インフォームド・コンセント
医療ビッグバンの基礎知識ー医療の大変革を理解するためにー  日本内科学会(認定内科専門医会編)1999.9.刊より

佐賀県三瀬村国民健康保険診療所
(佐賀医科大学総合診療部非常勤講師)  白浜雅司



1、はじめに
   インフォームド・コンセント(以下IC )は、これまでの医師主導の医療から、医療を受ける主体である患者の自己決定を尊重した医療を作り上げていく上で、重要なキーワードである。ただし、その内容が日本の医療現場で十分に理解されているとはいいがたい。1997年に発表された文化庁の調査でも、19%の人しかその意味を知らず、もっとも理解されていないカタカナ外国語であった。この小論では、ICの歴史を簡単に述べた上で、理論構成と具体的な方法、今後の課題をあげる。ICは石橋先生の書かれた「患者の人権」とも深いつながりをもっているので、そちらの章と合わせて読んでいただければ幸いである。


2、インフォームド・コンセントの歴史
  ICの歴史には大きく2つの流れがある。
一つは臨床研究におけるICで、第2次世界大戦終結後、1945年-1946年に行われた「ニュールンベルク」裁判において、ナチスの行った人体実験のような反倫理的な行為を二度と繰り返さないため、「人間に対する医学研究においては、実験対象者への説明とその承認を得なければならない」という理念を中心とした「ニュールンベルグ綱領」が制定された。さらに、1964年の世界医師会において臨床研究の倫理的な具体的な手順として「ヘルシンキ宣言」(ヒトを対象とするbiomedical研究に携わる医師のための勧告)が作成された。その内容は「実験対象者は研究の目的・方法・起こりうる偶発事故などについて説明を受ける。対象者は研究途中で協力への同意を自由に取り消せる。医師は説明された上での同意を書面で得ること。同意を得る場合、対象者が医師に依存関係にあったり、強迫による同意ではないかを考慮する。」というものである。わが国でも、新薬の治験はこのヘルシンキ宣言をふまえた新GCP(Good Clinical Practice)「医薬品の臨床試験における実施基準」により文書によるICの確認が法制化された。
   もう一つが日常診療におけるICで、アメリカでは1960年代に始まった、人種差別反対運動、女性解放運動、学生運動など、一連の権利運動の中で患者の権利を主張する運動も始まり、1973年に全米病院協会による「患者の権利章典」が制定された。内容は「患者は、いかなる医療技術や治療でも、それが始められる前に、ICを与えるものに必要な情報を担当医から受ける権利がある。緊急の場合を除き、ICを与えるものに必要な情報には、特別な医療技術や治療について起こりうる医学的に意味のある危険性や予測される拘束期間に関する情報は含まれていなければならないが、必ずしもこれらの情報に限定されるわけではない。患者のケアや治療法に選択肢がある場合には、患者は、それらの情報を得る権利がある。」というものである。さらに1983年「アメリカ大統領委員会・生命倫理総括レポート・医療における意思決定」の中でICについて、医療、生命倫理、法学の専門家によりそれまでの広範な概念がまとめられた。(表1)


3、ICの前提条件
   星野一正氏は、ICの前提条件として、1)意思決定能力がない場合の代理決定、2)患者は医師への質問の自由、3)患者が同意した医療であっても実施上の責任は医師にある、4)患者の選択権と同意拒否権、5)患者の同意撤回権、6)患者の治療拒否権、7)医師を選ぶ患者の権利、8)患者の医療の選択権の制限、9)真実を知る権利を持つ患者は、その権利を放棄する自己決定権もあることをあげている。特に9)のICを望まない患者の権利を守るためには(今でも癌の告知を望まない人が20%ほどいる)、外来初診時や入院時に、患者が詳しい自分の病状や不治の病についての告知を希望するかどうか、希望しない場合は誰に病状の説明をしてほしいかなどをアンケートで確認しておくことを勧めている。(表2)


4、ICの理論構成と具体的方法
  インフォームドコンセントは、1)適切な情報の開示、2)情報の患者による理解、3)患者の自己決定能力の有無、4)患者が決定を行う際の自由意志・自発性の尊重、5)患者の同意という要素から成り立っている。
1)適切な情報の開示
適切な情報の開示とは、医師側が治療を進めるために必要な情報を提供することではない。患者がそれ以後の自己決定ができるために必要十分な説明をするための情報開示である。説明すべき内容としては、(1)患者の現在の医学的状態(治療が行われない場合に生じるかもしれない経過予測を含む)、(2)予後を改善するかもしれない介入(医学的介入に伴うリスクと利益とそれらが発生する確率予測を含む)、(3)患者が選べる他の選択肢についての医師としての意見、(4)医師の最善の臨床的判断にもとづく勧告などが含まれる。
(1)現在の医学的状態は必ずしも病名ではない。癌などすぐ病名の告知をするのが適切でないと判断される場合がある。その場合でもこれまでのようにウソの病名をいうのではなく、現在の病気の状態を患者にわかるように説明することが必要である。また患者の疾病についての経過予測というと、すぐ余命予測と考える傾向があるが、余命の予測は非常に難しいし、そのことを一方的に話すだけでは患者の生きる希望を失わせるだけになる可能性もある。真実は「残酷」かもしれないが、それを告げること自体は「残酷」であってはならない。患者の感情面にも配慮した思いやりのある真実の告げ方が必要である。患者の不安をやわらげるように、今後起きうる状況とその対策をあらかじめ伝えておくことが必要である。(2)介入の内容については、危険の有無と程度がアメリカの裁判で最も強調されてきた。法律で、「脳障害、四肢麻痺、器官・四肢の消失、機能の消失、醜い瘢痕」などのみを非常に低い確率であっても説明の中に組み込まなければならない。」としている州もある。チェックリストによる方法などが最大限に利用されているが、皮肉にも取り上げられた事項のみを機械的に説明することに力点が置かれ、本来のICの精神である医者と患者のコミュニケーションを弱める結果となっている。(3)医師が自分で勧める治療法以外の方法についも説明して、患者の選択権を保証しなければならない。この場合もし、自分が良く知らない選択について患者が希望した場合には、そのことができる医師に紹介することも必要になる。
柏木哲夫氏はICの日本への定着のためにInformed Communication Consent(ICC)とInformed Sharing Consent(ISC)の必要を提唱している。患者にわかりやすく伝えるだけではなく、患者や家族の感情の共有までも含めた情報を分かち持つ(Sharing Consent)姿勢を医師が身につけることが大切である。
2)情報の患者による理解
いくら適切に情報が開示されても、その内容を患者が説明を理解できなければ、それは患者の適切な判断、自己決定に結びつかない。患者が医学的情報をあまり理解できていないということを示唆した研究は多い。その原因として、コミュニケーションの方法が拙いこと、この障壁をのりこえて理解に達しようという努力が、ほとんどなされていないことがあげられている。できるだけ専門用語は使わずに、図などを適宜用いながら、くり返し説明すること。患者がわかりにくいことは何度でも質問してもらえるような雰囲気をつくり、最後に「何かわからなかったことありませんか?」という一言を付け加えることなどが理解を助けになるであろう。
3)患者の自己決定能力(CompetenceとDecision-Making Capacity)
アメリカではこの能力を、法律的な観点からの法的判断力(Competence)と医療側の判断による意思決定能力(Decision-Making Capacity)とに分けて考えているが、ここでは臨床的に重要となる後者の意思決定能力をもとにその評価の仕方を述べる。
意思決定能力は(1)理解能力、(2)評価能力、(3)伝達能力の要素から成り立っている。
(1)理解能力は与えられた診断、治療についての情報を理解し、問題点をはっきりさせる能力である。(この能力を判断するには、患者に主な治療の選択肢とそれぞれの可能性を復唱させるとわかる。)
(2)評価能力とは、患者個人の価値観により、提示された選択肢から、リスクと利益を考慮して、合理的に選択できる能力である。
(3)伝達能力とは、選択した方法を伝える能力である。(この能力を判断するには、患者の選択した治療法を述べさせればわかる)
   意思決定能力は、「成人に達し、健全な心を持った人は自分の身体に対し行われる行為に対し決定する権利を持つ。」が基準である。それからはずれるもの、すなわち、子供や精神障害者などに意思決定能力があるかないかが問題となる。アメリカでは未成年者でも、ICを得なければならない対象となっており、6歳以上で病名告知の対象である。
   意識障害など、病気によっては患者が意思決定能力を有しているときとそうでないときがある。その場合、患者が意思能力を有しているときに行った最後の意思表示を尊重すべきである。自律的な患者は自分自身の基準や価値観に基づき判断する。それが医師の判断と異なる場合もあるが、それを認める必要がある。(エホバの証人の輸血拒否など)。
一方、意思決定能力がないと判断される場合には、代理同意Proxy Consentを求めねばならない。一般に近親者が代理人になると考えられてきた。代理同意には患者に意思決定能力があった時の判断を知っている代理人による代理判断(Substituted Judgement)と、患者の意向がわからず、分別のある人間なら同じ状況で選ぶであろうという判断をする最善利益(Best Interests)という考え方がある。
今後は自分の自己決定能力がなくなった時に、どのような治療を望み、誰に代理人になってもらうかという事前指示(Advanced Directive)も広まってくるであろう。
4)患者の自由意志・自発性
医師や家族への依存関係や強制など患者が自発的に行ったのでない同意は、ICとして意味がない。そのためにICの前提であげた、患者が同意しない自由、医師の説明に疑問を抱いた時に別の医師の意見(セカンドオピニオン)を求める自由、同意撤回の自由などが保証されなければならない。
5)患者による同意
 ICの同意は必ずしも同意書という形をとる必要はない。同意書に署名させることがICと勘違いしている医師がいるが、判例上、患者による同意書への署名が医師のミスの免責にはならない。しかしながら、患者との信頼関係確立や説明に対する患者の理解の確認に使う価値はある。


5、今後の課題と対策
1) 忙しい診療時間でどのようにICのための時間を確保するか?
日や場所を変えて行う説明時間を確保する工夫が必要になる。
2)制度・経済的にICができるための裏付けは?
入院患者に入院の目的と治療計画について文書による説明を行った場合の入院診療計画加算の設定は画期的なことであった。今後さらにこのような制度面の充実が望まれる。
3) 医師のコミュニケーション能力不足
卒前卒後教育で、患者の思いを引き出し、わかりやすく説明できる能力を身につけるため、テープやビデオで自分のコミュニケーションを客観的に知ること、病状説明などの時に指導医に同席を願い、批評してもらうなど実践的な教育が始まっている。
4) 患者がなかなか自分の意思表示をしないこと
日本の患者は、遠慮や、不安があってなかなか医師に自分の意見を述べることが少ない。このような患者の日常を知っていて気軽に相談できるかかりつけ医の存在は今後ICの推進の上で大きい鍵になると思われる。また、看護婦やソーシャルワーカーなど、患者の身近にいて患者の思いを聞いているスタッフに意見を求めたり、実際の説明に同席してもらうなど、医療チームとしての取り組みも大切になるであろう。
  私見を交え、ICについて概観した。この小論が医療者と患者が協力して作りあげる日本のICの推進に少しでもお役に立てば感謝である。最後にアメリカのICの現状などを教えていただいたハーバード大学都築義和先生に深謝します。


参考文献
1)Charles Junkerman、David Schiedermayer「Practical Ethics for Students, Interns, and Residents」University Publishing Group, Inc. Maryland, 1994
2)インフォームドコンセント−臨床の現場での法律と倫理−Paul S. Appelbaum/Charles W. Lidz/Alan Meisel 杉山弘之 訳。文光堂1994.
3)インフォームドコンセント−患者の選択―Ruth R. Faden, Tom L. Beauchamp 酒井忠昭、秦洋一 訳。みすず書房。1994
4)柳田邦男編集「元気の出るインフォームド・コンセント」中央法規出版、東京、1996
5)赤林朗/大井玄監訳「臨床倫理学」新興医学出版社、東京、1997
6)水野肇 中公新書「インフォームド・コンセント」中央公論社、東京、1990
7)星野一正 丸善ライブラリー「インフォームド・コンセント」丸善、東京、1997
8)柏木哲夫「がんの告知」日本内科学雑誌 85(12):3-8、1996



(表1)
「医療における意志決定(Making Health Care Decisions)」の報告書
 委員会は,自ら行った調査研究の結果も含めて,臨床の場の現実を踏まえて,医療関係者が従来から負うべきだとされている倫理的および法律的な責務について検討を加えた.報告書ではまた,理想と現実を近づけるようにするいくつかの方策も検討した.それは現実的にも理論的にも妥当と思われるような患者と専門家との間のコミュニケーションおよび意志決定の革新的アプローチに注意を喚起したものである.教育や研修によって養われる専門的な態度と行動とともに,法律による取決めは,患者が意志決定に参加することを促サ有効な基盤となる可能性があり,検討が加えられた.最後に,自分自身で意志決定をまったく,あるいは部分的にできない人のために,委員会は意志決定の能力を欠いている患者について第三者が代行する場合のヘルス・ケアに関する意志決定の原則と手続を発表した.
 委員会のこの主題に関しての調査結果と結論は,以下のようにまとめることができる.
1)インフォームドコンセントという理論はその基盤を法においているが,倫理的な性格を有する.
2)倫理的に有効な同意とは,相互の尊重と参加に基づいた意志決定を協力して行う過程であって,治療の危険性を詳細に書いた書式の内容を暗誦するに等しい儀式ではない.
3)インフォームドコンセントに関する文献は,知的で,自分の考えを明瞭に発表できる自意識を持っている個人に,そもそもふさわしい極めて合理的なプロセスであるとしばしば説明されている.しかし,委員会はあらゆるヘルス・ケアの場面において,すべての患者に対して意志決定に関する情報,選択,および個人を尊重したコミュニケーションが与えられることが普遍的な理想であると考える.
4)インフォームドコンセントは,意志決定を行う能力のある個人が自らの個人的な価値観に基づき,また自らの個人の目標を達成するためにヘルス・ケアの決定を行う権利を持つという原則に基づいている.しかし患者の選択は絶対的なものではなく,以下の制限が加えられることがある.
 ・医師が,患者の選択に応じることは,認められた医療行為の枠を破るとか,医療の専門家として自らが固く信じている道徳的信念を侵害する場合,あるいは患者が第三者に強制力を及ぼす権利がないような限られた資源に頼らなければならない恐れがある場合,患者は,医療関係者に対して,医療サービスの提供を主張する権限は与えられていない.
 ・自己決定と患者の福利を増すためには,あらゆる個人が意志決定の能力をもっているということを前提として論議が進められるべきである.ただ極めて稀なケースでは,患者の能力の欠如のためにヘルス・ケアに関する意志決定の能力はないとされるべきである.
 ・自らの意志決定をする実質的能力を欠く個人に代って,意志決定を行う際の取決めが作成されなければならない.しかし,意志決定の能力は1つ1つの意志決定ごとに見直されるべきである.
 ・意志決定能力を欠く人ほ,可能な範囲で,個人としての彼らに対する敬意という観点から,彼ら自身の選択についての意見がきかれるべきである.
5)医療関係者ほ,ただ単にその情報が患者にとって望ましいものではないという理由だけで,情報を提供せずに済ませるべきではない.
6)相互の尊敬に基づき,意志決定にあたって適切な責任分担を行うという目的を達成することは,窮極的には個々の医療関係者の責任である.さらに,病院といった保健医療施設は,その過程を促進する重要な役割を持っている.
7)患者は自らの状態を理解し,治療の決定を行う助けとなる情報を得ることができるようにされるべきである.
8)医療関係者と患者との間の関係の改善ほ,本来法律によってもたらされねばならない性格のものではなく,医療関係者の教育,試験,研修を改善することによって達成されなければならない.
9)家族は,しばしば患者が自分の病状に関する情報を理解したり,治療についての意志決定を行う際,大きな助けとなる.家族の関与は個々の患者のプライバシーと自律性に矛盾しない範囲で奨励されるべきである.
10)意志決定を患者とともに行うというプロセスに,より多くの時間をかけるためには,すべての内科的および外科的処置に対する医療費に,患者と話し合うのに必要な時間も加算すべきである.
11)意志決定の鰭カを欠く患者の利益を保護するために次の諸点に留意する.
 ・第三者による決定ほ,可能な場合には,患者が能力があるとすれば,患者がそうするであろう決定を忠実に反映したものとすべきである.それが不可能な場合は,代理人による決定は患者の最善の利益を保護しようとするものである.
 ・保健医療施設は,決定能力を欠く患者のための意志決定に関して検討し,協議するための倫理委員会のような機構を活用することを考慮しなければならない.
 ・州裁判所と州議会は人々が意志決定能力を失った場合,患者に代ってヘルス・ケアに関する意志決定を行う者を指名し,かつ(もしくは)自らの意志決定能力を喪失した後のケアについて指示を与えることができる事前指示の特別法規を作ることも考慮すベきである.
(厚生省医務局医事課監訳「アメリカ大統領生命倫理総括レポート」篠原出版、pp24-27)



(表2)

ICの前提条件
1) 意思決定能力がない場合の代理決定ができる
2) 患者は医師への質問する自由がある
3) 患者が同意した医療であっても実施上の責任は医師にある
4) 患者は選択権と同意拒否権を持つ
5) 患者は同意撤回権を持つ
6) 患者は治療拒否権を持つ
7) 患者は医師を選ぶ権利がある
8) 患者の医療の選択権にも制限がある
(たとえば、患者が人工妊娠中絶を希望しても、宗教上などの理由から
医師が断った場合、患者は医師に強制することはできない)
9) 真実を知る権利を持つ患者は、その権利を放棄する自己決定権も持つ
(星野一正、「インフォームドコンセント」、丸善、p48より一部改変)



(表3)

ICの理論構成と具体的方法
1)適切な情報の開示
(1) 患者の現在の医学的状態(無治療の場合の経過予測)
(2) 予後を改善するかもしれない介入(そのリスクと利益)
(3) 患者が選べる他の選択肢についての医師としての意見(そのリスクと利益)
(4) 医師の最善の臨床的判断にもとづく勧告
2)情報の患者による理解
3)患者の自己決定能力の有無
     法的判断力(Competence)
     意思決定能力(Decision-Making Capacity)
   代理同意(Proxy Consent)
     代理判断(Substituted Judgement)
     最善利益(Best Interests)
   事前指示(Advanced Directives)
4)患者が決定を行う際の自由意志・自発性の尊重
5)患者の同意



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