ケースは日本ホスピス、在宅ケア研究会in九州のプログラムの2002.9.7の模擬倫理委員会で提示されたものをもとに修正したものです。
起案者の西川勝さん(大阪大学大学院)の許可を得て掲載させていただきます。



2002年ケース(1)



 92才女性。末期アルツハイマー痴呆。
 85歳頃より、痴呆が出現。亡くなった長男の嫁(68歳)(慢性心不全)と2人暮しをしていたが、大腿骨の骨折後、寝たきりとなり、在宅介護が困難になり、5年前から施設入所介護を受け現在は、日常生活全般に全介護が必要になっていた。ここ1年はことばによるコミュニケーションが不可能で、うめき声くらいしか発後はない。昼夜をとわず、うとうとと眠っているような状態で、座位になることも難しく、食事を口から飲むことが困難になってきた。自発的なそしゃくや嚥下が少なくなり、口の中にものをためる口だめ現象が著明で、ミキサー食をスプーンで1時間以上かけて介助しても、十分な摂取量は望めず、だんだんと体重も減ってきた。最初鼻からチューブを入れて栄養を与えようとしたが、嫌がって抜こうとされた。
 このような患者に医療者はどのような対応をすべきか。内視鏡を使った胃瘻手術PEGをすすめるべきだろうか。すすめるとしたらPEGのことについてどのように伝えるべきだろうか。



 今回の模擬倫理委員会では、医師の委員はPEGは安全にできる胃内視鏡をもちいて胃に直接栄養を与えるチューブをつなぐ簡単な手術で、PEGをすれば誤嚥性の肺炎は少なくなる、看護師の委員はPEGをすれば将来在宅でのケアも可能になるなどとメリットを述べられました。これまで家で面倒をみていた息子嫁は、これまで食事が楽しみであった患者から食べる喜びを奪うことはしのびないが、自分も病弱で、これ以上家で色々世話をするのが難しいので、また嫁の立場で強くということで強く拒否も出来ず、ほとんど介護に協力をしないが、これ以上母親の負担を増やしたくないあまり意見が対立するということはないまま、何となくPEGは進めるという方向の結論になりました。



 私はこの模擬倫理委員会をみていて、疑問を持ちました。医師や看護婦役が、PEGをすれば嚥下性肺炎もなくなり、介護も簡単ですみたいに、PEGをすればすべての問題が解決するようなインフォームドコセントの仕方はおかしいのではないかとフロアーから疑問をとなえたのです。
 というのは、最近重度の痴呆患者に経管栄養をやっても嚥下性の肺炎の予防や、延命効果がないという研究論文が有名な英文医学雑誌に続いて掲載されていたからです(以下の1)〜3)の論文参照)。


 痴呆患者への経管栄養について最近欧米の有名な医学雑誌にいくつかの研究論文が掲載されていますが、すべてが経管栄養によって嚥下性肺炎の予防、延命効果があるとはいえないと結論づけています。1)3)についてはPUBMEDから抄録を引用しておきます。
1)Finucane TE, et al. Tube feeding in patients with advanced dementia: a review of the evidence. JAMA 282:1356-1370, 1999
http://www.ncbi.nlm.nih.gov:80/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=10527184&dopt=Abstract
2)Gillick MR. Rethinking the Role of Tube Feeding in Patients wit Advanced Dementia. N Engl J Med 342:206-209, 2000
3)Meier DE, et al. Hogh short-term mortality in hospitalized patients wit advanced dementia: lack of benefit of tube feeding. Arch Int Med 161:594-599, 2001
http://www.ncbi.nlm.nih.gov:80/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=11252121&dopt=Abstract


 確かにPEGを入れても、唾液つばなど、食事以外の誤嚥性肺炎の問題が解決されるわけではありません。まだ日本ではこのようなことをきちんと検討した論文は無いようですが、私が関係する総合診療研究会でも今年同様な結果の報告がありました。しかしその発表に対してフロアーから「食べられなくなった方への経管栄養を否定するとは医の倫理にもとる」というような発言があったことも事実です。



 このようなことは、自分の経験だけでなくきちんとEBMに基づいて話して初めて医療専門家のインフォームドコンセントだと思うのです。最近このようなきちんとEBMに基づいたインフォームドコンセントをするというようなことをEBM ethicsと呼ぶことを知りました。
 私は2人PEGの経験があります。ひとりは脳卒中後誤嚥を繰り返している方で、PEGをお願いする電話をしたとき、お願いした病院の消化器科の先生が、「歩いたり、少なくとも座位を取れる人?それならPEGやるけど」と言われたことは、非常に現実的な対応だったように思います。もう一人は知り合いの方で、神経疾患によると思われる嚥下障害で誤嚥性肺炎を繰り返し、PEGを入れられたのですが、それがもとで腹膜炎を併発し残念な転帰をとられました。



 具体的に座位がとれない(そうするためには抑制までも必要な)寝たきりの方に、痴呆や老衰で食べる力が下がった場合に、特に本人の意思の確認がでかいない状況の場合、医療者の方からPEGを勧めるのがいいのか疑問を感じるのです。
 PEGをはじめて楽になるのが、患者さんであるよりも医療者や介護者であるということはないでしょうか。もちろん医療者や介護者の負担が減るということは悪いことではないのですが、今回の模擬倫理委員会を見ていて、患者さんの代わりの代理決定といいながら、実はだれも自分が栄養チューブをつけないという決断をすることで、患者を死期をはやめる悪者になりたくないという心理が働いているような気がしました。(少なくとも上記の論文からは経管栄養が死期を早めるという事実はないのに)。
 当日ある介護士から、PEGをいれるとそれまで一生懸命食べさせようとしていたスタッフの熱意が減り、その患者さんの周りから人が離れていきますという意見がありました。考えさせられます。そして実際様々なところで、経管栄養に頼らず、嚥下訓練や、食事の工夫で口から食べさせようとうする試みがされています。



(問い)痴呆が進行して意思表示ができない方のPEGの説明について、家族など患者の代理人にどのように医療者が説明するのが倫理的なのか考えています。ぜひこのような事例を多くかかえている医療者の方や、医療者以外の説明を受ける立場の方の意見が伺いたいです。「口からうまく食べられなくなって誤嚥による肺炎をおこしたり、栄養不足になるおそれがあるので、胃瘻を作りましょう。胃瘻は内視鏡を使って15分くらいで簡単に作ることができます。」というような説明だけでは不十分だと思うのですが。



 PEGの実際については、この治療法の普及に努めておられる皆さんがPEGドクターズネットワークhttp://www.peg.ne.jpという素晴らしいホームページが作成されています。ぜひそのページも参考にして下さい。このページの右下に談話室http://www.peg.ne.jp/danwa/bbs101.cgiがあってそのNo.135に私自身が質問し、すでに何人かの先生から貴重なご返事を頂いています。



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