1999年度臨床倫理討論

症例2) バイアグラの臨床倫理的問題



内科専門医以外の方のコメント


(症例提示)

今回最近話題になっているバイアグラという薬の使い方について
内科医や救急の医師の間で問題になっていることについて皆さん
のご意見を伺いたいと思います。
3/24にバイアグラという世界的な勃起障害の薬が日本でも発売され
るようになりました。私も最近知ったのですが、勃起障害というの
は40才台で20-30%、50才台以上では年令に%をつけた数の患者が
いるそうで(ただし70才台で勃起しないというのを患者とするか
どうかは問題なのですが)、アメリカでは発売後8ヶ月で300万
人の方が飲んだそうです。確かにセックスはその人のQOLに関係する
大切な要素で、このような薬が出ることで生きがいを感じる人も多
のでしょうが。

ところがこの薬は狭心症の特効薬ニトログリセリンと併用すると
急激な血圧低下を招き死亡することさえあり、アメリカで既に数十
名の方が亡くなっています。
では救急外来の医師が胸痛できた男性患者全員にあなたは24時間
以内にバイアグラをのみましたかと聞けるでしょうか。
特に救急の現場ではプライバシーなんてまずありませんし、また恥
ずかしがってきちんと答えてくれないかも知れません。あるいは意
識がない状態で運ばれてくるかもしれません。救急や内科の医師は
そのような事態を心配しているのです。

最初に処方してもらう時に医師がきちんと薬の副作用について説明
すること、狭心症発作が起きた時にはニトログリセリンは飲めない
こと、他人に譲渡しないこと、バイアグラを飲んでいることを他の
かかりつけ医や、パートナーに伝えておくことなどの注意事項を確
認することになっていますが、このような微妙なことをきちんと説
明する場所と、時間が一般の病院や診療所の外来で確保できるか、
また患者さんがきちんと守ってくれるかどうか不安です。
セックスパートナーにバイアグラを飲んでいることを話す方がどれ
くらいおられるでしょうか。AIDSの時もどれくらいパートナーに感
染の事実を伝えているかというと同じような問題ですが。
ただこの薬の場合は死ぬのは患者自身で他の人には危害はおよぼさ
ないわけですから、患者の自己責任ということで患者用のパンフレ
ットを読んでから薬をのみなさいというだけで医師の仕事は終わり
としてよいのでしょうか。
皆様がたのご意見をよろしくお願いします。



佐々木香織さん(英国Lankaster大学、社会学)

面白い症例ありがとうございます。とはいえ、男の人の「性」への執着と欲求は女性
陣の理解を超えるところなので、どこまでこの質問に応えることができるのやら。女
性の「若返り」「痩せ薬」「しわとりクリーム」とかと同列に考えていいのでしょう
か?

男性の勃起能力、性器の大きさ、勃起状態の持続時間を非常に気にして、これが女性
に好かれる要因だと盲信している「神話」に、どうこたえることやら。世の女性は男
の「性欲」と事実無根の性にまつわる盲信にへきへきしていて、多少「枯れてしまっ
た」ほうがいいと考えている20代後半から30代の女性が多いのを、世の男性たちは知
らないですよねえ。25歳を境にそういう女性が少しづつ増えてくるの、先生は知りま
せんか?私の周りでは少なくともそういう傾向です。

そんなことを含めて、近代化以降の社会、ことにアメリカ社会の、「若さ」と「性」
の神話が、禿薬、バイアグラ、エステティックサロン、しわとりクリームなどの化粧
品、の医薬品開発の原動力となっているのは確かです。こういう社会を考察しない限
り、問題解決はないのかもしれません。根元を断たない限りはっきり言ってバイアグ
ラの不法・説明書無視の服用は止まらないのでは?

とはいえ、医療現場ではどう対応すべきなのか、疑問です。腹上死してまで、性交を
したいのなら何もいえません。うーーん。昨今の男性ってどうしてそれほどまで、「
性」にこだわるのでしょうか?翁というか、好々爺になってくださるとありがたちの
ですが・・とほほ。

ともあれ、バイアグラとQCLとの関連を少し教えてください。

それではまた。



松尾智子さん(九州大学法学部大学院生、元看護婦) 

さて、バイアグラの件ですが、私の意見は以下のようになります。

(1)そのようなバイアグラの副作用を知りつつその薬を認めるというのは、問題で
あるということ  です。バイアグラの副作用は、どれほど明確になっているのでし
ょうか。また、どのような意図で、この薬剤が、男性の性的不能治療薬として一般に
処方しうるものとなったのか、ということがわからないのですが、単に利益優先とい
うことであるとすれば、重篤な副作用をもつ薬品を単に私的利益向上の目的で販売す
るというのは、危険だと思います。強力な効果があることは、プラスにも、マイナス
にも働くことが少なくありません。1年程度で、数十名の死亡者が出ているというの
は、十分重篤な副作用といえるのではないでしょうか。
(2)処方する段階で、患者の既往歴を十分聴取し、副作用が生じうる可能性のある
人に対しては、処方しないということも必要なのではないでしょうか。さらに薬の副
作用については、もちろん十分説明することが大切です。
(3)このような状況が進めば、患者が死亡した場合、家族による、医師または薬品
会社の過失に基づく、損害賠償を求める訴訟の可能性もあります。これではソリブジ
ン等の薬害と同じことを繰り返す危険性は目に見えています。このことを考えても、
この薬剤自身が本当に信頼に足りるものであるかを、慎重に検討する必要性があると
思われます。
(4)救急の現場で患者がバイアグラを服用したか否かが問題になるのは、狭心症等
でニトログリセリン投与の必要性が出てくる場合でしょうか。これについては、本人
に意識がある場合は、命に関わるのですから正直に話してもらうことが必要ではない
でしょうか。これも、処方時に前もって可能性として説明しておくべきではないでし
ょうか。意識がない場合でも、服用がわかるようにする必要があるかもしれません。
最悪の状況が起こり、それが本人の責任としても、服用する本人は自分にそのような
ことは起こらないという楽観視をしている場合が少なくありません。そのような軽率
な服用(軽率でない場合が、どれほどあるのか疑問ですが)をさけるためにも、薬剤
についての慎重な処方が要請されるのだと思います。

気がついたことは以上です。また何かあればご連絡いたします。



佐賀新聞『時言』         掲載日1999年01月09日より

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〈バイアグラ〉

男性の性的不能の治療薬として米国で開発され、各国で昨年のビッグニュースに数え
られたほど売れた、話題のバイアグラが、今月中にも国内で正式承認される。
申請から半年という異例の速さで決定された背景には、インターネットによる個人輸
入や海外渡航で国内への持ち込みが増え、混乱が生まれているという事情がある。昨
年夏には服用した男性が亡くなった。
米国でも医師の診断を受けた上で服用したにもかかわらず、副作用で昨年十一月まで
に百三十人もの男性が死亡している。大いに危険な薬なのだ。厚生省としては、野放
しにしたくなかった。このスピード審査も狭くなった地球効果の一環だろう。
グローバルな科学技術の波がどんどんローカルな文化を浸食する。ここでバイアグラ
が現れるはるか以前、日本やアジアの文化は性的不能に関してどんな対応をしていた
か、考えるのも悪くない。
中国古代の養生書「黄帝内経素問」には、年齢に応じた性行為の回数が示してある。
当然のように中年を過ぎた男性にアドバイスされる回数は少ない。老年に近づくと性
欲は衰えるのが自然であり、枯れていくのが理想だというアジア的な人間観の表現な
のである。
昔も、もちろん漢方や針きゅうといった医療的な措置があったとはいえ、不能対策の
最大の決め手は、一言で言えば「思いやり」であり、「あきらめ」と「いたわり」だ
った。特効薬など夢想できず、人間関係という最良のテクノロジーを通して、病と老
いを抱えた男女は、新たな優しさの関係を生き直そうとしたのである。
医療の力が拡大した近代になっても、われわれの文化はそのような時代の記憶を持ち
続けてきたと思う。不能は、精力おう盛な状態ではないが、病気というより、ちょっ
とした体の変化だと納得して生きようとした。
今や魔術的な力を持った薬が登場し、不能は立派な病気になったのである。果たして
バイアグラの文化は「あきらめ」の文化より、私たちを幸福にするだろうか。
(博)



白浜雅司(三瀬村診療所)

わたしもこのお二人のご意見佐賀新聞の時評のように、やみくもに勃起機能の低下を
病気として薬を(それも副作用の強い薬)を使うことには、抵抗があります。


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