症例9)癌告知の問題

50歳 男性

 頚部の激しい痛みを主訴に病院を受診。入院後の検査結果より腎細胞癌の頚椎
及び左副腎転移と診断され泌尿器科に入院したが、腎細胞癌については転移もあ
り、根治手術の適応はないと判断され対症的に治療されることになった。病気の
内容については妻の希望で告知されなかった。予後は良くて3ヵ月と思われる。
 その後、化学療法、免疫療法がおこなわれたが、原発巣、転移巣の縮小はみら
れなかった。また頚椎に対して放射線療法が行われたが、痛みは増強し日常動作
も行えないほどになった。そのため、脳外科に転科して外科的に頚椎固定術行わ
れた。患者には首の方の神経が圧迫されていたのでそれを除く手術をすると話さ
れた。

 術後、頚部の痛みは減少し歩行も可能になったが、頚部の可動性は大幅に制限
されることになった。患者本人は早期の退院と職場への復帰を希望しているが、
全身状態が悪く退院すら不可能かもしれない。妻は告知には反対しているが、だ
まし続けることにも疲れてきている。

<討議したいポイント>

1、告知は必要だろうか。告知をした場合のメリットとデメリット。
予後はどうせ悪いのだからこのまま曖昧にしておいたほうががいいのだろうか。
しかしだまし続けられるだろうか。

2、告知を行いたいとき、家族の反対があれば医師はどのように対応すべきか。

4分割法による症例の分析
1;医学的適応
 1)診断と予後
  腎細胞癌(頸椎、左副腎転移)、予後は悪く数カ月で亡くなる可能性もある。
 2)治療目標の確認
  頚部痛の軽減
 3)医学の効用とリスク
  頚椎の骨破壊が進行しているため疼痛軽減に頚椎固定術は有効と考えられる
 が頚部の可動性は大幅に制限される。
 4)無益性
  治療の無益性は無いと考えられる。

2;患者の意向
 1)患者の法的判断能力
  十分にある。
 2)インフォームド、コンセント(コミュニケーションと信頼関係)
  患者本人に告知はされていないが、治療には前向きで医師、患者関係は良好
 である。
 3)治療の拒否
  医師の指示に従い治療を拒否することはない。
 4)事前の意思表示
  告知されてないため致死的な疾患とかんじていない。そのため特に意思表示
 はされていない。
 5)代理決定
  患者の妻

3;QOL
 1)QOLの定義と評価<BR>
  痛みで寝たきりの状態であったが、治療で歩けるほどになった。しかし頚部
 が動かないことに不満があり、それほどよくないと考えられる。
 2)誰がどのような基準で決定するのか
  患者本人は早期退院と職場への復帰を強く希望。
 3)QOLに影響を及ぼす因子
  疼痛、入院期間の延長がかんがえられる。

4;周囲の状況
 1)家族や利害関係者
  娘二人の四人家族。長女はすでに結婚し、次女は高校三年生で就職を控えて
いる。介護は主に妻がおこなっている。仕事は兄と共同で飲食店を経営している
が入院で仕事ができないことを心配している。
 2)経済
  経済的には兄の援助もあり問題ない。
 3)守秘義務
  守られている。
 4)施設方針、診療形態
  問題ない。
 5)法律
  問題ない。

<討論>
1)告知をした場合のメリットとデメリットについて
 このケースの場合、患者の全身状態は悪く、告知に反対していた妻も隠し続け
ることが辛そうであり、これ以上嘘をつくことは難しくなってきている。そのた
め告知は必要であろうと考えられる。
 告知を行ったときのメリットとしてあげられるのは、残された時間を患者自身
が自分の意向に従って過ごすことができるということである。仕事のこと、のこ
される家族のことなど死を自覚して初めて問題として考えることはたくさんある
であろう。また、これからの治療は対症的なものになるであろうがホスピスへの
転院を含めて一生をどこで終えるか、という問題は患者にとっても重要なことで
あり、そのことを患者自身に決定させることは無価値であるとは思われない。患
者が正しい認識に基づいて自分の人生を自分なりに生きる、というメリットにま
さるデメリットを考えることは容易でなく、そのことで不幸なことが起こったと
しても真実を理解しながら自分の最後を自分なりに生きることは無価値であると
はいえない、という強い意見もみられた。
 告知のデメリットとしては、精神的ショックから人生への希望を失うこと、さ
らに嘘をついてきた家族や医師と患者との人間関係が悪化することが考えられる。
それらを回避するためにも告知後の患者のケアは重要であろう。
2)告知を行いたいとき家族の反対があればどのように対応すべきか
 家族が告知に反対するのには、なにか理由があってのことであろうから、その
理由を聞き、そのことでしっかり話し合う必要があると考えられる。もし、それ
が漠然とした不安のようなものであれば、さらにその必要性はますだろう。また
患者自身の考えを知ることも重要であり、告知に対してどのように考え、また患
者が告知に耐えうる精神状態であるのかを客観的にみる心理テストやアンケート
のようなものの導入について議論された。

<まとめ>
医師が患者に対して真実を話すことが本来の原則であり、患者は自分の置かれて
いる状況を正確にしる権利があると考えられる。またそれを望む人が増えている
のも事実である。法的にもインフォームド・コンセントの重要性から告知が進む
であろう。しかし、一方で
告知を望まない人も中にはいる。もし、患者の気持ちを把握し、それを尊重しよ
うとすれば、入院時、告知されることに対しどのように考えているかアンケート
を行うことは有効な方法であると思われる。いずれにしても、患者の意志を残さ
れた時間とその生活に反映
させるためには告知は必要である。そのため、今後問題となるのは告知の仕方や
告知後のケアではないだろうか。

まず告知の仕方であるが以下のような注意点があると考えられる。
1)家族の一人か親しい友人の一人を同席させるべきである。
2)癌の診断のような深刻なニュースを聞いたならば、混乱して十分に理解する
ことが困難になることが予想されるから、告知の冒では患者および家族に心の準
備をさせるような発現を準備しておくべきである。
3)癌の診断のような深刻なニュースは、慎重に選ばれた簡単な言葉を用いて率
直に伝えるべきである。医学用語は必要ない。
4)癌の告知は、意志・患者関係が確立してから行われるべきである。
5)癌の診断を述べた後、患者の反応をみるためにも数分間沈黙することが重要
である。事をせいては患者の感情の点からも望ましい結果は得られない。
6)癌の診断を述べた後、患者および家族は、質問するものもいれば、しないも
のもいるができるだけ質問を促し、意志疎通を図るべきである。
7)質問に対する回答を述べた後には、繰り返し、聞いたことを理解したかどう
か確認すべきである。
8)告知のための会合を終えるにあたって、これまでに述べたことをまとめるこ
とが重要である。また最後に、今後の治療方針について簡単に述べるべきである。
9)告知にあたって、情報をあたえることと同様に重要なことは、患者の心理的
反応を和らげてやることで、そのためには、感情を表してよいことを明確に述べ
る必要がある。
10)癌の告知では、すべてを話そうとしないことが必要である。基本的な事だ
けを話しそれ以上は患者の気分が落ち着いてから話すべきである。そうしなけれ
ば、患者は話しを聞いても理解できないからである。
このように十分に注意し告知をおこなったとしても、患者は告知後、精神的ショッ
クをうけ、不安やかなしみから、無力感に陥ることが予想される。

告知後の癌患者を含む臨死患者の心理状況の分析はキューブラー・ロスの分析が
有名である。これは、臨死患者の心理状況を5つの段階に区分したもので、
(第1段階)否認と孤立の状況
患者は死が不可避であるという現実を否認し、孤立感にさいなまれる。
(第2段階)怒りの状況
直面する救いのない人間としての限界に対する怒りの状況。
(第3段階)取り引きの状況
あらゆるものと引き替えに生命を維持しようとする。
(第4段階)抑うつの状況
体力の衰弱によるところもあるとされる。
(第5段階)死の受容
といったものである。

人はかならずしもこのプロセスで死を受け入れるわけではないが、この分析は臨
床の医師にもほぼ受け入れられたものである。このような心理変化を把握したう
えで告知後の患者を精神的にケアしバックアップする必要があると考えられる。
そのためには医師だけでなく、カウンセラーのような第三者の介入も重要であろ
う。末期癌患者のような重い精神的ストレス下に置かれた人をケアするには一人
の医師では困難であると考えられるためである。また医師自身も末期患者医療に
あたる際の特別な教育をう
ける必要があるだろう。そうした十分な精神的ケアを行う準備があり、実施する
ことができれば、告知による自殺といった最悪の事態は最小限にふせげるのでは
ないだろうか。また告知後の患者をきちんとフォローするスタッフがそろってい
れば告知に反対する家族も説得しやすくなるだろう。