1998年度、ケース6)予防接種を拒否する親への対応
 


(症例6)
村の保健婦が、1歳の子供の予防接種を拒否される親がおられて対応に困って
いると村の診療所の医師に相談に来ました。
御存知のように、1994年、日本では新予防接種法によって予防接種は義務か
ら勧奨へかわりました。ですからしなかったからといって罰則はありません。
ただ現在でも小児結核や、ましんなどでこどもが髄膜炎などの重篤な合併症を
起こしたり最悪命を落とすこともあり、根本的な予防法としては現在のところ
ワクチン以上のものはないという状態です。
両親の拒否の理由を聞いてみると、御主人はアメリカの方で、BCGは経験がなく
(アメリカではツ反で陽性であったなら強制的に抗結核剤を飲まされるらしい)
抵抗があったようで、奥さんの方は友人の子供さんがインフルエンザワクチン
の副作用で脳炎を起こされてワクチン全体に不安があることがわかりました。
もちろんこの子供さんはこれまで大きな病気もされたことなく、接種不適当者
や接種注意者にはあたりません。
(問い)どのようにこの両親に対応すれば良いでしょうか。


現行の日本で行われている予防接種ワクチンについての情報

現在日本で行われているワクチンについての情報について調べた結果を下の 表にまとめてみました。
副作用の頻度は患者家族にわたす「予防接種と子どもの健康」の数字を用いました。
ワクチンの種類 病気の発生数と重篤な症状の発生率 ワクチンによる重篤な副作用の発生率
(発生数:平成9年度国民衛生の動向より)
ポリオ (0)麻痺の発生1/1000-2000人 1/50万人に麻痺を生じる
ジフテリア (1) 咳と嘔吐で窒息による死亡 
     毒素による心筋障害神経障害など
ジフテリア、百日咳、破傷風は3種混合ワクチンとして接種される。
百日咳 (42) 咳によるチアノーゼ、 
    肺炎脳炎による死亡もある。
注射部位の発赤腫脹硬結などの局所反応が主で20-50%の人に起きるが自然に軽快する。
破傷風 (47)毒素による開口障害、痙攣で死亡も。
麻疹(はしか) (899)脳炎の合併率1/2000-3000人 
    1/10000人の割合で死亡も
軽い発熱や発疹が20%に出るが1-2日で軽快。 
脳炎が1/100万人に起きる。
風疹 (不明)血小板減少性紫斑病1/3000人 
    脳炎1/6000人 
 妊婦で先天性風疹症候群の児が産む可能性
5%位に軽い発熱発疹がでるが自然軽快する。 
 
日本脳炎 (6) 1-3%で局所の発赤腫脹がでるが自然軽快。
結核 (43078)乳幼児で髄膜炎の可能性がある。 
BCGで結核性髄膜炎の80%、肺結核の50%は予防できる。
接種した近くのわきの下のリンパ節の腫脹やただれがおきることがある。 
 
私(白浜)が予防接種を受けられた方が良いと思う理由

上記のように、日本国内での病気の発生数は結核以外はごくわずかですが、これは
あくまで日本国内のことであって外国たとえば経済状態が悪化したロシアではジフ
テリアのワクチン接種ができなくなって大流行があったことが報告されています。
現在のように国内外の人の行き来が多い状態ではいつ外から上記のようなウィルス
が入って来て流行が起きるかも知れません。ワクチンで免疫を付けておくことは
やはり大切なことだと思います。それから不顕性の感染(自分は発症しないけれど
も他の人にウィルスをまきちらすということ)も起こす可能性があり、自分と他人
の両方を守るために多くの人がワクチンで免疫をつける必要があるのです。
ワクチンの副作用として予期できぬアナフィラキシーショックと言うのがあります。
これは注射だけでなく、食物でもどんなものでも起きる可能性があrりり、特に注射
投与後30分以内に起こります。
予診で以前の食物や薬のアレルギー歴を聞くことが大切ですが、それでも予期せぬ
ショックが起こりえます。その場合は、すぐ医師によって気道の確保や注射や点滴
など適切なショックの治療が行われれば、それで命を落とすようなことはきかなり
防げるはずです。そう言う意味でもこれまで一度にたくさんの人にうつ集団接種で
はなく、子どものふだんの状態を知っていて救急の対応もできるかかりつけの医の
ところで本人が調子の良い時に個別で予防接種をやるという新しい改正予防接種法
は合理的なものだと思うのですが。



私(白浜)が担当医だったとしてこの両親に対応したいこと

上記のような予防接種のメリットでメリットの話をできるだけわかりやすく話そう
と思います。ただもし頭では理解されたとしても実際知り合いに副作用で苦しんで
いる人がいると悪い面しか見えず、やはり納得されないか知れません。どんなに低
い確率でも起こった人にとっては100%の副作用ですから。
その場合は子どもさんに病気がうつらないように、病気の流行には十分注意して下
さいとお話するしかないでしょう。
アメリカでは小学校に入学するまでに必要なワクチンを受けた証明書がなければ
入学できないそうです。宗教的な理由で受けない人はもし何らかの感染の流行が
起きた時にはその子は登校できないと言う契約になるのだそうですということも
お話しようと思います。



追加情報
予防接種のやり方について(予防接種について学んでいて興味深い論文を発見しま
した。言われてみればそうかと思うものですが、医療者の方良かったら見て下さい)


皆さんからのコメント

中村千賀子(東京医科歯科大学・人間科学)さんのコメント

今回のケースについては、先生のお考えのとおりかなと感じました。デメリットに
ついてわかりやすい言葉で説明をして家族の決定に従うしかないのかもしれません
。ただ、風邪を引かないための工夫や方法についても知らせて挙げられるともっと
ありがたいですね。もっとも健康な生活を維持するための方法を医者はあまり研究
していないために、適切な個人にぴったりの方法を教えていくことは説得より、治
療より難しいことだったりして、、、、従来の「衛生学(消極的な、病気や伝染を
防ぐというような衛生学)」のみならず、健康をつくりあげ、創造していく為の方
法や態度をもっと「健康創造学」としてでも研究していかなければならないことを
このケースは教えてくれているように思います。
 



瀬田 剛史(京都大学医学部附属病院総合診療部)さんのコメント

新しい症例を見させていただきました。
 簡単では有りますが、コメントさせて下さい。
 医療側から、考えられるメリット、ディメリットを説明し、最終決定は両親に任せ
るしか、今できることはないのではないでしょうか。
 投与される子供には最終決定能力は有りませんし、それが限界のように思えました。
 一般論で申し訳有りません。



矢部 正浩(川崎医大総合診療部)さんのコメント

予防接種後副反応報告書による報告数及び率(1994年10月1日〜1996年3月31日)
を転載します。
(「新・予防接種のすべて」(堺晴美編著、診断と治療社、1997年)p54〜55より)

()内は頻度、接種者数は1995年接種者数×1.5で算定

 ワクチン;接種者数/副反応報告総数/即時型全身反応/アナフィラキシー
/全身蕁麻疹/脳炎脳症/けいれん の順に記載します。
・DPT/DT  / 893万人 / 225(1:3.97万) / 4(1:223万) / 4(1:223万)
 /記載なし / 1(1:893万) /  6(1:149万)
・麻疹;164万人 / 223(1:0.74万) / 72(1:2.28万) / 15(1:11.0万)
/ 57(1:2.88万) / 1(1:164万) / 9(1:18.2万)
・風疹;292万人 / 183(1:1.60万) / 37(1:7.89万) / 10(1:29.2万)
 / 27(1:10.8万) / 記載なし / 6(1:48.7万)
・日本脳炎;513万人 / 69(1:7.44万) / 6(1;85.6万) / 3(1:171万)
/ 3(1:171万) / 4(1:128万) / 4(1:128万)
・ポリオ;349万人 / 13(26.8万) / 記載なし / 記載なし / 記載なし
/麻痺例なし / 記載なし
・BCG;392万人/ 36(1:10.9万) / 以下記載なし



木戸友幸(木戸医院)さんのコメント
(アメリカ、フランスで診療経験あり)

アメリカでもフランスでも小学校入学時に必要な予防注射が完了していることがそ
の条件になります。ですから、それを拒否する親はまずいませんでした。拒否する人
がいるとすれば何か宗教的な理由か注射のリスクを極端に恐れる人でしょう。
やらなかった時のリスクは文献的なことは知りませんが、現実的にこの十年で東欧
で現実に起こっています。共産主義でなくなった東欧諸国でジフテリアが流行してい
るのです。共産圏のときは予防注射は曲がりなりにもやっていたのですが、自由主義
圏になると経済的にそれが出来なくなったらしいのです。だから商社マンでそちら方
面に行く人にはジフテリアのブースター注射(破傷風と共にdTで)を勧めています。

アメリカではBCGはないので、それはひょっとしたら拒否するかも知れませんね。
(アメリカ人は自分の国にない薬を使われるのを極端に嫌いますから)

余談ですが、フランスはパスツールの国だけあって予防注射はびっくりするほど多
です。零歳時に、ジフテリア、百日ぜき、破傷風、ポリオ(ポリオも注射です)、
ヘモフィルスインフルエンザBの5種混合(pentacoqueというトレードネームです)
を3回打ちます。またB型肝炎ワクチンも推奨されているので、これを零歳時に打つ
児も多いので、6種です!こういう話をしてあげれば3種を3回くらいなら納得して
くれるんじゃないでしょうか。

いつも思いますが、米国は自由の国ですが、規則についての運用はかなり厳しい印
象を受ます。米国は規則によっては罰則がかなり厳しく、皆けっこう素直にそれに
従います。フランスでも規則は米国なみに厳しいのです。何しろ世界で法体系が
一 番しっかりしている国ですから。でも問題は国民がそれを守らないことです!!
つい最近できた法律でカッフェを禁煙にするというのがありましたが、皆せせら笑
って誰も守っていません。
こういうフランス文化、フランス人気質をどう思われますか?
私個人はそういうところが好きでもあり嫌いでもあるというアンビバレントな感情
をフランスに対して持っています。


佐々木宏起(川崎医大総合診療部)さんのコメント
(アメリカに留学経験あり)

米国の子供の予防接種について蛇足ながら追加します。
小生の子供が転校するときにも予防接種の記録の提出が求められ、その時点で足り
ないものを接種するように言われ、州の予防接種センターで接種(たしか3種類同
時を受けました。ミシガン州では無料(石田先生の話ではテキサス州では有料)で
したが、医療保険を持っている事が条件でした。持っていない人はどうするのでし
ょうね。
その接種証明書があって初めて登校が認められました。その後MMRの追加が必要で
したが、もういいだろうとそのままにしていたら、学校から呼び出しが来て、あわ
ててセンターへ接種に行きました。かなり接種に関しては厳しいものがありました。
確かではありませんが聞くところによると、予防接種をはじめ学校側の規則などに
従わない場合は退校処分(公立学校でも)となるそうです。その場合は私立学校に
はいるか、今多くなっている学校に行かない子供たちになるしかないようです。
いつも思いますが、米国は自由の国ですが、規則についての運用はかなり厳しい印
象を受けます。シートベルトの着用や喫煙制限などを見てもその厳しさは納得しま
す。規則に従わないものはその自己責任を持ち、なおかつその恩恵を受られないの
が当たり前なのでしょうか。やはり日本とは価値観がとても違うのでしょうね。


田坂 佳千(田坂内科医院)さんのコメント
(アメリカに留学経験あり)

1.厚生省が関与して、財団法人予防接種リサーチセンター
が作っている、例のマニュアル(医師用と保護者用)で
小生はいつも対応していますが、あれでは物足りませんか?
2.小生の息子は、保育園?入所時に、予防接種の終了証明を
提出させられました。ただし、これがなかったら、どうなったかは??。
また、イペカック(催吐剤,発音はこれでいいか知りませんが、)
の使用可否の同意書もいっしょに出しました。

小生は、白浜先生のホームページに書かれていた、
「日本では、米国でやっていないBCGを行っているから、不信感が
生まれた」・・・・と言うような親のコメントが「つぼ」と思います。
(1)ここの理解可能な説明で、このご両親の態度が変わりうること。
ひょっとしたら
(2)日本のMMRワクチンの失敗の話は、米国の一般人にも十分耳に入る
 情報だったと思います。(このことは、今回のご両親から話が直接
 出ていないかもしれませんが、このことを知っておられる可能性も
 充分にあります。特に、米国の国内報道では、米国のMMRなら、
 こんな 事には成らなかったのに、・・・・。と言った日本のワクチン
 批判もかなり強かった印象でしたが・・・。)
如何でしょうか?この当たりの日本製ワクチンの不信感は???



三浦靖彦(航空医学研究センター)さんのコメント

東京では(そちらでも?)インフルエンザが猛威を振るっておりまして、大の大人が
39度台の発熱をしているという話をあちこちで見受けます。
かくいう私も、どうやら診察中にうつされたらしく、数日間不調です。来年からはイ
ンフルエンザ・ワクチンをうった方がよいかななどと考えております。

さて、ワクチン投与についてですが、既に多くの先生方が回答されているように、
「十分な説明」につきるのではないでしょうか?
特に、矢部 正浩(川崎医大総合診療部)さんのコメントに詳しく載っております
が、効果と副作用の発現率について理解いただけるまで説明すれば、多くの方は納得
してくれるのではないでしょうか?
また、それでも納得してくれない場合、海外と違い、罰則等の規定がなければ、残念
ながらあきらめるしかなさそうですね。

また、本症例とは若干異なりますが、例えば親や知人に過去、副作用があり、そのた
めに拒否しているような場合を考えてみましょう。
時間がかかって大変だとは思いますが、当時副作用がおきた原因を推定し、現在の最
新のワクチンでは、その点が克服されている場合が多いと思いますので、その旨を伝
えてあげれば安心できるのではないでしょうか?ただし、推定される原因が現在でも
解消されていなければ、仕方ありませんね。

以上、簡単ではありますが、私見を述べさせていただきました。



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