1999年度臨床倫理討論



症例6)VSDを合併したダウン症の子供の症例

3才男児。

ダウン症の子供で、VSD(心室中隔欠損症)も持っている。
A病院で定期的に診察を受けているが、小児科の担当医は最近
体重身長の伸びが悪く、心配してその原因を調べている。
VSDはあるものの、その程度は成長とともに軽快しており、経過を
見て自然治癒するのではと思われる程度のもので、成長を著しく
阻害する程のものではないらしい。
ただ気になるのは、両親が多額の借金をかかえていて母親も遅く
まで働いていて、この患児に十分な食事を与える時間的な余裕も
ないのではないかと推察されることである。

さてこのような場合、この小児科の担当医はこの患者および家族
にどのような対応ができるのであろうか。あまり家族の問題に立ち
入るのもはばかられるが。
(症例はプライバシー保護のため事実に基づき一部改変されています)



症例へのコメント



藤林武史さん(佐賀県精神保健福祉センター、精神科医)のコメント

白浜先生、いつも考える機会をいただきありがとうございます。
 情報が少ないので、適切な答えにならないかもしれませんが、可能性ということで
お読みください。

> ダウン症の子供で、VSD(心室中隔欠損症)も持っている。
> A病院で定期的に診察を受けているが、小児科の担当医は最近
> 体重身長の伸びが悪く、心配してその原因を調べている。
> VSDはあるものの、その程度は成長とともに軽快しており、経過を
> 見て自然治癒するのではと思われる程度のもので、成長を著しく
> 阻害する程のものではないらしい。

 乳幼児で体重身長の伸びが悪い時に、身体的な原因が特定できず、また、基礎にあ
る身体疾患や身体障害がその理由として該当しない場合は、ネグレクト等児童虐待を
疑った方がいいかもしれません。今、手元に資料がないのですが、児童虐待を疑うサ
インのひとつに、上記のような状態像があったかと思います。

> ただ気になるのは、両親が多額の借金をかかえていて母親も遅く
> まで働いていて、この患児に十分な食事を与える時間的な余裕も
> ないのではないかと推察されることである。

 さて、疑ったとして、この両親にどのようなアプローチをするのか、非常に難しい
問題です。そして、この子どもにどのようなアプローチをするのか、いくつか選択肢
があるでしょう。

 まず、虐待に詳しい小児科医にコンサルトしてみましょう。

 子どもを精査目的で入院させ、病院という環境で身長体重の伸びがどう変化するか
を観察するのは、診断的にも、子どもの保護にも必要なことと思われます。

 その上で、虐待(ネグレクト)の可能性が高いと判断された段階で、次は虐待専門
の専門家に相談してみましょう。障害も持っていることもあり、児童相談所の心理職
の人がいいでしょう。

 このケースを虐待(ネグレクト)ケースと見るか、育児困難ケースと見るか、判断
に迷う場合もあるかもしれません。しかし、どちらであっても、援助が必要なケース
として、決して親を責めずに信頼関係を継続させていく必要があります。そして、そ
の援助関係や信頼関係は、小児科医だけでなく、病院の看護婦やMSW、地域の保健
婦、児相のケースワーカーや心理職、同じダウン症をもつ親同士など、援助関係を持
ちうる人々が「援助が必要な人」という視点で関わり続けていただければと思います
。医学的、社会学的に「虐待(ネグレクト)ケース」と判断されたとしても、「虐待
する、ほうったらかしにする、ひどい親」という態度を持たないことが肝要です。こ
のあたりの、育児が不適切な親に対する、周囲の援助者のスタンスというものは、非
常に微妙なところがあります。

> あまり家族の問題に立ち入るのもはばかられるが。
 
 援助者と親との間にこのような関係を保ち続けていくと、いつか、家族の方から、
家族の問題を、その周囲の人の誰かに、打ち明けてくれる時が来ると思われます。最
初から立ち入ると、事態は余計に困難になりがちですので、慎重にすすめます。

 いずれにしても、難しいケースです。決して、医師だけで抱え込まないようにして
ください。



松尾智子さん(九州大学法学部)のコメント

問題は分けることが難しいですが、
1 子供の発育不振の原因がどこにあるのか
2 家庭の経済的あるいは家族内の人間関係の問題(借金の原因は何か、当該子供に
影響を与えている問題)

1については、もし、それを根拠づける他の医学的所見が明確ではないならば、もっ
と家族と対話をして様子を推察するしかないのではないでしょうか。
三歳児をもつ母親が働いているということは、子供を保育所等に預けていると思われ
ますが、そこでの食事の摂取状況も見てみる必要があります。

2については、これは、病院医師の関与の問題というより、保健婦等のプライマリー
ケアの問題ではないでしょうか。したがって、担当の医師としては、管轄保健所の保
健婦等とコンタクトを取って、家庭における子供の養育状況を把握する必要があると
思います。ダウン症の子供がいると、社会福祉手当等は受給できないのでしょうか。
子供の世話によって借金があるのか、それとも、その他の原因があるのか。家族構成
がどのようであるのか、その中で、当該児がどのような位置づけにあるのかも見てお
く必要があるのではないでしょうか。母親についての描写から察すると、この母親は
、かなりの窮状にあるようにとれます。障害児を育てるというだけでも、母親は孤立
しがちで、家族の団結や協力が必要です。それが、心理的のみならず、経済的にも困
窮状況となると、子供に対する世話がどの程度なされているのかが気になるところで
す。いずれにしても、この様な状況の把握は、医師ひとりでできる範囲のものではな
いので、病院以外のいろいろな立場の人と協力する必要があるでしょう。(保健婦、
子の両親及び兄弟、親戚、保母、障害児教育の専門家、社会福祉)。



学生との討論とまとめ

学生があげたこの症例における倫理的問題と討論で出た解決策。
1)本当にこの子の発達の問題は家族のケア不十分によるものと言えるか。
これまで検査などのため何回か入院したことがあるのだがあり、その時は成長が良か
ったらしい。
2)親権とこのような幼児虐待(ネグレクト)の問題の介入は法律的にどちらが、
重んじられるのか。
法律的には親権はこどもの健全な成長を願う意味で親にその権利の行使を認めるもの
で、明らかに子供の成長に影響がある場合介入せざるをえない。
3)変に介入して親との関係がこじれて結局この患児に悪影響をおよぼさないか。
確かに、最初からそういう目で見ていては、この親との関係はできない上記の藤林
先生の最初に偏見を持たずに、色々な分野の相談に乗れる援助者としての関係を作り、
親が自分から援助を求めてくる時に対応するのが一番大切なことと思われる。もちろ
ん時間的な余裕があるかどうかの判断は必要であるが。
4)家庭環境の評価がどれくらいできるか。
確かに両親を協力してもらわないと難しい。
一緒にすんでいる両親以外の家族がいればその人の意見もきく。
5)低栄養状態があらたな病気を引き起こさないか。
確かに医学的にはこのことも重要でそういう目でフォローすべきである。

この症例の問題へ対応すること
1)両親がこの患者の成長がわるいことやダウン症やVSDについてどのように理解し
受けとめているのかを、時間をかけてゆっくり聞く。
2)この子の養育でどのようなことが負担になっているか聞く。その対応について
医師でできない部分は、MSW、地域の保健婦などの他の職種の方に相談する。
ダウン症の家族の会なども役にたつかも知れないので連絡先を伝える。
3)家での食事について栄養士などに相談してもらう。一週間の食事記録を評価して
もらうなど。

今回もなかなか広い意見交換ができて良かったです。
精神保健センターの藤林先生や、Brody先生のコメントなど文化差を考えたアプローチ
も興味深いところです。家族がうまく周囲のサポートを得て、子供の成長が支えられ
ると良いと思います。家族と地域、世間の問題は都市部、いなかでそれぞれ難しい
問題を含むでしょうし、これは幼児虐待だけでなく、老人虐待などすべてのDomestic
Violence(家族虐待)の問題にもかかわることでしょう。



佐々木香織さん(英国Lancester大学)のコメント

この例もまた、難しそうですね。ただ、ダウン症は思春期に関わったので、どうして
も何らかのコメントをしたくて、筆を執ります。

3歳ということですから、保育園に入っているのでしょうか?

児童福祉だとか、児童保健の制度が大体どこの都道府県でもあります。その収入状態
だったら間違いなく受けれると思いますので、まずそれを医者から紹介するのはいか
がでしょうか?そして、食事とかもそういう施設では出ると思いますので、きちんと
食べさせてもらうのはどうでしょうか?

くだらない話ですが、イギリスで、6ヶ月の乳飲み子に、大人のレトルトかなんかの、
健康栄養食を与え続けて、子供を死なせた母親がいました。(乳児の場合は、腎臓が
未発達なので、塩分過多になりますよね?)それくらい、なんだか健康の「知識」が
偏っているんだと思います、現代社会は。

ともあれ、近代医学と、近代国家においては、子供に対して必要な「保護」「養育」
がされない場合は、「行政」の関与を大幅に認めています。だから、医者が立ち入る
問題でないとも言いきれないのが、小児科医の問題です。個人のもんだいでなく、家
康じゃないですが、保険の範囲内においては、乳幼児は「殺さぬよう、過保護なまで
に、生かさぬよう」する政策をするのが、どのような近代国家的義務なので、(ヒッ
トラーだろうと、昭和期だろうとそうでしたから)それを、いかに国民に提供するか
、また国民がそれをいかに受容するかにかかっていると思います。

ただ、ダウン症ということで、こういう施設になかなか入れないということが、考え
られます。その一方で、ダウン症ということで、民間を含めた団体がサポートもして
いるはずです。それらを紹介するのも手だと思います。

社会学的には、労働者階級の生活を「改善」だの「へんか」させるのは難しく、また
、余計なお世話ということが、認められています。しかし、救援の手をさし伸ばすた
めの、アクセス方法を伝える、仲介するのは、お節介にはならないと思います。そし
て、貧困とか教育が低い人、労働者階級と呼ばれる人というのは、これらへの「アク
セス権」への距離が、どうしても遠ざかっていってしまうところにあるので、そうい
う生活から抜けられないこともあるという社会事実が有ります。(もちろん、某K党と
かに加盟していたら、そのアクセスをめいいっぱいすることに命を懸けてますから、
別ですが)

ですから、如何にそれらのサービスへの、アクセス権を与えるか、また情報提供する
かに医者の裁量がかかっているでしょう。そうすることで、彼らの持っている社会規
範を、変えてしまうという批判、つまり、こういったサービスを介して「飼い慣らし
て」しまうということ、も社会学的にはあるのですが、医師の「倫理」と職業観から
、そこまで考えては身動きできないのではないでしょうか?

究極、こどもを施設に入れて母親が面会を週に3回するという形も、ありえます。しか
し、親が手放さなければ、意味は有りませんし、親がどう考えているのか疑問です。
親権失格者として、強制的に子供を収容するのも、賢くありませんしね。



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