症例3)胃癌患者の告知とターミナルケアについての日本語コメント


増田幸弘さん(佐賀医科大学一般教育、法学)のコメント

 さて、癌告知のケースですが、法的な観点から議論する場合には、次の
判例が参考となります。

「正確な病名を告知することによって、その後の事態がどのように展開
していくかについては、患者の病状、意思、精神状態、受容能力、
医師と患者との信頼関係の有無、程度、患者の家族の協力体制の有無、
程度などの事情が、大きな関係を持っているものと考えられる。
 このような諸般の状況についての適切な判断は、最終的には医療の専門
家である医師の判断によるところが大きく、その合理的裁量は尊重されな
ければならない」
(名古屋高裁平成2年10月31日判決。判例時報1373号68頁)

 講義などで説明するときにはこの判例を引用するのですが、実は「合理的」
という言葉がくせものです。不確定概念ですから、言ったもの勝ちの部分が
ある訳です。閑話休題。

 この判例をひとつの「枠組み」として用いてみると、本件はどのように
とらえられるのでしょうか。病状、(本人の)意思、精神状態、受容能力
等に関する情報が欲しいところです。

増田先生のコメントに対する学生からの返事

コメントありがとうございます。
白浜先生のページに新たに四分割表を加えてもらいましたので、
よろしければ御覧になって頂きたいと思います。
当時、引用された判例の「医師の判断による合理的裁量」に相当するところ、
または「判断」とはいわなくとも「姿勢」に最もひっかかりを感じた症例でした。
今後の討論会への参加お待ちしております。
 



藤原靖士さん(静岡県安良里診療所、医師)のコメント 

    <ケース3)胃癌についての検討(1)自分の経験から>
 ほぼ同様の病状で、39歳!(79ではないです)の女性をこの1〜3月、診てい
ました。某パソコン通信上で当時議論した時の症例まとめを転記します。この3月末
で、私は現在の診療所(遠い)へ転任しましたので、その「医師交代の問題」も絡み
ました。(下記は3/26時点での文章に手を加えたものです)

 39歳女性。主婦(元臨床検査技師・時にパートで保育所)。
 家 族:夫と中学生を筆頭の4人の子どもの6人家族。実家はA町から1時間のB市
 既往歴:昨年2月マイコプラズマ肺炎で入院。他特になし。30歳代で癌検診は受けて
          いない(あ、乳癌・子宮癌検診は不明です)。

 現病歴:
 昨年6月に食べると胸につかえると訴え受診も採血で異常なく自然軽快し、そのまま
放置していた。内視鏡はしなかった。(今思えば・・・)
 昨年12/30に右季肋部腫瘤を自覚、以後同部位の疼痛を感じるようになった。
 今年になり最初の外来日、1/6に受診。同部位のエコーでbull's eye patternの
multipleなtumorをほぼ肝全域に認める。「肝臓が腫れているので至急病院で詳しく調
べた方がよい」と説明し、翌日当診の後方病院のC病院へ紹介入院。
 1/7〜1/13の入院で、噴門部にadvanced cancer(病理診断でsignet ring cell)を認
め、それによる多発性肝転移と診断された。
 積極的治療の対象と考えられず、できるだけ家で過ごす時間を持つために早期の退院
となる。病院主治医の説明は「肝臓の炎症性病変」ということだった。主治医としては
「告知」したほうがよいと考えるも、夫の「もう少し時間を下さい。」との言葉でその
ような説明となった。また、家族には予後告知として、「約3ヶ月前後」とされたとい
う。
 病院の主治医の依頼により、1例報告で著効例があったというlow dose chemo-
therapy(シスプラチン5mg/日×5日/週×20回)を施行も効果なく徐々に肝腫大増大。当初あ
った鉄欠乏性貧血は鉄剤静注でほぼ改善。一時あった嘔気・食欲不振もやや改善し、現
在は何とか食べているとのこと。
 肝腫大によると思われる右腹部・背部の疼痛があり、一時そのためと思われる食欲不
振・不眠があり、モルヒネ(アンペック)座薬30mg/日投与も、頭がボーッとするとの訴えで、
痛みは残るものの現在はボルタレン座薬(25mg)屯用で辛抱している。
 当初季肋下7cm触知した肝は、現在15cmまでの臍下部まで触知できる。
 で、現在は小康状態とも言えるものの、問題は、いわゆる「病名告知」の問題です。
39歳で子どももいて、残る時間を有効に過ごしてもらうためには、「癌」という病名は
ともかく「予後」の告知は必要かと、病院の主治医と私は一致して考えています。
 本人は、「治ったあと」のことも話す反面、なかなかよくならないこと、むしろ自分
で触っても肝臓が大きくなっていることが気になってきています。ただ、ここ最近は痛
みもそれなりにコントロールでき、食事もできることからだんだん悪くなってきている
とは考えていないとのことです。
 夫(私の趣味の上での仲間でもあります)や、実母にその旨説明するも、実父などが
反対するなどの理由で、承諾を得られません。その理由は、よくある「知らせたらガッ
クリ来て弱ってしまうのでは」というものですが、その根拠は、親戚に「『胃潰瘍』と
言われて『胃癌』だと思いこんで自殺した人がいる」という経験もあるとのことでした。
 25日から、子どもの春休みの間(4月5日まで)実家で過ごしてきたいということで、
24日がいい機会かな、と考えていました。(その前の日にどうしようか相談したら子ど
もの卒業式の終わる24日までまってくれとのことでした)
 結局、いろいろ理由を付けて強く断っていたのは上記のような背景があってのことの
ようです。

 24日、改めて午前からいろいろ電話や直接会って説明しましたが、了承を得られず、
「だんだん悪くはなってきている」というところまで話すに終わりました。それでもや
っぱり本人の残り時間だから、本人に話すべきだと思うのですが、そこまで至りません
でした。(上の事情の多くは今日明らかになったものです)

 直接医師が会って説明できない相手(この場合)実父を持ち出されたり、上記の「自
殺」の様な特異な経験に基づいた判断には、(私に)残された短い時間では納得を得る
ことができませんでした。幸いなのは、私は代わりますが、常に連絡を取ってきた後方
病院の主治医(週1回診療所へも来ている)が残ることです。彼にこの経過はもちろん
詳しく伝えて、診療所の後任にも申し送りして、本人・家族にもその旨説明しました。

 現在の診療所に来た後、後任にその後の経過を尋ねました。4月はじめに一度帰って
きましたが、その後4月中旬より実家近くのD病院へ入院し、5月中旬、そのまま亡く
なられたとのことです。病名は最期まで「告知」されなかったようです。本人がどのよ
うに思っていたかは、知ることはできませんが。
 

 上記の症例から考えたのは、まず、「告知」にも「病名告知」と「予後告知」と、い
くつか段階があるのではないかということ。「癌」という言葉から患者さんや家族が連
想するイメージ(解釈モデルと言ってもよい)は、それぞれに違うのではないでしょう
か?そうすると、大切なのは、「癌」という病名でなく、「予後が悪い」という事実で
しょう。それが本人に伝われば、残された時間を本人が有効に使うことはできるのかも、
と思います。特に、上記のように「癌」という言葉に家族が特殊で強烈なイメージを持
っている場合はなおさらです。
 また、診療所では、検査や治療、場合によってはターミナルでの治療は、診療所だけ
では完結しませんから、その方針は後方病院(入院治療の場合)や家族(在宅医療の場
合は特に)との合意が必要です。特に、診療所でいわゆる「告知」する方針でいても、
後方病院の主治医がその方針に反対であれば、スムースな協力ができません。これは普
段より紹介先と相談しておく必要があります。

 佐賀医大より提示の症例そのものについては、別コメントで書きます。
 このコメントの症例について御質問があれば、できる範囲でお答えしたいと思います。

藤原先生コメントに対する学生からの返事

コメントありがとうございます。
先生の提示された症例については今のところ具体的に討議していませんが、
今後の討論会で参考にさせていただけると思います。
「癌」という言葉に持つイメージを把握することはカギになるように思いました。
「大切なのは病名でなく予後が悪いという事実である」という考えは、
告知の本質にせまっているものと思われ、とても参考になります。
紹介先の主治医との連絡の必要性については、第1回目の討議でも話されました。
 



中尾久子さん(山口県立大学、成人看護学)のコメント 

『今後、上記の症状が進行して患、者が再び自分が胃癌ではないかとういう疑いを持った
時どうすればよいのだろうか。それでも真実を知らされるよりは希望を持てるのだろうか』

患者の気持ちを良く聞き、ご家族の気持ちも良く聞いて、胃癌であると伝える
かどうかを決めると良いのではないかと考えます。
最初の段階で本人に伝えないと決められたのは、理由があったと思うのですが、
ご家族の意向で病名を知らせないと決めているので、その後の患者−家族で
のやりとりや症状の変化、医療に対する信頼感への変化を把握し、本人の真実
を知りたいという意志が強く、ご家族の意向が変化して告知後のサポートが得
られるという状況であれば、伝えた方が良いのではと思います。しかし、ご家族
が反対され続ける場合は、告知する場合としない場合のメリット・デメリットに
ついてご家族と近医とA医院の医師と(患者にとって最善の方法は何かということに
ついて)話し合いが必要になると思います。
 基本的に病名は本人の情報であり、自己決定権や自律ということを考えると
最初に告知できれば一番望ましいのですが、実際にはこのようなことはかなり多
くの例で見られています。病名を伝えることでショックを受けられると思うのです
が、病名と病気や治療による経過の予想を現実的な希望を持てるように伝えることや
医師・看護者、家族など周囲の人間のサポートがあると、少しでもショックが緩和
されるように思います。このことは、最初でも、途中でも同じように思います。
 
『近医での対応次第の部分もあると思うが、本人の期待や努力にもかかわらずいっこうに
状態は軽快せずご飯もまともに食べることができないまま、周りの人間に対し疑心暗鬼
になりながら死の床を迎えることになるかもしれない。』

 木戸幸星氏は医療従事者と患者の関係について「主治医が本当の病名の代わ
り別の病名を告げ、予後の見通しを知らせる場合も、殆どの患者はその言葉
を信じ、希望に将来を見通すであろう。たいていの場合、患者と主治医ないし看護
者の関わり合いはこのような関係(偽−是認関係と呼ぶことにする)として、
出発する。そして、ひとたび、この関係が成立すると、主治医も看護者も末期に至る
までこの関係が維持され、患者が希望を持ち続けるように、偽りを偽りと見せない
ようにきめ細かい配慮をし続ける。こうしたかたちで、患者−(主治医)看護者関係
が保たれることを望み、維持を図ろうとするのである・・・と述べています。 
 この事例の場合も、偽−是認関係になっていると思うのですが、もし疑心
暗鬼になったとしたら、看護者としては、患者と接する中で病気に対する不安や疑
心を否定せずにありのままに受け止め、その感情を「繰り返し」たり「明確化」し
ながら対応していく過程で、患者自身がこの状況を判断し、変える必要性の有無を考え、
必要に応じて行動されることの援助ができるのではないかと思います。患者自身の
状況把握や行動の必要性の判断、行動する力を把握しながら、患者自身がその人な
りの方法で疑心に対処できるようなサポートができると良いのではないかと思いま
す。

『A病院の医師は病名告知をしないまでも、その場しのぎの安心感を与えるだけでなく、
今後予想される患者の状態を考慮した説明をするべきではなかったか。
家族との話し合いにおいても、家族の意向を知るだけでなく、本人の意向をくむための
相談や近医との連絡を盛り込んだ議論が必要だったのではないか。』
 
そのとおりだと思います。

中尾さんのコメントに対する学生からの返事

コメントありがとうございます。
希望を持てるような告知、医療スタッフを含む周囲の人のサポートの必要性は
第1回目の討議でも話されました。
偽-是認関係における看護者のサポートにおいてなされる具体的な配慮について
とても参考になります。疑心を含め、患者のありのままを受け入れることの大切さを
看護者だけでなく医師も再確認するべきだと思います。
しかし、私が医師であれば、病名告知をしないまでも、なるべく「偽」が生じない方針
でチームとしてのアプローチをできれば幸いだと思います。

中尾さんの返事

 学生さんからのコメント読みました。本当にそうですね。看護職は現在は告知の問題に
中心的には行動できないのですが(増田さん:法学の説明通り)、側面的に患者自身の人
権を尊重しながらどう関わって
 いけるかと考えると、その人の告知に関する意識や行動が主体性に行えるような環境作
りや本人への関わりをすることの必要性を感じています。実際に病名を一度説明されたら
それを疑うようなこと(質問)を医師に聞けない、聞いても教えてくれない、といった悩
み相談を患者はなかなか医師にはされません。(相談にのって下さる医師も増えているよう
に思います)。
 ですから、このように偽−是認関係にならないような状況に最初からしていくというこ
とがベストだと私も思います。
 ぜひお互いが信頼でき、情報を交換しあえるような希望の持てる告知をお願いしたいと
思います。そして、その告知の席に看護職( primary nurseが適当では?)も同席して
共に情報を共有することが患者さんへの医療を充実させ良いサービスを提供することに役
立つと思います。 コメントありがとうございました。      



藤林武史(佐賀県精神保健センター、精神科医)のコメント

  遅くなりましたがコメントをお送りします。しかし、総合病院精神科を離れて長く
なる私にとっては、コメントしづらいケースです。が、少し感じるところがありまし
たので、あえてコメントさせていただきます。

 他の方のコメントにもあったのですが、本人に病名を告知するかどうか以前に、ご
家族の方の意見に添ってしまうところがあるのかと思いました。そして、医療者が、
家族がそういうのであれば告知しないでおこう、家族がいいというから告知しようと
いう態度で決定してしまうところもあるのでしょう。
 でも、それでは、本人の自分の病名を知りたい権利や告知に耐える能力等に対して
、医療者が直接ぶつかっていないのではないかと思えてなりません。「家族が言うか
ら」ということで、ぎりぎりの選択を医療者が回避し、家族の決定に委ねているよう
に思えるのですがいかがでしょうか?
 本人よりも家族の意見が優先する傾向は、家族の中で個人が自立していない現代の
日本の家族の特徴かもしれません。また、家族の中で、病人を(障害者も高齢者も)
ひとりの自立した個人として認めない、という根強い考え方にも原因があるのかもし
れません。

 しかし、病人であろうが、障害者であろうが、個人の人権を尊重し、自分の病気の
ことを知る権利、説明を正確に受ける権利、そしてその上で自己決定する権利を、保
障していくことが、今からの方向ではないかと思います。当然、判断能力と照らし合
わせながらでしょう。また、判断能力が低下しており、うつ状態にあって自殺の可能
性のある方には、当然精神科コンサルテーションを準備する必要もあるでしょう。

 そうはいいながらも、精神科領域が、一番患者に病名を告げていない科ではないか
と反省もしています。私の現場では、「患者の判断能力」と「人権と自己決定」のそ
れぞれを考慮に入れながら、迷いながらすすめているのが現状です。「精神分裂病」
という病名、その告知はきわめて困難です。一体、何%の精神分裂病患者が自分の本
当の病名を知っているのでしょう。私の専門分野に立ち戻ってまた、考えていきたい
と思います。



三浦靖彦(航空医学研究センター、医師)さんのコメント

末期癌の患者を診たときに、まず、真実を告げずに、ごまかすのはたやすいことです
が、その嘘をつき続けなくてはならないと言うことは、とても大変です。
しかし、今の我が国の現状では、初回から患者に告げるケースは少ないと思われま
す。まず、患者本人には、胃潰瘍である可能性が高いと言っておき、家族を呼ぶで
しょう。家族に対して「告知するか否か」を相談することになると思いますが、その
際に、ただ、相談するだけでは、家族は「告知しないでほしい」という方が多いと思
います。
したがって、家族に対しての説明においても、告知した場合、しなかった場合につい
て、今後起こりうる状態を克明に説明し、告知しない場合、一生嘘をつき通さなくて
はならず、主治医も、それが苦痛になることがあることを理解してもらわなくてはい
けないと思います。また、告知する場合についても同様、告知後に起こりうる状況に
ついての詳細な説明が必要です。ただし、このことは、近年理想とされるインフォー
ムドコンセントの概念を適応すれば良いことであり、それを理解している医師にとっ
ては、さほど難しいことではないでしょう。また、告知した後の心のケアがなけれ
ば、真の告知とはいえないことも多くの人が感じているところであり、最も注意しな
くてはいけない点だと思います。
(自分の保身のために告知しているとしか思えない医師が存在するのも事実です。)

読売新聞社のアンケート調査結果を見ると、癌にかかったとしたら、69.6%の人が
「知りたい」と、回答しておりますが、一方で、家族が癌になった場合、告知するの
は28.5%であると発表されています(平成5年7月7日号)。また、その他の発表では、
医師は、自分が癌の時には告知を強く希望するのに対し、自分の家族が癌の時には告
知しないと言う結果も得られております。ということは、主治医及び家族が相談した
場合おいては、「告知しないでおこう」という結果になる例が多いと思われます。し
かし、69.6%がそうであるように、自分が告知を受けたいと思っているのであれば、
普段から家族や主治医と話し合っておかなければ、告知を受けられない可能性が高い
と言うことを、皆がもっと知っておく必要があると思います。(同様の結果が、昨年
私が研究した透析患者の尊厳死に対する希望と主治医・家族の理解度でも現れていま
した。)

本例の場合、A病院の医師が家族と相談し、告知しなかったのは、ごく一般的な成り
行きとも思えます。しかし、その後すぐに担当が近医に変わることがわかっているの
であれば、近医との相談も必要と思いますし、それをしなかったのは、ある意味で無
責任とも思います。後を引き受ける身として、良性疾患と思いこまされた患者を引き
受けるのはとても気が重い物です。
ただし、告知のタイミングは何も初回に限ったことではありませんので、徐々に病気
が進行してきた時、本人が強く疑い始めたときに改めて告知するのも可能です。ただ
し、この際は、なぜ初回に告知しなかったのかにつき、患者の気持ちを尊重しながら
説明する必要があります。

討論会の結果を見て思うのは、
患者が既に喉頭癌の告知を受けているのであれば、その後の展開について更に詳細な
告知を希望しているのか、それとも明らかに拒否しているのかは主治医であれば知っ
ていなければいけません。また、医師が知っていなくても、看護婦さんが知っている
ケースも多いので、4分割表の中に、看護サイドからの情報をもっと盛り込むべきと
思います。それがわかっていれば、今回のケースは簡単に結論が出ると思います。山
崎章郎先生の著の中にも、「病名の告知は受けたが、その先のことについては、怖い
気がするので聞きたくない」という患者がいることが述べられています。

自己決定については、過去advance directiveに関する研究をしておりましたので、
後日感想をお送りします。



98/10/7
 佐々木香織(lancaster大学)さんのコメント

取り急ぎ、資料としてのガン告知を送ります。ご存知でしたら破棄してください。
討論が面白そうですが、「社会」の現状を知る為にも、以下のデータから「建前」を
突き進んで、「本音」を汲み取ってください。

90年朝日より
ガン告知をされたいという人が、全体の51%占めているというのですが、
70代の間では39,5%になってしまう
実際にガンで死ぬ年頃になるとやはりその「恐れ」があって知らないで死んでいきた
いと思うのかもしれません。

もう一つ、ガン告知をしなかった家族についてーーー
なんと76.3%が告知しなくてよかったといってます。
3.6%がよくなかったと思っているようです。

ガン告知
調査A 90年 by朝日: 自分にはして欲しい 約過半数。一般論としてガン告知に賛
成18.8%
調査B 96年 by日本癌病態治療研究会: 自分には必ず知らせて欲しい 50%
 自分の家族や親戚へのガン告知はいかなる時もする。19%

ここで自分は知りたいけど、相手にはという心理があります。これはよくある脳死議
論で自分が死ぬときは脳死でいいけれど、自分の祖父母や両親の死には、納得いくま
で見ていたいと答える心理と同じであると思われます。

オランダのガン告知で(NHKのテレビ番組より)
末期ガンといわれた患者が、安楽死を希望してしまう。生きる希望を無くしたが、孫
の心遣い、長い付き合いの医者(ホームドクターというもの。日本で言う所の町医者
で専門医ではない)の治療ではなく痛みを和らげる心のこもった療法、余命よりも自
分が長く生きられた事によって、安楽死ではなくて自然死をまっとうした。しかし、
告知によって生きる希望も、健康への配慮も一時期はなくしている。欧米といわれる
所でも、告知された人間にはかなりの衝撃と精神負担を強いられて、自殺したくなっ
ている点にも留意が必要かも。

以上取り急ぎ資料を送りました。



98/10/09
妙木 浩之(佐賀医科大学一般教育、心理学)さんのコメント

ガンの告知にかんする討論のデータありがとうございました。
先日お話したかもしれませんが、ガンの告知あるいは病気のコーピング全般でも良いの
ですが、それを判断するために、つまり患者の「話を受け入れられる程度」を見るため
に、簡単な心理テストをどの患者にも取るようにしたらどうでしょうか。それによって
患者の現実検討能力が判断できますし。



 98/10/10
小泉宏子(保健婦)さんのコメント

本人は75歳妻は81歳とすれば又5年前にガンの告知を受けていたのであれば、今
回の病気についても本人は何らかの予測を感じているとおもう、そして自分の生命に
ついても何らかの思いがあるとおもわれる、今更ガンの告知は本人に最後通知を人間
の側でするような感じがします。医学的にとても大変な事(手術、検査)が控えてい
るなどでなければ。
更に家族関係が良さそうで、本人が居なくなった後のこと(妻の世話、財産その他が
暗黙の内に整理されてれば本人を温かくみまもりターミナルケアをよりよく深めて静
かな時を備えて行けば良いと思います、このケースの場合です、告知をする目的が私
にはっきりつかめていないのですみません。こんな意見です。



98/10/11
瀬田 剛史(京都大学医学部附属病院総合診療部、医師)さんのコメント
 
 少ししか時間がなく、感想になってしまうことをお許しください。
忙しくても、返事はさせていただきます。去年の今頃、自分が症例提示して、いろん
な先生方がお忙しい中、色々コメントして下さり、それが大変嬉しかったものですか
ら。

 胃癌患者について

 今、乳がん手術後に肺がん(乳がん転移)をおこし、イレウス状態になっている患
者の主治医をしています。もちろん告知済みです。IVHまで入れているため、より状
況的に厳しいと、お互いが分かっています。ですから、ここまでやることができたの
ではないかと思います。
 胃癌の患者さんは美食家だそうですが、より今以上に病状が悪化した場合の事を考
えると、今の段階で告知すべきではないでしょうか。食べることが楽しみの人の場合、
IVH管理などを始めると、それだけで自分の病気、すなわち胃潰瘍ではなくて胃癌で
あることに気付くのではないでしょうか。胃潰瘍だけでIVHなんて、少し説明しがた
いことと思います。また、以前喉頭癌であったことから、ゆくゆくは自分の状態に気
付くと思います。医療サイドがその人のこれからの人生まで、介入するべからず!。
これが新米医師の考えです。理想がほとんどでごめんなさい。けど、自分がひとりの
主治医として、家族との話し合いの場所に立ち会ったなら、上記の事を意見として言
わせていただくでしょう。



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