(症例11)
48歳男性、アルコール依存症のによるの患者への治療
 
患者は48歳の職人。酒好きで毎晩かなり飲んでいた。酒を飲むと短気になり、
 アルコール依存症と思われた。家族は妻と4歳と6歳になる娘がいて、彼に酒を
 やめるように頼み、アルコール中毒の治療のために病院に行くように頼んだが、
彼は怒って病院へ行こうとはしなかった。
 ある日彼は飲んでいて意識不明になり、救急車で大きな私立の救急病院へかつぎ
こまれた。緊急の血液検査の結果は、GOT300、GPT250、血中アンモニア250と急
性アルコール性肝障害とアルコール性脳症の状態と思われた。最初の3時間ほど
グルコースやビタミンなどのアルコール性脳症への治療や、肝障害に対してラク
チュロースなどが投与されたが、意識障害は改善せず、(最後の手段として)
緊急の血液透析が始められて意識は回復し、約1ヵ月の入院後、退院となった。
退院時に主治医から患者に「酒をやめること」と「2週間に一度の外来に受診
すること」が話され、患者も同意した。
しかし、この患者は定期的な外来受診はせず、約2ヵ月後同じ様な症状で救急外
来へ運ばれて来て主治医は同じ様な治療を行い、また約1ヵ月で退院となった。
しかしこの退院の後、アルコール性肝障害に対する複数回の透析は、この地方の
健康保険の審査会で保険適応外であることがわかった。またこの患者は会社を首
になって、生活保護を受けていた。
この私立病院の事務長はこの主治医に「今後この患者の透析を病院で負担するこ
とはできない。もし彼が同じ状態できた場合はグルコースやビタミンやラクチュ
ロースなど保険が通る通常の治療をやってください」と言ってきた。
(もし、透析の自己負担をした場合、1回10万から20万のお金がかかる。)

さてこの主治医はどうしたらよいでしょうか。



まずこの症例について、いくつか質問がありました。このことについては症例の
検討にとって大切なことですので、私なりに補足しておきます。
『』内が私からの回答です。

1)蔵田    伸雄(京都大学、哲学)

そこで今回のケースですが、ちょっとわからないことがあるので、コメント
というよりも質問をさせていただきます。Eubios Journalに原稿をお出しにな
る際には、以下の点について補足されれば、ケースの問題点がより明確にな
ると思います。
私の疑問は以下の点についてです。
 

まず疑問点の一つ目ですが、このような症例では透析を行わなければ患者の意識
は戻らないものなのでしょうか。患者の意識を戻す他の方法はないのでしょうか。

『このことについては、そのときのその病院にちょうど透析の機械が入っていて
担当の泌尿器の先生が困っているのを見て、透析が効果があるかもしれないとい
ってやってくれて改善したということだったように記憶しているのですが。』

このような場合に透析が効果があることは、救急医の間では常識だというわけで
はないのですね?

『常識ではないというのは語弊があります。通常の急性アルコール治療では点滴
でアルコールを流し出すことがまずやられますが、それでも効果がないときには
透析が効果があるということは救急のマニュアル的なものにはきちんと書いてあ
ります。そのとき血液中のアルコールの濃度が測定されれば透析をやるという適
応がはっきりするでしょうが、そのような施設は大学病院など一部の施設に限ら
れます。またこのケースではアルコールによる肝臓障害もあって、効果があった
のだと思われます。』

それから疑問の二つ目ですが、透析の費用を患者の家族(妻、または本人の親・
兄弟、妻の家族など)が負担するとしたら、その費用はどのくらいになるので
しょうか。数万円単位なのか、数十万円単位なのか、数百万円単位なのか、そ
れによって対応がかわってくると思います。数万円単位なら少なくとも家族や
親族の負担に期待して、三回目の入院では透析を試みるべきでしょう。しかし
数百万円単位なら、家族の負担には期待できないでしょう。

『このことについては小原一朗さん(透析医)からコメントがありました。
前回の肝性脳症の例についてですが、肝性脳症(肝性昏睡)の治療としては
吸着式血液浄化法(direct hemoperfusion)が現在は保険に通っていると思いま
す。(アサヒエマース社のヘモソーバなどの活性炭コーテイングの膜で吸着
する−手技料は2000点、つまり20000円、器具代が72000円です。)(アンモニ
アの除去だけなら普通の血液透析でも除去されると思います。)
また肝不全に対しては全血漿交換、二重膜濾過血漿交換、血漿吸着療法があり
ます。最近は、術後肝不全、高ビリルビン血症などに対してビリルビン吸着を
するために血漿吸着療法がよく用いられると思います。(血漿交換の手技料は
5000点、つまり50000円、血漿吸着療法器具代が127000円します。)
 またこういった血液浄化法を使わない方法としてはご存知の様にアミノレバン
の点滴、ラクチュロースの注腸、(グルカゴン、インスリンの注射)などがあ
ると思います。
 簡単ですがご報告させて頂きます。
ということで、ここでは保険が通る場合を想定して書いてありましたが、自費
で払う場合は1回10万から20万かかる計算になります。

さらに第三の疑問点ですが、「この地方では保険適応外」であるということは、
他の地域では適応可能ということなのでしょうか。保険が適応可能な他の地域
の病院への転院は制度上無理なのでしょうか。
『可能ではあると思いますが、でもこのような症例はずっと高額医療者として
保険組合がマークしているので、次の病院でも同じことが起こると思います。』

コメントというよりも質問になってしまいましたが、御参考になれば幸いです。
具体的な医学的知識や、保険に関する知識が私には欠けていて、いずれも無知
ゆえの質問でお恥ずかしいかぎりですが、医療従事者でない方はおそらく誰で
も私と同様の疑問をお持ちになると思います。
 

私も、先生方と同様に、「医療従事者ではない事務からの経済的な理由での介入
によって、医師は最善と信じる治療を放棄すべきか?」、「不良患者の自業自得
の結果だから判断を変えるのか」、「どうせまた同じことの繰り返しだから長期
的にはfutileではないか」などの論点があると思います。



2)浅井篤(京都大学、総合診療部)

新保先生と先ほど症例につき議論しました。「医療従事者ではない事務からの経
済的な理由での介入によって、医師は最善と信じる治療を放棄すべきか?」、
「不良患者の自業自得の結果だから判断を変えるのか」、「どうせまた同じこと
の繰り返しだから長期的にはfutileではないか」などの論点があるかと思います。

もう少し論点をはっきりさせるために、以下のことを教えていただければ幸いです。

1 わが国では健康保険加入者と生活保護のひととでは保険でのカバーが異な
るのでしょうか?

『変わらないと思います。生活保護の患者は医療券さえ役場でもらえば、健康保
健でカバーされている医療はすべて受けられるはずです。
民間病院は生活保護患者の患者のほうが、生活保護をを受けていない低所得者よ
りも医療費の踏み倒しがないので喜ぶ傾向さえあります。』

2 いままでこの私立病院は、2回ともこの患者の透析の費用を払ったのですか?

『保健で通ると思って支払基金に請求したのですが、その請求が却下されたの
がわかったのは3ヵ月後(すなわち2回目の透析が終わったあとです)でした。
だいたい日本の医療保険で支払基金からお金が払われるのはこれくらいのタイム
ラグがあります。再診請求も却下され、結局この病院が透析の材料費をかぶった
ことになります。』

3 もしこの患者に透析をやらなかった場合、患者はどうなりますか?死亡する
可能性は高いでしょうか?

『昏睡からさめず、そのまま死亡する可能性は高かったと思われます。』

4 もしこの患者に、3回目の透析をしたら、この医師はどうなるのでしょうか?
首ですか?なにがしかのペナルテーがあるのでしょうか?

『首にはならないでしょうが、透析の材料費くらいは払わされる可能性はあります。』

5 誰がこの患者をこの病院に運んでくるのでしょうか?家族でしょうか?

『いつも救急車で運んで来られていました。呼んだのは家族でしょう。』

6 家族はいままでの2回の高額治療をどのように考えているのでしょうか?

『生活保護の医療券でカバーされると思っていたでしょうし、医師も2回目の透
析までは医療保険でカバーされると思っていました。』

7 同じ地域に透析可能な3次救急施設はあるのでしょうか?

『同じ地域にはありません。救急車で30分くらいの隣の行政区には大学の救急
病院がありますが、救急車はできるだけ他の行政区にはいきたがりません。
また家族がこの病院を指示すれば救急車はその病院に運ぶはずです。』



以上のような質問も参考にして症例に()内の部分を追加します。

48歳男性、アルコール依存症のによるの患者への治療
 
患者は48歳の職人。酒好きで毎晩かなり飲んでいた。酒を飲むと短気になり、
 アルコール依存症と思われた。家族は妻と4歳と6歳になる娘がいて、彼に酒を
 やめるように頼み、アルコール中毒の治療のために病院に行くように頼んだが、
彼は怒って病院へ行こうとはしなかった。
 ある日彼は飲んでいて意識不明になり、救急車で大きな私立の救急病院へかつぎ
こまれた。緊急の血液検査の結果は、GOT300、GPT250、血中アンモニア250と急
性アルコール性肝障害とアルコール性脳症の状態と思われた。最初の3時間ほど
グルコースやビタミンなどのアルコール性脳症への治療や、肝障害に対してラク
チュロースなどが投与されたが、意識障害は改善せず、(最後の手段として)
緊急の血液透析が始められて意識は回復し、約1ヵ月の入院後、退院となった。
退院時に主治医から患者に「酒をやめること」と「2週間に一度の外来に受診
すること」が話され、患者も同意した。
しかし、この患者は定期的な外来受診はせず、約2ヵ月後同じ様な症状で救急外
来へ運ばれて来て主治医は同じ様な治療を行い、また約1ヵ月で退院となった。
しかしこの退院の後、アルコール性肝障害に対する複数回の透析は、この地方の
健康保険の審査会で保険適応外であることがわかった。またこの患者は会社を首
になって、生活保護を受けていた。
この私立病院の事務長はこの主治医に「今後この患者の透析を病院で負担するこ
とはできない。もし彼が同じ状態できた場合はグルコースやビタミンやラクチュ
ロースなど保険が通る通常の治療をやってください」と言ってきた。
(もし、透析の自己負担をした場合、1回10万から20万のお金がかかる。)

さてこの主治医はどうしたらよいでしょうか。



コメント
1)蔵田    伸雄(京都大学、哲学)

(透析による診療報酬がお答えにある程度だとすると、)最低一度は透析を試みて
みて、もう一度患者が同じ症状で入院してきた場合にはまた考えるという選択が
妥当ではないかと私は考えます。少なくともこの患者が「リピーター」になる可
能性は高くても、そうなると決まったわけではないので、この患者にはできるだ
けチャンスを与えるべきだと思います。
基本的には何とかもう一度だけ治療を試みて、その際にカウンセリングを行う、
アルコール中毒の治療を受けるよう説得するといった方向で考えるべきだと思
います。確率的にはこの患者が「リピーター」になる可能性が高いとしても、最
後のチャンスは与えるべきだと思います。



2)松島道人(佐賀医大 精神科医)
この記載からすると、この患者で問題になっている病態は、急性アルコール中毒
とアルコールの有害な使用(乱用)に基づく肝機能障害であろうと思われます。
救急外来に運ばれてきたとき、急性アルコール中毒と血中アンモニア値が高いと
いうことで、透析治療を行ったのでしょう。

当面の問題は、主治医はこの患者に今後も必要があれば透析治療を行いたいが、
事務長から保険適応外なので止めてほしいといわれていることでしょう。

具体的にどのような方法で透析をするのかよく知らないのですが、まず第一は透
析治療が必要であるかどうかでしょうか。
主治医の判断に従って、この患者の状態で透析治療が必要であったとしても、
おそらくアルコール性肝機能障害の病名だけでは、透析治療は健康保険の対象外
になるでしょう。
透析治療が必要な病名をレセプトに記入しなくてはなりません。
透析治療が適応とされる病名がレセプトに記載されていれば、保険適応となりま
す。
保険病名は医学的診断とは異なりますので、主治医は自分の行った治療が保険適
応となるようにする工夫が必要です。
本来は、保険病名は診断名と同じなのでしょうが、保険で適応となるかならない
かは、医学的常識とは異なると割り切る必要があり、健康保険組合が審査する保
険診療の方式に沿った工夫が求められると思います。
ここに記された内容からすると、この主治医は、透析治療が必要な身体状態であ
ると判断した場合、透析治療に対する保険診療報酬が得られれば、事務長からク
レームを受けずに、透析治療をすることができると思います。

本人に病識がなく、何度も同じことをくり返しているので、透析治療の適応がな
いということにはなりません。
この患者では、主治医(おそらく内科医)から飲酒を止めることが求められてい
て、それをどのようにして行うかが問題になると思われます。
この病歴では、アルコール依存症とはいうには症状が不足しています。
依存症というには、有害であることがわかっているのに飲酒に対する強迫的な欲
求があり、アルコールにとらわれてしまった精神状態の記載が必要です。飲酒に
基づく社会的問題行動、耐性形成、離脱症状、社会生活機能や職業機能の著しい
障害の存在も必要です。
そうしたことを患者から聞いていくうちに、禁酒への意欲の手がかりがつかめる
かもしれません。

(追加コメント)精神科医との共同作業は大切だが、すべてを精神科医に依頼
するのではなく、内科医はきちんと身体的な治療をして、このまま飲むことを
繰り返すと取り返しのつかないことになることをはっきり言うことも大切だと
いうことを個人的にうかがいました。
確かにそのような内科医の言葉だけで禁酒された症例もあります。(白浜)



3)宮坂道夫(新潟大学、法医学)

1. 主治医の指導の範囲は、どこまでなのか? 
 まず最初に、これはあくまで「アルコール依存症の治療」の問題として、生活
指導の面を含めて、この地域で利用可能な範囲で行えることを明確にする必要が
あると思います。アルコール依存症の治療とケアには、生活面での健康教育が必
須でしょうから、外来でtemporaryに患者と接触している主治医の立場ではハンデ
ィがあり、生活指導の手段と、それを共同してやってくれそうな人を探さなけれ
ばならない。見つからなければ、自分にできる範囲をはっきりさせて、「できな
いこと」を患者と家族(家族は生活指導面に関わる医療専門職---ソーシャルワー
カーなど---のいない状況では、実質上の健康教育を担うことになるため)に、き
ちんと伝える必要があると思います。私は詳しく知りませんが、アルコール依存
症の患者指導は、いってみれば患者の自律性を育てられるか否か、が大切なので
はないでしょうか。この事例のように、患者が治療に積極的でない場合には、主
治医や家族が指導性(パターナリズム)を発揮して、自律性の訓練を続けなけれ
ばならない。しかし問題は、それ以前の問題、「緊急治療である透析」を行うこ
とさえ困難になってきている状況の方でしょう。

2. 保険適用外であることを理由に一つの治療法を断ることが許されるのか? 
 たとえ利用可能な選択肢の中の一つであっても、医学上必要な(または患者が
求めている)治療を医療側が拒否することが許されるための条件があるでしょう。
文献などあたっていませんが、私なりに考えるなら、この事例では(1)利用可
能な代替療法があること、(2)患者のインフォームド・コンセント、の二つが
必須の条件だと思います。このうち代替療法(グルコースやビタミンやラクチュ
ロースなど保険が通る通常の治療)については、治療効果と医療経済の条件(保
険適用)が大きく違うようなので、病院の都合だけで切り替えることは非常に疑
問です。たんに病院が費用負担(患者が自己負担できそうにない)することを回
避したいというのが理由ならば、とくに緊急度の高い場合には、透析を行わない
ことは医療倫理上、許されない気がします。患者と事前に話し合って、この病院
(この地域)では透析が保険適用外となり、病院としては負担ができないことを
はっきりと伝えてある場合で、なおかつ患者が通常療法で構わないと承諾してお
り、さらに緊急度の高くないに限って、透析をしないことが許されるように思い
ます。

3. まとめ(というほどではないのですが)
 アルコール依存症の治療では、インフォームド・コンセントを前提とした医療
の基本である、患者の「自律性」そのものを育てることが治療の本質であるわけ
なので、医療者には通常の患者の場合よりも大きな義務がかかってくることにな
る気がします(小児患者の場合と類似している)。とくに、この患者の負ってい
るハンディの大きさを見過ごせない。まずアルコール依存症そのものが、その自
律的治療のためのハンディとなります。それから失業して生活保護を受けている
こと。これによって、透析を受ける(保険適用外でも受ける、あるいはこの地方
外のべつの病院などで透析を受ける)上でのハンディが増している。したがって
病院にとっての医療経済(あるいは、患者の「コンプライアンス」の悪さも)を
理由にして、この患者をgive up(転院など)するのは、問題にふたをすることに
なる気がします。
 ということで、主治医は大変ですが、もしこれ以上この病院での治療が不可能
と考えるなら、患者のアルコール依存症治療を考えた上で、もっとも「まし」な
選択を、患者と家族と一緒に考えるということしかないと思います。
 なんだか、ありきたりですが、とりあえずコメントさせていただきました。



4)田淵 勝彦(国立東京第二病院 内科医)

さて、この症例についてですが、日本語ですが感想を記させていただきますと、
1、たとえ本患者がアルコール依存症でも、また、同様の無益なエピソードを繰
り返しているとしても、血液透析という現在普及している治療法で、かつ、その
有効性が証明されている治療法があるのならば、この患者はその治療を原則とし
ては受ける権利を有すると考えます。
2、しかし、本症例のように実際問題としてある一つの病院で経済的理由により、
特定の治療が行えないことは十分起こりうることで、避難されるべきことではな
いと考えます。
このケースでの第二の問題は、これが病院・地域間格差にも関連していることか
と考えます。つまり、本患者はもし知らずに次回この病院に運ばれると、透析療
法を受けられず、死亡する確率が高いが、他の病院に運ばれれば透析治療を受け
られるかもしれないということです。地方で総合病院は一つしかない、とか、救
急システム上、搬入先を選べない等実際的な状況はあるでしょうが、基本的には
本人に、1,今後本院では透析治療は行えず2,意識不明の状態で搬送される場
合、本人の意志で搬入先を選択できない場合もある、ことをインフォームドコン
セントするということが実質的な態度として、倫理的にも適正であると考えます。
その上で本人が同様の行為・エピソードを繰り返した場合、死亡した場合は致し
方ないと考えます。もちろんインフォームドコンセントの際に本人の判断能力は
保たれているとしてですが。
3、最後に社会的な視点から考えると、このようなケースに日本全体として、透
析治療を行うのは資源の無駄(暗にこのような人の生命の社会的価値が他の人に
比べて劣ると定義しているようなものですが)という統一した方針をとることも
国民的合意が得られれば可能でしょう。もっとも、このような個々の問題に対し
てどうやって国民的同意を得るか、また、実際に病院間・地域間で差がなく実施
できるかが問題でしょうが。



5)萩原雄介(牧師)
 コメントさせていただくような立場ではありませんが、感じましたことを以下
に書かせていただきます。

 生活保護を受けていて、医療費を支払うことが出来ない患者さんに対して、本
人の自覚が足りないとは言え、余りにも残酷のように思います。

(1)まず、透析を続けるためには、保険が適用されないという事実を、本人ま
たは、奥さんに伝えることでしょう。そのことを、本人または、奥さんは知って
いるのでしょうか。知っているとしたら、どうしたいと願っているでしょうか。
奥さんにとっては、直して欲しいということは、当然だと思いますが、患者さん
本人の直りたいという意識が稀薄のように思います。やけっぱちになっているの
でしょうか。しかし、本人の健康に関する危機を乗り越えるためには、透析が必
要であることと、透析を続けるためには保険が適用されないことを、本人や奥さ
んが、まだ知らないのでしたら、まず事実を知らせるべきでしょう。

(2)そして、本人または、奥さんが、本人の透析を続けて欲しいという願いが
ハッキリし、その支払いのために、何とか方法がないだろうかという気持ちがハ
ッキリしているならば、ソーシャルワーカーたちに間に入ってもらい、福祉や役
所などの関係の機関に働きかけることは出来るのではないでしょうか。

 「アルコール性肝障害に対する複数回の透析は、この地方の健康保険の審査会
で保険適応外であることがわかった。」ということですが、生活保護を受けてい
るという特別の場合、例外として、健康保険の適用が認められるように、関係機
関に働きかけることは、可能ではないでしょうか。結果がどうなるかは分からな
くても、病院側としての誠意を現すことは出来ると思います。患者さんや奥さん
の承諾なしに、保険が適用される治療だけをつづけ、適用されない透析をしない
ということは、出来ないのではないかと思います。

(3)一方では、現在の本人の健康状態が非常に深刻な状態にあるということ
と、対応の仕方によっては、全治とまで行かないまでも、回復の可能性があるな
らば、本人に、そのことを伝えて、患者本人と奥さんを励まし、希望を持たせ、
直そうという強い意識、自覚を持つように、また、最悪の状態で急患として運ば
れる前に、本人が病院に行って治療をしようという意欲を持てるように、主治医
や看護婦は、指導することが残されているように思います。

(4)事務長や病院経営者も、医師や看護婦と心一つになって、患者や家族の心
の目線と同じになるようになることが必要に思います。医師や看護婦の立場と、
採算だけを考える事務長や経営者との間に、ずれが余りにも大きいように思いま
す。時間がかかるかもしれませんが、経営者側がすぐに加わらなくても、医師や
看護婦、ソーシャルワーカーたちが、自主的に、定期的に、会合をもち、意見交
換の時を持つことは出来ると思います。臨床倫理や末期医療に対する対応の仕方
に関して、特に患者の立場を考慮した対応を、病院側で、少なくとも、医師や看
護婦が患者や家族と接するとき、どうすべきかというようなことなどに関して、
意見交換の場を、勤務時間内ではないときに、持つように出来ないでしょうか。
そうしているうちに、経営者側も加わってくる可能性もあると思います。特に、
そのような患者サイドのことを一貫して充分に考慮する病院であることが分かっ
たならば、その病院の評判も高まるはずですから、経営者側が、そのような会合
の時を反対する理由はなくなると思います。

(5)この症例に関して、聖書の言葉か心に通っておりますので、引用したいと
思います(新改訳聖書)。
新約聖書・マタイの福音書12章9−21節
12:9 イエスはそこを去って、会堂にはいられた。
12:10 そこに片手のなえた人がいた。そこで、彼らはイエスに質問して、「安息
日にいやすことは正しいことでしょうか。」と言った。これはイエスを訴えるた
めであった。
12:11 イエスは彼らに言われた。「あなたがたのうち、だれかが一匹の羊を持っ
ていて、もしその羊が安息日に穴に落ちたら、それを引き上げてやらないでしょ
うか。
12:12 人間は羊より、はるかに値うちのあるものでしょう。それなら、安息日に
良いことをすることは、正しいのです。」
12:13 それから、イエスはその人に、「手を伸ばしなさい。」と言われた。彼が
手を伸ばすと、手は直って、もう一方の手と同じようになった。
12:14 パリサイ人は出て行って、どのようにしてイエスを滅ぼそうかと相談し
た。
12:15 イエスはそれを知って、そこを立ち去られた。すると多くの人がついて来
たので、彼らをみないやし、
12:16 そして、ご自分のことを人々に知らせないようにと、彼らを戒められた。
12:17 これは、預言者イザヤを通して言われた事が成就するためであった。
12:18 「これぞ、わたしの選んだわたしのしもべ、わたしの心の喜ぶわたしの愛
する者。わたしは彼の上にわたしの霊を置き、彼は異邦人に公義を宣べる。
12:19 争うこともなく、叫ぶこともせず、大路でその声を聞く者もない。
12:20 彼はいたんだ葦を折ることもなく、くすぶる燈心を消すこともない、公義
を勝利に導くまでは。
12:21 異邦人は彼の名に望みをかける。」

(1)イエス・キリストは、決まりがどうであるかによって、患者さんを放って
おいてはいけないことを述べています。
(2)また、イエス・キリストは、20節に記されているように、「いたんだ葦
を折ることもなく、くすぶる燈心を消すこともない、公義を勝利に導くまで
は。」と、私たち弱い者たちの立場を、心に留められて、少しでも、私たち弱者
が生かされるようにと心を配っておられます。これこそ、神の愛そのものではな
いでしょうか。私たちも、キリストの心を自らの心とさせていただきたいと思い
ます。

 もう一個所、心に通っております聖書の言葉を引用したいと思います。
マタイの福音書25章31−46節
25:31 人の子が、その栄光を帯びて、すべての御使いたちを伴って来るとき、人
の子はその栄光の位に着きます。
25:32 そして、すべての国々の民が、その御前に集められます。彼は、羊飼いが
羊と山羊とを分けるように、彼らをより分け、
25:33 羊を自分の右に、山羊を左に置きます。
25:34 そうして、王は、その右にいる者たちに言います。『さあ、わたしの父に
祝福された人たち。世の初めから、あなたがたのために備えられた御国を継ぎな
さい。
25:35 あなたがたは、わたしが空腹であったとき、わたしに食べる物を与え、わ
たしが渇いていたとき、わたしに飲ませ、わたしが旅人であったとき、わたしに
宿を貸し、
25:36 わたしが裸のとき、わたしに着る物を与え、わたしが病気をしたとき、わ
たしを見舞い、わたしが牢にいたとき、わたしをたずねてくれたからです。』
25:37 すると、その正しい人たちは、答えて言います。『主よ。いつ、私たち
は、あなたが空腹なのを見て、食べる物を差し上げ、渇いておられるのを見て、
飲ませてあげましたか。
25:38 いつ、あなたが旅をしておられるときに、泊まらせてあげ、裸なのを見
て、着る物を差し上げましたか。
25:39 また、いつ、私たちは、あなたのご病気やあなたが牢におられるのを見
て、おたずねしましたか。』
25:40 すると、王は彼らに答えて言います。『まことに、あなたがたに告げま
す。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひと
りにしたのは、わたしにしたのです。』
25:41 それから、王はまた、その左にいる者たちに言います。『のろわれた者ど
も。わたしから離れて、悪魔とその使いたちのために用意された永遠の火にはい
れ。
25:42 おまえたちは、わたしが空腹であったとき、食べる物をくれず、渇いてい
たときにも飲ませず、
25:43 わたしが旅人であったときにも泊まらせず、裸であったときにも着る物を
くれず、病気のときや牢にいたときにもたずねてくれなかった。』
25:44 そのとき、彼らも答えて言います。『主よ。いつ、私たちは、あなたが空
腹であり、渇き、旅をし、裸であり、病気をし、牢におられるのを見て、お世話
をしなかったのでしょうか。』
25:45 すると、王は彼らに答えて言います。『まことに、おまえたちに告げま
す。おまえたちが、この最も小さい者たちのひとりにしなかったのは、わたしに
しなかったのです。』
25:46 こうして、この人たちは永遠の刑罰にはいり、正しい人たちは永遠のいの
ちにはいるのです。」

 この中の40節と45節に心を留めていただきたいと思います。

25:40 すると、王は彼らに答えて言います。『まことに、あなたがたに告げま
す。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひと
りにしたのは、わたしにしたのです。』

25:45 すると、王は彼らに答えて言います。『まことに、おまえたちに告げま
す。おまえたちが、この最も小さい者たちのひとりにしなかったのは、わたしに
しなかったのです。』

(1)ここには、「最も小さい者たちに対して」私たちが、どのような対応をし
ているか、ということと、その結果について、キリストが述べております。
(2)それから、「最も小さい者たちに対して」すべきことをしなかったか、そ
れとも誠意を込めて、愛を込めてしたかということが問われています。
(3)しかも、「最も小さい者たちに対して」しなかったならば、キリスト
(神)に対してしなかったのであり、愛を込めてしたならば、それは、キリスト
(神)に対してしたものであるということに気づくようにと勧められています。
(4)最後に、どのように対応するかによって、神による報い(結果)を刈り取
ることになると、イエス・キリストは、述べています。

 私たちは、この症例は難問かもしれませんが、いずれにしましても、病院全体
で、愛を込めて、患者さんやご家族に接し、誠意を現すことが求められているよ
うに思います。

 以上、思いつくまま、述べさせていただきました。立場上、聖書の言葉を引用
させていただきましたこと、お許しください。



6)平田和美(開業医)

 意識不明で透析でないと意識がでないほどのアル中はきっと
腎不全を起こして居ると思はれますので,腎不全とか腎機能不全
とか病名を付けて請求して下さい!そうすれば保険は通ります!
保険の審査は地域による差別は無いのが立て前ですが,実際には
福岡県より佐賀県の方が厳しいようです!
アルコール依存症に間違いないようですが,アルコール依存症は
大半は治りませんな!良心的なアルコール専門病院に入院させて,
徹底的に訓練し,アルコールを絶って,大丈夫と思はれる位にな
って,退院してからは,しっかりした断酒会に属して会合に出席
し,皆で助け合い励ましあって断酒をしようとする道をとる以外
に無い訳です。それでも断酒を実行して長続きする人は極少数
に過ぎません,大半はまた飲みはじめて,肝障害などで死亡する
のが多い訳です。
入院させて,訓練するけど,本人が「断酒をしよう!」と言う
気持ちを持ち始めないと全く駄目なのです!
この患者もこの方法をとる以外に方法はありませんが,あまり
期待は出来ない気がします。
”福岡アルコール関連問題研究会”に時々出席したり,断酒会
に出席したり,少しアルコール依存症に関心を持って居ますが
以上が私の意見です!(日本語だけですみません)
 退院後,「俺は断酒会やら属しないで良い!独りで断酒する!」
と言って,断酒会に行かなかった人は必ずと言って良い,また飲み
始めます!
少しのんで,やめると言う飲み方は依存症になった人は絶対出来ま
せん!必ずとことんまで飲みます!
杯一杯が大事です!一杯飲んだらもう止まらない!今までの努力も
水の泡! その一杯が重要です!一杯のんだら終わり!
断酒会も出席が悪くなった人は必ず飲み始めています!
同じ大酒飲みでも依存症になるひととならぬ人とありますが,遺伝
素質があるようです。
財産も家族も皆なくして死んでしまう例が一杯です。
ほんとに依存症の治療は大変で難しいです!



7)藤林武史(精神保健センター、精神科医)

 アルコール医療にどっぷりとつかった経験のある私にとって、また精神障害者
の人権の擁護に関わる今の私にとって、重要な問題を含み非常に興味深く読ませ
ていただきました。

 論点を次の6点に絞って論じます。
1 保険がアルコール性肝障害の透析を認めていないこと
2 初回治療時の主治医の指示
3 疾患としてのアルコール依存症
4 ネットワークの問題
5 医学教育の重大な欠陥
6 2回目退院時の主治医の指示

1 何故、保険がアルコール性肝障害を認めないのでしょうか。アルコール性肝
障害の多くは(再発を繰り返す場合はほとんどといっていいくらい)アルコール
依存症という精神疾患を合併しています。ひょっとして、保険側の理屈の中にア
ルコール依存症を疾患として認めず個人の責任の問題ととらえているのでしょう
か。糖尿病に併発した腎不全は、腎透析を認めないでしょうか?うつ病に併発し
た外傷や有機リン中毒とかは保険は認めないでしょうか?
 アルコール依存症は、糖尿病よりも、うつ病よりも、疾患として認知れていな
いのでしょうか。
 アルコール依存症の患者は、何度も再発を繰り返します。残念ながらそこが疾
患の特徴です。しかし、アルコール依存症から回復した方の体験談を聞くと、生
きるか死ぬかの瀬戸際で、断酒の決心をするようです。飲酒と身体疾患を繰り返
していても、生きている限りは、回復の可能性を残す病気でもあります。

2 入院期間中、あるいは退院時に、精神科コンサルテーションあるいは精神科
医療機関への紹介は行われなかったのでしょうか?もし、この方がうつ病で自殺
企図で入院したのであれば、紹介なりコンサルテーションが行われているでしょ
う。精神分裂病を合併していてもそうでしょう。多くの精神疾患は、精神科受診
を積極的に試みられるのに、アルコール依存症だけ行われないことが多いようで
す。どうしてでしょうか?
 アルコール依存症は、精神疾患です。精神疾患であるからには、精神科医(で
きればアルコール依存症を多く見ている精神科医)からの、診察や評価を、受け
ていただきたいところです。精神科医が診たからといって、治療が継続するかど
うかはわかりませんが、少なくとも、今後の方針は立つのではないでしょうか。

 しかし、アルコール依存症を疑われる患者を、精神科医に診せないというのは
どうしてでしょうか?いくつかの理由が考えられます。
1 アルコール依存症が精神疾患としてとらえられていない
2 医療者側がとらえていても、患者や家族が精神疾患としてとらえていない
3 精神科医療機関の敷居の高く、たとえ紹介されても行きにくい。ゆえに医療
者側も紹介しにくい
4 本人が、精神科治療(=断酒治療)を拒否する。自分はアルコール依存症で
はないと言い張る。(これは、アルコール依存症に特徴的な傾向です。アルコー
ル依存症のひとつの症状、あるいは心理メカニズムとしての「否認」というもの
です)

 このような理由で、初回治療から、精神科に紹介することは難しかったかもし
れませんが、今度同様にアルコールが原因で治療が必要なときは精神科にも行く
こと、と約束しておくことは重要なことです。また、家族は本人のアルコール依
存症にまきこまれて、精神的に不安定です。せめて、家族だけでもサポートを受
けさせたいものです。家族には、保健所か精神保健福祉センターをご紹介くださ
い。

3 アルコール依存症は、個人の嗜好や習慣の問題ではなく、また、意志や性格
の問題でもなく、ICDー10の診断基準にもあるように、ひとつの疾患単位です。
心理的な要因もありますが、薬物と生体と間に形成された「依存」のメカニズム
が原因です。脳の機能的な変化が生じています。また、場合によっては脳の器質
的な変化をもたらしている場合も多くあります。ですから、精神科以外の医師に
おいては、精神疾患としての理解を持っておいていただきたいところです。これ
は十分になされていません。卒後教育の中で、事例をとおしてアルコール依存症
の理解を深めるような指導を是非行ってください。

4 アルコール依存症という疾患に罹患するということは、単に疾患に伴う症状
に本人が苦しむだけではない、様々な困難をもたらします。先ほども書きました
ように、配偶者や子どもに与える精神的影響はものすごく大きなものがあります。
本人はもとより家族も援助の対象にする場合が多くあります。こうなると、医療
だけの援助では困難になります。保健所や精神保健福祉センター、場合によって
は、学校、婦人相談所、福祉事務所、警察など多くの関係機関のネットワークが
必要な場合もあります。
医療だけでアルコール依存症のすべての問題はカバーできません。

5 しかし、医学教育では、医療内部でのチーム医療は教えても、地域の関係機
関とのネットワークは教えているでしょうか?保健、福祉、警察、消防など様々
な関係機関が、患者の回復を支えています。アルコール依存症だけではありませ
ん。精神障害者も老人性痴呆も難病も発達障害も。時代は、ネットワークやケア
マネージメントを必要としているのですから、医学教育の中にもっと取り入れて
欲しいところです。
 そして、きわめて社会的な影響の強い疾患であることも、医学教育の中できち
んと取りあげて欲しいところです。アルコール依存症、薬物乱用・依存症、児童
虐待、家庭内暴力(夫婦間暴力)、老人虐待…。医学教育の現場で、発見と適切
なreferがなければ、重大で深刻な影響を本人あるいは周囲に与えるということを
教えてください。大学病院にこのような患者が来ないから教えられないというこ
とは、決してありません。これらの背景を持ったケースは大学病院でもいろいろ
な科に来ています。自分からは語らないだけです。

6 2回目退院するときには、私であれば、患者には次のように言います。
「あなたは、アルコール依存症です」「1杯でも飲酒すると、同じことになりま
す。平均寿命は52才です」(正確な情報を伝える、現実の直面化)
「わたしでは、あなたのアルコール依存症は治せません。ぜひ、精神科に行って
下さい。精神科が抵抗あるのなら、保健所か精神保健福祉センターに相談に行っ
て下さい」(内科でかかえこまない)
「今度、同じ状態になったら、治療費は自費になり、膨大なお金がかかります。
個人負担は…円になります」(現実の直面化)
「紹介状を書きましょう、行くか行かないかはあなたの判断です」(自己決定を
促す)「ご本人行きたくなければ、奥さんだけ行かれて見ませんか」(家族への
援助)

 再発を繰り返す度に同じ説明をくりかえします。命さえあれば、いつか転機が
訪れ、回復の道が開ける可能性を持っています。タイミングを待つというのも、
アルコール依存症ケースを援助していくために、必要なことと思います。チャン
スを与えたいと思うのです。他の精神疾患の患者と同じように、他の身体疾患の
患者と同じように。疾患には上下関係はないと私は思うのです。彼は、決して
「不良」患者ではありません。アルコール依存症という、死に至る可能性の高い
進行性の疾患を持った患者です。
 しかし、医師を含めて、援助者の手の及ばない患者さんも実際たくさんいらっ
しゃいます。及ばなくて亡くなられていくアルコール依存症は10年予後で4割で
す。

 亡くなれたとしても、子どもに影響がなければいいのですが。「この世の地獄
を見たいなら、アルコール依存症の家庭を見よ」という言い方があるそうです。
そのような家庭で育ったこのケースの子どもが、その後の人間関係の中で、心が
癒されていることを祈ります。そうでないならば、せめて、そのような事情を知
った専門家や援助者と出会えるチャンスがあることを願います。
 

 直接ケースへの援助ではありませんが、保険者側には説明を求めたいところで
す。なぜ、アルコール依存症ではだめなのか?!



白浜雅司(三瀬村診療所)のコメント(1)

透析医療などの文献を読みますと、最近ますます保険医療の締め付けが厳しくな
り、通常の透析でも保険の関係から、4時間以内に終わるように勧められること
が多いらしく、そのことが医学的に安全かどうか問題になっているようです。ま
た救急センターなどでも、何回も透析をやるような場合、一部の金額を削られる
ことも多いようです。
さてこの症例に対して実際になされたことは以下のようなことだったようです。
まず主治医は、再度このようなことが起きたときは、透析治療は健康保険では続
けにくいこと。そして何よりもまずこのかたにとって禁酒が何よりも必要なこと
を奥さんに説明しました。それに対して「先生から禁酒の説得をしてください。
ただどんなに言っても無駄でしょう。私たちは何度も言ってその度に暴力をふる
われ、こわくてたまりません。頼れる親戚もいませんし、また同じ様なことが起
こったら透析はしないでください。」と話されました。
主治医はできる限り患者に対して禁酒の必要性を話し、精神科の先生への受診を
勧めましたが、いやそんなことは構わないでくれとつっぱられました。その病院
の中に精神科の先生がいたら、また往診してくれるような精神科の先生がいたら
違ったかもしれませんが、そこではそれが精一杯でした。地域の精神保健センタ
ーなどを利用すればもう少し違ったかもしれませんが。
そしてやはりその後の受診はなく、約3ヵ月後同じように昏睡で運ばれてきまし
た。家族の意向の確認をして、透析はしないとのことで、それ以外の点滴などの
治療を行い、2日後、亡くなられました。棺を送り出した時の奥さんのほっとし
た顔が印象的だったそうです。これまでどんなにか苦労されてきたのではないで
しょうか。
ただし、医師としての対応はこれで本当によかったのだろうか、何か別にできた
ことがなかっただろうかという気持ちが残ったとのことです。



三浦靖彦(航空医学研究センター)さんのコメント

各々の先生方から、とてもためになる貴重な意見が寄せられています。このように、
ジャンルの異なる方たちの意見が集まる場は少ないので、とても参考になりました
(学際的)。
しかし、透析医の立場としては、残念な点がありました。
まず、提示された症例に対する対処方法が一般的な対処法でないとすると、そこから
先の倫理に関する議論も、無駄になってしまう可能性があるということです。

この症例について、透析医としての見解を述べます。
急性アルコール中毒、アルコール性脳症(肝性脳症)の病名では、透析の適応はあり
ません。
確かに、透析療法により血中のアルコール及びアセトアルデヒドは除去されますで、
透析患者さんの中には、二日酔いが治るという患者さんもいますが、今回の症例のよ
うな病態の患者さんに透析を行う透析医は殆どいないと思います。
ここで、大事なことは、
 1.慢性アルコール中毒による慢性肝機能障害(できれば肝硬変)
 2.その状態に、アルコール多量摂取による肝機能障害の増悪
 3.肝性脳症(NH3の上昇)
ここまでであっても、通常透析は行わず、アミノレバン点滴等で経過観察が妥当で
しょう。したがって、病院の事務長の意見はもっともだと思います。
この状態に、さらに、
 4.血清ビリルビンの上昇
   5.GOT,GPT,LDH等の上昇
が、伴えば「急性肝不全」の診断名がつきますので、透析ではなく、「血漿交換」
は、保険適応となります(本症例も実はこの状態まで行っていたのではないでしょう
か?であれば、血漿交換は保険適応でできたはずです)。
 この状態に更に、
  6.尿量の減少、
  7.血液尿素窒素・クレアチニンの上昇(急性腎不全)
が伴えば、初めて、「急性多臓器不全」の病名をつけられますので、血漿交換や血液
濾過(CHDF)等が適応されます。この状態であれば、透析をしても誰も文句を言わな
いでしょう。

次に、金銭的な問題ですが、私は10年間、国立病院に勤務していましたので、特に生
保等の透析患者さんが多く来ましたが、特定疾病の申請や、高額医療の申請により、
患者負担は、慢性透析患者ほどではないにしても、必ず何らかの保護政策があります
ので、お金を用意できないので透析や血漿交換など高価な治療を断念したことは、全
くありませんでした。
記載はされていませんが、本症例に置いては、きっと患者本人も、透析を拒否すると
明言したでしょうし、家族もそういっていますので、「自己決定」に基づけば、透析
をしないでも問題ないという方向に流れてしまいそうですが、これが、精神病であ
り、本患者の自己決定は全く意味がない。また、家族の透析拒否も、自己負担になる
という誤った情報からできあがったものとなると、大きな問題が生じてくるであろう
と言うことが感じられました。
ただ、このことを抜きにして考えてみて、アルコール依存症患者さんに対する精神科
医のスタンスや、家族の困惑状況、地域で支えなくてはならないことなど、新たな発
見の多い検討会であることには疑う余地はありません。また、牧師さんの意見など
は、この症例でなく、もっと適切な症例のところで述べられれば、多くの医師に倫理
観の再考のきっかけを与えることと思われます。



白浜雅司(三瀬村診療所)のコメント(2)

いつものように4分割表を用いてコメントする。

<医学的適応>             
 何人かの方から、透析が医学的適応がないのではないかという指摘をいただいた。
確かにアルコール多飲による脳症は一般的には点滴で改善する。またこの症例の診断
が急性のアルコール脳症か、アルコール性肝臓障害かで少しは対応が違ってくるのだ
ろうが、その判断は難しい。いずれにせよしかしアルコール濃度が高い重傷患者には、
透析を考慮するということは、有名なワシントンマニュアルというアメリカや日本の
研修医のバイブル的な本にも書かれており、適応でないということはできないであろ
う。ただし、この患者にまずしなければならないことは、患者の誤った飲酒行動の治
療が先であり、透析はあくまで最後の手段である。また医学の効用とリスクという面
から見ても緊急透析は血圧低下や電解質異常を起こしたりして危険があることをわす
れてはならない。
                                                  
<患者の意向(自律性尊重)>
 患者さんの判断能力があったかどうかとういうことが一番の問題である。ただ日本
ではまだ精神科に対する患者さんの拒否反応は強く、その必要性をわかって精神科的
な診察を受けられなかった。説明の仕方も悪かったのだろうし、どうしても患者とス
タッフの信頼関係を作ることができなかった。その原因としては、平田先生があげら
れたアルコール依存の(これだけの情報から一般内科医がはっきりそう診断するの危
険かもしれないが)患者さんは難しいという気持ちや、このような定期的な受診をす
るようにという医師の助言に従ってくれない患者(いわゆるノンコンプライアンスの
人は)に対してどこか深くかかわりたくない、どんなに言ってもわからない、言うだ
け無駄だというような気持ちがあったのは残念ながら否定できない。萩原牧師先生の
コメントがあった愛を込めて患者やご家族に接し、誠意を表わすということは難しい
のも事実である。最近見つけた文献で「Doctors also have feeling]と言うのがあったがこ
のような感情の問題と言うのも今後避けられない倫理的課題ではないだろうか。

<QOL>                  
この人にとって何が楽しみで生きがいなのか良く把握できていない。元気になって退
院した時は少し嬉しそうだったが、2回目の入院をして意識が戻ったときにはいかに
もばつの悪いような態度であまり口も聞いてくれなかった。
この人のQOLを上げるために何をすればいいのか、この人の人生についてあまりにも
主治医は知らなかったし知ろうともしていなかった。       
                                          
<周囲の状況(効用と公正)>                    
1.家族など他者の利益 奥さんと2人の娘以外はだれも面会に来なかった。奥さんの
話しでは酒をやめる話しをすると、暴力をふるわれるのでこわくて言えないというこ
とであった。
3回目の入院の時に奥さんに透析治療は続けることが難しいことを伝えたところ、こ
れ以上の特別な治療はされなくて結構です自業自得ですからと言われた。そして患者
さんは結局亡くなられたわけであるが、この奥さんはほっとされていた。これまでの
地獄の日々が終わったことにほっとされたのではないだろうか。
しかし今回精神科医で地域でアルコール依存症の問題にかかわっている藤林先生は、
残された娘さん方が受けた精神的影響を取り上げておられた。アルコール依存だけで
なく、多くの病気は、その患者だけでなく周りの家族を巻き込んでいることに気付か
された。

2.コスト・経済的側面がこのケースでは大きな問題となっている。松島先生の言うよ
うに最初から健康保険の適応が簡単に通る「急性腎不全」というような病名をつける
というのは確かに日本の健康保険で医療をやって行くためのテクニックであろう。た
だ何となく空しい感じがするのは私だけであろうか。最近私はあえて現実の病名で保
険請求をして却下されたものには再審査請求を論文等をつけて、しかるべき回答をし
ていただくようにしている。保険の都合で必要な検査や治療が削られるのは問題だと
思うからである。

3.他の医療福祉との連携として、やはり精神科医や地域の保健婦やソーシャルワーカ
ーなどへの相談が必要であったと思われる。本人が行けなくても、家族の相談、それ
がだめでも担当医が地域の精神保健センターの医師や保健婦に相談するという方法も
あったことを学んだ。そのような多くの職種の方の協力によってもう少し違った展開
が望めたかもしれない。アルコール依存症の問題はある意味で医療の闇の部分かもし
れないが、決してまれな疾患ではなく、藤林先生が指摘されたように、医学教育の中
でもっと精神科以外の医師がアルコール問題へのアプローチの仕方、他の職種との連
携を学ぶことは大切な問題であると思われた。



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