1999年度臨床倫理討論
(インフォームドコンセントと患者の自己決定)


症例3)突然救急外来に運び込まれた30才男性の治療拒否

30才男性。身寄りもなくサウナで生活をしていたらしい。
3、4日前から呼吸困難、発熱、咳がひどく起坐呼吸の状態でサウナで
倒れているところを他の客が見つけ、救急車で病院の救急外来受診。
レントゲンで心拡大と肺水腫が認められ、血液ガスで血中酸素の低下
と血中二酸化炭素の上昇があったため、気管内挿管をやろうとした。
患者はこのまま殺してくれと叫んでいる。WBC15000、CRP18、心電図
では左室肥大だけで心筋梗塞などの所見はない。
さて担当医はどうするか。身内がいるかどうか誰もわからない。



症例4)定期的に受診している独居老人の治療拒否

85才女性。身寄りもなく独居で暮らしている老人。
これまで近くの診療所で軽い高血圧の治療だけを受けていた。
最近めっきり弱ってきて、一人暮らしも難しくなりつつあり、特別養護
老人ホームへの入所申請をしていた。
日頃から診療所の医師に「先生お迎えが来たら楽に行かせて下さい。
もう病院にはいきたくない」と話しておられた。ご主人を肺がんで亡
くされ、入院した病院でたくさんの管につながれ、苦しみながら死んだ
様子を見てそう思われていたようである。
3、4日前より呼吸困難、発熱、咳がひどく寝られずうずくまっていた
ところを定期的に入っているホームヘルパーが見つけて診療所に連
れてきた。レントゲンでかなり広い範囲に肺炎があり、中枢部には肺
がんではないかと思われるかげがある。WBC15000、CRP18、SaO2
90%と血液中の酸素の低下はあり、酸素を鼻からチューブで投与す
ると本人楽になってきてもうこのまま診療所で見て下さいと言われる。
ただしこの診療所に入院の設備はない。
この患者さんには親しくしている親戚などもいないらしい。
さて担当医はどうするか。



症例へのコメント


瀬田 剛史さん(日本赤十字社和歌山医療センタ−医師)

症例3について、伺わせて下さい。
 
 1.結局左心不全をきたした原疾患は何も見つからなかったのですか。
<最終的な原因はその日のうちにはわからなかったようです。この
救急の場面で医師はどうすべきかを考えていただければ感謝です>
 
 今現在言える意見としましては、我々医師だけで結果を急いで出すのは望ましく
ないといったことではないでしょうか。彼の家族背景、生活背景を落ち着いた状況
で聞くのが良いと思います。なぜ死を急ぐのか。30才になって何をしていた人なの
でしょうか。そこも知りたいです。それと、コメディカル、とくにMSWの方々にでて
きていただきたい場面と思いました。
 症例3については、根が深そうですが、どうでしょうか。今現在の社会を凝縮し
たような問題と思います。リストラ、失業、フリーターなどなど。
<確かにそのような背景が考えられる方のようですが情報がわかりません>

症例4について
 特老に入所申請していたかたですが、何となくですが、先生だけでなく患者本人
の気持ちも察することができます。本人にとってはしんどい思いをしてまで生きた
くはないといった思いからいわれた言葉ではないでしょうか。もし自分が主治医な
らば、たとえ肺癌疑いでも長期予後が期待できるなら特老へ、本人の帰宅希望が強
いか短期の予後しか期待できないならば、できるだけの気を我々だけでなくヘルパ
−の方にも配っていただきながらそっとしておくのもひとつではないでしょうか。
少し乱暴な意見かもしれませんが。

 ちょっと両症例とも頭の中でまとまっていません。もう少し考えさせて下さい。



藤原靖士さん(伊豆西海岸 安良里診療所医師)
 
 白浜先生、いつもあまりコメントをせずにすみません。今回の症例3・4に
ついて、私の第一印象で回答します。症例3のようなケースは田舎ですのであ
まり遭遇しないと思いますが、症例4のようなケースは、いつも接していま
す。

 いずれにしても、積極的治療を選択すると思います。症例4では、気管内挿
管、症例4では入院による抗生剤の投与です。どちらも(一時的にせよ)治療
により症状が改善する可能性があると思うからです。

 症例3では、意識障害の存在が疑われ、「このまま殺してくれ」との訴えが
本人の真実の意志であるという確証はありません。治療により症状が改善すれ
ば、違った意思が現れるかもしれません。医師としては躊躇する場面ではない
と思います。
 症例4では、「お迎えが来たら楽に行かせてください」という、本人の希望
は明らかです。事前にリビングウィルともいえる意思が表示されています。し
かし、今回の症状が「お迎えが来た」すなわち治療により症状が改善しない
ターミナル状態とは限らないと思われます。もちろん、高齢ですし、肺炎の治
療が功を奏さない可能性もありますが、酸素投与で症状が改善し、肺炎の治療
により、発熱などの症状は改善する可能性が十分あると思います(数日前まで
は自宅で独居で生活できるだけの体力があるのですから)。いったん入院して
肺炎の治療をし、症状が安定したところで退院し、在宅療養へ引き継ぐのがよ
いと思います。(在宅酸素療法の適応があればそれも行います)
 もちろん、肺ガン自体は治療の対象にはならないと思いますが。
 最悪の場合、いったん入院して、必ずしも改善しなくても本人の希望を尊重
して、退院して在宅で看取るという手もあります。しかし、身寄りがないから
現実的には難しいかもしれません。(本人の「意思」については紹介先の病院
の医師へしっかり伝える必要があります)
 もし、この方が在宅で寝たきり状態(厚生省の寝てきり度でB〜Cランク)
で、元々の体力の低下があり、肺炎自体の回復の可能性が低ければ、そのまま
入院させずに看取るのでもよいとおもいます。同じ理由で、既に肺炎を繰り返
していて・・・という場合も、入院させないかもしれません。

 インフォームドコンセントとの関連で言えば、どちらの症例も、本人への十
分な情報がinformedされた上でかどうか、本人が十分理解した上での判断かど
うかが、要点かと考えます。



家永登さん(北里大学医学原論、法学)

症例3について 
 ある救急医は、自殺未遂者はすべて判断能力のない患者とみなして、本人
の意志表明にかかわりなく(「死なせてくれ」と言っていたとしても)、強制的に
治療すると言っています。結果的に、強制治療されたと言って訴訟を起こした患者
はいないのですから、それでいいのかも知れませんが、一般論としてそのように断
定してしまうのには抵抗があります。
 確かに、自殺未遂者のなかには判断能力なしと見られる者もあるでしょうが、そ
うでない場合もあると思います。そのような場合は、患者が訴えている「死なせて
くれ」という言葉は、患者が事情を十分に理解したうえでの自己決定とはいえない
こと、医師には、患者の言うなりに「死なせる」義務はないこと、そのうえで、患
者の救命のために必要な医療行為は緊急行為として許容される、といった論理にな
るのではないでしようか。
症例4について 
 その一方で、この救急医は、自分の独断でDNR決定をくだすことがあると言い
ます。DNR決定は、あまり医師の独断で行われては濫用の危険がありますし、他
方でこれに法律の絞りをかけると、運用の妙味(?)がなくなってしまいます。そ
れでも、DNR決定に際しては、患者の身体的な条件しか考慮してはいけないのか
(その場合の条件はどのように設定するか)、社会的な条件も考慮してよいのかな
どは議論しておくべきだと思うのですが。
 症例4の検討事項(白浜先生の出題意図)を誤解しているかもしれませんが。



松尾智子さん(九州大学法学部、法哲学)

症例3について
 
 この症例の場合の問題は、次の点にあると思われます。
1 現在の健康状態が改善されたとしても、本人の生活状況が根本的に変化しない限
り、再び同様のことを繰り返す可 
  能性がある。
2 治療しても、その際の医療費を誰が支払うのか。
3 本人は治療的介入を望んでおらず、治療行為が誰にとって利益になるのかが明確
でない。

以上の問題点はあるにもかかわらず、このケースでは治療するのが望ましいと思いま
す。というのも、それは以下の理由によります。
1 健康上の問題がそれほど深刻でなく、複雑な治療を要するものではないと思われ
ること
2 年齢が30歳と若いこと、
3 ゆえに、人生を諦観するには時期尚早である。
4 医療費については、回復後でも検討されうる。
5 状態が落ちつき次第、家族に連絡を取ることも可能かもしれない。
6 回復後の生活については、生活保護等の社会福祉上の援助を受給するなどの方法
もある。

症例4

可能性としては次の二つが考えられます。
1 治療上、原因が単なる炎症か癌によるものかはっきりしないが、対症療法で様子
を見る必要があろう。この医院には入院施設がないので、まずは、患者の同意を得て
、一時的に他施設に転院させる方がよいのではないか。
患者も85歳と高齢であり、不必要な延命治療はしない方がよいかもしれないが、肺
炎であり、酸素吸入ないし抗生物質の投与、安静等で状態が改善される可能性もない
とはいえないかもしれない。落ちついてから自宅に返して様子を見るの方がよいので
はないか。

2 本人が入院を拒否すれば、その意思を尊重してホームヘルパーに依頼し自宅で可
能な限りのケア管理をしてもらうよう、訪問看護等のケアを受けられるようにする。

 癌の真相は、検査するに値しないかもしれなません。一過性の炎症であればそれを
改善して、急変という事態を避けること、つまり、可能な限り楽に生命を全うできる
ようなケアをすることではないかと思います。この場合、治療の見込みがどの程度存
在するかということにかかってくると思います。本当に死に至るほどのやむをえない
状況なのか。親戚もいないというようだことですので、本人が何を望むかが、ここで
は尊重されてよいのではないでしょうか。



中澤義明さん(利根町国保診療所)

症例4について

「先生お迎えが来たら楽に行かせて下さい。 もう病院にはいきたくない」
この言葉をどのようにとらえるかが重要だと考えます。判断能力はしっかりしている
思われますので、十分な説明をすれば同じ言葉が聞かれると思います。つまり「お迎
えが来た」と考えると思います。実際には説明しないことには分かりませんが、仮に
この方が「お迎えが来た」と判断するならば、その判断は尊重すべきと考えます。そ
こで積極的治療は行わずに緩和ケアを開始することになります。まず酸素吸入とモル
ヒネの少量投与が選択されると思います。ただこの緩和ケアを何処でやるかが問題に
なります。入院するのか、在宅でやるのか。「もう病院には行きたくない」という意
向がはっきりしていますが、在宅でやる場合にQOLが低下しないかどうか心配です。
つまり食事・排泄・清潔が果たして入院に比べて著しく低下させないことが必要です。
この点がクリアーされるのであれば在宅で緩和ケアを開始すべきだと思います。ただ
現実には十分な介護サービスが期待される地域はかなり限定されてしまうために、在
宅ではこのような身よりのない独居高齢者の場合はQOLが低下すると思われます。そ
れでも本人の意志が強ければ在宅継続とします。



横井 徹さん(倉敷中央病院 内科)
症例3について

おそらく気管内挿管をするでしょう。
理由としては
1)若く基礎疾患(慢性疾患)がなさそうである(サウナで”生活”できるくらい
ですので・・・。ただし年を取っていれば挿管しないという意味ではありません)。
2)おそらく急性の病態であろうから、この状態で患者本人が今の状況を
きちんと把握したうえで「このまま殺してくれ」と叫んでいるのではないと考え
られる。本人としては今がただ苦しいだけであり、日ごろの思い(このまま生きて
いてもしょうがないetc)がたまたま強く出てしまっただけである可能性もある。
3)十分判断能力がある(と通常思われる)状況での判断について、前もって
わかっていない。
を挙げたいと思います。
まず今の状態をきちんと治療してから今後のことをゆっくり考えてもらうこと
としたいですね。
これが実際にあった症例であれば「何らかの呼吸器感染+ARDS+急性
腎不全」症例のような気がするのですがいかがでしょうか?。
CO2の上昇がわかりませんがサウナにずっといればCOPDにそっくりな?
換気障害が出るのかもしれません。
とすれば気管内挿管+IVH+HD(CHF?)などの全身管理を積極的にしながら
抗生剤投与等を考えるのでしょうね。この患者さんがもともと非常な低栄養で
あったり、ひょっとして慢性呼吸器疾患があったりすれば救命したものの寝たきり
or人工呼吸器がははずせないor気管切開要、なんかになることもあるでしょうから
こうなると医学的にも社会的にも倫理的にも問題が生じるでしょうが、僕はこの
患者さんが”集中治療をきちんとすれば元気になる”と信じたい?ので
気管内挿管を含め積極的にするだろうと思います。
ただ、挿管する!と断言しにくいのは、数行上に書いたような転帰を
取った場合に、どこで治療を打ちきるかの判断のほうが最初に救急
外来で挿管するかどうかを判断するよりはるかに難しいことですので。
あと医療費の問題もありますが、これはMSWさんに福祉のほうから
何とかならないかがんばって?もらうのも良いかなとおもいます。

----------------------------------------------------------------------------
症例4について

この場合も基本的には同じ考えです。がちょっと状況が違います。
1)定期通院しており、担当医も生活背景を含め良く知っているであろう
2)夫の死に付き添った経験から、自分の考えを持っているであろう
3)現在相当自覚症状が強いものの、以前からの日ごろの思いを
きちんと今でもきちんとあらわしているであろうと想像される。
というのが理由です。

ただ、適切な抗生剤が投与されれば治癒する可能性も大いにあると考え
ますので・・・、
実際には、入院治療をすれば良くなるみこみがあることともう一度きちんと
伝え(できれば酸素投与によって自覚症状がほとんどなくなった状態で説
明できればベストか?)たうえで決めてもらうようにすれば、と思います。
医師(または他のスタッフ)は本人の以前の意思にかかわらず、
一応入院治療するように説得する感じできちんと説明すべきでしょうね。
(無理やりするぞ、という態度ではいけないですが)

それでも入院を拒否された場合には、担当医にはかなりきついこと、通常
やりにくいしかたかもしれませんが、
在宅で酸素吸入(在宅酸素療法HOT、としてではなく)する。毎日往診して
抗生剤投与、SatO2、ガス分析(可能なら)で経過を追う、ことができれば
いいのでしょうか・・・。
いずれにせよ、以前に「もう病院には行きたくない」と言っていたからと
いってそれを根拠に医療者側で簡単に決めてしまってはいけないと感じます。
あくまでも本人の”現在の”意思を、できるだけきちんと考えられる状態まで
持っていって(この場合には酸素投与、ということになりますか?)再度確認
することが必要で、加えて医療者側は最初は積極的に治療をすべきでは
ないか?というスタンスでやや説得するかたちで接すること、ただし、本人
の意思が固い(入院治療しないことで)ことがはっきりしたら、できるだけ
その方向で考える、そのときにはスタッフ側にはかなりの負担が生じる
かも知れない、といったところです。

ちょっと優等生の答えみたいであり、僕の前に実際こういった患者さんが
こられてもこのようにきちんと?できるかどうか不安ですが、でもこういった
気持ちを持って患者さんに接することは重要であると思います。



山田健志さん(北病院内科) 

症例3のサウナ暮らしの若い男性の呼吸不全のケースでは
(我々の価値判断を押しつけてはいけませんが、)
若い人が身よりもなくサウナ暮らしをしている事情だけでなく
いくら苦しいにしても、生命に対する執着が乏しい印象があり、
内因性精神障害(多くは治療可能)についての検討も必要です。
しかしその判断にはあまりに時間が切迫しているため、
1)医学的適応を2)患者の意向より優先させることに
あまり躊躇しませんし、とにかく救命が必要と思います。
3)QOL、4)周囲の状況について考えるには、治療が落ち着いてから
でないと、かなり判断材料が限定されることが予想されるため、
本人の意思に反して治療を行うこともやむを得ないと考えます。

一方症例4の肺癌が疑われる身よりのない高齢女性のケースは、まず
1)医学的適応には、少なくとも臨床病期U以上の肺癌としても
小細胞癌/非小細胞癌かどうか、あるいはステント(気道狭窄を拡げて
窒息を予防する手段)の適応なのか気になりますが、少なくとも
酸素などの医学的治療に反応しており、全身状態から
今後の方針を本人と話し合う時間はありそうです。そこで、
2)本人の意向として、もともとかかりつけの患者さんで意志表示も
明確であり、精神的・法的にも判断能力が十分保たれた上で
「診療所で診て欲しい」「慣れた先生に苦痛をとってほしい」
あるいは「家で一人では不安」なのかもしれません。
3)QOLもPS(一般状態:癌患者のADL等を表す指標で、
0:社会活動制限なし〜4:ADL全介助の5段階に分類)が
現段階でPS3以下としても、もともとADLが自立しており
肺炎の治療によりPS2以上にまで戻れば、在宅に戻れる可能性が
ありそうです。しかしさしあたってどこで療養するかの問題は、
4)周囲の状況として、近くに身よりもなく無床診療所だとしても、
その地域に24時間巡回訪問システムあるいは、治療方針について
気軽に相談できる入院施設が近くにあるかどうかによって、
変わってくると思います。
とにかく(患者の状態が許す範囲で)よく話し合うことによって
2)本人の意向と、1)3)4)含めてその地域でしてあげられること
の間のすり合わせが必要と考えます。



仲田浩之さん(島根県内科開業医)

過疎化が進む地方の内科系開業医であり、4)のような症例をしばしば経験します。
そして、そのたびに悩みます。

いろいろ異なった考え方もあるかと思いますが、このケースの場合、与えられた在宅
医療環境下では入院していただくしかないように思います。
理由は以下のとうりです。

1) 肺癌らしい陰影が見られたとしても、現在得られている情報では肺炎が最も考
えられ、当然これは十分な抗菌療法で治癒可能であること。

2) しかしながら、在宅では十分な治療・療養環境がが確保できないこと。点滴を
一日数回行うとして誰が抜針するのか。(丁度いま問題になってますね。)食事の世
話は誰がするのか。酸素投与はすぐに継続できるのか。

3) 治癒可能な疾患(ないしは病態)にもかかわらず、不十分な治療・療養によっ
ては、life threateningになることが容易に予測されること。

4) > 日頃から診療所の医師に「先生お迎えが来たら楽に行かせて下さい。
> もう病院にはいきたくない」と話しておられた
 患者さんが心配していることは”お迎えがきたら・・・”という前提があっての
ことですが、今回の場合は本当に”お迎え”がきたのでしょうか。肺癌があるのかど
うかはまだ分からないわけで、そこのところが患者さんに本当に理解してもらってい
るのか気にかかります。ただの肺炎(治癒可能な病態)だけでも絶対入院を拒否され
ているのでしょうか。

1)−3)はこの患者さんが、純粋に医学的立場からみて入院の絶対適応であること
を示しています。

次に、4)は、十分な説明がなされていないまま、患者さんが入院を拒否されている
可能性を示唆しています。現在の病態を患者さんに理解してもらわずに(もらえず
に)、このまま在宅で治療を続け、結果が思わしくなかった場合、倫理的というより
も医師としての責任が問われるようにも思います。

在宅でも充分治療が可能と判断できない以上は、あくまで入院をすすめる以外に選択
は無いように思います。

”未必の故意” (罪を犯(おか)そうという意識はなくても、自分の行為(こう
い)が罪を引き起こすことになるかもしれないとの認識があり、それでも構わないと
思って、行為に及んだ時の心理状態をいう。)というのはオーバーですが、当然悪い
結果が予測される場合に、それを避ける方法・手段をとらない(とれない)のであれ
ば、それを行わない(行えない)理由に正当性が求められるのであり、今回のような
ときにも最大限の努力(説得)(相談)(例えば地域の民生委員の人と連絡するな
ど)が
要求されていると考えます。

もし、そんなことはすべてやった上で、”さあ、どうするのか”というのが今回の
テーマなのでしょうか。

とすれば、それは患者さんの死に方(=生き方)の問題であり、医師個人の哲学を無
理に押しつけることはできないわけで、在宅もやむをえないかなと思います。自殺を
幇助するわけではないのですから、十分な説明を行いそれを理解、同意した上での選
択であったなら、倫理的に医師が責めを受けることはないと考えます。丁度宗教的理
由で輸血が拒否されたときと同じように。少なくともカルテにはそこらあたりのいき
さつを、詳しく記載する必要は当然あるでしょうが。



三谷一裕さん(大阪市開業医、循環器専門)

ケース3は、心不全なのでしょうが、
それが、どのような原因であるかが重要です。
おそらく弁膜症か拡張型心筋症だろうと思っていますが、
循環器専門医でないと、診察所見だけでの診断は無理かもしれませんね。
このような時に役に立つのが私が考えたアプローチ法なのですが、
4月に発売予定が、
なんと、昨日(25日)最終校正が送られてきました。
6月28日の午後7時30分に
南江堂の方が三谷医院まで来られるそうで、
そのときに、いつ頃に発売になるか詳しく伺っておきます。
さて、もう一つ問題は、挿管をするかどうか。
私は、こんなに暴れまくっているのなら、
たとえ二酸化炭素があがってきていても、もう少し待ちます。
挿管するのなら、意識レベルを下げてからです。
とりあえずは、ファーラー位、酸素吸入、利尿剤などの
一般的な心不全の治療と、
感染症がありそうですので、
出きれば、一連の培養検査の後、
点滴の中に抗生剤を入れて経過観察ということになります。
ただし、これら一連の治療を黙ってすることは絶対にしてはなりません。
まず、
「絶対に助かるから、治療を受けて欲しい」
ということを繰り返し言うことが必要だろうと思います。
患者さんに安心を与え、自ら治療を受けたいという気にさせることです。
そして、患者さんが落ち着いてきたところで、
ゆっくりと病歴、家族歴(同時に身内の人たちがどうしているかも聞く)、
患者さんの人生についても、
語られるに任せたような形でしっかりと聞くことです。
「この先生は自分の味方だ」
と思わせることが大切です。
----------------------------------------------------------------------------------------------------
次第に時間がなくなってきましたので、
ケース4についてはポイントだけ書いておきます。

じっくりと話し合うことです。
入院の必要性もしっかりと話し合えば理解してもらえるはずです。
自分の患者さんに最も適切な医療を受けてもらうことが
かかりつけ医のしごと。
もちろん、自分が引き続き見ることが一番よいと考えたなら
その場合はそのようにすることは当然です。
また、時には、今年の1月のように、
どの病院も満員ということもあって、
入院できないこともあるわけで、
そのときは、私も在宅で全力を挙げたことは既にここに書いたとおりです。



白浜雅司(佐賀県三瀬村診療所)

倫理問題へのさまざまなコメント有難うございます。
皆さん現場で実際に診療しておられる方々で反応もリアルですね。
こういう臨床に根ざした医療倫理の普及が私の研究教育のテーマですの
で本当に感謝です。でもこれらのコメントを頂くときちんと臨床をやっ
ている先生方は特別教育なんか受けなくても現場で倫理的な視点も入れ
た判断を身につけておられるのだなと感じました。
7月末の医学教育学会で必修コースとなった佐賀医大の臨床倫理教育
(学生が臨床実習で感じた倫理的な症例を持ち寄って討議するもの)
の報告をする準備をしているのですが、もともとこのような倫理的な視
点に興味を持つ学生と関心のない学生がいて、後者の学生からはどうせ
結論は出ないのだから倫理的な視点を考えても仕方がないというような
意見がでます。どうしたらそのような学生に考えてもらえるか、考える
ことが意味があると感じてもらえような授業ができるかが課題です。
そんなの医学部受験までの問題だという意見がありますが、そういう学
生を合格させて、医師として送りだす医学部の責任はないのかという気
がします。新しく国家試験で医療倫理の問題が出されるとのことですが、
臨床の現場の匂いがする少し悩むような問題を作ってほしいものです。

このような臨床倫理の教育も大学病院での実習よりも地域の病院や診療
所での実習の中での方が患者の人生が見えて考えやすいのではないかと
思います。そのあたりも入れて救急外来と地域のかかりつけ医の対応と
いう2つの症例を対比して出しました。やはり一膳のお客さんとなじみ
のお客さんではそれまでの信頼関係や患者の背景情報の有無から当然対
応が違ってきますよね。

さて私なりの感想ですが、
症例3については救急の対応で、確かに三谷先生が言われるような臨床
診断能力が問題になるでしょう。
多分そうだったのでしょうが、きちんと診断がつく前に学生のその病院
での実習が終わったようでわからないのですが、対応としては救急処置
で時間をかせぎながら、医療スタッフがこの方の味方であることを理解
してもらいながら、病歴や社会的な状況を知ると言うステップが必要で
しょう。確かに救急で時間がない、また背景のわからない時の対処につ
いては、外国のBioethicsのテキストでも例外なく医師の処置を認めてい
ます。ただその忙しさの中で医療的問題だけでなく、患者自身にとって
の病気の意味を知ってもらう手続きが大切なのですよね。

症例4についても皆さんのコメントの「お迎えが来た」という言葉の真
の意味ですよね。急性喉頭蓋炎であえぎ呼吸をしながら「お迎えが来た
からこのまま診療所で見て下さい」といわれた80才の女性の患者さんに
「この病気はきちんと大学病院で治療すれば良くなるよ。本当のお迎え
だったらその治療をしても良くならないから、とにかくすぐ救急車で送
るから」と無理矢理送って、抗生剤治療と化膿創の切開手術で回復し、
3年後の今でも元気に診療所に通っていきている方がいます。
でもそれだけ強く言えたのもそれまでの患者さんとの関係があったから
でしょう。

今後本当にコミュニケーションがとれている「かかりつけ医」の存在が
患者さんの自己決定の上で大切になると思います。
ただ実際にはこのようなかかりつけ医を持たない患者さんの方が多いの
が問題なのではないでしょうか。



臨床倫理のページにもどる
白浜雅司のホームページの表紙にもどる

 それぞれの症例にコメントのある方はぜひぜひ下記の私のメールアドレスにコメントのメールをください。
またメールアドレスを教えていただければ、次回より検討する最新の症例をこちらからお送りします。

(連絡先)
白浜雅司
E-mail:HQC00330@nifty.ne.jp
〒842-0301佐賀県神埼郡三瀬村大字三瀬2615
三瀬村国民健康保険診療所
TEL0952-56-2001、FAX0952-56-2912