佐賀医科大学医学部4年臨床入門「臨床医療倫理」H.8.2.8 報告

佐賀県神埼郡三瀬村国保診療所 白浜雅司 TEL0952-56-2001 Fax0952-56-2912
【臨床医療倫理とは】
 臨床の現場でわれわれはさまざまな判断を求められるが、それは必ずしも医学的なことだけとは限らず、かなり倫理的な判断を要求されることがある。そのようなことについてはこれまでも、各医師の医療観や、診療科の方針などで解決してきたと思われるが、何かもう少しきちんと考える方法がないものかと思われたことはないだろうか。私はこのような問題の解決の一つの方法として、一昨年ワシントン州立大学で行われた臨床医療倫理のサマーセミナーに出席する機会を与えられ、そこで学んだ臨床医療倫理の4分割表、すなわち医療倫理的問題をMedical Indeication(医学的適応)、Patient Preference(患者の意向)、 QOL、 Contextual Features(周りの状況)の4つに分けて分析して考えるアプローチが日本でもある程度使えるのではないかという感触を得た。以後佐賀医大の医学生の臨床入門や選択コースの授業、総合診療部のカンファランスなどで使用している。
【臨床医療倫理が必要となった背景】
1960年代にアメリカで起こった様々な人権運動の一環としての患者の人権運動が起こり、患者の意識を尊重しなかった従来の医師や医療関係者の態度や行為を批判して改善を要求した。患者にも自分の身体のことは医師任せにせず、自己の意思によって決定しようという気運が高まった。ヒポクラテスの誓いの「医師は自分の能力と判断に基づいて医療を患者のために行い、決して害になるものを与えない」というだけでは、たとえそれが患者によかれと思ってされたとしても、患者の意思を無視したものになり、「医師は患者に良く説明して、患者が理解し納得した上で進んで受けたいと思う医療を行う」ことが必要になってきた。また医療技術の進歩で生命維持装置による延命処置が可能になったことも大きな要因である。
【臨床医療倫理の目標】
(1)日常臨床の中で起っている医療倫理的ジレンマに気づくこと。
(2)ジレンマを臨床医療倫理の方法を用いて分析し、具体的な問題点を挙げること。
(3)問題点を明らかにする過程で、カルテの検討、文献検索を行うとともに、文献の批判的な読み方やDecision Analysisなどの臨床疫学的手法を学ぶこと。
(4)問題の解決法については、倫理的原則や医師の論理を押し付けるのではなく、色々な立場の意見を聞いて、最終的に自分が主治医であれば何をするのかを決定すること。(患者の意見を優先するのは当然であるが、医療従事者は臨床の難しい問題を傍観するわけにはいかない。)
(5)日本の医療倫理的問題のかなりの部分はコミュニケーション能力の不足に起因するものが多いので、自分の意見をわかりやすく説明し、色々な立場の人と率直に意見交換する能力を養うこと。
【参考文献】
Jonsen, A.R. et al.: CLINICAL ETHICS.3rd ed.,McGraw-Hill, 1992
The Journal of Clinical Ethics      107 East Church Street, Frederick, MD21701, U.S.A.

【学生への課題ケース】ケース1(転移性骨腫瘍を疑われている会社社長)
 45歳男性。会社経営。昨年8月より腰痛を訴えていたが中国に出張などで忙しく疲れによるものかと放置。10月近医受診して腰椎X線撮影にて骨溶解像を認められ、精査目的で佐賀医大総合外来受診。外来で行った骨シンチで全身に多発性の異常集積を認め、転移性骨腫瘍を疑われ精査目的で入院となった。入院後行った骨生検でclassVの adenocarcinomaを疑うとの診断を得た。しかし胸部X線検査、胃透視、GIF、腹部エコー、腹部・胸部CT、Gaシンチでも原発巣ははっきりしなかった。あと注腸 検査が残っているが腰痛が強く寝返りも辛い状態である。痛みについてはモルヒネを使っているが吐き気が強くコントロールは十分ではない。妻は患者はしっかりした人でこれまでも幾多の困難を妻と一緒に解決してきたし、本人への告知もしたほうがいいのではないかと考えている。家族は他に高2の息子と中3の娘がいる。  

【転移性骨腫瘍の患者のケースに対する学生の意見】
「あなたは医師として次にどのようなことをしますか、優先順に書いて下さい」への回答の分析
(学生総数96 に対し回答数96と高い回答率)

まず症状コントロール(痛み吐気の治療)(47)
 症状コントロール後検査して告知するか決める(18)
 症状コントロール後説明(告知)して検査するか治療するか決める(15)
 症状コントロール後検査した上で治療を決める(8)
 症状コントロール後転移巣の治療(4)
 症状コントロール後精神的ケア(2)
 
患者へのインフォームドコンセントorその準備(40)
 告知して治療方針を決める(11)
 家族(妻、子供たち)同僚と告知するか相談(9)
 家族への説明(4)
 患者の人柄から告知すべきかどうかを考える(9)
 本人の希望を聞く(3)
 告知して患者家族の精神的ケア(3)
 患者と家族に話す(1)

原発巣の検索(注腸など)(11)

治療方針の決定(5)
 
その他の興味深い意見
 注腸検査する必要があるのか(2)
 まず予後不良と判断してよいか徹底的に文献、専門家の意見をチェックする(1)
 本人に家族のことより自分の治療を優先させる(1) 
 
【私の臨床医療倫理的分析(多くの方々のご意見を参考にして)】
【医学的適応】
1)診断と予後、どのように考え情報を集めるか
  ^組織型が腺癌の転移性骨腫瘍の原発巣
 腺癌の骨転移だけでの予後や治療を述べた論文は無いようである
  _腺癌だとすれば原発巣は胃、大腸、肺、前立腺、腎などがあげられるが、前立腺癌以外は化学療法も放射線療法も利かない   
  `また転移性の骨腫瘍の場合、多発性の転移があり平均半年ぐらいの予後しかない
 →これ以上原発巣の検索をしても治療法に変わりはなく検索はしない(裏付ける論文もある)
2)治療目標
 ・積極的治療でなく疼痛コントロールを中心としたターミナルケア
 ・今後起きる合併症への対策
  イレウス、脊髄圧迫、骨髄浸潤によるDIC
3)Medical Efficacy and Risks
    ・注腸検査、TBLBなどは治療に結び付く診断とはならず、苦痛を増すだけ
 ・モルヒネの副作用の嘔吐は慣れてくるので十分説明しておく、それが医師患者関係の問われる
4)Futility
 原発巣の検索は治療に結び付かず無駄だが、疼痛のコントロールは大切

【患者の意向1】
インフォームドコンセントの問題
1)本人は病気についてどう考えているか
 →癌ではないかと疑っている
2)病気についてどのような説明を期待しているか
 →仕事の引き継ぎもあり、どれくらいで良くなるのか説明してほしい
3)どのような治療を望んでいるか
 →治るものなら少々辛くても徹底的に治療してほしいが、治らないものなら少しでも苦痛を減らしてほしい
4)いつ、誰が、どのように患者に説明するか
 予後についても話すのか
5)患者の人生観
 くよくよせずに、今できることを精一杯やる

(H.BrodyよりのTruth telling についてのコメント)
 Telling a patient with cancer or suspected cancer the true nature of his diagnosis is standard US practice as you well know.  This should be modified in specific cultures where cultural beliefs are strongly against this action.  Thus patients should first be approached with open-ended questions, seeking to learn how much they want to know about their disease and when,rather than simply telling them the diagnosis.  Most patients undergoing tests like this strongly suspect cancer and in the US would be relieved to be able to talk about it openly.  Family would also be relieved of need to preserve secrecy.

【QOL1】
1)患者自身の判断
  こんな体では家には帰りたくない

2)医療者の判断
  帰れるうちに家で家族と過ごす時間を持ってほしい(結局家には帰ろうとされず最後まで病院)
3)痛みと吐き気でかなりつらい
  痛みの原因は?
   骨転移の痛みか、神経への浸潤か、
   モルヒネよりもNSAIDSやステロイドの適応か
   放射線治療やペインブロックの検討
  吐き気の原因は?
   モルヒネの副作用か、通過障害か、
   制吐剤による薬物治療
 
 【QOL2】From: brody@pilot.msu.edu (Howard Brody)
         Pain management of cancer and other patients in the US is often less than optimal and knowledge of good pain control among otherwise well-trained physicians may be poor.  Some patients in these settings may act as if they are irrational, when in fact they are simply in pain and it would be very easy to discuss all issues regarding their care if only their pain was managed better.  In this case patient may need an anti-emetic along with morphine to be able to get pain relief without nausea.  Hospital (especially a university hospital) should have a palliative care or pain relief consultation service to assist physicians who are not sure how to control pain in such situations.
【周りの状況】
1)家族の希望
 妻は告知してほしい。
 子供には知らされていない。
2)家族の状況
 子供たちは優秀で進学希望
 将来のことを子供と話し合っておくべきだと考えている(実際は十分話はされなかったらしい)
3)会社の状態
 本人が起こした40人ほどの会社だが、軌道に乗っており、弟に仕事の内容を引き継ぎつつある
4)経済状態
 良好、生前贈与の生命保険に入っている
5)医療者の問題
 医師、看護サイドともまだ癌告知の経験が浅く、どのようなアフターケアをしたら 良いか十分な意思統一がなされていなかったが、ターミナルケースカンファレンスを 開いて勉強するようになってきた
6)患者家族のサポート
 患者だけでなく妻の様子にも十分配慮する
7)どこで治療をするのか
 最終的には家に近い公立病院での治療を希望

【実際の授業の流れ】
学生の意見の分析より、医師患者関係やインフォームドコンセントと痛みの治療とどちらを先に行うかということがことが討議された。実際にはこれらは並行されて行われるべきものであるが、敢えて優先順位をつけてもらったことで、意見交換ができおもしろかった。末期医療=告知(私はもっと英語のShareの様な日本語ができてほしいのですが)ではなく、告知をするにしても患者が自分の判断ができるコンディションを作ることがぜひ必要ですし、一方痛み止めのモルヒネを使うにしてもその副作用があり、十分なインフォームドコンセントが必要になります。ある学生が感想レポートに書いていましたが、「ヒューマニストであるためにはサイエンティストでなくてはならない」ということが大切なような気がしています。あと、ゲストのUCSFのエバリー先生よりアメリカでのインフォームドコンセントと日本のインフォームドコンセントの違いや、具体的な目標などのコメントがありました。
【実際のこのケースへの対応】
この方には、痛みのコントロールが少しついたところで、本人、奥さん、担当医、指導医、最終的に治療する自宅近くの公立病院医師、看護婦、臨床薬剤師が同席して悪性腫瘍であることを伝え、どのような症状が出てくるかは経過を見ないとわからないが、大切なことは早めに対応してほしいこと、元気な時は家で過ごして構わないことを伝えた。また2人の子供には本人から伝えたいこと由の申し出があった。ただ最終的にこの方は弱った体を子供たちに見せたくないとのことで、家には戻られず、子供への具体的な話はされず、約半年後、痛みはコントロールされたが胸水腹水のコントロールがつかず自宅近くの公立病院で亡くなられた。
 

ケース2(治療を拒否する脳出血後片マヒの男性)(私が村で実際に出会ったケース)
 55歳男性。商店主。高血圧を指摘されていたが放置。昨年2月脳出血で入院。右半身片マヒは残るもののリハビリテーションで車椅子移動まで出来るようになって8月退院。家でリハビリテーションを続けることになったが、10月頃よりリハビリの意欲を無くし、家で寝たきりの生活を続けるようになりヘルパーの介護も拒否している。足に褥瘡が出来たのではないかという家族の依頼で往診。患者はいかにも迷惑そうな顔で、こちらが「何がおこまりですか。」と質問しても、「安楽死の薬を出せばいいんだ。こんな体で生きていてもちっとも面白くない。」と答え、妻に「おまえが呼んだのか。」と怒鳴る。足の褥瘡を診ようとすると「あー痛い、もっと上手にできないのか。」と怒る。足の皮疹は褥瘡ではなく、不潔にしていることによる(風呂にもこの1カ月入ろうとしないとのこと)慢性湿疹と思われた。妻の話ではもともと頑固な性格がさらにひどくなったとのこと。

【学生が自分たちで考えたケースに対する対応】(学生数98うちレポート提出96)
「あなたは医師として次にどのようなことをしますか、優先順に書いて下さい」への回答分析
       
患者医師関係、インフォームドコンセント(44)
 患者の意見を聞く、話し合う(小計25)
  患者(家族と一緒にも含む)の話を聞く、話し合う(9)
  (なぜリハビリをやめたのかを聞く)(6)
  (趣味、生きがいについてを聞く)(4)
  (どうしてほしいのかを聞くを聞く)(2)
  (安楽死について話し合う)(2)
  話し合った後で清潔の必要を説く(1)
  患者家族と話し合い患者の受け入れを改善してもらう(1)
 
 患者(家族)に説明して納得してもらう(小計16)
  リハビリの重要性、効果を説明し患者に納得させる(8)
  家族と相談協力してリハビリを働きかける(4)
  患者に納得してもらうためインフォームドコンセントを行う(1)
  生活指導(1)
  原因が患者にあることを自覚させる(1)
  参考になるビデオを見せる(1)
  リハビリセンターへ連れていって見てもらう(1)

 その他(小計3)
  患者との信頼感の回復(1)
  往診を続けて、湿疹の治療と精神的ケアをしていく(1)
  うとましがられても毎日顔を見にいく(1)

精神的治療(24)
 精神科医へコンサルテーション(10)
 ソーシャルワーカーへコンサルテーション(1) 
 心の治療(頑固な性格も)、精神的ケア、カウンセリング(6)
 生きる意欲をだすようなカウンセリング(5)
 リハビリの意欲回復(2)

身体的治療(20)
 湿疹の治療(清潔も含め)してリハビリを勧める(10)
 湿疹の治療をしてから精神的治療(精神科医、カウンセラー、ソーシャルワーカーへのコンサルテーションも含む)(6)
 湿疹の治療して生きる意欲をわかせる(3)
 湿疹の治療をして患者との話し合う(1)
 湿疹の治療して患者への接し方を家族と話す(1)
 血圧のコントロール(1)
 器質的病変のチェック(1)

環境因子の改善(6)
 周囲状況の検討改善(3)
 リハビリ到達度や予測の再検討(2)
 リハビリの阻害因子を取り除く(1)
 家族の相談を聞いて家族のストレスに対処する(1)

このケースについて臨床医療倫理を用いた分析(私の意見+他の方々の意見)

【医学的適応】
1)患者の身体的状態
  骼居ー広範出血による片マヒ,身体的症状は落ち着いていて意識もしっかりしていて血圧も無投薬でコントロールされている
  ロ十分リハビリの適応はあるし、車椅子での生活は可能と思われる
  黹潟nビリを積極的に進めたい、脳卒中の再発予防
2)患者の精神的状態
  楹んな体で生きていてもおもしろくない
  髟\情はやや乏しいが沈んではいない、夜遅くまでテレビをよくみていて早朝覚醒はない
  ロ典型的ではないが何らかのうつ状態はあるだろう
 →原因は反応性か脳出血によるものか
  齔S理療法、脳代謝賦活剤、抗うつ剤の処方
  できれば精神科医へのコンサルテーション
3)湿疹の状態
  槁うもなか(半月後に全身に広がって病院に来る)
  鱆o皮をともなう汚い湿疹
  ロ感染性湿疹(不潔にしていたことによるもの)
  齔エ潔、ステロイドと抗生物質外用内服
4)右手足の痛み
 器質的なものか廃用症候群か
5)怒り(攻撃性)脳梗塞後の状態のひとつか、何かを訴えているのか
【患者の意向1】
1)治療拒否、治療意欲がないことについて
  ^本人の法的判断能力は?
   ロうつ状態では判断能力は落ち、悲観的に考える傾向があるが、この患者は判断能力はありそう             
   齔ク神科医のコンサルテーションの検討
  _判断力が無いとしたら誰が代理決定をするか?
   ロ妻だけでよいのか
   齣シの家族の意見も聞く
  `なぜリハビリをやめたのか
  直接にはリハビリしても車椅子から離れられないことがわかったこと、あきっぽい性格でうまく いかないと放り出す傾向があり、自主性を重んじるリハビリの先  生とうまくいかなくなったらしい。
  a簡単に治療意欲がないと判断していいのか?
【リハビリテーションについてのコメント】
 ・私は「意欲」という言葉が大嫌いである。というのは「意欲」というのは一種のマジック・ワードであってどんな困った問題でも、「意欲がないからだ」と患者のせいにしてしまえばそれで(表面上)一見落着となってしまうからである。
 (上田敏「リハビリテーションの思想」医学書院)
 ・リハビリで意欲がないとかプラトーと言った言葉を使いたくなるとき、その裏に隠された個別的な意味を引き出し解決の道を探ることこそソーシャルワークの専門性、プロとしての仕事である。患者の気持ちと現実のギャップを埋めることが重要で、現実の環境を少し変えてみることもあれば、患者に現実を直視させることなど有効なこともある。
 (佐賀医科大学社会学斉場先生のコメント)

 リハビリテーションの語源とは
  Re     再び
    habilitis  適した、ふさわしい
     ation   すること
 つまり、復権、人間らしく生きる権利の回復
 患者に治療意欲がないと言いたい時考えるべきこと(上田敏著「リハビリテーションの思想」)
 「意欲を引き出すことに成功していない」だけでなくむしろ「意欲を抑えつけ、低下させている」ことがある。 
  ^うつ状態か、不安が強い場合か、具体的な心理的な問題を抱えている(しかも多くの場合現実の世界にその原因となる具体的な事情が存在している)
  _患者のニーズに合わない、客観的には合っているにしても現在の患者にはその必要性が理解できず、理解させるわれわれの努力が不十分なプログラムをおしつけている
  `半側空間失認その他の劣位半球症状がなどが見落とされていていて「意欲低下」とされている
  a「意欲がない」と言いたくなった時には、「何か具体的な原因(心理的、社会的、あるいは身体的な)があるのではないか」と考えたり、「自分たちに責任はないか」と反省することが重要なのである。
 【患者の意向2】
 2)安楽死の薬を出せということについて
 本当の自殺願望か?
 →それにしては毎日良くテレビは見ている
 患者の本当の希望は?
 →もともとパチンコ、マージャン、ソフトボールがすきな遊び人らしく、こんなぶざまな体では生きていても面白くないという気持ちではないか
 →自分の身に起こった運命に圧倒され、とても「命を運ぶ」メドがたたず、怒り、拒否をしている。これはひとつの受容への葛藤ではないでしょうか。それをふまえな いと、ただ表面的に患者さんが望んでいるから、と「安楽死」の手伝いをするのは、ビルの屋上から飛び降りれないでいる人をみて、「ご本人の希望だから」と、後ろからつき落とすようなもので、何の解決にもならない、無責任な態度だと思います。むしろその葛藤のプロセスに参与する決意が求められるでしょう。
(アメリカで肝臓移植を受けた、上智大学講師野村裕之先生よりののコメント)

Brief discussion from a U.S. perspective:
1) This case could raise two sets of questions: a) what if patient refuses life-prolonging treatment (such as antibiotics for a curable sepsis relatedto infected decubitus)-- should physician honor the refusal; and b) should physician provide lethal pills as patient requests (assisted suicide).
2) US law would tend to allow (a) and would generally exclude (b).  (b)however is currently being hotly debated as you know among US bioethicists and physicians.
3) However what is less controversial is that in either (a) or (b), the patient ought to be capable of rational decision-making.  Depression is a common cause of loss of decision-making capacity though at least some if not most depressed patients are nonetheless competent to make decisions.  In this case if physician is not able to assure that patient is not severely depressed, a psychiatric consultation to determine that, and to seek treatment, should be obtained. (Patient of course may refuse to talk to psychiatrist.)
4) Some physicians who feel assisted suicide is morally a correct option might tell this patient, "I want to help you but I also want to be sure that you really mean what you say.  I will agree to provide you with the pills that you want-- but only after you agree to see a psychiatrist and try any treatment he suggests for at least two months."  Physician would be hoping thereby to secure patient's cooperation and also hoping patient would elect not to seek death after his depression is treated.  Other physicians would argue that under no circumstances can a physician ethically agree, in thefuture, to provide lethal pills.(ミシガン州立大学教授、Howard BrodyよりのE-mail)
【QOL】
1)患者自身の判断
 もう終えた。(こんな体では生きるに値しない)
→どうしてそう思うのか?
 これまでの楽しみは?
  外での遊び(パチンコ、麻雀、ソフトボール)
2)医療者の判断
 十分リハビリ可能
 うつ状態では患者の満足度は低いだろう

【周りの状況】
1)ほかの家族は
 28歳の長男が同居、最近結婚、孫が生まれる予定
2)家庭はリハビリに向いているのか
 一応車椅子で移動できるようになっている
3)家族はどう思っているのか
    リハビリはがんばってほしいが、不機嫌になられるのは嫌、リハビリ病院に入れて家族の文句を言われるくらいなら、家で寝かせておいたほうがまし。
4)経済状態は、
   妻が食堂と買店をやり、本人にも身障者手帳が出て一応大丈夫
5)公的なサポートは村委託のヘルパーが時給400円ほどで入浴介護等を行っている。
6)医療者がどれくらい時間をさけるか
 週1回の往診は可能
7)家族介護者のサポートをどうするか
 本人以上に大切と思う、往診は半分は家族のため
8)日本では法的に安楽死は認められていない

【授業での討論】以上のような学生の回答と私の集めた分析(あと「QOLを高めるリハビリテーション看護」という本から「リハビリテーションを阻害する因子」というのを提示したりして)学生と話し合いました。リハビリの環境因子の改善をはかるなどといった学生の回答の視野の広さには感心しました。当日は日野原先生の招きで1年間信州大学に客員教授として来られているUCSFのエバリー先生や、日米の告知の比較とかで有名な近畿大学の宮地尚子先生も出席され、この様な患者にだれが働きかけるのが効果的なのか(家庭医か、リエーゾン精神科医か)とかこの患者はいわゆるうつ病圏内なのかただ単にこれまで自分で果たしてきた、佐賀医大の法学の増田講師とかも参加されて法的にみた患者の治療拒否についてコメントされたり(患者の自己決定能力があると判断された場合には医師の判断よりも患者の自己決定が優先する)と、実に多角的な討議がなされました。最後に野村先生のレポートのコピーを渡して(治療の目的というのは、必ずしも元の状態に回復させたり、病状を完全に取り除いたりすることとは限らず、「その人の全体性をとりもどす手伝いをすること」ともいえるわけです。)などを読んで終わりました。

【実際の私の対応】患者さんのところへは、怒られながらも1から2週に1回は往診にいき、かんじゃさんの気が進まず話してくれないときは奥さんに経過を聞きながら、良くなったり悪くなったりする湿疹の治療を続けた。体を動かさないためか筋肉はどんどん落ちていったが、血圧も落ち着いており、血液検査などをしても少食になったためか、もともとあった糖尿病も改善していて、栄養状態も安定していた。少し抗うつ剤や脳血管障害後の意欲の低下に効果があるという薬も投与したが、きちんと全部飲まれないことも関係してか、結局リハビリに前向きにかかわられることはなかった。同居している長男のところに近々患者さんにとっては初孫が生まれる予定で、それを契機に何らかの進展がみられるかと期待したが、その初孫が生まれる朝、脳幹部の再出血を起こし亡くなられた。
 村の福祉、医療、保健担当者がそろう高齢者サービス調整会議でもこの方の対応について話し合ったが、もともと自分の好きなように生きて来た方で、親友とか親戚で相談できる鍵となるような人もいないとのことで、このまま往診を続けるということになった。
 この方が一度笑われるのをみたことがある。それは、往診に行ったと時、ちょうど村の床屋さんが来て髭を剃ってくれていた時であった。また最近奥さんがかぜで診療所に来られたとき、「一段落しましたか」と聞いたところ、「確定申告が大変で、元気なときは全部お父さんが見てくれてましたから」と言われた。何かもっとできなかったか私自身いつまでも考えていくケースだろう。
 
【授業に対する学生のアンケート】以上2つのケースについて考えた、2コマ計3時間の授業の後、学生が答えてくれた感想のレポートでは、「学内学外、紙上参加をなど実に多角的で立体的な授業だった」、「大学生活4年間の中で一番面白い授業だった」というものから「私たちはあまりにも看護のことを知らない」、「もっと学生が積極的に発言すべきだった」など様々でした。「このままの方式で(先生はたいへんだろうけど)グイグイいってほしい。でもあまり気負うと先生の心が枯れてしまいそうなので、先生気を付けてください。しかし、先生の授業にはプロ魂があるように思えた」と教官への配慮のあるコメントまでありました。これらのテーマはまた来年以降も考えていきたいと思っていますし、できれば今度は初の卒業生を送り出すことになる看護学生も加えて討議できたら面白いだろうなと考えています。