倫理的な問題を医師と話し合えますか?
三瀬村国民健康保険診療所長/佐賀医大臨床教授 白浜雅司


 私は、臨床倫理という、延命治療、悪い知らせの伝え方、医療ミスの開示など、日常臨床における倫理的な問題の教育をはじめているが、最近、看護研修の講師依頼が増えている。「私は看護師ではないので、看護師に特有の看護倫理の話はできない。多職種の方が参加する臨床倫理の勉強会ならお引き受けしますが」と返事すると、「まだ私達は勉強不足で、医師と一緒に討論する準備ができていないので、まず看護師だけの勉強会を」と答えられる。
 ただ、看護師が倫理を勉強して、看護師だけで解決できる問題がどれくらいあるのだろう。看護師が最も不満に思っているのは、倫理問題に対する医師の無理解のような気がする。私は今の状況で看護師の目が倫理的な問題に開かれても、結局は患者と医師の板挟みになって苦しむ状況が増えるだけではなかろうかと危惧している。
医師に対する臨床倫理の教育が必要なことは当然で、医師にも、看護師など多職種参加型での勉強会をお願いしている。ただ、まだまだ看護師と医師とが対等に発言できるような勉強会は少ない。小さい病院では、医師が経営者という場合も多く、経営者に意見するなど畏れ多いのだろうか。保助看法の職責が未だ「診療の補助」と「療養上の世話」に限定されていることも、看護師が発言しにくい要因だろう。
 では、日常臨床における倫理的な問題を、看護師が医師と協同で解決していくには、どうしたらいいのだろう。私は、やはり看護師が日常的に医師と意見交換して、徐々に治療方針に看護の視点を入れていく必要があると考えている。インフォームドコンセントに看護師も同席したいが、忙しくて無理だとか、同席すると自分達が説明内容の記録させられるので嫌だということも聞く。本来医師は自分の説明、看護師は患者や家族が説明を受けた様子や理解した内容など、記録する内容は違うはずだが。
 ある看護師から、「延命治療で家族の意見がまとまらなかった時、意識のない患者さんのケアを家族の方と一緒にしながら、『患者さんはどうしてほしいと願っておられるんでしょうかね』と尋ねたことがあります。カンファレンスルームでの面と向かって医師か受ける説明とは違った“横並びのインフォームドコンセント”ってあるんじゃないでしょうか」という話を聞いた。このような看護師でしか手に入れられない患者や家族の本音を聞き出してもらうことが、治療方針決定の重要な判断材料になる。看護師であれば即、患者の思いを知る患者の代弁者とは言えない。患者への地道なケアを伴う観察を通して、患者の信頼を得、患者や家族の意見を適切に汲み取って伝えることこそ、看護師がまず果たすべき倫理的役割ではないか。


(医学書院、看護管理13巻、10号、833頁、2003年10月コラム「敢えて言いたい」掲載論文)