1998年度、ケース5)胞状奇胎(守秘義務と治療法の選択)
毎週火曜日の午後4時から学生と討論しますので、毎週月曜の夜(最終的には11/10)までに何かコメントをいただけると感謝です。


(症例5)
18歳女性。

 就職も内定し高校卒業を目前に控えた時期に、妊娠に気付いたが、本人
は産むこと望まず、友人のカンパでお金を集め、近医にて堕胎した。その
際胞状奇胎(胎盤の絨毛が異常に増殖する病気で、妊娠をきっかけに起き
る。必ずしも悪性の疾患ではない)が疑われていた。墮胎後も体調が悪く
1ヶ月後のhCG(妊娠のマーカーで、胞状奇胎の予後をみるため定期的に
測定する)が1万以上に上昇しており、侵入奇胎(胞状奇胎の中で悪性の
癌化したもの)と診断されたため、A病院に紹介され入院、化学療法が始
まった。
 相手の男性とは特別結婚の約束をしているわけでもなく、妊娠の事実を
知っているのは父親のみで、ほかの家族や相手の男性にも知らされていな
い。
 治療は通常メソトレキセートという抗癌剤単剤で95%くらいの効果があ
るのだがこのケースでは効果が無く、次の手段として強力な抗癌剤の多剤
併用療法か、手術を行って子宮を摘出しなければならないが、年齢が若い
こと将来の妊娠を希望することから手術は選択しずらい。
 
(討論したい点)
1)侵入奇胎という病気や治療の説明をする際に、妊娠していた事実を話
す必要があるが、このことを他の家族(母親)にどのように説明するのか。
医師が説明すべきか、それとも父親に話させることで、医師は説明しない
か。
2)次の手段として、強力な抗癌剤治療と手術が選択肢としてあげられる
が、その際は場合によっては妊娠できなくなる。患者側が拒否して、しか
しほかの治療法は生存率が低いという場合に、医者はどのような対応をす
べきか。



4分割表による分析

医学的適応
 1:診断と治療
部分侵入奇胎と診断された。これは早期に広範囲の転移を起こしうる。
治療は化学療法が有効で第一選択となる。もし耐性を示すようなら手術療法が選択さ
れるが、年齢から考えて可能な限りさけたい。
本症例でも、単剤化学療法が選択されている。治療効果は尿中hCG値が指標となる。
化学療法は副作用として、食欲不振、脱毛、発熱、骨随抑制などが起こりうる。

  2:予後
 通常たいていの症例で化学療法は効果が期待される。しかし本症例では、効果が
薄い。
 単剤化学療法が効かなければより強力な多剤化学療法が施行される。手術は、将
来の妊娠において障害を残すおそれがあり、不妊ともなり得るため可能な限りさける。
 回復して退院した後もこの疾患は再発しやすく、検査値が正常となっても2年以
上の外来でのfollowが必要となる。

患者の意向
 患者の両親、及び本人とも現在の化学療法を受け入れている。癌ではないとのこ
とで、あまり深刻ではない。今後の方針として、より強力な多剤化学療法につい
ては同意しているが、手術療法については子宮摘出もあり得るということなど、
現時点では詳しく説明されてない。
    本人は卒業を控え、就職も内定していることから早期の退院を希望している。

QOL
 本症例は、年齢が若く、予後スコアから判断して低危険群に位置し、化学療法が
期待通りの結果を出したなら生命予後はよい。ただその場合でも長期の外来通院
が必要であり、生活はその点で制限を受ける。
 場合によっては子宮摘出もあり得る。その際本人、家族、及び相手のことを考え
ると身体医学的なものだけでなく精神的なケアが必要となる。 

周囲の状況
<患者側>
 家族は、父、母、弟、との4人家族。家庭内に問題は抱えていない。
 相手はいるものの将来の約束をしているなどのことはない。
    家族は両親とも仕事をしていて、本人は今春卒業後就職をする予定だった。
 この疾患は化学療法が効果的で、手術療法はあまり行われないため、詳しい説明
続は受けてない。
 
<病院側>
 基本方針は化学療法だが、治療効果はあまり認められない。
 今後はより強力な多剤併用化学療法を行う方針だが、手術療法は年齢からしても
可能な限り行わない方針。



10/27の討論のまとめ:

 本症例は、未成年の妊娠というものが問題点としてあげられる。患者は18才の高
校生で未婚であることから一般の成人と同じ対応はできない。
 最悪の場合子宮摘出となりうる疾患だが、治療の段階で本人と家族の意見が食い違
う場合の対応が問題となる。
 妊娠させた相手への処遇は、自分としては当人のプライベートな問題であり医療関
係者は積極的に関わるべきでないと思う。
 
 一般に胞状奇胎後の妊娠については、診断技術の向上や化学療法の発達に伴い、妊
娠能を温存したまま寛解する症例が増えている。問題としては化学療法剤の卵子に対
する、また妊娠、分娩に対する影響、さらには分娩後の再発などがあげられる。

 治療後の経過が順調な症例では、一般に6ヶ月後ぐらいで妊娠は許可されている。
 尿中hCG値がカットオフ値になったなら奇胎後の絨毛性疾患の再発はないとされて
いる。また奇胎後の妊娠において特に早流産は増加することはない。

 化学療法の妊娠に対する影響は、調べた論文によれば治療終了後3年以内に80%
の症例が妊娠、分娩したとのことである。奇形発生の問題は、化学療法の卵子に対す
る影響を考える上で重要である。
 論文によるデータでは、奇形児出産頻度は一般との差は認められない。

 一般に、治療後hCG値の経過においてカットオフ値(0.5ml/ml)以下なら
妊娠における影響はほぼないといえる。

 ただ、本症例は化学療法にたいして抵抗性であり、その後の経過で6ヶ月ほど化学
療法を行ったものの、腫瘤部分は縮小せず、腫瘍核出術と子宮形成術を受けた。
 子宮の左側の付属器も切除されており、妊娠に対する影響は避けられない。現在外
来にて治療を受けている。



中村 千賀子(東京医科歯科大学、人間科学)さんのコメント

また、また、興味あるケースです。うれしくなりますね。

1)家族に病気と治療の説明をする際に妊娠していた事実をどのように説明
> するのか。医師が説明すべきか、それとも父親に話させることで、医師は説
> 明しないか。
 このことに関して、まず、当事者である女性の意志を確認すべきことが当然であ
ると考えるのですが、いかがでしょうか。なぜ、患者が選択肢の中に登場しないの
でしょうか。なによりも18歳の患者のこれからの将来に役立つ病気や入院であっ
てほしいものです。病気は、生きていくための一つの大切な手がかりというか、き
っかけというか、積極的に利用しなければもったいない状況です。この入院が、彼
女のこれからの幸福に、意味のある医療者との関わりになってほしいものです。も
ちろん、彼女は悩むし、つらい時間を過ごすとも思いますが、そのために必要な時
間やケア、助言者、伴走者を確保しなければならないでしょう。

> 2)もし治療で化学療法が無効だった場合、手術が選択肢としてあげられる
> が、その際には場合によっては妊娠できなくなる。患者側が拒否して、しか
> しほかの治療法は生存率が低いという場合に、医者はどのような対応をすべ
> きか。
 人生は彼女のものです。彼女が決断を下すしかないと思います。しかし、自暴自
棄や不安にさいなまれながらの決断は望ましいものではありません。地域の特性も
あるでしょうし、都会と山村の違いもあるのですから、一概には言えませんが、秘
密を守り抜く体制をきちんと敷いて、彼女が安心して将来に賭けて行かれるような
時間をかけての説明と、それに基づく彼女自身の決断がなされてほしいと、、、、
。理想的すぎる答えとは思いつつ、勝手なコメントをさせていただきました。

学生の 中村 千賀子さんのコメントへの返答

   コメントを読ませていただきました。このような治療結果が人生に大きな影響を
与えうる症例については、対応も慎重であるべきだと思います。
 正直言って自分は男性なので、このような婦人科疾患については精神的なものにつ
いて特に理解しがたいことがあります。しかしすべてを一人の医師が対応しなければ
ならないというわけでもなく、問題に応じて適切な対応を適切なスタッフが行うとい
うのが理想でしょう。いずれにせよ、患者の幸せという観点から最善と思われる対応
を医療従事者は求められると思います。
 丁寧な文章をいただき、大変興味深く読ませていただきました。ありがとうござい
ました。



増田先生(佐賀医科大学一般教育法学)のコメント

メールでの参加となってしまい、申し訳ございません。

さて、今回のケースでは(討論したい点)として、2つの論点が提示されております。
わたくしは、いずれも「患者本人の意思にしたがう」という原則論で対応可能な問題であ
ると考えます。
なぜならば、(1)18歳という年齢と、(2)就職試験に合格したという事実から、この患者
さんには既に
「大人としての判断能力」が備わっているものと推測されるからです(この推測をくつが
えす特段の事情が存在するのか否かについて、事実関係に関する情報が欲しいところです)。

したがって、論点1については、わたくしも中村さんと同じく、まずは「当事者である女
性の意思を確認すべき」事項であると考えます。
また、論点2については、(1)患者さんにそれぞれの療法についてのメリット/デメリッ
トを十分に説明し(説明)、かつ(2)医師が(専門家としての知見に基づき)望ましい
と考える療法を参考意見として提示した上で(助言)、結論は本人の選択に委ねる(自
己決定)ということになろうかと考えます。

ところで、前回の討論の内容のなかで、関心を引かれた点が2つあります。
それは、(10月27日の討論のまとめ)の、「患者は18歳の高校生で未婚であること
から一般の成人と同じ対応はできない」という点です。具体的には、どのような討論がな
されたのでしょうか。
また、この文章に続いて「治療の段階で本人と家族の意見が食い違う場合の対応が問題と
なる」とあります。
なぜ「問題となる」と結論づけたのか、その理由が明示されていないためによく分かりま
せん(わたくしは、本人の意思を優先させるべきと考えました)。この点について、もう
少し説明が欲しいと思いました。
乱文になってしまいましたが、取り急ぎまずはコメントまで。

学生の増田先生のコメントへの返信

    今回の症例へのコメントを読ませていただきました。
論点2についてですが、この症例の治療での基本方針は妊娠能を可能な限り保存する
との方針でしたが、カルテの記載によれば、8ヶ月ほど化学療法を施行したものの、
腫瘤の縮小はみられず、腫瘤摘出、及び子宮形成術が行われたとのことでした。
 今後医療倫理の側面から術後の患者に対して医療従事者はどのような対応ができる
のか、待たすべきかについて考えてみたいと思います。

  治療については、この症例では場合によっては妊娠ができなくなることも考えら
れ、治療効果からみて手術に踏み切らざるを得ないとき、本人がたとえば手術を拒否
して両親は手術すべきだとしたときどのような対応をすべきか、とのことを論点の一
つとしました。

  討論についてですが、18才の学生であり未婚であるということで、やはり成人
に対するように自己決定権をそのまま認めるわけにはいかないのでないか、少なく
とも家族への説明と同意は必要でないのか、ということを議論しました。まだ身体の
成長に対して精神の成長はそれに見合うものでなく、子供をもうけたとして母親の責
務を全うできるのかというと大いに疑問が残るとのことで、このような症例では医療
のみの視点でなくソーシャルワーカーなどの協力も必要ではないかということでし
た。まとめとしては単に病気を治療するというのみでなく、精神的、社会的な視点か
らも患者へのケアが必要だと考えます。



  瀬田 剛史(京都大学総合診療部医師)さんのコメント
 

さらに寒くなってきた京都ですが、三瀬はいかがですか。息が白いのではないですか。
ケース5について、簡単ですが、意見を述べさせていただきます。

1)家族に病気と治療の説明をする際に妊娠していた事実をどのように説明
するのか。医師が説明すべきか、それとも父親に話させることで、医師は説
明しないか。
2)もし治療で化学療法が無効だった場合、手術が選択肢としてあげられる
が、その際には場合によっては妊娠できなくなる。患者側が拒否して、しか
しほかの治療法は生存率が低いという場合に、医者はどのような対応をすべ
きか。

1.誰が話すか。
 医師でしょう。というのも、父親に話させると、家族の中で今迄事実を知っていた
もの(父)と知らなかったもの(父以外の家族)との間に、壁ができます。第3者で
ある医師が説明をしないと、家族が崩壊します。

2.説明の仕方
 妊娠の事実をきちんと説明しないと、胞状奇胎の説明ができません。また、もし子
宮摘出をしなければならない事態になった場合、妊娠の事実をきちんと説明しないと
話にずれがいずれでてきます。そのずれを後で話すとなるとたいへんです。事実を述
べることが大切と思います。誰を守るためでもなく、ありのままをきちんと伝えなけ
ればならないとおもいました。大変しにくい話では有りますが、さけては通れません。

3.患者側が拒否した場合に、医者はどのような対応をすべきか。
 事実をありのまま説明し、患者が事実を理解できた場合に、拒否されたとなると、
それ以上医師ができることはないのではないでしょうか。そうなると、斎場先生をは
じめとした、MSWの方々の力を借りて、問題解決に努力する必要が有ると思います。
医師はキュアはできてもケアのプロではないので、そのみちの方々にお任せするのが
一番と思います。もちろんお任せしっぱなしではなく、お互い協力する必要は有ると
思います。患者を中心としたサークルを築いて、問題解決のために働き掛けるのがベ
ストではないでしょうか。
 十分に問題を患者が理解できていないようでしたら、理解できる迄は医師の責任で
対処しなければならないと思います。何度も面談をくり返し行い、信頼関係を築くこ
とも必要でしょう。

 研修の方も忙しく、十分な返事ができていないと思います。ケースプレゼンテーショ
ンされた方には申し訳Lりませんが、御了承ください。また、医師になってたった6
ヶ月です。だからといって、この半年の間に何か収穫があったかどうかと聞かれたら、
疑問だらけです(勉強をさぼっているのかも)。
 また、このような意見でよろしければ、メールをさせていただきます。

 学生の 瀬田 剛史(京都大学総合診療部)さんのコメントへの返答

   コメントを読ませていただきました。この症例は未婚の、しかも未成年とのこと
で 判断能力は果たして十分なのか、ということが争点となりました。
  討論についてですが、18才の学生であり未婚であるということで、やはり成人
に対 するように自己決定権をそのまま認めるわけにはいかないのでないか、少なく
とも家族への説明と同意は必要でないのか、ということを議論しました。まだ身体の
成長に対して精神の成長はそれに見合うものでなく、子供をもうけたとして母親の責
務を全うできるのかというと大いに疑問が残るとのことで、このような症例では医療
のみの視点でなくソーシャルワーカーなどの協力も必要ではないかということでし
た。まとめとしては単に病気を治療するというのみでなく、精神的、社会的な視点か
らも患者へのケアが必要だと考えます。

     治療については、この症例では場合によっては妊娠ができなくなることも考えら
れ、治療効果からみて手術に踏み切らざるを得ないとき、本人がたとえば手術を拒否
して両親は手術すべきだとしたときどのような対応をすべきか、とのことを論点の一
つとしました。この症例は結果として化学療法に抵抗性で腫瘤の摘出と子宮形成術と
を行いました。将来、妊娠するにあたり何らかの障害が残ることは十分考えられま
す。
 今後の治療において単に身体医学的なものだけでなく精神的、社会的な観点からも
ケアは必要となるでしょう。

 自分は患者でないし、そもそも女性でないので、患者の精神的、社会的側面からの
把握は、正直難しいです。
 しかしすべてを一人の医師が対応しなければならないというわけでもなく、問題に
応じて適切な対応を適切なスタッフが行うというのが理想でしょう。いずれにせよ、
患者の幸せという観点から最善と思われる対応を医療従事者は求められると思いま
す。
  その意味で自分にできること、すべきことをわきまえることは臨床医として求めら
れる能力だと考えます。



 
臨床倫理の討論のページへ戻る