ケース6)
 『自殺企図の患者さんや、急性アルコール中毒の患者さんは自業自得であるから、二度とこのようなことをしないように戒めの為にわざと苦しい処置を施す』という考え方。


<白浜先生が直感的に抱いた感想>
 疲れて当直をしている医師が、そんな気持ちになることもあるだろう。私自身、夜中急性アルコール中毒で運ばれて来て、診療所のベッドで嘔吐され、ほとほと困ったことがあった。その後、匂いがしみついて、しばらく部屋を開けておかないと、翌日の診療ができないようになり大変困った。連れて来た人に「こんな飲ませ方はしないで。治療する人の身にもなってよね。」とちょっと愚痴をこぼしたことがあるが「先生にはわからでしょうが、飲みたい時もあるんです。」とか言われてしまった。
 救急外来で働いていた時は、「こんな患者をみるのが先生の仕事でしょう」と言われた時はさずがに腹が立った。もちろんそこはぐっとこらえたが。
 ただ見せしめのため、その時苦しい処置をしようとは思わない。そんなことしたって本人の行動変容はおきない。適切な処置を事務的にすませるようにしている。
 自殺の場合は、必ず精神科の医師のフォローを頼むようにしている。うつ病や再発の不安があるからである。


<Web上の意見>
 同感です。最近は、ぐっとこらえて、逆に患者さんや付き添いに、如何にしたら次はこんなに辛いことにならなくてすむか、もっと早く病院に連れてきて良いんだよ云々…と自分でも気持ち悪いくらい優しく丁寧に対応すると、大抵本人や付き添いも恥ずかしくなるのか恐縮して、こちらに感謝して帰ることがありますね。(産婦人科医S先生)


 私は小児科医です。乳幼児がタバコを誤って食べてしまったとき、似たような対応が見られます。「二度とこのような事故を起こさないために、親の目の前で胃洗浄という子どもにとって苦しい処置をする」という考え方です。色々な親がいますから、正直言って、そうした気持ちにさせられる場合もあります。客観的に食べたタバコの状態や量がわかれば洗浄を回避することもできるのですが、そういう親に限って、情報が取りにくい面もあります。医師が感情を露わにすれば、親に与える教育的効果は低下するのではないかと思います。(小児科医Sさん)

<6/8の討議で出された意見>
●『戒め』のためではなく、自分のイライラをぶつけて発散させる為にやっている様に受け取れる。
・急性アルコール中毒の人は、大抵夜中にやって来て明け方までかかるし、嘔吐臭も残るし、「来ないで欲しい」というのが本音ではある。
・救命救急は『命を助けたい』という気持ちが基盤にあるから、自ら命を粗末にする人を快く思わない・診たくない、という感情が余計大きいのかもしれない。
●救急では救命後の生活のことはあまり考えない事が多い。命は助かったけれども、逆に困った状態に陥ってしまった、ということもある。
しかしそこまで全てに配慮していたら、救急医自身がパンクしてしまうだろう。→救命と、その後の生活を考える医療とは、別物。
・救命センターへ運ばれてきた自殺企図の患者さんは、精神化コンサルトすべきなのだが、実際はなかなか巧く引継ぎがなされていない。
 …患者さんや御家族側の精神科への偏見もまだ存在する。
→救急〜精神科への引継ぎをマニュアル化する必要があるのかもしれない。
●『救急の精神科医』という存在、もしくは各科の隙間を埋める接着剤の役割を担うコーディネーターをおき、ネットワークを充実させることが必要。(後者の方が個人の
負担は軽減される。)
→救命後にはこれらを活用して指導を行い、今後へつなげていくという体制になっていくべき。

my key word … 救急精神科医



<6/15の宿題>
・実際どういった対応をしたら良いのか精神科救急について調べる。


<メールで寄せられたコメント>
 戒めのためにわざと苦しい治療を選択するのは根本的な解決にはならないと思います。 実際に経験がないので何ともいえませんが、本来ならばその状況に本人を追い込んだ環境を評価した方がいいと思います。 急性アルコール中毒であれば周りの人を含め、酒との上手な付き合い方を考えるよう助言した方がいいと思います。 感情的にならずに事務的に治療し、本人やまわりが冷静になったところで諌める程度しか医師の方にも余裕はないのかもしれませんが…。(医学部6年Mさん)


 若いころ、似たような考えをもったことはあるが、今は全くそのようなことは思わない。苦しい処置をして患者が同じことをしないようになる、ということはないはず。
このようなケースで苦しい処置をするのは、医師が自殺、アルコール問題、といった一般にネガティブな問題に対して根底に嫌悪感をもち、それを患者に吐き出しているにすぎないように思う。(内科医Mさん)

 「わざと苦しい処置を施す」考えには賛同できません。診療報酬で「特定患者対応加算」などを大幅につけてもらえば、ストレスが減るかもしれません(笑)(内科医Tさん)


 タバコ誤飲の小児に母親に見せしめの為に胃洗浄をしても効果がないのと同様、苦しい処置をしても本人を行動変容に至らせることはできないでしょう。逆に医療機関で虐待され、医療や医療者不信につながり、治療に参加してもらえないかもしれません我々の病院は24時間365日オープンの断らない(断れない)医療をやっているのでこの手の患者はコモンです。正義、公正の立場からすると、医療資源(医師数もふくめて)夜間にアル中の患者のために他の患者は待ったりすることは よくないと思いますが、罰を加えるのは、医師の仕事ではないですし、すべきではないと思います。 (内科医Sさん)

 精神科的な問題を持つ患者に対し,精神科以外を専門にする医師がどう対応すべきかという問題として考えてみました.もちろん,アルコールの問題,自殺企図の問題の両方が,それなりの理由を抱えてそのような問題行動を生じていると思いますが,いずれも罰するような対応の仕方が精神科的に見て最善とは考えにくいです.
 要するに,精神科以外の医師は,こういった患者を診ると対応に困るからか,嫌悪感が走るからか,原因,理由,最善の処置等を考えることなしに行動してしまう傾向が往々にしてみられるのです.これも,逆転移の一種と考えるべきでしょう.
 まずは,医師自身にこういった短絡的な対応,考え方がないかどうか,それが習慣化したり,周囲と同調していたりしないかどうかを自分なりにモニターすることから始まると思います.特に対応が難しいのは,周囲の医療者,特に看護師等にも同様の考え方が身に付いてしまっているような場合でしょうが,やはり医療者として常に最善を目指すという
プロフェッショナリズムの問題に帰されるかと感じました.(内科医Oさん)


 急性アル中の人は、自ら好んで飲んだとは限りません、飲まされたのかも しれません(アルハラと言うらしいです)。上の考え方は前提が正しくない。労働者が「業務に起因すると推定できる精神疾患」に罹患した場合には私病ではなく労災認定できるようになっています(厚労省が判断のガイドラインを出しています)。この種の精神疾患に罹患している人が自殺した場合にも、「その精神疾患のために判断力が低下しているために自殺を選んでしまった」と推定して、その死亡を労災認定することができます。(労災では労働者保護の観点から、因果関係を断定できなくても、推定できる場合には労働者に有利な判断をします)
 だとすると、自殺企図の患者さんも、例えばうつ病によって「思考の視野狭窄」を起こしていたために「生きるのを止める」以外の選択肢が考えられなくなっていたのかもしれません。この観点から見ても、上の考え方は前提が正しくない。もちろん、こういうケースを引き受けるのは大変なので、「いっそ死んでしまえばよかったのに」と口走ってしまうことはよくあるようですね。何しろ「くたばっちまえ症候群」というニックネームが付けられているほどですから。
> 自殺の場合は、必ず精神科の医師のフォローを頼むようにしている。うつ病や再発の不安があるからである。
白浜先生のこの判断は重要です。自殺未遂者は、再び自殺企図するリスクが非常に高いので、きちんと医療なり他の援助活動に乗せていかないと再び「くたばっちまえ症候群」になってしまう確率が高いわけです(ああ、嫌な呼び方だ・・・)。(精神看護教員Kさん)


 戒めの態度はまったく遺憾です。医療者の主観そのものでしょう。誰が好きでアルコール依存になったり、自殺企図を行うでしょうか。私個人の考えでは、アルコール依存になったり、自殺企図を行わなければならない状況を分析するのが、興味深い勉強なのです。その心理を考えることに意味があります。例えば、アルコール依存の共依存の問題などが典型です。ただ、当分は何度か救急部を戸惑わせることでしょう。問題は1回で解決するはずがありません。そう簡単な人間関係の病理ではないのです。しかし、私たちがこれらの問題を受け止めなければ、誰がその作業をしてあげればよいのでしょうか。やっかいばらいでは困るのです。失敗することも多々あります。しかし、その場面で最善を尽くしていれば、たとえ結果がどうであれば、関係した医療者自身のこころに後悔は生じないでしょう。(精神科医Sさん)


 「二度とこのようなことをしないよう」に一番効果的なこととは何か?時間がかかる、一般的には急性期に、患者の起こした行動に対して内省しにくい状況なので(自分がイライラしているときに自分を冷静に見れない経験が誰にでもあると思う)、本格的な介入はしない。ただ自殺企図の患者に「あなたは今非常にきつい状態のようにこちらから見えるが、もしそうだとしたら、これは非常に大切なことで後々ゆっくり相談しないといけないことだけど、いまは気持ちが落ち着いたり、体の具合がよくなるまでは、休養がとても大切なので、安静にしてもらえますか?今死にたいという気持ちが起きるのは、仕方ないが、そういう気持ちが起きたらスタッフに伝えてもらって、実際行動にうつすのは、止めてもらえますか?」というような声かけの介入はする。
 患者の行動が、自分を苛立たせている。と言う自覚を持つことが、第1段階。相手がこちらを苛立たせている場合、実際相手が苛立たせようと意図している場合が少ないことに気づくと、そして相手も実際は内面的に苦しんでいる場合が多いことに気づくと、自分が楽になれる。
 自分の苛立ちが、患者への行動に影響している、と自覚するのが第2段階。影響した結果、行動の一部分として判断できるのではなく、行動がどのような色合いをおびているか、というように考えてみる方がいいと思うが、実際判断するのは難しい。不可分なものだと思う。(心療内科医Mさん)


6/22の討議で出された意見>
●『最終的に患者さんをどういう状態にしたいのか?』ということを初めに考える。
→その治療目標を決める為には、患者さんの人となり、家族関係、社会的立場など様々な背景をおのずと把握していかなくてはならず、事例のような考え方は起る余地もない。


<今までの討議を踏まえた上での学生Fの方向性>
 急性アルコール中毒の人や自殺企図の人が命を粗末にしたいという積極的な意向を画一的に持っている訳ではない。急性アルコール中毒だったら、上司や先輩に無理やり飲まされたり(アルコールハラスメントというそうです)、『場の連帯意識を高める為』という雰囲気がきっかけとなっていることもあり、個人の問題にとどまらず社会的な問題が絡んでいる場合も多々ある。また自殺企図の場合、中には衝動的に命を絶ちたいと思って自殺をしようとした人がいるのは確かだが、実際は精神的疾患がベースにあって自殺以外の方法が見えなくなってしまった状態の人も多いと聞く。また少数ながら哲学的な意図がある人等もいるそうだ。
 やはり、まず、各々其処に至った原因・過程は異なるのだから、『彼ら全員が命を軽んじてこのような結果を引き起こした』という先入観を持つのは×。
 救急医が『パンク』しないように、救急部では的確な身体的処置を施し、体調が回復した後に精神科にコンサルトする(全例が精神科的な問題を抱えているかはわからないが、ひとまず。)というシステムを構築すべきだと思う。救急精神科医という存在もとても必要だが、救急精神科医の数が圧倒的に少ない今の状況では、システムをつくって補う方が現実的かと考えた。


<討論終了後に送られて来たコメント>
自殺企図やアルコール中毒患者についてもやはり、患者背景が一番知りたいことです。
どの患者でも病名一括りでは観てませんし、看れません。
 
鬱病で苦しむ患者さんをたくさん看て来ました。やはりそのかたたちの背景には極端に言うと、病院受診のみでは解決しません。臨床心理士がいても、その人が資格だけで組織に汲まれても、人間性や価値観、評価基準などが問題であったり、、、患者と相性が悪いと何の役にも立ちません。治療にかなりの時間要し、長い月,年単位です。
 
ある男性患者は外泊当日深夜自宅で、首吊りされました。少しハイに差し掛かってた状態でした。昔のことなどたくさん話したいようでその前日患者に「話しを聞いてください」と2時間程度話を聴きました。その中に自分は、今のように話しを出来る人がいないので家に戻ればまた同じです。と確かに自立心が弱いかもしれませんが、置かれた環境が厳しい状況でやはり患者の言う通りかもしれません。
 
今回の事例も罹った病院や医療スタッフに恵まれなかったのだろうと思います。一期一会の其の患者を真剣に助けたい、救いたいと使命に燃えて、搬入してくれる救急隊は、医師がそんな考えで診てるとは、予想もしてないかも知れませんね?
 
アルコール中毒の場合:家庭環境も大きなウエイトですが、やはり本人の自己愛が強すぎる(甘え)、体質プラス依存心の強い方、責任感が薄い方が多いようですが?特に中毒患者には”、喉もと過ぎれば暑さ忘れる”といえるくらいです。なでの医療者が治療に多少見せしめ的ムチを与えても、変わられないでしょう?
 
要は、いずれの事例もそのかたの運命的出会いか何かで自分から己を見つめて、周りが見えるようにならないと繰り返す要素をお持ちのようですが、、?
ですから医療者も使命に心身をゆだね与えられた環境で最善を尽くし、必要と認めれば、医療連携チームで話し合い、その道のプロにバトンタッチするしかないでしょう。(看護師Rさん)


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