2002.ケース1)重症痴呆患者の胃瘻についてのコメント集

広島市の田坂先生が管理されているTFCネットへ送ったこのケースについての私の意見と皆さんのコメントおよび田坂先生の追加コメント


白浜雅司(三瀬村診療所医師)


> 昨日、今日と福岡で開催されたホスピス在宅ケア研究会に参加してきました。
> 京大、阪大の社会学、文学部の教授等が主催の模擬倫理委員会”終末期の食を
> めぐって”(アルツハイマー末期の患者さんの胃ろう設置をどうするのか、、)
> というセッションで白浜さんにお会いできて光栄でした。白浜さんのするどい
> 突っ込みで議論が白熱してたいへんおもしろいセッションでした。
> 今後は医療者以外の方を交えたこういった医療倫理の議論がもっと必要とされ
> るのだと実感しました。(桜井先生のメールの引用)

するどいつっこみといわれるとつらいのですが、

ケースはこのようなものでした。
患者は84歳でアルツハイマー痴呆で、最近は寝たきりになって、
誤嚥性肺炎を繰り返した入院し、PEGを主治医から勧められた。
患者は自分の意志を表現できない状態。
主治医と、看護師はPEGをすれば誤嚥性の肺炎は少なくなるので
と勧めるが、これまで家で面倒をみていた息子嫁66歳は、自分
も病弱で、これ以上家で色々世話をするのが難しい。また体に
傷をつけるのがかわいそうという考えをもっているが、嫁の立場
としてそのことを強くは言えないでいる。
あと一人患者に関係のある患者の孫(しかしほとんど世話などに
関わることはない)は、母の世話の負担を軽くするためにもPEG
をいれてください。と主張するというようなシナリオでした。

私はこの模擬倫理委員会をみていて、疑問を持ちました。
医師や看護婦役が、PEGをすれば嚥下性肺炎もなくなり、
介護も簡単ですみたいに、PEGをすればすべてが解決する
ようなインフォームドコセントの仕方はおかしいのでは
ないかと意義をとなえました。
PEGを入れても、唾液つばなど、食事以外の誤嚥性肺炎の
問題は解決されません。PEGで胃をひきあげる分逆流のリ
スクは増えている可能性もあります。特に痴呆や座位の取
れない人では鼻腔栄養と比べても長期予後はよくないこと
が、高松であった総合診療研究会での報告にもあったし、
日本ではまだ論文はないようですが、外国の文献ではその
ような報告がかなりあるようです。

このようなことは、自分の経験だけでなくきちんとEBMに
基づいて話して初めて医療専門者のインフォームドコンセ
ントができると思うのです。
最近このようなきちんとEBMに基づいたインフォームドコン
セントをするというようなことをEBM ethicsと呼ぶことを
知りました。

私はひとりPEGの経験があります。脳卒中後誤嚥を繰り返
した方でしたが、PEGをお願いする電話をしたとき、病院
の消化器科の先生が、「歩いたり、少なくとも座位を取
れる人?それならPEGやるけど」と言われたことは、非常
に現実的な対応だったように思うのです。

具体的に座位がとれない(そうするためには抑制が必要
な)寝たきりの方にも、PEGは適応があるのでしょうか?
痴呆や老衰で食べる力が下がった場合に、特に本人の
意思の確認がでかいない状況で、医療者の方からPEGを
勧めるのがいいのか疑問を感じています。

PEGをはじめて楽になるのが、患者さんであるより
も医療者や介護者であるということはないでしょうか。
もちろん医療者や介護者の負担が減るということは
悪いことではないのですが、患者さんの代わりの
代理決定という視点をとるといいながら、実は自分
が悪者になりたくないという心理が働いているような
気がしました。
当日のある介護士さんの意見で、PEGをいれるとそれ
まで一生懸命食べさせようとしていたスタッフの熱意
が減り、その患者さんの周りから人が離れていきます
という意見がありました。考えさせられます。

> (ただ、ベースの知識レベルのばらつきが大きいので、討論も
> なかなかかみ合いにくいかも〜・・・。
> しかし、これを乗り越えなければ、はじまりませんね〜。!)

PEGの手技などの知識はもっとビデオなど視覚に訴えて
わかりやすく伝える必要がありまず。以前田坂先生に送
っていただいたビデオ、患者さんや学生に見せて理解に
使わせてもらっています。

ただ今回の倫理委員会の答申は、あまり知識の面で対立す
るということはないまま、何となくPEGは進めるという方向
の結論になりました。誰もが痴呆が進んで食べれなくなると
い現実から顔をそむけて、問題をはっきりさせないまま先送
りしているような気がしました。

PEGの恩恵を受けているたくさんの患者さんがおられる
ことはわかるのですが(私のお願いした患者さんもそう
ですが)、痴呆が進行して意思表示ができない方のPEG
の適応についてぜひ多くのそういう事例を経験されてい
る先生に実情を教えていただきたいです。



常に、問題となるケースは、あるはずです〜・・・。
>もちろん医療者や介護者の負担が減るということは
>悪いことではないのですが、
ですね。

>患者さんの代わりの代理決定という視点をとるといいながら、
>実は自分が悪者になりたくないという心理が働いているよう
>な気がしました。
ありますよね〜。
「PEGは見送る」という代理決定は、なかなか勇気がいると思います。

特に、医療者が、
>PEGをすればすべてが解決するような
考えでいる場合〜・・・。
 

>日本ではまだ論文はないようですが、外国の文献ではその
>ような報告がかなりあるようです。
ですね。その解説が、EBMジャーナルやJIMにかかれていた
(大生先生だったかな?)と思います。

ただ、印象としては、やはりPEGの方が長生きはされるのですが・・、
これが誤認なのか?、エビデンスの出し方等の問題なのか?
感触としては、海外のデータをそのまま信じてよいのか?
ちょっと悩んでもいるので〜・・・。(邪道でしょうか???)

追伸:

痴呆という状態の理解についても
> ベースの知識レベルのばらつきが大きいので、
と思っているのです・・・。
ハッピーな痴呆患者さんにお会いできると、特に〜・・・。

以上(田坂)



桜井 隆さん(さくらいクリニック 医師)のコメント


ホスピス在宅ケア研究会(福岡)」での模擬倫理委員会、の試みは
いろいろな問題に光りをあてるすばらしい試みでした。
医療に関する倫理委員会が、移植など先端医療や治験だけでなくこういった
日常診療での問題に関して討議を行う、という試みは市民や医療者以外の
専門家がかかわることによって医療の透明性が高まるということで歓迎す
べきことでしょう。

しかし一方で白浜さんの御指摘のように医療のように専門性の高い領域
では、参加する医療者がきちんとしたEBMに基づいた情報提供を行わ
ないならば、この模擬委員会のように間違った結論を出してしまいかね
ない、、といった状況が考えられます。

また高齢者の胃ろう、といった結構よくある状況でいちいちこういった
倫理委員会にはかる必要があるのか、いったい倫理委員会はどんな問
題を討議するのかさえよくさかりません。
(私としては先日TFCに紹介させていただいた17歳、高校生、骨肉
腫、肺転移、、治療拒否、、のケースなんか相談したかったですが、、)

また委員会の結論が実際の臨床の現場で拘束力を持つのか、また委員会
がその結論に責任を持つのかさえ明らかではありません。

さらに病院よりある意味で密室、ともいえる在宅ケアの現場では、、?
など考えるときりがありませんが、、。そう遠くない将来に問題となっ
てくるであろう安楽死、、などを考えるとこういった活動が必要となっ
てくるのは間違いないでしょうけど。



山本亮(りょう)さん(浅科村国保診療所 医師)のコメント


 ホスピス在宅ケア研究会には参加したかったのですが、九州ということもあり、演
題も出せなかったので、今年は参加できずに残念でした。(桜井先生にもお会いした
かったのですが残念でした)

経管栄養の問題は本当に悩ましい問題です。
このケースで自分が主治医だったらどうするだろうと考えてみました。
痴呆で食べられないというのは、痴呆の進行による嚥下機能の低下ということでよい
のですよね。拒食というわけではなく、また、新たに脳卒中などを起こしているとも
考えなくて良いのですね。痴呆もあるので嚥下の訓練は難しそうだし、食事の形態に
よる嚥下の工夫でも改善は見込めそうもありません。また、本人は意思表示ができず、
主たる介護者である息子の嫁はPEGを入れるのに消極的。この状況では僕が主治医な
らPEGはすすめません。白浜先生のおっしゃるようにPEGを入れても誤嚥性肺炎の可
能性はなくなることはないと思いますし、病状が回復する可能性もないのですから。
病院でのみ勤務している医療者は安易にPEGやN-G tubeを入れる傾向にあるように思
います。当院でも(こんなことを言うと怒られるかもしれませんが)、実際にその後
長いつきあいになることのない医療者は簡単に経管栄養を始めて、「落ち着いたので
あとはよろしく」と診療所や在宅医療のチームに回したりしている気がします。
脳卒中後遺症で寝たきり全介助になった場合など一度経管栄養を入れ始めてしまうと、
それを途中でやめることは非常に難しくなります。病状に回復の可能性がない場合、
僕は家族が病状を受け入れるまで経管栄養は開始せず、病状について納得したうえで
今後の治療方針を決定するようにしています。僕たちは患者さんのCTと状態をみると、
将来が見えて暗い気持ちになりますが、家族が病状を受け入れるまでには時間が必要
です。

>具体的に座位がとれない(そうするためには抑制が必要
>な)寝たきりの方にも、PEGは適応があるのでしょうか?
>痴呆や老衰で食べる力が下がった場合に、特に本人の
>意思の確認がでかいない状況で、医療者の方からPEGを
>勧めるのがいいのか疑問を感じています。
>
>PEGをはじめて楽になるのが、患者さんであるより
>も医療者や介護者であるということはないでしょうか。
>もちろん医療者や介護者の負担が減るということは
>悪いことではないのですが、患者さんの代わりの
>代理決定という視点をとるといいながら、実は自分
>が悪者になりたくないという心理が働いているような
>気がしました。
>当日のある介護士さんの意見で、PEGをいれるとそれ
>まで一生懸命食べさせようとしていたスタッフの熱意
>が減り、その患者さんの周りから人が離れていきます
>という意見がありました。考えさせられます。

僕自身は、PEGを昨年造設してもらってよかったと思っているケースが一例あります。
脊髄小脳変性症の類縁疾患のような病態(詳しいことは今ひとつよくわからないので
すが)で寝たきり全介助、意思疎通はほとんど不可能(笑ったりはする)の40歳の男
性です。診療所から定期的に訪問診療を行っていました。これまでは家族が1時間く
らいかけて食事をなんとか食べさせていたのですが、誤嚥が頻繁で、しょっちゅう吸
痰をしたり、肺炎を繰り返したりしていました。昨年の秋にいよいよ食事が大変にな
り、家族と相談しPEGを造設してもらいました。その後1年になりますが、この1年ト
ラブルらしいトラブルはなく、本人もにこにこしています。
この患者さんに対しては、PEGをやって感染症などのトラブルが減って、調子のいい
時間が長くなり楽になったケースと思っています。

ただ、PEGをやっていることで、かえってトラブルが増えるということも多くあり
(PEG挿入部の感染や漏れなど)適応をよく考えるべき手技と考えます。
PEGを作った人が責任をもってその人の最期まで見届けたうえで、どうするか考え
てもらいたいと個人的には思っています。

>PEGの恩恵を受けているたくさんの患者さんがおられる
>ことはわかるのですが(私のお願いした患者さんもそう
>ですが)、痴呆が進行して意思表示ができない方のPEG
>の適応についてぜひ多くのそういう事例を経験されてい
>る先生に実情を教えていただきたいです。
>
 基本的には食べられなくなった時が命の終わりなのではないでしょうか?
誤嚥をしているにもかかわらず本人が食べたがっているときには、誤嚥覚悟
で食べてもらい、発熱するようならステロイドを使用して熱を下げるという
方法をとるときもあります。

うまくまとめられませんが、PEGについて思うことをつらつらと書いてみました。
/////////////////////////////////////////////////////////////////////////////
<お礼>
山本先生、ありがとうございました。!!!!

> 基本的には食べられなくなった時が命の終わりなのではないでしょうか?
>誤嚥をしているにもかかわらず本人が食べたがっているときには、誤嚥覚悟
>で食べてもらい、発熱するようならステロイドを使用して熱を下げるという
>方法をとるときもあります。
ですよね。!!
ご本人〜ご家族、コメディカル スタッフが、皆そのように自然に感じら
れれば、こういう行動もとりやすいのでしようが〜・・・。
ここらあたりの、価値観に影響する体験(経験〜情報)の不均衡とご家族の
本来的な期待感が、ベースに存在していますから〜・・・・。
簡単な選択ではありませんが、経過の長いケース等では特に考えるべき選
択肢の1つですよね〜。!

以上(田坂)



久木田和夫さん(神戸アドベンチスト病院 医師)のコメント


いつも興味深く読ませて頂いています。

>具体的に座位がとれない(そうするためには抑制が必要
>な)寝たきりの方にも、PEGは適応があるのでしょうか?
>痴呆や老衰で食べる力が下がった場合に、特に本人の
>意思の確認ができない状況で、医療者の方からPEGを
>勧めるのがいいのか疑問を感じています。

本当に、これは常に悩みの種です…。正しい答えはないですよね。

ご本人の意志がはっきりわかる場合はいいのですが、Advanced
Directiveの考え方があまり浸透していないために、ご本人が
どういう考え方をしておられるかわからない事は多々あります。

そこで、ご家族とお話しするときには、ご本人はどんな考え方
をされる人ですか?と、まずおききします。

一番肝心なことは、患者さんのご家族に何かを決定をしてもらう
ことではなく、ご家族にはあくまでも、ご本人に近しい者として、
ご本人ならどう考えると思うか、を教えてほしいのだ、と強調す
る事です。そう伝える事で、ご家族が患者ご本人の命をも左右す
ると感じるような決定の重責を負わせないようにするわけです。

その上で、

 1)自然にまかせる(経管栄養は行わない、点滴もしない)
 2)点滴のみで経管栄養は行わない
 3)経鼻管栄養
 4)PEG/PEJによる経管栄養

について、それぞれの利点、問題点を簡単にお話しするわけ
です。そうして、本人ならどれを選ぶと思うか、と。

上記のオプションをお話しする時に、最後にもう一つ大切な事
がある、とお話ししています。最近特に言われるようになって
きたことですが、「Quality of Life」について。色々な事が
関わってきますよ、と。例えば、PEGを入れる場合でしたら。

・スタッフやケアする側の注意が他に向けられやすくはならないか。
・施設によっては受け入れられにくくなる。
・不快感、痛みなどはどうか。
・PEGを入れたからといって誤嚥性肺炎の可能性はなくならない。
・投薬は確実にできるようになるが、だからといって予後が改
 善するわけではない。
・PEGを入れても、抑制しなければならない事も?
 (ただ、経鼻管に比べ、抑制している時間は軽減できる?)
・栄養がいくことで確かに「延命」できるかもしれない。
 (多少とも機能の回復を期待できるかどうか、をここで話します)
・PEGを入れたからといって、死ぬまでそれを入れておかなければ
 いけない、というわけではない。必要なら取ってしまう事も可。
・予後が変わらないなら、本人に苦痛を伴う治療(抑制など)をす
 る事には異論あり(苦痛を延長する事になりはしないか)

などなど。あまり色々とお話しすると、ご家族の頭の中で収拾が
つかなくなる、と言われますけど。

ただ、誤嚥の危険については、座位がとれなくても、入れる管を
ちょっと変えて、十二指腸後半から小腸のはじめの方まで入るも
のを入れてやれば、この問題は解決します。
(PEJ = percutaneous endoscopic jejunostomyですね。)

で、多少とも改善の可能性があれば、PEJはいいかな、と思う事も
あるのですが、この選択肢はいかがでしょうか?
#ただ、恥ずかしながら、私もこれを先ほど思い出したくらいで
#して…そういえば日本であまりお聞きした事がないのですが、
#専用の管はないのでしょうか?
/////////////////////////////////////////////////////////////////////////////
<お礼>
久木田先生、ありがとうございました。!!!!

>PEJ = percutaneous endoscopic jejunostomy
なるほど。!!!
内視鏡的に”腸ろう”が出来るのですね。!!!
どなたか、情報いただければ、幸いです。!

ただ、今回の議論は、PEG〜PEJで延命できる。
と過程しても、議論しておくべき事ではないか?思います。
痴呆は、進行するのですから〜・・・。

お金の切れ目が、命の切れ目、の世の中になってから の、
こじつけの倫理は、嫌ですから〜・・・。

以上(田坂)



藤原靖士さん(安良里診療所 医師)のコメント


 みなさま、こんにちは。藤原です。
|痴呆や老衰で食べる力が下がった場合に、特に本人の
|意思の確認ができない状況で、医療者の方からPEGを
|勧めるのがいいのか疑問を感じています。
 悩ましいですね。

 101歳の方で、この夏、この問題で悩みました。在宅で主治医だった私が、
家族と入院中の主治医との間を取り持つような形(病院に何度も足を運んで意
見交換したり、家族とともに病院へ行って家族カンファレンスをしたり、在宅
での受け入れ職種と家族とでカンファランスをしたり)になりましたが、うま
く意思が通じずに進んだような気もします。

| 1)自然にまかせる(経管栄養は行わない、点滴もしない)
| 2)点滴のみで経管栄養は行わない
| 3)経鼻管栄養
| 4)PEG/PEJによる経管栄養
 家族は、1)のつもりで入院したまま看取ってほしいと考えていた。おそら
く本人の意思に近いと思います。経鼻・胃婁の経管栄養は望んでおらず、病院
主治医にもはっきり家族の意見を言っていました。私もやんわりですが、病院
の主治医へ電話で、このまま看取ってもよいのではないでしょうか、とお話し
ました。

 ところが、「入院していて何も治療しないわけには行かない」という理由
(と聞きました)経鼻での経管栄養が始まりました。家族(101歳の方の娘で
すから78歳の老老介護です)は病院へはそれに対しての意見は言えず(病院側
からは説明した、といいますが、家族の話では、ある日行ったら管が入ってい
たと)。栄養状態が安定したので、時々熱は出るものの、療養型病床群などへ
の転院(退院)を勧められました。熱に対しては、原発不明(尿路感染を最も疑
いますが)ですが、抗生剤を使わなくても自然に下がるとのことです。
 当地には療養型病床群はなく、見舞いに行くにもバスで1時間近くかかると
ころしかないため、家族はショートステイを利用しながらの自宅退院を希望し
ました。ショートステイ中の急変時も、再入院を望まず、自宅なり施設で看取
りたいとのことで、施設・私とも、腹を決め、受け入れることとしました。

 家族と、退院後利用するヘルパーと、ショートステイで利用すると思われる
施設と私とで話し合った結果、家へ帰るなら、経鼻経管でなく、胃婁にしても
らうことにしました。介護上の都合、自宅で介護したい家族の負担をできるだ
け少なくするためが、最大の理由でした。一度入れた管を抜くことは、家族も
抵抗があるようでした。

 胃婁造設を病院主治医に私から依頼しましたところ、「先生は胃婁なんてと
んでもないといっていたじゃないですか」と言われてしまいました。私は、
「胃婁」でなく、経鼻も含めた「経管栄養」を家族が希望していないと言って
いたのですが。

 結局、12日に退院しショートステイに入りましたが、発熱なく、安定してい
ます。1回当診へ受診しましたが、車椅子に座り、開眼し、目をきょろきょろ
させています。経口での食事摂取は口に入れても嚥下しようとせず、やはり無
理なようですが。

 その様子を見た家族は、自信が出たようで、当初1ヶ月くらいのショートス
テイ(あるいは自費も含めての長期ショートステイ)を考えていたようです
が、今週末に自宅へ10日間ほど連れて帰ることにしました。病院の主治医から
は、経鼻胃管のままでも、交換時期の1ヶ月まで持たないだろうと言われてい
ましたが、どうでしょう、1ヶ月は乗り越えそうな気もします。

 これでよかったのかどうかは、私にはわかりません。本人が本当にどう思っ
ていたのかはわかりませんし。

 ただ、病院から、そのまま病院で看取ることも許されず、近くにあるその病
院では長期入院をさせてもらえず、遠方にしか療養型病床群がなく、やむなく
自宅ないし近くの施設で介護していきたい家族の希望をかなえるには、今回の
胃婁造設はやむを得なかったかと考えています。

 よい悪いのご意見はありましょうが、こんな経験をしていますというご報告
まで。

/////////////////////////////////////////////////////////////////////////
<コメント>
藤原先生、お疲れ様です〜・・・。

> よい悪いのご意見はありましょうが、
はい。ノーコメントにします。

>こんな経験をしていますというご報告まで。
ありがとうございました。!!!!!

うっ、でも、一言・・。
藤原先生とご家族の関係は、より強固なものになったでしょうね。

以上(田坂)



PCBMネットでのコメント


佐藤元美さん(藤沢町民病院、医師)のコメント


PEGに関する先生の疑問に同感します。
私は平成4年にPEGの方法をある学会で知り、強く関心を持ちました。
その後関連する文献を収集し、入手できるPEGキットを集めました。
1年ほどかけて勉強をして、平成5年からPEGを導入しました。
当時は、そんな高齢者に手術をするのはとんでもないことだという風潮で、随分
と批判もありました。
しかし、食べられないばかりに長期入院している患者さん、何度もチューブがぬ
けてそのたびに往診しなければならない在宅患者さんが増加していましたので、
徐々にPEGを施行していきました。
平成5年から11年度末まで55名にPEGが行われましたが、術後1週間以内の急
性期合併症で肺炎が5名も発生していました。改善が得られた例は活動性の改善
が1例、経口摂取再開が3例でした。在宅療養が可能であった例はわずかに19例
で、施設利用者は22例、PEG施行にも関わらず一度も退院できなかった例が11例
もありました。亜急性期に肺炎10名、慢性期に肺炎6名と肺炎はPEG施行後も最大
の脅威であり続けました。
そのような反省から嚥下リハビリに取り組む必要性を感じました。
肺炎を繰り返している患者にPEGを行ってPEGから造影すると造影剤が食道入口部
まで逆流して誤嚥していることが証明された例もありました。腸瘻化なども試み
ておりますが、十分な成果を上げることができずにおります。
現在の個人的結論としては「食べられない」、「移動できない」、「コミュニ
ケーションできない」の3つの生活能力がすべて欠けている場合には、強制栄養
は控えるべきだと考えております。時間をかけて家族にもそのように説明するよ
うに、レジデントと一緒に取り組んでいます。
家族や介護者、医療者のための(都合による)医療であってはならず、やはり一
人に一つずつの命の問題として丁寧に考えていきたいと思います。
臨床倫理のホームページを参考にさせていただきます。
なお肺炎予防には、インフルエンザワクチン、肺炎球菌ワクチン、口腔ケア、慢
性疾患管理、嚥下評価とリハビリなど総合的取り組みが重要だと思います。


古屋聡さん(塩山診療所 医師)のコメント


佐藤先生のご発言について

>  肺炎を繰り返している患者にPEGを行ってPEGから造影すると造影剤が食道入口部
>  まで逆流して誤嚥していることが証明された例もありました。腸瘻化なども試み
>  ておりますが、十分な成果を上げることができずにおります。

ここだけ技術的なお話をすると、
当診療所ではPEGボタンの交換をするだけですが、
そのさいには少量の造影剤でボタンの位置の確認をしていました。
そのさいにもすでに食道への逆流が見られる方がいますが、
よく考えると、交換時の造影を2段階にして、
最初は少量で位置を確認、その後もっと量を多くして(水分200mlくらい?)
体位の調節をしながら、逆流の評価もきちんとしていったほうがいいですね。

>  > 現在の個人的結論としては「食べられない」、「移動できない」、「コミュニ
>>  ケーションできない」の3つの生活能力がすべて欠けている場合には、強制栄養
>>  は控えるべきだと考えております。時間をかけて家族にもそのように説明するよ
>  > うに、レジデントと一緒に取り組んでいます。
>  > 家族や介護者、医療者のための(都合による)医療であってはならず、やはり一
>  人に一つずつの命の問題として丁寧に考えていきたいと思います。

僕もまったく同感です。
家族とのこういう話し会いのなかに、家族関係の真実が見えていきます。
「患者本来の生き方の問題」にいつも立ち帰れるように、
スジを間違わずに振る舞いたい(あるいは家族に振る舞ってもらえるようにしたい)
と思います。



それ以外にいただいたコメント


 谷田憲俊さん(兵庫医大消化器内科、医師)のコメント


 自分で書きながら雑誌名も忘れてしまいましたが、数年前に「痴呆患者への内
視鏡的胃管栄養療法」について商業誌に書いたことがあります。当時の結論は、
「有効というエビデンスが見あたらない。したがって、勧める根拠がないので、
勧めない方がいい」でした。この立場は、今でも通用するようですね。
 高橋晄正先生の言葉でしたか、「雨乞い3タ論文」というのがあります。「雨
乞いをしタ、雨が降っタ、だから雨乞いが効いタ」ですね。ここに雨乞いにも頼
りたいほど、ひどく困っている人々がいます。私たちは誰でも雨乞いができます。
雨乞いをすれば、お金も得られますね。それに、実際に雨が降るかもしれません。
その場合は、皆が幸せになったと感じることができます。雨が降らなくて困ってい
る人々に、私たちは「雨乞いという方法もありますよ」と勧めた方がいいのでしょ
うか。それとも、「雨乞いは効かないので別の方法を考えましょう」と勧めた方が
いいのでしょうか。


松尾智子さん(久留米大学法学部非常勤講師、看護師)のコメント


 個人的には、年齢も91歳でアルツハイマー性痴呆であるという老齢患者さんに胃ろ
うは必要ないと思います。以前から気になっていたのですが、もはや、老衰という
「死に方」はなくなっているのではないかと思うのです。でも、果たしてそれは本当
に幸せなことかと。私自身の経験から、私は自分や自分の家族には不自然な延命措置
はしたくないと考えています。それも、91歳もなれば、十分その人生をまっとうした
という感じがします。それは勿論本人が判断することですが、それが分からないとし
ても痴呆の状態で、長生きしたいと本人も思っていないと思います。これから、ます
ます医療が発達すると、臓器移植や再生医療を駆使して、生命を延長することが可能
になると思います。そこで、医療は何処で手を出すのを辞めるかという決断をせまら
れると思います。でも、私はそれ以前にもう、すでに、医療はその決断を迫られてい
るとも考えられます。莫大な医療費を抱えるという社会のことも考えなければなりま
せん。それは、金銭的な問題で、命を切り捨てることといえるのかです。なぜなら、
むしろ、金銭的なことのために、命を犠牲にさせられているとさえいえるのではない
でしょうか。なぜなら、年金のために長生きして欲しいと家族が考えているとか、病
院の利益を上げるために必要もない高額医療がなされる状況があります。もちろん、
命は長らえても、苦痛や感染のおそれ、行動制限(抑制もしかり)、患者さんにとっ
てもそれがよいことと本当にいえるのでしょうか。医療者は、痴呆患者だからとか、
老人だからとか、医療の不作為を非難されるのではないかとびくびくしているように
思えます。もちろん、本人の以前の意思や家族の理解との調整は必要だと思います
が、私は現在の医療にこそ問題があると思います。すべて手を下すことだけが「よ
し」とされている。

 私自身も、その他の病院で働く同僚さえも、老人や癌患者に対する不必要な延命や
治療には非常に違和感を感じていました。それでも、若かったこともあり自分の考え
に自身がなく、医師のいうままに動いていました。しかしながら、今では、やはりそ
ちらの方がおかしいのだということをはっきり感じます。なぜ人は自然に死ぬことが
できなくなったのでしょうか。いかに手を出さないで自然に死なせるかという大きな
課題を今の医療は抱えているということは、しっかり自覚して欲しいです。自宅で死
を迎えることがあれば、きっとそこまでしません。病院だからできないわけではない
し、それをしてしまう。でも、それを幸せと思っているものは看護者の立場からはあ
まりいなかったのではないかと感じています。もちろん、胃ろうの必要な状況が一時
的であり、治療によってまた動けるように快復するというような状況は別ですが、お
そらくそのような見込みも立てられないから、とりあえずするということなのではな
いでしょうか。でも人間は死ぬときにはものを食べられなくなるというのが自然の成
り行きです。無理矢理胃瘻を作ることは「生きることを強制する」ということになる
のではないでしょうか。
「切り捨て」ではなく、「自然な死を迎えさせること」が大切なのだと思います。

 家族も、また胃瘻等による傷や様々な余計な病気を引き起こすことなく、「自然な
傷のない体で死んで欲しい」という思いもあるのではないでしょうか。切ったり張っ
たりを常にしている医療者はそういう感情には鈍感なのではないでしょうか。私自身
も、親類が亡くなることがここ数年ありましたが、家族は「なるべく安らかに、苦痛
を与えず死んでほしい」「体にあまり傷をつくりたくない」と感じているのだなと思
いました。それが患者自身(痴呆のため確かめがたいとはいえ)の意向とそれほど大
きくは違わないのではないでしょうか。

 医療者がそれを判断できないとすれば、医療者以外の多くの経験者、例えば、患者
を亡くした家族、抱えている家族等いろいろな人の意見を聞くべきだと思います。



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