2003年ケース3)高齢者の心臓病の治療についてのコメント集
(色々な立場からのたくさんのコメント感謝です。所属だけの場合は、医師の方のコメントです)

<成重隆博さん(山口赤十字病院循環器科)のコメント>


年齢のことですが、70歳代の女性ということであれば、最近では超高齢者にはならないと思います。ASで狭心症、心不全があれば、予後は一年以内となっています。維持透析をしている高齢者であればもっときびしく、また重症冠動脈疾患を合併しているのであれば、早期の手術しか救命できないと思います。他方、二弁置換とCABGであれば手術のリスクも高い、これも事実だと思います。十分な説明が何より大切だと思います。術前の心機能や、死亡原因が良くわからないのではっきりは言えませんが、手術リスクを少しでも軽減できなかったのかと思います。MRがどれほどのものであったか、MVRが本当に必要であったかということも考えました。もちろんASは薬物療法は全く無効です。救命を第一に考えるのであれば、AVRは必要として、CABGはseg8のみでもよかったのではないかと思います。また、off-pump CABG(to seg8)、ASはballoonによる拡張といった選択もあるのかもしれません。
結果論みたいで申し訳ありません。


<田坂佳千さん(TFC管理者/内科開業医)のコメント>


うーん。もうひとつ、出題意図が、わからないのですが〜・・・。
感じたことは〜・・・、

>患者が拒否すると考えて、現状を言わないことがいいのでしょうか。
適度に、現状を伝えるように努力すべきだと思いますが〜・・。

>家族(息子)は経済的に余裕がないので手術は受けさせたくないと言
>っていた。患者と家族の関係は仲が良いものとは言えなかった。
手術を勧める場合、ここのことは、どのように処理するように提案
する(した)のでしょうか?
ここが、全く、イメージできていないのですが〜・・・、
今回〜・・、実例として〜・・・。

>最終的に医師の説明に押された形で患者は手術を承諾した
ここのやり取りを、ビデオなどで検証したいですよね〜・・。
無理やりの説得だと、ブッブ〜・・。ですよね〜・・。

専門家の意見は、
「なんだか、他に手が無いのだから、実施すべきである」
と、自分の価値観で、押し付けて述べているように、
聞こえますが〜・・・。

小生には、
> 私自身、85歳のASOでこのままほうっておけば死亡と言うケース
>でバイパス手術を依頼し、元気に歩けるようになった経験があります。
>主治医から「65歳以上の方6例に同じような手術をしましたが、
>全員が死亡されました。ただ、このままほうっておいても死に至る
>だけだから最後の手術の可能性にかけたいのですが」という医師団
>の言葉を信頼して、手術されました。
>3年後に狭心症が進行し、本人の希望でバイパス手術を受けられ
>3日後に死亡されましたが、家族はできるだけのことはやれたと
>満足されていました。
この例を挙げることにも、やや違和感があります〜・・・。

>最終的に医師の説明に押された形で患者は手術を承諾した
>が、術後3日で死亡。
この決断の時に、家庭医が関わっていたら〜・・・。

一生、悔やむかもしれませんよね〜・・。
「嫌がっている人」を「説得?して死期をはやめ・・・。」
かつ、家族には手術に伴う借金を残したりすると〜・・。

患者さんの家の前をとおるたびに、思い出すでしょうね〜・・。

一方、失礼かもしれませんが、
手術した医師団からみると、one of them に、10年もすると
なっていくのかもしれませんが〜・・・。

こう言う相談、一番、なやみますね〜・・・。

実は、1件、有るのです〜・・・。
緊迫度合いは、ここまででは有りませんが〜・・・。
なんとなく似たケースが〜・・・。
また相談致します〜・・・。

皆様の、ご意見、お待ちしています。!!!!!

以上(田坂)

追伸:
>70歳台、女性
正確な年齢、必要だと思いますが〜・・。
71歳と79歳でも、だいぶイメージ違うかも〜・・。

>既往歴;20年前から2型糖尿病
> 10年前より糖尿病性腎症のため、人工透析
弁がインタクトでも、通常なら既に、寿命の
来ている基礎疾患ですよね〜・・。
透析導入後、平均5年でしたよね〜・・。予後は通常・・・。
糖尿病性の腎証の場合〜・・。今は、改善したのかな〜?

本当に以上(田坂)



上記の田坂さんの質問への白浜のコメントと田坂さんからの再コメント


田坂先生

遅く迄ありがとう。
きちんとコメント迄つけてくれて。
珍しく8ヶ月の子どもさんの初めての発熱で起こされて、メールを見ました。
39℃あったのに、呼吸音もよく元気だったので、突発性発疹などを疑って
座薬だけだして帰しました。

> <コメント>
> うーん。もうひとつ、出題意図が、わからないのですが〜・・・。

私が作ったと言うより、学生があれで良かったのかと提示した事例です。
でも私は、こういう疑問大事だと思いましたので一緒に考えようと思い
ました。自分自身この担当医だったら悩むだろうなと思って。
敢えて言えば、出題意図は、臨床判断をするのは難しい、でも医師は何
らかの決断をしないといけない。どのように対応していくのが倫理的と
言えるのだろうかというようなことでしょうか。

> 感じたことは〜・・・、
>
> >患者が拒否すると考えて、現状を言わないことがいいのでしょうか。
> 適度に、現状を伝えるように努力すべきだと思いますが〜・・。

その適度と言うのがどういうことなのかは話題になるでしょう。
 

> >家族(息子)は経済的に余裕がないので手術は受けさせたくないと言
> >っていた。患者と家族の関係は仲が良いものとは言えなかった。
> 手術を勧める場合、ここのことは、どのように処理するように提案
> する(した)のでしょうか?
> ここが、全く、イメージできていないのですが〜・・・、
> 今回〜・・、実例として〜・・・。

わかりませんが、根本的に心臓の弁置換とACバイパスだと一時的に
たて替える必要はあるでしょうけど、高額医療その他の障害申請で
返ってくるはずで、またもし本当に立替えられなければ、国保社保
の一時貸し付けみたいな方法があります。自分の父親がバイパス受
けたので、日本の医療保険のサポートってすごいと驚きました。
たぶんアメリカなどでは相当な個人負担を考えなければならないこ
とでしょう。このあたりはMSWの方に聞いてみようと思っていました。

> >最終的に医師の説明に押された形で患者は手術を承諾した
> ここのやり取りを、ビデオなどで検証したいですよね〜・・。
> 無理やりの説得だと、ブッブ〜・・。ですよね〜・・。

このあたりはぜひこの事例を挙げた学生に聞きたいところです。

> 専門家の意見は、
> 「なんだか、他に手が無いのだから、実施すべきである」
> と、自分の価値観で、押し付けて述べているように、
> 聞こえますが〜・・・。

これは、本当に手術以外の救命方法があるかやはり専門家の
スタンダードが知りたいですね。自分の価値観は当然医師も
述べるべきでしょうから。どうしたら押し付けでなく価値観
を含めた専門家の意見を述べることができるかという方法を
考えなければと思います。

> 小生には、
> > 私自身、85歳のASOでこのままほうっておけば死亡と言うケース
> >でバイパス手術を依頼し、元気に歩けるようになった経験があります。
> >主治医から「65歳以上の方6例に同じような手術をしましたが、
> >全員が死亡されました。ただ、このままほうっておいても死に至る
> >だけだから最後の手術の可能性にかけたいのですが」という医師団
> >の言葉を信頼して、手術されました。
> >3年後に狭心症が進行し、本人の希望でバイパス手術を受けられ
> >3日後に死亡されましたが、家族はできるだけのことはやれたと
> >満足されていました。
> この例を挙げることにも、やや違和感があります〜・・・。

私は、この事例は、非常に大事なことを教えてくれたと思っています。
少なくとも、私は難しいだろうが、やはり専門家の意見を聞いてみ
ようという立場でした。押し付けたつもりはありません。たぶん
だめだろうと思っていたので、その後元気で3年過ごされたこと
は、ある意味で驚きで、3年後の狭心症は、二匹目のどじょうは
いなかったわけですが、本人は今度も大丈夫と思ったし、少し動
いただけではーはーいいう生き方は望まれなかったのでしょう。
ただやはり簡単に医者があきらめてはいけないと思いました。

> >最終的に医師の説明に押された形で患者は手術を承諾した
> >が、術後3日で死亡。
> この決断の時に、家庭医が関わっていたら〜・・・。
>
> 一生、悔やむかもしれませんよね〜・・。
> 「嫌がっている人」を「説得?して死期をはやめ・・・。」
> かつ、家族には手術に伴う借金を残したりすると〜・・。
>
> 患者さんの家の前をとおるたびに、思い出すでしょうね〜・・。

そうかなー。私は、本人がいやがるかどうかは、話してみない
とわからないし、話した上で嫌がったら、勧めないというステップ
を踏んで、結果がどのようになるかは、その人の寿命の部分もあ
って、逆に可能性を医師のところで捨てたら、逆に家族の誰かから
なんで手術を勧めてくれなかったかと恨まれるようなことはないで
しょうか。どちらの決断をされても結果が悪ければ後悔するのは避
けられないでしょう。
また結果が悪かったから、この事例が取り上げられたので、もし
うまくいっていたら、取り上げなかったかも知れない。でも決断
する時に結果はわからないのです。

> 一方、失礼かもしれませんが、
> 手術した医師団からみると、one of them に、10年もすると
> なっていくのかもしれませんが〜・・・。
>
> こう言う相談、一番、なやみますね〜・・・。
>
> 実は、1件、有るのです〜・・・。
> 緊迫度合いは、ここまででは有りませんが〜・・・。
> なんとなく似たケースが〜・・・。
> また相談致します〜・・・。
>
> 皆様の、ご意見、お待ちしています。!!!!!
>
> 以上(田坂)
>
> 追伸:
> >70歳台、女性
> 正確な年齢、必要だと思いますが〜・・。
> 71歳と79歳でも、だいぶイメージ違うかも〜・・。

76歳だったと思います。透析はされていたが、自立した生活
を営まれていたようです。

> >既往歴;20年前から2型糖尿病
> > 10年前より糖尿病性腎症のため、人工透析
> 弁がインタクトでも、通常なら既に、寿命の
> 来ている基礎疾患ですよね〜・・。
> 透析導入後、平均5年でしたよね〜・・。予後は通常・・・。
> 糖尿病性の腎証の場合〜・・。今は、改善したのかな〜?

たしかにそれはそうですね。心臓を乗り越えても次の問題が
起こりますね。腎機能が悪化したり、その後ワーファリン投与
などで脳血管障害を起こしたりという事例が、私の知り合いに
もいました。

うーんそこまで考えを巡らさないといけない難しい事例なの
ですね。色んな立場の方の意見を伺えれば感謝です。

//////////////////////////////////////////////////////////////
<コメント>
白浜先生、深夜まで、お疲れ様です。!!!

29日までと、時間がないので、簡単に〜。。
>私が作ったと言うより、学生があれで良かったのかと提示した事例です。
大納得です。!!!
学生さんは、身近で体験したケース!
という事ですね。

>> >患者が拒否すると考えて、現状を言わないことがいいのでしょうか。
>> 適度に、現状を伝えるように努力すべきだと思いますが〜・・。
>
>その適度と言うのがどういうことなのかは話題になるでしょう。
ですね。
そこが論点と思いました。
知らせるか、知らせないか、 ではなく〜・・・。

>わかりませんが、根本的に心臓の弁置換とACバイパスだと一時的に
>たて替える必要はあるでしょうけど、高額医療その他の障害申請で
>返ってくるはずで、またもし本当に立替えられなければ、国保社保
>の一時貸し付けみたいな方法があります。自分の父親がバイパス受
>けたので、日本の医療保険のサポートってすごいと驚きました。
>たぶんアメリカなどでは相当な個人負担を考えなければならないこ
>とでしょう。このあたりはMSWの方に聞いてみようと思っていました。
そうですね。多くの部分は、カバーできますが、
保険の適応のない部分として、
個室料金など、タダにしてくれないことも、多いと理解して
いますが〜。
また、そのご家族にとってのコスト感覚も大切だと〜・・。

いわば、だんだん医療が、
「お金の切れ目が、命の切れ目」になってきていると
感じています〜・・・。

>> >最終的に医師の説明に押された形で患者は手術を承諾した
>> ここのやり取りを、ビデオなどで検証したいですよね〜・・。
>> 無理やりの説得だと、ブッブ〜・・。ですよね〜・・。
>
>このあたりはぜひこの事例を挙げた学生に聞きたいところです。
最重要なところと、思います〜・・。
また、このカンファレンスの情報は、院内の倫理委員会などにも
報告されるべきだと感じました〜・・。

>どうしたら押し付けでなく価値観
>を含めた専門家の意見を述べることができるかという方法を
>考えなければと思います。
ですね。!!!

個人的には原案を、持っていますが〜・・・。

>そうかなー。私は、本人がいやがるかどうかは、話してみない
>とわからないし、話した上で嫌がったら、勧めないというステップ
>を踏んで、結果がどのようになるかは、その人の寿命の部分もあ
>って、逆に可能性を医師のところで捨てたら、逆に家族の誰かから
>なんで手術を勧めてくれなかったかと恨まれるようなことはないで
>しょうか。どちらの決断をされても結果が悪ければ後悔するのは避
>けられないでしょう。
同感です。

ただし、今回、
>最終的に医師の説明に押された形で患者は手術を承諾した
の表現が、頂けません〜・・。
小生には〜・・・。
これは、批判的に見ていた人(学生さん?)の記載であるので
そうなるのかもしれませんが〜・・。

ここの表現が、全てを決定付けますよね。

たとえば、最終的に医師の説明に十分納得され、
そのこと家族にも十分表現され手術に勇敢に立ち向かわれた。

となるか、

逆に、後で日記を見ると、最後まで不安の言葉がつづられ
ていた。とか,
手術の前の日に、看護師さんに
「やっぱりしなくちゃ、いけないかしら〜」
と 一言いわれた。
と言うエピソードでも後日、出てくると、つらいですよね〜・・。

>押された形
が、ね〜・・。

最終的に、
・本音では、本人もしたくなかった。
・家族もさせたくなかった。
・学生さんは・・・。
・看護師さんは?
・医師は、手術する以外、道はないので、すすめた。

という感じで、先生方がおせわになったし熱心なので、
手術に同意した。

でも、こういう短期間の苦しくない亡くなり方ならば、
本人も、今は、天国で大納得している。
(失礼があったら、ごめんなさい)という事も有るかも
しれません。

医師の説明で、

「この手術は、イチカバチカです。!!!」
「上手く行かなかったら、苦しくなく、そのまま
 麻酔から覚めず、逝ってしまいます(逝けます)、
 成功した場合も、手術後は痛い思いはしな いように
 計画します。ただし、脳梗塞や・・・・。」

と、
>「上手く行かなかったら、苦しくなく、そのまま
> 麻酔から覚めず、逝ってしまいます(逝けます)、
(安楽に逝けます。医師としては、不本意ですが・・。)
を入れていたら、納得して、手術を受ける人が、
増えるかも〜? (不謹慎と思われますか?、そうでもないと
 思うのですが・・・。ご高齢者には〜・・・)
この年齢の方ならば〜・・・。

最後に、
プレゼンテーションとすれば、
>>押された形
をのこしたままで行くのか、ニュートラルにして、
討論を開始するかで、大分、異なりますよね〜。。

皆様のご意見、お待ちしています。!!!!



大西弘高さん(国際医学大(マレーシア)医学教育研究室)のコメントとそれに対する田坂さんのコメント


臨床から離れているので的はずれなことを言ってしまいそうですが,
興味深い話題ですので,是非参加させて下さい.

> 主訴;胸痛
>
> 現病歴;1995年 胸部違和感が出現し、AMIと診断され、Seg.7に対して
>  PTCAを施行された。
>  2003年4月頃より、200m程の歩行で息苦しさを感じるようになった。
>  2003年5月19日、頚部に放散する強い胸痛と背部痛が出現し、狭心症と
>  診断され入院となった。
>
> 既往歴;20年前から2型糖尿病 15年前より高血圧
>  10年前より糖尿病性腎症のため、人工透析導入、
>  リウマチ熱の既往はない
>
> 身体所見;
>  Seg7,9,10に90%、Seg13distalに84%の狭窄。左室-大動脈圧較差は40mmHg、
> AVA0.6cm2と高度のAS。ARIII度、MRIII度。C.I.は2.58L/min/m2。

身体所見で,頸動脈の触診,II音の分裂がどうか,収縮期雑音の
性状や長さ,などは心カテ所見との対比のためにあってもいいような
気がしました.心エコーもですね.全てが心カテで決まるというのは,
身体所見に対する態度という視点からも気になります.

2弁置換なら,人工心肺を使わざるを得ないのでしょうが,大動脈の
クランピングに関しては動脈硬化の程度が問題になりそうです.特に,
糖尿病性腎症により人工透析になっている症例なら,クランピングと
その解除に関してかなりのリスクがあると感じました.さらに,一度
開心術をやっているので,出血のリスクも相当なものになるでしょう.

これらの点については,是非心臓外科の経験が豊富な先生の意見を
伺いたいところですね.その情報なしに,「手術しなければ助から
ない」=「助かろうとすれば100%手術が必要」という説明だけをす
るのは一方的過ぎる印象です.
 

> 患者は糖尿病もあり、高齢なので手術は受けたくないと言っていた。
> 家族(息子)は経済的に余裕がないので手術は受けさせたくないと言
> っていた。患者と家族の関係は仲が良いものとは言えなかった。

問題なのは,患者の認知機能,判断能力でしょうか.きちんと判断が
可能な認知能力がある場合,本人が手術を受けたくないと言っている
にもかかわらず,無理に医療者側が手術を勧めるのは倫理的に問題が
あると思います.法的には承諾を強要したり,脅迫めいた言葉で説得
したりしなかったかどうかが問題になるかもしれません.

> <質問欄>
>   患者は非常に不安がっており、大手術などと言えばほぼ確実に
> 手術を拒否するだろうことは予測できた。それでも手術を勧める
> 医師側としては言うべきであるのか?
>
> 狭心症の症状が入院後に何回か見られており、手術をするなら一日
> でも早くしなければならない状態でどこまで面接を重ねることがで
> きるのか? 

本人が死を覚悟しているのであれば,緩和医療でいいケースだと
思いますが・・・日本の緩和医療の枠組みだと,ホスピスに入っ
たりしても特別な管理料が支払われない保険制度らしいですが・・・

そういう選択肢が示されていない場合,患者は緩和医療で死ぬか,
手術死するかという選択が不能となります.手術死のリスクが80%と
仮定したとき,今まででさえ,透析をしながら,心臓の手術を一度
乗り越えてきた患者が,今まで以上に大変な術後生活を望むのかを
考えると,自分の身内であっても,手術を積極的に勧めるかどうか
は,なかなか決断に困るような気もします.
 

> <教官コメント>
>  間違いなく緊急の対応をしなければならない事例です。この
> ような事例で、どのように対応することが、医師として、倫理的
> な態度と言えるでしょうか。
> 患者が拒否すると考えて、現状を言わないことがいいのでしょうか。

現状を言わないというのはネガティブな誘導尋問でしょうか?
あるいは,ストレスをかけると悪化する疾患があるということを
考慮するという意味でしょうか?

緊急とは言っても,前負荷を下げないように細心の注意を払いな
がら,後負荷を下げ,1〜2週間かけて患者が最善と思えるよう
な決断を下せるように援助することは可能なはずではないでしょ
うか.その際,手術のリスクに関する専門家の意見,緩和医療と
いう選択肢があるという情報がなければ患者は自分の意志を明確
にすることすらできないでしょう.

>  ある循環器内科の医師は、全く同じようなASRで、心不全が進行し
> ていった症例をカンファレンスで提示されて、なんでもっとつよく
> 早期に手術を勧めなかったかを問いました。
> 担当医は家族が手術の説明することを拒否したから本人には説明で
> きなかったとこたえましたが。本人の意識が無かったならまだしも、
> もし聞いていたら、手術をして助かっかもしれない。その権利を奪
> ってよかったのか。

この症例では,家族と患者本人のどちらが最終決定をすべきかという
別の論点が話題になっているようです.本人に説明しておくべきだった
という点については,最近は日本でもそういう意見が強まっていると
考えてよいと思います.ただ,やはり心不全が進行していく際,
大動脈置換という手術のリスクと,緩和治療という選択肢については,
説明に含めるべきかなと思います.

> はっきりいって現時点でこのような進行性のASRは手術以外救命の
> ための治療法がないのだからということでした。

救命だけが医療の目標というふうに聞こえるフレーズですね.誰もが
いつかは死ぬのが生き物としての定めですが・・・手術で死ぬという
のは,ハラキリみたいで潔い印象を与えるのでしょうか・・・どうも
このあたりに私には理解できない面があります.

>  私自身、85歳のASOでこのままほうっておけば死亡と言うケース
> でバイパス手術を依頼し、元気に歩けるようになった経験があります。
> 主治医から「65歳以上の方6例に同じような手術をしましたが、
> 全員が死亡されました。ただ、このままほうっておいても死に至る
> だけだから最後の手術の可能性にかけたいのですが」という医師団
> の言葉を信頼して、手術されました。
> 3年後に狭心症が進行し、本人の希望でバイパス手術を受けられ
> 3日後に死亡されましたが、家族はできるだけのことはやれたと
> 満足されていました。

私は85歳女性で弓部大動脈瘤のオペをしてもらい,歩いて帰ることは
できたものの,大動脈内壁からの塞栓か何かで認知障害が残ったと
いう経験があります.本人も家族も納得して手術という結論に至った
症例でしたが,何が正しい判断か,医療によってある方面には害を
及ぼした可能性はなかったかなどと考えると,今でも自分として納得
できずにいます.
 

「手術の可能性にかけたいのですが」という言葉は,医師側の意志が
強く反映されていて,患者側の中立的判断がしにくいかもしれません.

「今まで同様の状態だった方は6人おられて,我々のところでは手術を
しても全員救命できませんでした.でも,他の病院では同様の状況で
助かった手術をして助かったかたもおられます.この病院であっても,
手術をすれば元気に歩いて帰れる可能性がゼロではないと考えています.
もし我々に賭けて下さるのであれば,今までの経験を踏まえて,最善を
尽くしたいと思っていますが,いかがでしょうか」というのなら,
納得できるでしょうが・・・

> この決断の時に、家庭医が関わっていたら〜・・・。
>
> 一生、悔やむかもしれませんよね〜・・。
> 「嫌がっている人」を「説得?して死期をはやめ・・・。」
> かつ、家族には手術に伴う借金を残したりすると〜・・。
>
> 患者さんの家の前をとおるたびに、思い出すでしょうね〜・・。

家庭医の感覚では,この患者さんがどの程度の確率で命を長らえ,
その患者さんが再び人生を喜びながら送ることができるのか,
それとも,寝たきり,認知障害,退院できない状況などになって
しまわないのかなどが気になるということでしょうね.

また,息子さんがお金のことを気にされていたのであれば,手術に
伴うコスト,合併症が起こったり,入院が長引く,ICUにずっと
入り続けるといった場合のコストとその確率についても提示して
おいた方がよかったかもしれません.車の修理をするときには,
誰しも見積書が欲しいのと同じだと考えています.患者本人も,
自分の手術のために息子に借金を残したいとは思わない筈ですが・・・

///////////////////////////////////////////////////////////////
<コメント>
大西先生、ありがとうございました。!!!!

>救命だけが医療の目標というふうに聞こえるフレーズですね.誰もが
>いつかは死ぬのが生き物としての定めですが・・・手術で死ぬという
>のは,ハラキリみたいで潔い印象を与えるのでしょうか・・・
じつは、さっきまで気がつきませんでしたが、
そうでかね〜・・。
 

>私は85歳女性で弓部大動脈瘤のオペをしてもらい,歩いて帰ることは
>できたものの,大動脈内壁からの塞栓か何かで認知障害が残ったと
>いう経験があります.本人も家族も納得して手術という結論に至った
>症例でしたが,何が正しい判断か,医療によってある方面には害を
>及ぼした可能性はなかったかなどと考えると,今でも自分として納得
>できずにいます.
まさに、小生の直面している問題です〜・・。
 

「今まで同様の状態だった方は6人おられて,我々のところでは手術を
しても全員救命できませんでした.でも,他の病院では同様の状況で
助かった手術をして助かったかたもおられます.この病院であっても,
手術をすれば元気に歩いて帰れる可能性がゼロではないと考えています.
もし我々に賭けて下さるのであれば,今までの経験を踏まえて,最善を
尽くしたいと思っていますが,いかがでしょうか」というのなら,
納得できるでしょうが・・・
ですね、同感です〜・・。

>家庭医の感覚では,この患者さんがどの程度の確率で命を長らえ,
>その患者さんが再び人生を喜びながら送ることができるのか,
>それとも,寝たきり,認知障害,退院できない状況などになって
>しまわないのかなどが気になるということでしょうね.
です。です。!!!
 

>また,息子さんがお金のことを気にされていたのであれば,手術に
>伴うコスト,合併症が起こったり,入院が長引く,ICUにずっと
>入り続けるといった場合のコストとその確率についても提示して
>おいた方がよかったかもしれません.車の修理をするときには,
>誰しも見積書が欲しいのと同じだと考えています.患者本人も,
>自分の手術のために息子に借金を残したいとは思わない筈ですが・・・
そう思います。

皆様のご意見、お待ちしています。!!!

以上(田坂)



平田道彦さん(麻酔科医)のコメント


問1)提示した事例についてどのような倫理的な問題があるとおもいますか。できるだ
けたくさん挙げて下さい。 (4分割表を使っても使わなくてもかまいません)
・理解がなされたにもかかわらず、治療を拒否する患者の権利を尊重する姿勢が欠けている主治医。
・患者のためといいながら、治療法がないという事態に強迫されている自分に気づいていないこと。
・死を選ぶこと、イコール敗北であるという、観念的呪縛。
・QOLの向上のための治療的手段が十分に検討されていないこと。(西洋医学的な範囲では手術しかないかもしれないが、ひょっとしたら東洋医学的には試すべき手段があったかもしれない。

問2)この事例について倫理的な問題点の解決のためにどのような情報が欲しいですか。
(この事例について手術以外の有効な方法があるでしょうか?その医学的適応の検討は
このケースを考える上で非常に大事なことですので確認しておいて下さい。)
心不全の程度。
東洋医学的アセスメント。
問3)この事例についてあなたが主治医であったらどのように対応したいですか。
(以下の2点については自分の意見を考えておいてください。)
・このようなリスクの高い手術は高齢の患者に勧めるべきでないのか。
危険性を含めて説明の義務はあります。
・どのような言い方をすれば、患者の自由意志を尊重したインフォームドコンセントができるのだろうか。

手術をするしないはあくまであなたの自由。
する場合の利点欠点は・・・・。
しなかったら、これこれの治療がのこっている。しかしそれでは半年後に生き残る確
率はこれこれ。
あなたがぼくのははおやだったら、一か八かの手術すすめるかもしれないけれど、それでもあなたが怖いというなら、無理にすすめないでしょう。
どうしますか。

付記)循環器外科の光と陰とは関わるものは誰しも思い知るところの現実です。それを真正面から問題として取り上げたのは、なかなかよろしい。十分に考えることです。
ここで結論が出ないことに耐えることが、医師としての修練になります。
小生が麻酔科医として彼らの欠点を言わしてもらうなら、「脅迫的呪縛」に気づいていないことです。手術することが最善であるというドグマに縛られている自分に気づいていない。手術しないで亡くなられても、それはその患者さんの人生である、というスタンスを嫌う傾向があります。彼らは時に無影燈の光に群がる蛾のようです。明るいものだけを見つめて暗みを恐れる蛾のようです。「怖いから手術をしない。」立派な判断じゃないですか。これを愚かしいと短絡的に結論付けてしまうことこそ、近代的自我の暗闇であることに気づいていない。まぁ、大抵の医者はそうですけどね。



西郷正彦さん(鹿児島大学第一内科)のコメント


先生の提示した症例を拝見いたしました。確かに難しいケースだと思います。これについての私見を述べさせていただきます。

1. ASで圧格差40mmHgというのはそれほど重症とは思えません(AVG40mmHgでAVA 0.6cm2というのはなんだかしっくり行きません)が、ただ、以前LAD#7に対してPCIを施行されたとのことですので、その際にMIを合併しているとすれば左室の壁運動低下もあるでしょうから、合わせ技一本で圧格差はそれほどでなくてもASの症状が出現すると思います。また、HDを施行されているならば、HD直前には体は溢水の状態で心臓に対してvolume overloadとなっていると思います。また、左室肥大の合併の可能性も高度でしょうから、労作時には併存する冠動脈狭窄で心筋虚血が増悪し、壁運動が低下、圧格差が増大し、さらに症状および心筋虚血の悪化という悪循環は容易に想像できます。

2. ASに対しては外科的療法しか治療がないのは周知の事実です。私も外科に通院中の86才の男性で意識消失発作の状態で緊急搬入された患者の主治医になったことがあります。意識は搬入時には戻っていましたが入院後の心エコーで圧格差120mmHgを指摘された、と記憶しています。他の合併症もなく、当然外科的治療も考えられました。家族に、このまま様子をみれば、一年間のうちに突然死する可能性が高いが、今後の治療はどうするか、内科的治療は不可能だ、と説明しました。この男性は家族とも仲がよく、おじいちゃんと大切にされているようでした。心外も受診させ、家族が話し合った結果、手術は受けないことになり、一週間後に退院されましたが、四ヶ月後に突然死されたとのことでした。

3. 先生の提示された症例は、準緊急手術の適応があると思われます。ただ、二弁置換、CABG、しかもHDとくれば、周術期のリスクはかなり高いと思わなくてはなりません。麻酔科、循環器科、心臓血管外科の腕の見せ所とも言えます。術前、術後のHDスケジュール、また、糖尿病の管理と大変だと思います。基本的に、心不全が増悪したときには利尿剤で前負荷をとるか、血管拡張剤で前負荷もしくは後負荷を軽減させるか、のいずれかもしくは併用が考慮されるわけですが、この患者はHDなので利尿剤でも前負荷の軽減も難しい、また ASなので血管拡張剤を使用すると心拍出量も低下、突然死を招く可能性あり、ということで、非常に管理し難いと思います。

4. この様な症例であるからこそ、術前の説明は何度でも行うべきでしょう。我々医療関係者は、患者の寿命を延ばすことに目が行き勝ちですが、そこには患者本人の納得と同意が必要と思われます。例えその治療を受けないがために最悪命を無くすことになっても、それは患者の権利だと思います。カンファレンスで、なんで手術を受けさせないんだと上級医に罵倒されても、また、その時点で患者が誤解していたとしても、その患者の命に関する決定は本人自身ががするべきだと思います。命を延ばすも、短くするも、本人しかその権利はないと私は思います。ただ、そのためには説明を一回しかしないとうことは私はしません。家族と一緒にもしますし、その上で、本人、家族に決定していただきます。その後の治療はまた相談してということになりますし、提案と逆の結論になっても手を抜くことは許されないと思っています。以前ならば医療関係者が押し切ることもあったでしょうが、現在はインフォームドコンセントが主流と思います。情報の開示と説明、その上で自己責任での決定というのがこの主旨だと私は考えています。

5. この症例はどうだったのでしょうか。もし、主治医団が押し切ったのであれば本人にとっては不幸だったとも言えます。そりゃ家族は手術までしてもらったんだからと納得されるかもしれませんが、いわゆる遠くの親族からはその逆の結論も出てくる可能性があると思います。要は本人の納得だと思います。

7.年令だけで言えば、私は96才の女性患者で、AMI(LAD#7完全閉塞)による心室中隔穿孔の主治医になったことがあります。この患者は発症後2週間目に開心術を受け、無事退院されました。年令は手術には関係ないと思います。リスクの説明とそれでも手術を受けたいという本人もしくは家族の強い希望があれば、勝ち目は低くても考慮はするべきだとも思いますが如何でしょう。

難しい症例で、おそらく結論は出ないと思います。ただ、本人のみが言えることでしょうが。理想論かもしれませんが、できるだけこのような考えで臨床をしてきたつもりではありますが、結局は患者さんが満足したかどうかはわかりません。十八年間の間には患者さんを不快な気持ちにさせたことも多かったろうとおもっています。

くだくだと書きましたが笑って読んでいただければと思います。



山守育雄さん(名古屋第一赤十字病院内科内分泌代謝)のコメント


> 70歳台、女性
> 既往歴;20年前から2型糖尿病 15年前より高血圧
> 10年前より糖尿病性腎症のため、人工透析導入

糖尿病性腎症の5年生存率が52%(非糖尿病は82%)であることを考えると、かなりの長期生存例と言えそうです。たぶん、自己管理もしっかりなさっておられたのでしょう。

> 患者は糖尿病もあり、高齢なので手術は受けたくないと言っていた。
透析を開始したときは60歳だったので、まだ死ぬわけにはいかないと感じられたのでしょう。透析を10年続けておられるうちにお年も取られたわけですが、この10年間の透析生活についてはどのように受けとめておられたのでしょうか。
糖尿病性腎症の透析は、非糖尿病に比べてなかなか厳しいものがあり、透析生活自体に疲れていた、ということはありませんでしたでしょうか。
多くの人の手を煩わせて、医療費の国庫補助(身体障害者1級)を受けながらの生活を続けることに、そろそろ幕を引いてもよい、とお考えになっていたというようなことはなかったでしょうか。几帳面な方であればあるほど、こうした考えにかられても不思議はないと思います。

実際、透析療法は一度始めてしまうと、途中でやめることはきわめて困難です。やめる=死ぬ、ということですから周囲はおいそれと同意できる訳もありません。糖尿病では神経障害で透析のたびに血圧が下がって、激しく嘔吐を繰り返す人もいますし、透析中に心筋梗塞を起こして気がついたら死んでいた、という話も聞きます。頼むからもうやめさせてくれ、と懇願する本人を、毎回スタッフがなだめすかして迎えのバスに乗せる、という話もよくあることのようです。
手術を受けなければ死ぬ、という説明に、それならそれで構わない、という心理もじゅうぶん考えられます。
> 家族(息子)は経済的に余裕がないので手術は受けさせたくないと言っていた。
> 患者と家族の関係は仲が良いものとは言えなかった。

逆に、経済的に余裕さえあれば、息子は手術に同意したのでしょうか。なんとしても長生きして欲しい、とまでは思えないが、それは表立って口に出せないから経済的困難を理由にした、ということはなかったでしょうか。
家族はどういう形で本人の将来を過ごさせる(あるいは人生の結末をつけさせる)ことを望んでいたのでしょうか。そして、ご本人は。

> 最終的に医師の説明に押された形で患者は手術を承諾したが、術後3日で死亡。

手術自体がもとより危険の大きいものだったわけで、いちかばちかの手術であったことを考えれば、この結末はもとより想定内のことであったと思います。
それがこのように臨床倫理の問題として取り上げられること自体、術前の決断が
十分なinformed choiceになっていなかったことの証拠とも考えられます。
(それともinformed choiceとしては十分であったが、真実をどこまで伝えるかについて白浜先生ご自身に迷いがあった、ということでしょうか。)

糖尿病の領域でもここ数年、エンパワーメント(empowerment)の考え方が導入され、かつてのようなパターナリズムでは有効な患者援助ができないことが強調されつつあります。個人の人生は個人のものであり、たとえ医学的に間違っていても、その人の人生哲学に基づく決断は尊重されなければならないし、それに反する提案はどのみち日々の実践にはつながらないであろう、との考えに基づくものです。
われわれは援助者ではあっても、患者の人生を本人の意向に反して勝手に指図する存在であってはならない、との考えがその根底にあります。
(health care adviserとしての医療者とクライアントとしての患者・家族の関係)

「死の教育」の必要性が叫ばれて久しいですが、どのように死を迎えるか、はすぐれて個人的な「生き様」の問題でもあります。短時間のうちにその人の死生観を読みとることは決して容易ではありませんが、医師側にそれに関するアンテナがあれば、いくつかのキーとなる質問をすることでその人の考え方を推し量ることは可能であろうと思います。おそらくこの心臓外科医にはそこまでの洞察はなかったのでしょう。まだ若かったのかもしれません。(ちなみに小生は今45歳です。)

> 患者が拒否すると考えて、現状を言わないことがいいのでしょうか。
このあたりは癌の告知と共通するものがあると思います。「癌」という言葉を
いきなり使うか、予後に関する正確な数字を初めからはっきり伝えるのか、という議論を思い出します。本人が病状の深刻さを理解できる程度の具体性は必要でしょう。かといって受けとめられないほどの衝撃をいきなり与えることは不適切でしょう。「ムンテラは小出しに」、本人の顔色(反応)を見ながら、慎重に言葉を選びながら、事の重大性、かといって全く打つ手がないわけではないこと、危険はあっても現状で治療側が最適と考える方策はこういうことである、と順を追って話をするぐらいの時間の余裕はあったはずだと考えます。

結局、患者(・家族)に対するコミュニケーション技術の問題と、それ以前に「始めに結論ありき」で、本人・家族と医療側の双方が納得できる結論(「どちらか一方が正しくて一方が誤り」とはしない道)を模索することを考えなかったところに一番の問題があったように思えるのです。

もちろん、医療側の熱意でご本人の翻意を得られてそれがよい結果につながることもあることは否定はしません。さらに、えらそうに書いてはいても、現実の臨床ではパターナリズムを振りかざして患者を説得しているのが自分の真実の姿であることは十分自覚しております。

ご批判を頂ければ幸いです。



黒田 豊さん(天草郡市医師会立 苓北医師会病院)のコメント


先生のご質問への直接の回答にはなってないかもしれませんが、

>Seg7,9,10に90%、Seg13distalに84%の狭窄。左室-大動脈圧較差は40mmHg、
>AVA0.6cm2と高度のAS。ARV度、MRV度。C.I.は2.58L/min/m2。

確かに冠動脈の狭窄があり、ASも合併しており、外科医の選択としてはCAB
G+AVRとなり手術をするのであればMVRもということになるのでしょう
が、冠動脈は2枝ですし、まずはPTCAで当面の狭心症を抑えて、その後に再
度検討する方法がとれなかったのか。

>患者は糖尿病もあり、高齢なので手術は受けたくないと言っていた。
>家族(息子)は経済的に余裕がないので手術は受けさせたくないと言ってい
た。
>患者と家族の関係は仲が良いものとは言えなかった。
>医師はこのまま放置すれば予後は非常に不良でるため、積極的に手術を勧めて
いた。

患者は糖尿病に加え透析歴10年であり、全身の動脈硬化(血管の石灰化)が進
行している可能性が大きく、弁置換術においては人工弁を縫い合わせるのにかな
りの技術を必要としAVRのみでもかなりの手術時間を要する。ましてやCAB
G+AVR+MVRとなると・・・・。一般的に手術時間の長短と術後早期死亡
率は相関すると言われている(自治医科大学大宮医療センター心臓血管外科Dr
のコメントで文献に関しては不明)。AVR術直後に人工弁縫合部よりリークし
緊急再開胸となった透析症例もある。更には、このような高リスク患者の心臓術
後には一時的にでもIABPやPCPSが必要となることがあるが、透析患者の
場合、動脈の石灰化が強く、挿入困難、あるいは挿入できても挿入部位より末梢
の下肢壊疽を起こし致命的となる可能性がある。以上のことを考えるといくら緊
急と行っても胸腹部単純CTぐらいは撮って、全身の血管石灰化の評価を行い、
外科医自身が手術のリスクを十分認識する必要がある。

10年の透析歴におけるカルシウム・リンの管理状況、二次性副甲状腺機能亢進
症の程度、低回転骨状態になっていないか、患者自身の透析療法に対する姿勢は
どうだったのか、透析間の体重増加が多く自己管理があまり出来てなかった可能
性がないか、等の情報がほしいところです。

以上、ご参考になれば幸いです。



武田裕子さん(琉球大学地域医療部)のコメント


> 問3)この事例についてあなたが主治医であったらどのように対応
> したいですか。

手術をしない場合の予後、手術のリスクを十分に説明した上で、
ご本人の本当のご希望を聞き出し確認するように努力するでしょう。
多分、自分だったら手術は選択しない…ので、積極的に説得に
努めることはしないと思います。

こんな形でのコメントでよいのかわかりませんが、
感じたままに書きました。的外れでしたら、申し訳ありません〜。

私が米国で研修中、何度もPTCAを繰り返しながら再狭窄をきたし
ている80歳代の女性患者さんが不安定狭心症で入院してこられ
ました。

血栓溶解療法かPTCAか、緊急バイパス手術か、何らかの介入を
しなければAMIで亡くなることは必至の状態でした。かかりつけ医
の開業医の先生にお電話で相談したところ、「この患者さんは、
医学的なinterventionはもう受けないと決めておられるので、痛みを
とる以外の治療はしない」といわれて、耳を疑ったことがあります。

何らかの介入をすれば延命が望めるのにそれをしないという
選択を患者さんがし、それを主治医がサポートされているという
初めてのケースでした。

この患者さんは、ダンス仲間のボーイフレンドとおだやかに会話を
された後、数日後に亡くなられました。そういう決断をされた患者
さんと、それを支持された主治医の判断はとても心に残りました。
患者さんにとって延命が最もよい選択とは限らないことを学びました。



吉田澄恵さん(看護師、看護教師)のコメント


このたびば、白浜さんの活動の一端をみせていただくような資料を
メールしていただきありがとうございました。

周手術期の成人患者への看護について教授する立場にある私としては、
いろんな考えが浮かびました。

せっかくいただいたので、少しだけ、お返事させていただきたいと思います。
それは、分析される「事例」に入ってくる「情報」に関してです。

今回の事例には、生物医学的データ、身体的データは非常に多いのですが、心理
社会的なデータは少ないですね。経済的な問題も非常におおざっぱですし、患者
や家族の死生観、人生観、ソーシャルネットワークに関する情報もとても少ない
ですね。おそらく、看護職である私が事例提供するとなれば、その辺の情報は、
もっと増えると思います。

こういった緊急性の高い治療方針決定シーンにも参加してきた私の経験では、主
治医をはじめ、医師たちが、どれほど強く救命への使命感をもっているかを共有
しつつも、一方で、安らかに死ぬという選択もありだというふうに患者が考えて
いるかもしれないという別の視点の情報収集のフォローをしたり、決断をサポー
トしたりしてきました。それと、短時間の判断と決定が迫られる場合には、必
ず、後悔が残るという前提で、患者家族に対してのフォローを重視してきまし
た。私がこの事例に関わっていたとすれば、そういったプロセスの中で得られ
る、もっと、「生活次元」あるいは、「心理社会的」な情報を提供できるのでは
ないかと思いました。

それとも関連しますが、この事例に登場する人物がとても少ないなあと思います。

倫理というものは、人と人とが支えあっていくためのソーシャルなルールである
というふうに考えますと、倫理的判断の文脈に、登場する人たちが非常に少ない
なあと思います。(私は、パラダイムとして、因果決定論や、原則論的な視点に
共鳴しないタイプの人間です。ので、原則論的倫理論はあまり活用しません。ケ
アリング倫理論みたいな観点で論じている人が自分には近いです)

現実には、患者は一人ではあっても、家族は一人ではないし、こうした大きな手
術を可能にするような組織規模でなされる意志決定のシーンでは、医師も一人で
はないでしょう。また、「看護職」が登場人物となっていません。この事例に
は、そういった情報が捨象されすぎているなあと感じます。

そして、それらを通して、私としては、これが、今の看護職の現状を表している
のかなあとは思いました。

 看護学教育の中では、ICの席に同席すること、ICの場の環境設定を行うこ
と(場所、当事者間の連絡、レントゲンフィルムやカルテ等の準備)、患者や家
族が医師の説明をうけたあとの反応をフォローすることなど、治療方針決定に関
連して、看護師が行う周辺的なサポートの重要性が繰り返し、論文にされ、テキ
ストにのっていますし、私も教授しています。
 そういった(治療方針決定ということを核心とすれば)、周辺的なサポートの
中で、看護師は、たとえば、誰が患者のキーパーソンであるかとか、キーパーソ
ンと主治医とが同席できる日時で、かつ、患者の容態急変前にことが決定される
ようにするにはどうしたらいいかとか、さまざまなことを考え対応していると思
います。少なくとも、私自身はそうしてきました。また、最近、私の周辺でみる
看護状況でも、そういったことが行われるのが日常的になってきました。
 でも、まだ、それをほとんどしていない看護師がいる状況というのもあるのだ
ろうなと思いました。まったく医師任せの看護職もあるかとも思いますので。

 ただ、もし、倫理的意志決定の文脈でも、チーム医療というものを志すのであ
れば、こういった「事例」の「情報」の中に、チームを構成する「職種」として
は何があるのか(例えば、手術である場合、麻酔医は欠かせないし、開心術の場
合、臨床工学技師の存在も大きい状況もあると思います)などが検討されてみて
もいいのかなと思いました。

 以前、白浜さんがおっしゃっていた、医療における意志決定の最終判断は、主
治医が行うものだという前提から動かないのであるとすれば、あまり意味のない
意見かもしれませんが。。。
 なお、チーム医療について、出版ほやほやの本があります。
 
細田満和子著 「チーム医療」の理念と現実、日本看護協会出版会
私の友人の社会学者がまとめたものです。もし、ご存知でしたら、すみません。
白浜さんの事例検討会の形式に沿った返信でなくてすみません。
そんなことを考えました。



田澄恵さんの上記コメントに対する白浜の返事と吉田さんからの再コメント


貴重な御意見ありがとうございました。
この事例はそれこそ、学生が感じたままを書いてくるので、誤解も
あるでしょうし、心理社会背景、他のスタッフのことが抜けています。
そこらへんを広げるのが、このカンファランスの一番のねらいで、
教官として自分の視野が狭くならないように、また学生の意見が、
一方に片寄らないように、できるだけ学生と違う意見をふってお
いて当日1時間で、もっと色々な意見が出るようにします。
願いは、看護学科との協同授業ですが、なかなか看護学科から一緒
にとはなりません。吉田さんのコメントは看護師からの意見で貴重
なのでHPにも掲載させて下さい。

それとひとつ誤解してほしくないのは、
最終判断を医師がというのは、医師が一人でというのではないし、
チーム全体の合意の方向でということと認識していますが、治療
方針を最終的に書くのはやはり医師になるということです。
私は褥そう治療などは、訪問看護ステーションの方にまずお任せして
使われた薬だけを処方して、うまくいかなかった時だけこちらでこう
したらどうだろうと言うくらいです。



こんなふうにネットで活動されているのを知って、またびっくりしました。
全体のとりくみもわからないのですが、私の見解を掲載すること、また、白浜さんのそれに対するコメントが公開されていくことで、こうしたことに参加する人が増えていくのなら、望外の幸せです。よろしくお願いします。
看護学生が入ってこないのは???ですねえ。
そう遠くない未来、私も看護学生にこうしたチャンスをつくる仕事をしたいなあと思いました。ありがとうございました。
誤解の件、今回のコメントで、なんだか、すーっと納得できました。
それもレスポンスとして公開されるのですよね?

高田 淳さん(高知医科大学老年病科・循環器科)のコメント


私の施設も、老年病科・循環器科ですので、高齢者の
手術適応については、病棟担当グループではいつも
discussionされています。私が研修医当時とくらべると
かなり適応年齢や範囲も広がっており、手術成績も
向上していますが、やはり高齢患者さんの特殊性から
時には残念な結果となってしまうこともあります。
ご家族、ご本人の術前の説明、同意については、色々な
ご意見もあると思いますので、ここでは述べません。

ただ、今回提示された患者さんについては、透析症例の
ASというかなり特殊なケースかと思います。お亡くなりに
なった直接の原因は、なんだったのでしょうか。
2年前から、透析施設で、循環器疾患について担当
させていただく機会があり、2例ほどつづけて重症AS
で透析困難となった例を経験しました。お二人とも
60歳代後半でAS自体はちょうど手術時期と思われる
状態でしたが、大動脈の石灰化が高度で、クランプを
かけるにあたってのリスクも高く、また頭蓋内動脈
の病変も高度でした。私が直接の主治医ではなかった
のですが、なかなかお引き受けいただける施設がみつからず、
昨年ML2でもご相談しました。その際、県外の施設から2箇所
ほど、お返事をいただきましたが、最終的にはご本人、ご家族の
ご希望もあり、高知県内の施設で無事手術いただけました。
(術前の評価、discussionからは、大きな合併症がなかったのは、
ある意味奇跡的だったと思いますが)
この時の経験では、おそらく透析の開心術自体(CABGは別として)
は、まだかなり未知の分野であり、1施設で百例を超えるような経験をされて
いるところはないと思います。また、手術リスクや短・中期予後も
一般の症例と比べるとかなり不良ですので、現在の20万
の透析人口と、弁膜症症例の数、その重症度ならびに問題点を
考えると、センター的な施設で徐々に症例を増やして成績を
あげていく必要があるのではないかと考えます。

御本人、ご家族にも これらの特殊性を考慮した 十分な説明が
必要 というのが私の感想です。



江越 正嘉さん(ソーシャルワーカー)のコメント
(医療費のことが気になって、専門家である知り合いのソーシャルワーカーに確認してみました)


重症な心疾患等で手術を必要とされる方は、
通常、身障手帳を作られます。
心疾患の身障手帳の診断書を作成できる
指定医が診断書を作成し、
市町村へ提出します。

緊急でない場合には
手術日の前に
「更生医療」の給付申請をしていただきます。
医師(指定医である必要はなかったと思いますが)に
更生医療に関する意見書を書いていただき、
市町村へ申請書と一緒に提出します。
更生医療の場合は、
医療費が行政から支払われ、
その方の所得に応じた負担金を支払う必要があります。
負担金は、あまり多くない場合が多いです。
手術の医療費や入院費の保険部分は
更生医療でまかなわれるはずです。
また、更生医療は指定を受けた医療機関で
うける必要があります。
案外、市中の病院では指定を受けていない病院が多く、
織田病院も更生医療の指定を受けていません。

緊急の場合には、
手帳と更生医療の手続きをとにかく急いで行い、
行政にも緊急であることを伝え
なんとか手術前日までに了承を得る必要があります。

更生医療が受けられない場合でも
「高額療養費」があります。
一ヶ月にかかった医療費が
72,300を超える場合に手続きをすれば、
後日(2ヶ月程度)戻ってきます。
いったん医療機関に支払う必要がありますので、
その部分の貸し付けを受けることもできます。



江越 正嘉さん(ソーシャルワーカー)のコメント(事例全体に対する再コメント)


先日のメールの背景を存じておりませんでしたもので。
医大生の方に理解しやすいような
制度の書き方をしておりますので、
文章が幼い感じがします。
普段からこのような言葉遣いをついつい
してしまっているのでしょうね。

SWの立場(あくまで私のスタンスですが)として、
このようなケースに立ち合わせていただいた場合には、
私ならば、まず主治医の面談のしばらく後に
本人にできる限りゆっくりと
「どのように病気と手術を理解したか」
「どう考えたか」
「家族とは話し合ったか」
を、伺います。
家族と話し合う時間がなかったのならば、その時間を作り、
必要な情報を本人と家族がきちんと受け止めているのかを確認しながら、
患者様側が足りないと思った情報を医療者側から提供してもらいます
(医療的な情報は当然主治医より、医療費や福祉制度等の情報はSWより)。

「どのように思うか、感じるのか」
を、伺う時期を見極める必要があると思います。
いきなり心に飛び込んでいくのは
ちょっと怖いですから。
多分、患者様や家族は悩まれると思いますので、
その思いを受け止めたり、
悩みや葛藤から本心と異なった言動を無意識にとっていないかを
面接等の中から汲み取るべきではないかと思います。

最終的には
情報と感情の整理をうまく手伝ってあげらるくらいしか
SWにはできないかもしれません。
ですが、それも必要ではないかと思います。
緊急の手術を要する場合には
悠長に構えている暇はないかとも思いますが。
QOLやスピリチュアルな問題は、
一瞬のうちに解決したり、昇華したり、
崩壊したりするものなので
時間の捉え方を柔軟にとる必要があるのかもしれませんね。

HP上の問いに答えていませんが、
このような手法で倫理やQOL面での問題を
現実的に解決できればと思って日々苦悩しています。

拙くあまり練られた文章ではありませんので
恥ずかしい限りなのですが、
SWとしての意見が一つぐらいあったほうが良いかと思いまして、
送らせて頂きました。



尾藤誠司さん(国立病院東京医療センター 総合診療科)のコメント

駒沢にあります国立病院東京医療センター 総合診療科の尾藤誠司と申します。
臓器別の専門は特にないです。医療の質だとかコミュニケーションのようなものを中
心に仕事をしております。

白浜先生、貴重な議論のなげかけをありがとうございました。私なりにレスいたしま
す。

まず原則論ですが、ある患者さんが瀕死の状態にあって、その方が自分の意思を明確
に発することができる場合、たとえ病態が肺炎などのように完全に回復可能な状態で
あったとしても、その方が「医者よ、私にかかわるな」といわれた場合、医者はその
方に触れてはならないと思います。同時に、医者として、「私はあなたを助けたいの
だ。私にはそれができる」と説得する権利はあり、プロとしてそうすべきであると思
います。

今回の事例の場合、2点興味深い点があります。第一点は、医者が持つ価値観は
“(特に自分らの介入によって)ある人の命が延びたり、(狭い意味での)健康状態
が上昇したりすることが医者にとって価値のあることのほとんどで、それ以外のとこ
ろになかなか意識がいかない”という点です。このことを否定するつもりは毛頭あり
ません。医者の価値は人の健康状態の改善や救命・延命にあることはとっても大切で
す。ただ同時に意識すべきことは、患者さんのほうは医者の価値観と同等の世界観を
持っていることは少ないということです。今回の患者さんにとっては、五分五分、も
しくはそれ以下の確率の選択を行って成功した場合に長い年月の余命を得るよりは、
限られた時間の中で平穏に暮らすことのほうが大事だったかもしれません。そもそ
も、長生きするとか、元気であるとかよりも、家族仲がよいとか、人の迷惑にならな
いとかのほうが大事であったかもしれません。繰り返しますが、私は医者が自分の価
値観を捨て去るべきであるといっているのではありません。患者さん側には、医者が
持っている意識が及ばないところにいろいろな価値を見出しているし、そこに対して
想像力を持つべきだと思います。医者が意識している狭い世界の中だけで説明と同意
がなされても、これは押し付けになります。患者さんの世界に対して想像を持った上
で、医者として、“私はあなたの命を延ばしたり、元気な度合いを高めるということ
を仕事にしているので、その視点からこの方法を勧めたい。”と説得すべきであると
思います。そのためには、いかに本人の話を長く深く聴き、相互に会話していくかで
あると思いました。

もう一点として興味深いと思ったのは、患者さんの意思を果たしてわれわれはちゃん
とした情報として受け取っているかということです。患者さんと家族とはあまり仲が
よいようには見えなかったとのことです。であれば、患者さんは、家族に迷惑をかけ
たくないと思うことで、診療方針を選択しているかもしれません。お金のことを心配
したかもしれません。家族仲や、お金のことを心配して自分の一生にかかわる選択を
することは、われわれ医師にとっては驚愕すべきことですが、それを一概に“不純な
こと”としてしまうのも問題があります。だって、どうしたって簡単に解決できない
ことも少なくないですから。実際に、金がないから私立大学をあきらめるなどという
ことはいくらでもあるので、医師側の都合で医療に関する判断を神聖化するのはエゴ
でしょうね。

この事例でのキーポイントは、患者さん本人の声や気持ちが伏せられたまま物事が進
んだことが一番大きなことだと思いました。また勉強させてください。



中尾久子さん(看護師、看護教師)のコメント


メールありがとうございました。気になった事を書いてみます。

1.この方は、何故、胸部外科に入院したのでしょうか?
 それ以前に、内科医が診療していたと思われますが、その医師は
 どのように治療を進め、この女性に病気についてどのように説明
 されていたのでしょうか? また、胸部外科入院の際、どのよう
 な説明を受けていたのでしょうか?
 
2.外科医がこの患者に行った説明はどのような内容なのでしょうか?
 誰が同席していたんでしょうか?また、質問からすると「大手術」
 と言わなかったのでしょうか?また、放置する場合と手術する場
 合の今後の予測される成り行きについて(選択肢)、どのように
 話されたのでしょうか?
 
3.患者の理解力、判断力は問題ないと考えられるのでしょうか?
 脳血管障害の可能性はないのでしょうか? また、慢性疾患の合
 併症等により透析の通院以外にも日常生活に支障があったでしょうか?  

4.同居している家族は誰でしょうか?承諾書には本人と息子がサイ
 ンしたのでしょうか? 賛成していなかったと思われる息子はど
 のように手術を受け入れたのでしょうか。
  
限られた時間内で、十分にリスクを説明して納得していただくとい
うことは理想ですが、実際には難しい面も含んでいると思います。
過去からの病気の経緯やその都度の説明、選択権がある本人の意思
の変化がわかると考え、判断するのに参考になるのではないかと思
いました。取り急ぎ、草々。              中尾



大西弘高さん(国際医学大(マレーシア)医学教育研究室)の追加コメント


白浜先生,興味深い事例のご紹介ありがとうございます.既に他のMLで
一度レスをつけていますが,再度論点の整理をしたいと感じました.

尾藤先生:
> まず原則論ですが、ある患者さんが瀕死の状態にあって、その方が自分の意思を明確
> に発することができる場合、たとえ病態が肺炎などのように完全に回復可能な状態で
> あったとしても、その方が「医者よ、私にかかわるな」といわれた場合、医者はその
> 方に触れてはならないと思います。同時に、医者として、「私はあなたを助けたいの
> だ。私にはそれができる」と説得する権利はあり、プロとしてそうすべきであると思
> います。

山守先生:
> 「死の教育」の必要性が叫ばれて久しいですが、どのように死を迎えるか、は
> すぐれて個人的な「生き様」の問題でもあります。短時間のうちにその人の死生観を
> 読みとることは決して容易ではありませんが、医師側にそれに関するアンテナが
> あれば、いくつかのキーとなる質問をすることでその人の考え方を推し量ることは
> 可能であろうと思います。おそらくこの心臓外科医にはそこまでの洞察はなかった
> のでしょう。まだ若かったのかもしれません。(ちなみに小生は今45歳です。)

倫理的検討において,議論の目標が「医療チームはどのように対応すべきだったか」
という点なのかなと思いました.そして,重要かつ最初に来るべき論点は,「患者を
救命するために最大限尽力すべきか否か」ということかもしれません.

私は,この症例において患者側の意見を聞くだけの時間があると思います.日本では,
患者が家族と思いやり合いながら(話し合うかどうかは別として)決定する傾向も強い
と感じます.そのための時間や場が十分に設けられた上で,shared decision makingされる
ことが重要でしょう.

その際,「あなたを助けたい」と医療者側が説明するのなら,その気持ちが人間的なも
のであり,成功の栄誉を受けたいとか,好奇心に基づくとかいうものではないことを
十分考えた上ですべきでしょう.また,手術と対立する案として緩和医療という案を
示し,手術しない場合にはできるだけ症状緩和に努めて死を迎えることもできるのだ
ということを患者が知っておくべき(医療者も考えておくべき)です.手術を選択す
れば,医師が自分に一生懸命接してくれるが,そうでなければ見捨てられるという気
持ちになってしまう雰囲気ではいけません.

手術を選ぶと非常に危険だが,後にバラ色の人生が待っているという訳ではない
ことをこの患者は十分理解しているでしょう.助かったとしても最善で今までと同じ
透析生活,そうでなければより不自由な生活が待っています.もう,病気と闘うこと
にこれ以上頑張らないという選択肢があってもいいと感じました.

このことを患者や家族に説明するのは実際には気がすすまない医師もいるかも
しれません.手術という選択肢でもリスクが非常に高い,しかしそうでなければ緩和
医療で安らかな死を積極的に選択してもらうということになり,端的には「あなたの
人生はかなり終盤に近づいている」という説明になるからです.この家族は,手術を
経済的理由により回避したがっていますので,家族は本人の死を受け止めている
でしょう.家族が「本人にショックを与えないで欲しい,ショックを与えると心臓に
悪いから・」と言った場合は困りますね.そのことを考えると,本人への説明を優先
すべきかもしれません.このあたり,地域性や文化によってかなり雰囲気が異なりま
す.佐賀では,家族に先に言っておいた方がスムーズに行くケースが多いかも
しれません.

尾藤先生:
> 想像力を持つべきだと思います。医者が意識している狭い世界の中だけで説明と同意
> がなされても、これは押し付けになります。患者さんの世界に対して想像を持った上
> で、医者として、“私はあなたの命を延ばしたり、元気な度合いを高めるということ
> を仕事にしているので、その視点からこの方法を勧めたい。”と説得すべきであると
> 思います。そのためには、いかに本人の話を長く深く聴き、相互に会話していくかで
> あると思いました。

> もう一点として興味深いと思ったのは、患者さんの意思を果たしてわれわれはちゃん
> とした情報として受け取っているかということです。患者さんと家族とはあまり仲が
> よいようには見えなかったとのことです。であれば、患者さんは、家族に迷惑をかけ
> たくないと思うことで、診療方針を選択しているかもしれません。お金のことを心配
> したかもしれません。家族仲や、お金のことを心配して自分の一生にかかわる選択を
> することは、われわれ医師にとっては驚愕すべきことですが、それを一概に“不純な
> こと”としてしまうのも問題があります。

医師が患者の考え,信条,宗教的背景,家族関係や経済状況を十分汲み取って
考えるべき,患者が医師の考えを理解した上で判断できているか再考すべきと
いうまとめ方は参考になりました.

インフォームド・コンセントに関する最も大きな過ちは,“医師側が自分たちの考えを
一方的に述べること”,“患者側の決定を不必要に急かすこと”だと思います.

shared decision makingに先だって,患者や家族の考え,信条,宗教的背景,家族
関係や経済状況を医療者がどれだけの時間傾聴したのか,そして医療者側が情報
提供をした後に,どれだけのことが理解できているかを確認したかという原則が,
「緊急」という二文字でついつい軽視されていないかどうかは検証が必要なので
しょう.



亀井さん(亀井内科)のコメントとそれについての田坂さんのコメント


似たような判断に困るような状況の中で、病院から決断を迫られたご家族から、
ご相談を受けることがよくあるので、この事例は身につまされる思いです。

このような相談を受ける場合、特に感じるのは、患者さんやそのご家族が十
分結論を出すことができるほどの情報説明を主治医から受けていないというこ
とです。

医療者側が善と信ずることを一方的に提供して承諾を迫る形ばかりの情報提
供や、不十分な情報提供をして後の判断を家族に丸投げする、家族や患者さ
んと、ともに考えるという姿勢に乏しい、やはり形ばかりのインフォームド
コンセントが目立つような気がします。

このケースの場合も、選択肢は手術を受ける、受けないの2つですが、その
後に起こってくる事態の可能性はたくさんあります。
 

手術を受けない場合、即座に訪れる死、あるいは心不全が進行しそのために
制限を受けつつ暮らす状態(この場合も?ヶ月後の死、?年後の死、生活制
限の程度も様々あります)、心不全は進行せず、他の疾患による生活の制限
を受けつつ暮らす状態(予後はやはり様々な場合が想定されます)

手術を受けた場合も、手術死、手術は成功したが手術の合併症による生活の
制限が生じる場合(合併症はあっても制限が長期にわたらない場合もありま
す)、手術は成功し合併症もなかった場合、合併症による生活の制限といっ
ても様々なものがあります。

そしてこれらのことがどれくらいの確率で起こるのかという情報も必要です。

しかし残念ながら、すべての可能性について、どのくらいの頻度で起こるの
か予測するのは難しいところです。
 

そこで患者さんや家族の考え方、人生観などが大きな要素となると思われます。

76歳という年齢とその他の基礎疾患は、今後の余生が限られていると想定され
ますし、それをどう生きるかという患者さんの考え方が、手術の意志決定に大き
な比重を占めると思います(手術をしないと予後不良という医学的判断より)。

最近の経験ですが、私の患者さんがある治療法に挑戦しようとしています。成功
の確率は50%ですが、患者さんは何事も挑戦しないであきらめることが、いや
な方なのでこの成功の確率でもその治療法を選択されました。成功の確率が?%
なら治療を選択するかはその人その人によって異なると思います。

この患者さんが手術を受けたくないといっておられるのは、何故か、どのような
状況で過ごせるのなら手術を承諾されるのか?手術による死の可能性、合併症に
よるその後の生活の不自由さがどの程度なら、手術を踏み切って良いと思ってお
られるのか?手術後の生活がどの程度改善されれば、手術に踏み切って良いと考
えておられるのか?放置すれば、予後が不良といってもその状態は、ある程度ま
でなら受け入れられたかもしれない。又、家族についても同様にいろいろな状況
が想定されます(手術をいない場合の経済的、人的負担。手術をして成功した場
合の負担の軽減あるいは増加?手術をして失敗した場合の負担など)
 

この事例を読む限りでは、そのような作業を経ずに手術の決定がなされたような
印象を受けます。

臨床の現場では、明確に先を予測できる場面が少ないので、いろいろな可能性を
想定しながら患者、家族、医療者の共同作業の中で意志決定はなされていくのだ
と思います。この中のある部分までは(合併症の頻度や確率の一部)EBMがこ
たえてくれるかもしれませんが、それはごくわずかだと思います。患者さんにど
う情報を伝え、それをどう共有し、ともに考えていくかは、高血圧の治療から今
回の様な事例まで常に考えていかなければいけない問題だと思いますが、どのよ
うにすればよいのか常に悩んでいるところです。

Mitsuhiro Kamei MD
Director
Kamei Clinic ( Respiratory and Family Practice)
6th Floor , Nichimaru-Nagoya Bldg.
//////////////////////////////////////////////////////////////////////
<お礼>
亀井先生、ありがとうございました。!!!!

>患者さんにど
>う情報を伝え、それをどう共有し、ともに考えていくかは、高血圧の治療から今
>回の様な事例まで常に考えていかなければいけない問題だと思いますが、どのよ
>うにすればよいのか常に悩んでいるところです。
ですね〜・・・。

患者さんも千人千色ですしね〜・・・。



広瀬 聡さん(鬼無里村診療所)のコメント


心臓血管外科をやめてちょうど1年前から村の診療所に勤めております。
この1年でいろいろ感じることがあり、病院時代の診療態度(いばっていた
とかそういうことではなく、いろいろな考え方のことです)を反省するこ
とも多く、このような症例には敏感に反応してしまいます。
 

> 経過;症例は心不全(NYHAIII度)、狭心症を伴っており、ASは大動脈弁口
> 面積0.6cm2、LV-Ao圧較差40mmHgと高度であり、更にASは2年前には認め
> られていなかったことから、急速に進行していると考えられ、手術適応で
> ある。Seg.7,9,10の狭窄もあり、MRもIII度であるので、CABG
> (Seg8 and Seg10)とAVR 、MVRを一度に行うことになった。

CABGとAVRはともかく、MVRは必要あったのかなあと思ってしまいます。MRの
原因はなんだったのでしょうか。ARによるボリューム過負荷によるMRであれ
ばAVR後に小さくなることを期待して、このケースのように手術侵襲を出来
るだけ小さくしたい場合などにはMVRはしなくてもいいかと思いますがいか
がでしょうか。術後MRが残って心不全が出てしまうと厳しくなりますが・・
・。
 

> 医師はこのまま放置すれば予後は非常に不良でるため、積極的に手術を
> 勧めていた。最終的に医師の説明に押された形で患者は手術を承諾した
> が、術後3日で死亡。
この手術を勧めた医師は、何科の医師だったでしょう?透析の担当医、
循環器科担当医、心臓血管外科担当医、他に家庭医はいたのでしょうか。
通常は3者(あるいは4者)の信頼関係で治療が進んで行くと思いますが、
なかでも日頃接している透析医の考えが大きいのではないでしょうか。
透析不能な状態まで進んでいれば、透析医もジリ貧よりはイチかバチかで
手術をした方が良い、と勧めるケースなのかも知れませんね。
 

> はっきりいって現時点でこのような進行性のASRは手術以外救命の
> ための治療法がないのだからということでした。
救命することだけが治療ならば、確かにその通りだと思います。ただ、
糖尿病、慢性腎不全(人工透析中)、狭心症、心不全という状態であっ
てしかも患者さんが手術を望んでいないのであれば、手術の可能性は提
示するにしても、そのまま看取る治療(?)という可能性についてもき
ちんと、しかも同列に提示する必要があるのではないでしょうか。

やはり、
> >最終的に医師の説明に押された形で患者は手術を承諾した
> ここのやり取りを、ビデオなどで検証したいですよね〜・・。
そのとおりですよね。
だれがどのような説明をした上で最終的に手術を選択されたの
か気になります。心臓外科まで回ってきちゃえばどうしても手
術中心の説明になります。「手術以外に方法はありませんから、
心臓外科の先生の説明を聞いてください」
「このようなリスクは何%くらいありますが、手術がうまく行
けば元気になれますよ」などという流れだと、前述の「看取る
治療」については触れられないまま、なんて可能性もあります
よね。はっきりいって病院の循環器科や心臓血管外科の医師で
そこまで配慮して患者さんに充分説明する人は少ないのではな
いでしょうか。
どうしても循環器関係は攻めの医療になり勝ちです。私自身は
その辺の思慮が不充分だったと思っています。ですから、家庭
医は循環器科や心臓外科(他の科でもいっしょでしょうけれど)
に紹介するにしても、田坂先生の言われるように治療方針の決
定には参加した方がいいのではないでしょうか?
でもムズカシイ?
 

心臓外科から村の診療所に移って一番感じるのは、患者さんの深
い背景まで意識した治療が出来ていなかったな、という反省です。
もちろん緊急の場でそんなことまで聞いている余裕がないのも事
実ですが、忙しさに甘んじて少し軽んじていたのもこれまた事実
だと思います。今また心臓外科に戻ったら少しは違うかも〜、な
んてその気はまったくないのですが。
すべての病院医師に家庭医を1年でいいから経験してもらえれば
いいのに、と思う今日この頃です。診療の幅が大きく広がると思
います。新医師臨床研修がよいチャンスでしょうか。

長々とつたない文章でスミマセン。



吉本尚さん(筑波大学医学専門学郡6年)のコメント


> 76歳、女性 総合病院胸部外科
>
> 主訴;胸痛

> 既往歴;20年前から2型糖尿病 15年前より高血圧
> 10年前より糖尿病性腎症のため、人工透析導入、リウマチ熱の既
> 往はない

> 患者は糖尿病もあり、高齢なので手術は受けたくないと言っていた。
> 家族(息子)は経済的に余裕がないので手術は受けさせたくないと
> 言っていた。患者と家族の関係は仲が良いものとは言えなかった。

〜〜〜〜
このような医療者側(医師側?)と患者側の意見が対立する事は
良くあることだと思いますが、患者側の立場から見て、このような生命に関わる問
題が
その病気が出てきてから数時間〜数日の間に決定できるものなのでしょうか?
自分だったらどうなのでしょうか??

もっと以前から、人生観・死生観をお聞きしておく事が臨床上でも
これからますます重要になってくるのではないでしょうか。
突然選択を迫られ、自分の意見を考える間もなく方針が決定される、
そんな臨床の一場面であるような、そんな気がいたしました。

どちらかといえばこの症例の医学的側面よりも、

・本人の意思はいかにすればもっと引き出すことができたか
・手術を拒否する事、また「糖尿病もあり高齢だから・・・」という意見の裏には
どんな意図が隠されているのか

ということが重要ではないかと思いますし、これから医師となる上で考えておくべ
き事だと思います。

心不全にはホスピスという選択肢もありますので、選択肢は手術だけではなかった
と思います。

〜〜〜〜〜
簡単ですが、締め切りも迫っているのでこの辺で。



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