ケース8)意思表示がしにくい脳硬塞患者に見つかった未破裂腹部大動脈瘤の治療について



患者さん:70代 男性
脳梗塞で救急車にて市中病院へ搬送されてきた。

治療が行われ救命はされたが、後遺症として運動性言語障害等が残った。

その後入院中の全身検索で(この検査がどういう経緯で行われたかは分からないのですが)、腹部大動脈に動脈瘤が発見され、今後破裂の危険性が高いということで、医師達は「破裂する前に手術を行ったほうがいい」という見解に達した。

緊急手術ではなく、通常の予定手術をすすめる場合は勿論本人の意思確認が必要なのだが、患者さんは脳梗塞の後遺症で発語が出来ない。筆談を試みたが、読み書きが出来ないということで(以前の勤務先上司による情報)それも不可能。

家族は、妻と子供がいたが、以前に絶縁しており今は所在がわからない。

このままどうしようもないまま時間だけが経ち動脈瘤が破裂する…という自体を恐れ、市中病院から大学病院へと転送されてきた(押し付けられたのか、万が一の場合に大学の方が対処が早いからと考えられたのかは、謎ですが。)



 <学生Fからの提議>

  発語が出来なくても、うなずきや首振りが出来るなら大雑把な意思確認は出来ると思うのですが、そういう意思表示の仕方では公的な力を持てないのでしょうか?



 <6/22の討議で出された意見>

…参加者:白浜先生、針貝先生(インド哲学)、池田先生(外国語)、今井先生(研修医)、学生(原田、藤井)

●発語や筆談が不可能でも、うなずき等で意思確認をすることが出来るならば、それを複数(医師・看護師・SW・勤務先の上司ら)で確認すれば倫理的には問題ないと思う。

→法的にはどうなのか、その方面に明るい方のご意見を是非聞きたい。

cf) 『成年後見人制度』は財産相続や経済問題には適用できるが、治療の際の意思決定には使用できない。

●うなずきで意思確認を徹底的にするには、Yes/Noで答えられるような質問を沢山作って事細かに行わなければならない。

…時間と手間もかかるし、患者さんにも負担がかかる。

    あらゆる事情で、もしかすると最後まで遂行できないかもしれないが、それでも、そうやって意思確認を行う努力をすべき。
→そういった努力をせずに大学病院へ転送した市中病院には『巻き込まれたくない』『面倒』という気持ちがあったのではないかと思えてしまう。

●そもそも、全身検索をわざわざ行うということが『過剰医療』ではないのか?

←ルーチンで全身検索を行っているのが現状。しかし、全身検索をしなくて未破裂動脈瘤を見つられなくとも、医師の責任は問われない。

  cf)『健診の倫理』

●「手術をした方がいい」という医師の見解を聞いたら、患者さんの考えも偏りそう。

…患者さんは判断材料があまりないので医師の言動に左右される。極端に言うと「この手術をした方が良い」とだけ言われるのと「しかしこの手術にはこういうデメリットがあります」という説明もされるのとでは、患者さんの判断は異なるだろう。

●sizeが大きいからといって、自覚症状もない未破裂動脈瘤の手術をするのは良いことなのか?

 ←そもそも未破裂動脈瘤についてはEBMが確立していない。径が大きいからといって、必ず寿命が来る前に破裂するともいいきれない。そして脳梗塞の後遺症があるような状態の方に、積極的に手術をすべきなのかも謎である。

…市中病院は、患者さんの意思を確認するのが難しい故に過剰に反応してしまっている感もある。



治療方針の決定には『症状と周囲の状況』『患者さんの意向』『Evidence』の三つを併せ考えていくべきなのだが、この事例の市中病院での場合は

@『Evidence』…未破裂動脈瘤に関しては「?」なのだが・・・。

A『病状と周囲の状況』…自覚症状はない。身寄りはない。病院としては「突然死されたら困る」と思ったのか??

B『患者の意向』…未確認(確認にエネルギーが要るから?)

 @とAがこころもとないこの状況では、B『患者の意向』が非常に重要である。

 エネルギーを使って、確認する努力をすべきである。



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