19章
悪い知らせを伝える
Paul Hamburg

(1)はじめに

A. 死や病気に関する知らせを持っていることは昔から医師の重荷でありかつまた特権であった。医師はがん、HIV、糖尿病、アルツハイマー病、精神分裂病、あるいは子供の死についての知らせを明らかにする。死に関する知らせであれ、不具にさせる病気であれ、医師は悲報を知らせる人という重大な任務を負うことになる。一言で、患者とその家族の生活は大きく変えられる。このようなことは、すべての医師にとって難しいことである。彼らは患者やその家族にとって忘れられないものになる。悪い知らせを伝えると言うことを通して、医師にとって力ある要素と、無力な要素とを合わせ持つことになる。そのような時、病気とその予後が、医師が治療できる能力をはるかに超えたものであるのにかかわらず、患者と家族にとっては、医学は非常に力あるものに見えるのである。

B. 悪い知らせを伝えるどのような方法も重荷や歓迎されない気持ちを軽くするものではないが、共感的で効果的なコミュニケーションは患者と家族に大きな違いをもたらす。医師の機転、希望を持つこと、患者に耳を傾けようとする態度、そしてプロとしての存在感が、その痛みをやわらげる。彼らが人生でもっとも辛い災難にあった時に助けてくれた医師との出合いを、感謝を持って思い出すことはまれなことではない。

C. 医師の第一の仕事は苦しみをやわらげることである。この基本的な原則は悪い知らせを伝える時にもあてはまる。人間関係の技術は、伝えられる情報の性質や沸き起こる感情の激しさで変わるが、そのような出合いは痛みをやわらげる大きな意味を持つ機会である。この章では悪い知らせを受け取る患者とその家族の苦しみをやわらげるために、医師の力が最大限に発揮できるような方法を示すことにする。

(2)一般的原則

A.患者や家族に悪い知らせを伝えるためのもっとも基本的にすすめることは、プライバシーの保てる環境で彼らのかたわらに座ることである。座ると言うことは会話する時間があり、医師のすべての関心が彼らに注がれているということを意味する。臨床的に緊急の場合や、他の急患患者のために医師が呼ばれるためにその出合いの時間が制限されていても、患者や家族のかたわらに少しの間でも座ることは、その出会いをより共感的なものにする。実際、短い会話を何回かくり返す方が、一度に長い面接をすることより効果的である。なぜなら、患者や家族はショックを受けたり、動揺している時に多くの情報を受け取ることはできないからである。

B.悪い知らせを伝える医師のための2番目の一般的な原則は、簡潔にということである。このような大変ストレスのかかる状況では、短いことと技術的に単純なことが、コミュニケーションを効果的にすすめる上で必須のものになる。がんの診断を受けたばかりの患者は、すぐには統計的な比較をあげられて複雑な治療法の選択を説明されても、その内容を吸収することは難しいだろう。最初には患者にいくつかの選択が可能で、そのことについては別の機会を設けて、さらに深く考えましょうと話しておくとよい。このようにすることによって、患者は単語、概念、データで、感情的に圧倒されることなく、医師は、患者の診断が与えた衝撃を観察し、患者の気持ちに耳を傾ける時間をとることができる。

C.専門的で複雑で、感情的に重荷になる情報を伝えるために簡潔な言葉をみつけることが間違いなく大切なことであるが、3番目の悪い知らせを伝える医師のための原則は話すよりも聞くことに集中することである。患者や家族の質問や気になることを聞くことで、どのように対応したらいいかを知ることになる。彼らがもっとも気になっていること、おそれていること、心配していることを聞くことは役に立つ。患者や家族は、病気の性質と生活の違いから、各々違った個人的な関心を持っている。最も大切なことは、それらに完全に答えることではなく、それを聞き出そうとすることであることを心にとめておくことが大切である。時々、特別の関心は痛みへの恐怖である。病気の間ずっと痛みについて訴えて良いし、コントロールできることを話して安心させる。

1) ある時には、患者の最大の関心は他の誰かにどう伝えるかということである。医師は家族の誰かに言う時に直接手伝うこともあるだろうし、伝えるタイミングや、詳細について相談にのることもできる。
2) 死と直面した患者は、生き延びて大切なイベントに出席できるかどうかということについてもっとも関心があるかも知れない。たとえば子供の結婚式や卒業式、仕事をやめることなど。医師は、死に至るような結果をもたらす悪い知らせを伝える時にも、可能性のある見通しをのべることが可能である。
3) 患者と家族は、しばしば末期の病気においておこりうる尊厳が失われることを心配するかもしれない。医師はこのような心配について関心をはらい、最後の延命処置、ターミナルケアをどこで受けるかなどについての適切な計画をたてる手助けができる。
4) 経済的な問題が大きな関心のこともある。医師は働けないこと、収入が無くなること、予測される医療費について話しあうことができる。
5) 時々、患者は生命が脅かされる病気に直面した時に、新しく困難な意味を持つ秘密が重荷になることがある。このような秘密は人間関係や、仕事や、経済的なことが含まれる。医師は、秘密を打ち明けられる親友や聴罪司祭(ざんげを聞く司祭)として秘密に対応することになる。そうでなければ、末期の患者とその家族に新たな重荷を負わせることになる。
6) 最後に、患者と家族は死の意味、病気の不公正さなどスピリチュアルな疑問に気をとられているのかも知れない。医師はこのような疑問について討論することは自分の守備範囲を超えていると思うかも知れないが、そのような気になることについて聞いて、その意味づけをすることで、しばしば精神的な苦痛から明らかに解放されることがある。

D.他の一般的な原則は正直である。重篤な病気や死の場面程、医師と患者、家族との信頼関係が重要になることはない。重篤な病気の差し迫った経過について、患者に過度に詳細を伝えることは、必要ない(あるいはしばしば不適切である)が、医師は患者から出されるすべての質問に対して良心的に正直に答える必要がある。もし医師が患者の質問に対して答えられなければ、さらなる情報をえるために医師は関連する文献を調べたり、他の医師に相談しようとすることが適切である。現在の医学的知識では答えられない場合には、このことを明らかに説明する必要がある。わからないことを共有することは患者医師双方にとって、気持ちの良いことではないが、ごまかすことよりはずっと耐えられる。医師の大切な役割は、患者が診断や予後がはっきりしなことにより引き起こされる不安の中で、生きていくことを手助けすることである。

E.希望の問題は、特に難しい問題である。どんな時にもうその希望を提示することは適切ではない。それは信頼関係をこわし、最終的に患者をより孤独と混乱におちいらせる。しかしながら、もっとも絶望的な状況においても、患者の特別な関心事についてわかったならば、医師は期待できることについて正直に提示することは可能である。それは、統計的には可能性の少ない回復や、痛みや孤独感が軽減すること、患者とその家族にとって、尊厳の守られた適切な時期の最期がおとずれることなどである。正直さを失わない範囲で、できるかぎりの希望を残しておくことは非常に重要なことである。

(3)医師の苦しい立場
A. 悪い知らせを持つことは医師に激しい感情を抱かせる。このような反応を理解していることは、重荷になる仕事の混乱を少しでも軽くする。

B. 重篤な病気に直面した時、医師は専門家としての無力なことを感じる。医師になろうとしたほとんどの人は、病気をなおしたいという願いを持っている。死や恐ろしい病気は医師の個人的な心の傷になり、自分が役立っているという感じを打ち崩す。平静の心を持って極限まで患者のためになすべきことをできる医師もいるが、しばしば無力感は絶望感や激しい怒りを引き起こす。

C. 死に至る病いや、恐ろしい診断に直面した時、医師は罪悪感と過度の責任感を持つことを経験する。不当な自己批判によって重荷を負う感じが強いと、患者と家族に対して助けになるという感じを持つことが難しくなる。

D. 医師は死や破壊的な病気に対して個人的な不安を抱く。
1) 時々は一般的な年齢や生活状況から、あるいは医師自身の両親の末期の病気などの辛いできごとが思い出されて、ある種の病気は、医師の死と病気に対する不安を引き起こす。多くの経験のある医師は患者の運命に巻き込まれないように自分たちを守るようにしているが、臨床的に厳しい状況に直面したり、医師自身の病気や人生の危機においては、その守りがうまくいかなくなることがある。
2) 医師は自分の喪の気持ちについて心配になるかもしれない。何ヶ月何年と築きあげられた関係を失うことは、医師にとって重要な付随物を壊すことを意味する。いかに喪失を個人的に感じるかを受け入れることは難しい。

E. 医師は死や容赦ない病気の時には、圧倒されるような敗北感を経験するかもしれない。
1)悪い結果は、医師の信頼感や有能であるという感じに対して挑戦してくる。無力感と効力がないことを激しく感じることをやわらげることは難しいかもしれない。
2)病気は医師にとってつまらない経験になる。役立たずで信頼をなくしたと感じることはよくあることである。

F. 医師を告訴するのではないかと心配するかもしれない。
復讐心や法的な報復を怖れることは、狂わんばかりに興奮している家族を援助するのを困難にする。
1)復讐や法的な報復を怖れることは、狂わんばかりに興奮して族を援助するのを困難にする。
2)怒りは喪の基本的な要素である。悪い知らせを受けた時にすぐ怒りだす人もいて、それが伝えた人に直接向けられることがある。医師がそれが実際は伝える人ではなく、不幸なできごとに由来するものであることを知っていてもそのような怒りををこわがるのは自然である。

(4)悲嘆の反応
A. 正常の悲嘆の反応が様々であることを知っておくことは、悪い知らせを伝える仕事をする上で助けになる。

B. 正常の悲嘆の反応は非常に多岐にわたる。
1、 喪失の性質によってが悲嘆の反応がちがってくる。予期しない、また大災害時の喪失は、より悲しみに暮れさせることになる。予期できる喪失は準備する時間があるので心の傷が軽くすむ。すべての喪失は人間関係を壊し、それゆえ自分自身を傷つけることになる。もともとの(愛情、憎悪、依存、アンビバレントな)人間関係の性質が、その壊れ方を規定する。関係の意味が喪失によって生じる内的な傷について情報を与える。
2、 悲嘆は個人の感情によって様々である。ストイックな人からヒステリックな人まで、強い拒否から破滅的反応まで、各々違った形で医師に挑戦してくる。
3、 文化的宗教的な違いは、正常の悲嘆のレパートリーを変える。怒りや悲しみを豊かに表すことをよしとする文化もあり、忍耐と自己反省を教える文化もある。医師が患者の死や悲嘆に対する文化的な伝統を知っておくことは役立つ。

C. 個人でまた文化で様々な悲嘆反応を示すが、ある一般的な原則が患者が死や個人的な喪失に直面した時に役立つ。
1、 拒否は無意識に耐えられない現実から自分を防御していることである。それは直面できないことに直面した時に防御的に働く。拒否は患者の現実状況の受け入れを遅らせるが、有用な目的ももっている。拒否は心理的な痛みを遅らせ、圧倒的な現実を負うことのできるものとして受け入れるのである。拒否が必要な医療校医を妨げない限り、医師はすぐに診断や予後を受け入れるように強制するのではなく、このプロセスを自分のペースで解決するように待つべきである。
2、 悲嘆は悲しみと怒りの激しい感情を引き起こす。また悲嘆から何の感情も無くしてしまうこともある。正常の悲嘆はこのような経験の交換である。さまざまな順番で、色々なあらわれ方で起きる。悲嘆は激しい感情の出現や感情の消失ではじまる。感情の消失が過ぎ去ると、新たに圧倒的な悲しみと動揺の波がおそってくる。時が経つに連れて、悲嘆は急性でなくなり、個人的に激しい感情からひと休みできるようになる。
3、 悲嘆の継続は人によって様々だが、しばしば人々が予想する以上に長く続く。厳しい喪失からの立ち直るプロセスは長い時間がかかり、悲嘆の急性期の後には、長い痛みは和らいだが、通常の生活は回復していない長い期間が続く。この期間に怒りと悲しみの波が長く続き、喪失の時は過去に退き、継続的なサポートと大丈夫だという保証をもらうということが困難になる。
4、 悲嘆は深く個人の人間関係に影響をおよぼす。感情が滝のように流れて、日常の生活を阻害し、感情によって他の人との関係を変えていく。両親は子供との関係が難しくなる。このことは特に両親の死の時に大きな問題となる。生き残った親は自分が慰められなければならないのに、残された子供を慰めなければならないからである。個人的な危機であるにもかかわらず、悲嘆は結婚、友情、家族の関係の危機でもある。怒りは喪失後の反応のひとつであるが、親密な関係を破壊してしまう。

D. いくつかの状況的、個人的なファクターがあると、複雑で、長く続く悲嘆を予測される。
1、 重篤な病気や死は人生の中でもっとも挑戦的な経験である。それはその人が持っている資源と強さによって規定され、個人的、霊的、関係性に関係している。一般的に言って、個人が心理的に強さ、対処能力と、支持的な関係、ケアをしてくれるコミュニティー、霊的な予備力などを持っている人たちが、このような要素を持たない個人に比べて、悲嘆に耐えることができる。身体的に弱く、心理的に安定せず、よそよそしく、一人住まいの、辺縁にいる人が、喪失による障害を受けやすい。
2、 深く愛していた人の死は激しく長い悲嘆を引き起こすが、自分と感情的な葛藤のあった人にくらべれば回復しやすい。嫌っていた両親や、仲たがいしていた子供の死についての悲嘆についてはジレンマがある。罪悪感、恨み、怒り、そして後悔の感情が悲嘆の気持ちを複雑にし、抑うつや自暴自棄にさせる。個人的な病気への反応や、差し迫ったな死に直面した時も同じことが適応できる。平和に生きてきた人にとってさえ喪失は辛いのに、人生がうまく行っていない人にとって喪失はなおさら問題の多いものになる。
3、 ある種の喪失は圧倒的である。たとえば子供の死、急に家族全部を亡くすこと、戦争による傷、都市における暴力、国際的な民族の抹殺などである。大災害の時には、生き残った人のための、別の援助法の必要が予測される。

(5)特別な状況
A.ある種の状況において、悪い知らせを伝える医師に特別な負担がかかる。

B.子供の死は基本的な人間の予測を裏切るものである。我々は通常、自分たちより年上か同年代のものが先に亡くなると思っている。しかし、子供が先になくなって悲しむことは予期していない。
1. 子供を失うことは悲嘆を超えている。少なくとも両親と婚姻関係に深い傷を残す。子供の死や致死的な病気であるという悪い知らせを伝えなければならないことは医師にとって大きな重荷であるが、彼らが子供の死に対応できるようにしっかりと両親をサポートすることができることを伝えることもできる。
2. 胎児あるいは新生児の死は特別な状況である。生きている子供の死にくらべて、流産による落胆はやや方は少ないが、それに伴う悲嘆は両親を驚かせる。初期であっても、妊娠中におきる感情的な期待の大きさを認識することは重要である。特に喪に服する課程を助ける儀礼や風習としての葬儀がない場合は、両親が自分たちの悲嘆を表現できるように許してあげることが必要である。医師は両親の悲嘆を和らげるのを助け、喪失の痛手を早く乗り越え、かつ少なくすることの手助けができる。

C. 突然の予告のない死は悲嘆について特別な問題を引き起こす。状況は暴力的で、喪失への準備と、和解やお別れの機会が与えられない。

D. 人災でも天災でも、災害の場合は医師に特別な挑戦となる。破壊と死はケアをする人と救助する人を無気力にさせ、悲嘆は圧倒的なものになる。関係者を慰める時間もほとんどなく、疲労、個人的な心的外傷、自分を守ることから、共感の気持ちも限られる。このような状況においては、グループによるサポートが生き残った人やその関係者と同じように医師にとっても必要である。

E. しばしば、医師(特に病棟医、救急外来医、集中治療医)は死や重篤な診断をこれまで会ったことのない家族に伝えることになる。これまでの信頼関係や、親しみがないことや、これまでの関係がないことがそのような出合いを特に難しくする。もしできれば、医師が患者と患者の家族についてたずねる時が持てると、お互いにとって好都合である。患者の生前のことを聞いたり、少しでも家族と知り合いになることで、医師がその時、よそものであるという感じが和らげられて、より助けになれるように感じることができる。

(6).援助の方法
A.医師が患者と家族に悪い知らせを伝えなければならない時に役立ついくつかの方法がある。

B.最初の出合いにおいては、悪い知らせの衝撃で、効果的に伝えられる内容は限られてしまう。病気やその治療に関する多くの専門的な情報は、ショックや、否認や、感情的に溢れている状況では、受け入れてにらえない。そのような時には、基礎的な情報を伝え、その与える影響を評価し、次回の面談の予約をとることに用いるとよいことがある。
1、 再度面談して治療について話し合い、最初の面談で重篤で命に関わる病気ですとだけ診断された患者との間で出てきた問題について深く説明する。 
2、 再度面談して家族と話し合うことは患者が死んだ後でも非常に有用である。数日か数週間の間をあけると、時間のかかる質問に答えたり、進行中の関心事を話したり、家族がどの程度悲しみを乗り越えているのかを確かめる機会になる。もし誰かが病的な悲嘆やうつ状態になっている場合には介入する機会になるかもしれない。

C.グループや個人のカウンセリングの形で援助するのは、患者や家族にとって役立つ。
1、命を脅かすようなまた悪化する病気の患者はしばしば自分の運命に疎外感と孤独感を抱く。HIV、がん、関節炎、躁うつ病などのグループは共感的理解、相互援助、教育と患者自身が他人にとって役立つ感じを持つ良い機会になる。
2、子供を亡くした、親族を暴力で亡くした、戦争や大災害で傷を受けたというような時間制限のあるグループから家族も恩恵を受けることがある。

D.サポートは医師にもまた役立つ
1、 医師は死や悪い知らせを伝えることなどの特別の重荷を含む専門家としてのストレスの対処法を学んでいると言っても、時々特別に困難なことがある。
2、 時によっては、困難さは特別な状況に関係している。例えば、自分が特に親しくしていた患者だったとか、過度に罪悪と責任を感じるとか、ある患者の死が非常に強い印象を与えるなどである。ある時にはたくさんの小さな重荷が重なって過度の重荷になることもある。また時には、同時期におきた、自分や家族の病気のようなストレスが加わって以前は耐えられた重荷が過重になることもある。
3、 原因が何であれ、悪い知らせを伝える医師が、うつ病や、自己破壊や、自己猜疑、不眠、無関心、希望をなくすような場合には、同僚、家族、霊的なアドバイザー、精神保健の専門家の助けを求めることが必要である。

(7)結論
A.医師の昔からの仕事である悪い知らせを伝えることは重荷であると共にチャンスである。座って患者とその家族に耳を傾け、医師と患者の感情的な反応に配慮することによって、医師のもっとも基本的で尊敬される使命、苦しみを取り去るチャンスを最大限にすることができる。