自由記入欄から推察すると、自分たちが経験した症例なので、討論に主体的に参加できるし、忙しい実習中に考える余裕がなかった症例の倫理的な面をじっくり考える機会となっていること、他の学生との討論を通して何らかの解決策を見い出そうとするこのカンファレンスの方法が評価されたためと考えている。また倫理的問題の解決が、医療チームや、大学病院と地域の医療資源との協力でできるということを知ったという感想も興味深かった。地域の医師がこのような臨床倫理の教育に関わるメリットであろう9)。
 一方悪かった点、改善すべき点としてあげられた、「学生の意見が少なく討論にならなかった」ことについては、医学教育全体の中で、自分なりに考えて討論する機会が非常に少ないことが影響しているのではないかと考えている。このような倫理教育だけでなく、他の分野でも始まっている自分たちで問題を考え解決していくようなチュートリアル教育の普及が望まれる。「時間が足りない」については、現在、少し余裕のある午後の時間に討議にすることに変更している。加えて「意見が片寄る」という指摘に対しては、一人の教官だけでは視点が片寄るので、看護職の経験のある大学院生に討議に参加してもらったり、難しい症例についてはホームページを開設して多数の専門家の意見を聞いたりして討議に備えている10)。また「教官から適切な症例を提示して欲しい」「提示された症例の情報だけでは判断ができない」というような、受身で出来上がった倫理的課題症例対応マニュアルを求めるような学生に、どのように主体的に考える力を身に付けてもらうかが、今後の課題である。
 今回の調査では、学生が経験したという倫理症例数はあくまで学生の自己申告をもとにしたもので、どこまで正確な実態を表しているかを評価するのは難しい。ただし、提出された症例と実際の討論内容は、どれも臨床倫理的な課題を学ぶのに相応しいものであった。また、佐賀医大では、5年生の臨床実習において患者と積極的に接することをすすめている背景があるため、他の医学部で、このような教育方法が効果的かどうかは不明である。今後同じような調査が他の大学でも進められることを期待したい。
(なおこの論文要旨は1999.7.30の第31回日本医学教育学会で発表した。)


文献
1) 赤林朗、宮坂道夫、甲斐一郎・他:医学部・医科大学における医の倫理教育に関する調査報告. 医学教育 1999,30:47-53
2) 浅井篤、福井次矢:臨床倫理教育ム枠組みと内容に関する考察. 医学教育 1999,30:109-112
3) 赤林朗、甲斐一郎:医学部5年生に対する「生命・医療倫理」についての意識調査 医学生の関心に影響を与える因子について. 医学教育 1999,30:77-82
4) 白浜雅司:「佐賀医科大学における医療倫理教育」生命倫理1996,6:57-61
5) 白浜雅司:「学生が経験した症例をもとにした臨床倫理教育」生命倫理1998,8:81-88 
6) 白浜雅司:「臨床倫理Clinical Ethicsの考え方」家庭医療 1997,5:12-16
7) Jonsen AR, Siegler M, Winslade WJ: Clinical Ethics--A practical Approach to Ethical Decisions in Clinical Medicine (3rd ed.). McGraw-Hill, New York, 1992. (日本語翻訳版が赤林朗、大井玄監訳「臨床倫理学:臨床医学における倫理的決定のための実践的なアプローチ」新興医学出版社、1997
8) 浅井篤、斎藤繭子、坂井達也・他:臨床実習中の医学生による臨床倫理に関するエッセイの分析.医学教育 1999,29:221-215
9) 白浜雅司、小泉俊三:「診療所医師の大学医学教育への関わり」ム学生アンケートなどからみたその評価ム 医学教育 1997,28:379
10)臨床倫理の討論のホームページ
http://square.umin.ac.jp/masashi/discussion.html


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