ケース4) 術創の跡を気にする30代女性
30代女性。悪性も疑われる腎臓腫瘤の患者さん。術前から術創の跡が残ることを気にしておられた。

『形成外科に縫合してもらう』もしくは『後日形成外科を紹介して創が目立たないような処置をしてもらう』、せめて『創部にtensionがかからないような方法を紹介する』などの手段はあると思い、その旨患者さんに伝えないのか主治医に尋ねてみたのだが、主治医は「若い婚前の娘さんならともかく、もう子どもも産んだ人だからそこまでする必要は無いんだよ。神経質な人で、心配し過ぎなんだよ。ん?tensionがかからない方法?教えないでいいよいいよ。」と言って、その不安に対する配慮を何もされなかった。



<白浜先生が直感的に抱いた感想>
 外科医にとって悪性も疑われる腫瘤摘出の場合、やはり最初はきちんと広く術野をあけてよく見て術中迅速診断し、その結果で危ないところはできるだけとるというのがまず優先されることだと思う。術後の傷跡のことは、あとで、形成外科などと相談しましょうくらいの受け止め方でいいのではないかと思った。
また、このような術後の形成などは医療保険でまかなわれるのだろうか。またこのような跡の残らない糸なども通常の医療保険ではカバーされないということを聞いたことがある。


6月8日の討論のまとめ


<Web上の意見>
これって、結構産婦人科領域には多いケースですね。
女性は何歳でも「女」なんです。えっ…ていうお婆ちゃんでさえ色々なことを気にしたりするんですね。ですから、手術創部の話は必ずするようにしています。勿論、形成外科的な話もです。ただ、通常の手術において、必要以上に傷を目立たなくするのはいわゆる美容形成にあたり、後日個人的に自費で行うことになる筈です。その点をはっきりとさせておくことと、特に悪性を疑っている場合は、包み隠さず率直に傷のことと一緒に、現疾患の悪性の可能性なども話すと、ほとんどの方は御自分から傷のことよりまず目の前の病気のことを優先する気持ちに変わってしまいます。極端な話、未婚で若い女性でも、病気をきちんと治療する為であれば手術創も多少大きくなってもいいとまで言う方も少なくありません。(最近では腹腔鏡の事故報道以来、傷の大きさよりもより安全に…と言われる方が多いです。)ですから、このケースの場合、ちゃんと色々な可能性を十分話し、教えてあげることで、より問題は解決すると思います。
(産婦人科医S先生)


<6/8の討議で出された意見>
●医師自身が、患者の訴えに気付かず方策も知らなかったというならばまだしも、今回のように知っていたのに自分の価値観で教えなかったというのは、説明義務違反にあたる可能性もある。
●命を助けるならば、その後続いていく生活のことまで考えるべき。そこ迄考えるのが医療の仕事。
・例え『(事例の医師の言い方を借りるならば)既婚女性』であっても、「友人と温泉旅行に行く時に創が見られるのは恥ずかしい」という気持ちを抱く方はおられる。命を助けたことがその後の生活を狭めるだけでは悲しい。ケアできることであれば考えていくべき。
●主治医が男性の場合は、女性の気持ちは話しづらく理解し難いかもしれないので、看護師等を交えて、同性同士で話をしてもらうようにすると良いのでは。
・医師からMSWへ「異性だから話を聞きづらい、代わりにちょっと聞いてみて」と頼まれることもある。
←意外にも、医師から看護師へ相談することは割と少ない。看護師は絶えず忙しくて相談出来ない、という医師の思い込みがある。
●患者さんに説明をして承諾を得る過程で、医師対患者の一騎打ちではなく、患者さんのadvocatorとして看護師らを交えて行い、彼らにもカルテ記載をしてもらうべき。

my key word … advocator 
『命を助けるならば、その後続いていく生活のことまで考えるべき』



選択コース臨床倫理の6月8日の内容をお送りします。
とても興味深く、面白く、このコースを取って本当に良かったと思っています。
白浜先生、そしてHさんの話を聞いて、「うん、うん、そうですよね」と思ったり「そうか、そういうこともあるのか!」と驚いたり、様々な刺激があります。
逆に、自分が提示出来る考えの乏しさに、がっくりきたりもしますが、現時点の乏しいキャパシティを拡げるべく、学ばせていただきたく思っております。
それでは、次回も宜しくお願いいたします。


6月15日の討論のまとめ


<Web上の意見>
(6/9の討議に於いて)残念ながら看護師さんの参加は今年はなく、かわりにMSWの参加がありました。
その中で、同性であり、このようなボディイメージに敏感であるはずの看護師からの助言や相談がないことが残念だという意見がありました。
(白浜先生のコメントより抜粋)
 ↓
そうですか。これについては、いろいろ思うところがあります。
この場に参加されたMSWの方の発言として、「同性であり」というふうなコメントが入ることが正直いってショックです。
といいますのは、倫理について学習されておられる方が、「男性」と「女性」、または、「年齢差」によって、美容的な価値付けが違うという前提にたっておられるということです。男性のジェンダー研究もぼちぼち始まっていますが、男性は、いかに美容的なことに関心を抱くことに抑圧を背負っているのでしょうね。。。
無論、傾向として、男性の方が、外観を気にしないとか、高齢の方が気にしないとか、そういうことは実態調査レベルでも集団特性としてはでていますが、こと「倫理的に検討する」という場合には、集団の特性ではなく、目の前のその個人の「価値観」に沿うことが重要という前提に立っていく、そう共通理解できているものと思いこんでいました。
だから、性別や年齢別に類型化して検討するというのは、あくまでも、倫理に関する学習をされておられない方の分析視点であると思っていたのです。。。。(思いこみを修正しないといけないです)
(看護師・大学教員Yさんのコメントより抜粋)

<この意見に対する討議時の意見>
●女性患者さんは女性スタッフに対しての方が、自分の美容上・生活上・etc…の相談がしやすいという傾向はあると思う。(男性患者さんは例えばEDのことを相談するな
らば男性スタッフに対しての方がしやすいのではないか…)前回の『同性であり』発言はそういった意味での発言だと思う。
●勿論、『女性看護師だから』『女性スタッフだから』と言ってジェンダー意識を押し付けるような考えは良くないというのは然り。⇔しかし、(上の意見のように)患者
さん自身の気持ちから自然の流れとして、同姓同士の方が相談しやすい内容があるという事も然り。

★インターネットのおかげで、素晴らしいことに遠方の様々な方と意見を交わせられるようになったが、細かいニュアンスを伝えるのが難しい等の不便な点もある。

<Web上の意見>
MSWに看護師が相談しない件については、いくつかの要因を考えることができます。一つに、看護師は、MSWの仕事を正確に理解しておらず、「経済的問題に対処するワーカー」と思っており、心理的問題に対応することも仕事と思っていることを知らない傾向にあるだろうということ。(これは、本学で、MSWについて学生に講義をしてくださる現役MSWの方が、MSWへの誤解ということで話してくださることのひとつです。)
さらに、看護師は、心理的問題に対応するのは、自分たちの仕事であって、施設を超えた調整等でも生じない限り、MSWに相談するということを考えてみることがないだろうということ。
(看護師・看護教員Yさんのコメントより抜粋)

<これに対する討議時の意見>
●患者さんの気持ちを慮りながら対応していくのは、看護師にしろ医師にしろ、人として・職業人として当たり前のことだと思っていたので、心理的問題に対応するのが特に看護師の仕事だとは思っていなかった。心理的な『問題』として際立ってきた場合は、SWや精神科医等のスペシャリストが対応するべきなのではないだろうかと思っていた。
●看護師は(今回の事例で云うなら)Body Image等の勉強をしてきており、あらゆる心理問題の啓蒙をするのも看護師の仕事であるといえる。しかし、そういった仕事が一般のイメージとして定着していないという現実がある。
・医師は看護師が受けてきた教育内容について殆ど知らない。
→現場の看護師が看護学生や医学生に講義をする機会がもっと増えると相互理解も深まるのでは。
看護・医師・msw・etc…各職業でかたまるのではなく、異職種をまじえて勉強や討議をし、倫理意識を高めていきたい。

<他>
●学生は「もう一度医師にお気持ちを伝えてみてはいかがですか?」と促してみても良かったのではないか。
●内科−外科の双方で診る臓器の場合は、手術は外科、その他投薬やfollow(心理面も含め)を行うのは内科、というように仕事が分かれている面がある。しかし腎臓腫瘍に関しては泌尿器科が単独で診ており、そのシステムにも、今回の事例を引き起こした原因があるのではないかという気がする。



6月22日の討論


<Web上に寄せられた様々なコメント>


 このcaseでは、腎臓腫瘤について悪性の可能性が高いということをきちんと説明してあるのでしょうか。
 患者さんの関心が術創にばかり向いていることからみて、あまり説明されていないように感じられます。もし患者さんが悪性であることを恐れているのなら、術創を気にする余裕もないと思います。神経質な人であればなおさらではないでしょうか。
 美容上の問題よりも、命に関わる重大な問題だと患者さんに伝わっていないことの方がむしろ問題に思います。予後も含め、今後の治療についてきちんと説明することが第一だと思います。
 その上で美容の問題を気にするようなら多少は対応するべきだと思います。乳癌の手術などは外科の先生方がされていますが、傷を少しでも目立たないようにするため努力されているのを見ています。
 形成外科を紹介しないまでも、外科の先生からできるだけ丁寧に手術する、時間がたてばこれくらい目立たないようになる、などと説明をしてもらえれば患者さんは満足するのではないでしょうか。対応次第だと思います。(医学部6年生Mさん)


 この人にとって、悪性腫瘍が大事なのか手術創の跡が大事なのかは、個人の価値観によります。乳がんでも乳房を切除してまで生きていたくないとの考えと同じだと思います。
この症例は、手術をしたくない理由にしているのかもっと話を聞くべきです。現在は形成外科も進歩しているので、術後の創は形成外科的に何とかなるものです。
 この例は、例え手術がうまくいっても、本人が納得していなければ、説明の義務(医療法か医師法)を怠っているわけですから、医療訴訟の原因になります。少なくとも傷が気にくわなければ、医事紛争(民事)の原因になります。
 術後の創の形成について医療保健でカバーするかどうか、utilityとjusticeの問題ですが、実際形成外科の先生がどうされているかは知りません。ただ、手術をすれば、どんなうまい手術でも創は残るわけで、適切なインフォームド・コンセントがなされ納得されていれば、保険でカバーする必要なないと思います。(総合内科医S先生)


 この事例での主治医の発言「「若い婚前の娘さんならともかく、もう子どもも産んだ人だからそこまでする必要は無いんだよね」を是とすると、医師は乳がん手術のときに縮小手術の選択肢を提示しなくてもよくなります。もちろん外科医の「仕事」はあるわけですが、だからといって患者さんの懸念を無視してよいとは思われません。
 私も昨日・今日と多忙を極めた診療の後でへとへとになっていて医療者の気持ちは痛いほどわかるのですが、「忙しい」「資源がない」「これが日本の現場の実情だ」をまず持ってきて、理想的とは思われない対応を正当化しては臨床倫理(倫理ってある程度理想像を追ってますよね)の存在意義がわからなくなると思います。(内科医、大学教員、A先生)


このケ−スに対するコメント
 a. 30歳女性。
 b. 腎臓腫瘤(悪性suspect)
 c. 術前から術創の跡が残ることを気にしておられた。
****************************************
倫理的解釈として、
1)医学的事実、診断・予後?危険率は? を考えてみましょう。
b.腎臓腫瘤(悪性suspect)であるので、術中の病理診断による術後診断によっては、手術のみならず治療方針が大きく変化する可能性があることを理解していただく必要があります。
2)患者にとっての最良の利益を考える時、もちろん、術創の跡が残ることを気にしておられることについての配慮(準備)も必要ですが、b.悪性の場合、生命の危険性(併用療法等)について認識されることが介入の優先順位の一番になります。
3)あなたの義務の確認すなわち、医療者(医師)としての責務を考えた場合、
a.30歳女性、c.術前から術創の跡が残ることを気にしておられた「女性(男性の場合も必要ですが)として術創の跡が残ることを気にしておられたことについて、判断されるのですから、形成外科医の紹介や形成外科医のコンサルテ−ションを得て、患者の心配に対する介入策を立案するべきではないでしょうか。
医師の倫理的感受性による解釈ではなく、医療の主体は、「患者」ですから、「患者の意向」「患者の価値観」、「人生の目的」「生活の中で何を大切にしておられるか・・」といった点についても、可能な範囲で丁寧に対処する必要があります。(看護師、大学教員、Mさん)


 このケースは、外科医の対応や発言が不誠実です。これを読んで外科医の味方をする人はいないでしょう。
「傷が目立たないようにしてほしい」という要望に対して、現実にどう対応するかはむずかしい問題があります。最善を尽くすなら初めから形成外科医が縫合すべきです。下手に外科医がやってはダメ。あとで頼むのもダメです。ただし、閉創は5分ですむところに1時間以上かかります。技術料や材料費などは患者さんが払うべきでしょう。
 なお、「同級生が皮膚科医」という乳がん患者がいて、閉創をその皮膚科医にお願いしたことはありますが、創の状態よりも、密かに想いを寄せていた(?)もと同級生に縫ってもらったことが効果的でした。(外科医Aさん)

> 30代女性。悪性も疑われる腎臓腫瘤の患者さん。
> 術前から術創の跡が残ることを気にしておられた。
 学生さんの指摘はもっともと思います。手術(検査を含む)の目的はこの患者さんは理解されているでしょうが、術後のケアも配慮する必要があると思います。術前に「何か心配事はないですか?」と尋ねたら傷のことも言われる状況でしょう。手術だけでなくその後の問題も包括的にプロブレムリストとしてイニシャルアセスメントし、主治医はそれぞれに答えを出さないといけないと思います。私なら入院時に以下のアセスメントをするとおもいます。
<問題点>
#1 悪性の可能性のある腎腫瘤
#2 術後の傷の心配
#3 その他の問題
対応
#1 外科的に対応
#2 形成外科に術前にコンサルト(術後に傷の縫合や術中に同時に形成的処置が可能かどうかについて質問、本人が形成外科医と納得が行くまで話しができる時間を作ることが主治医として大切)
でしょうか?
#3 問題#3の解決案 (内科医Sさん)


 白浜先生の御意見と同じく、危ないところはできるだけとることがまず優先されることだと思いました。術後の形成外科コンサルテーションも必要だと思います。
 しかし形成外科へのコンサルテーション時には、患者様はしばしば過度の期待を抱かれる印象がありますので、不安と期待のバランスが重要だと思いました(これが難しいのですが・・・)。(内科医Tさん)


 この症例に対する、白浜先生、S先生のコメント、が医療者の感覚に近い発言、学生のコメントが、患者によった発言で面白かった。それぞれの立場とか、環境に引っ張られているかのようなそれぞれのコメントに聞こえ、人間は環境に強く影響されるなと言う個人的感覚を持っています。影響されるのが当たり前と思っているが、理想は自分の経てきた学生の頃の自分、あるいはもっと小さい頃の自分の感覚に瞬時に飛べるような意識が持てればいいなと思う。あるいは患者の恥ずかしい感覚、悪性疾患で安全に医療を遂行したい感覚、形成外科を自費で行うと思いつく経済的感覚などを、まずは等しい重み付けで自分の中で、吟味できるとらわれなさを身につけて欲しいし、自分も身に付けたいと思っている。あとたぶんこの症例を提示したのは、女性だと思われるが、この「無神経」な主治医に対して、ありがちな嫌悪感だけをもつのではなく、将来しなやかに対応できる、あるいは反撃して、相手の考えを変えることができるようになって欲しい(自分もそうなりたい)。例えば学生だからあんまり言えないだろうが、「そういう発言をしてると若い人から、総スカンをくらいますよ」とか「先生って女心が分からないんですね」とか言ってみる(あまりいい例ではないと思う)。(診療内科医Mさん)


<6/22の討議で出された意見>

●(医師は看護師の仕事内容・教育内容を殆ど理解していない…という話を受けて)

・Dr.にはハードは備わっているが、ソフトが足りないのではないだろうか。Nsはcaringとadvocateという視点、医師にないソフトの部分を持っている。

・看護学生と医学生が一緒に講義を受ける機会があると良いと思う。

 また、低学年での一日だけやりっぱなしの看護体験実習ではなく、看護師を理解できるような実習を高学年に取り入れると良いのでは。

●浦添総合病院研修医I先生の話

 …浦添総合病院では、研修医のpre研修の一環として、看護実習週間というものが一週間設けてある。まず、看護教育について体系立てて講義してもらう機会があり、それから日勤・準夜・夜勤のそれぞれの実習を行う。自分が持っていなかった看護師の視点を知ることができ、実際に病棟に配属されてからの看護師さんとのコミュニケーションが非常にうまくいくようになった。研修医になってからの看護実習は、リアリティがあり良いと思う。



全体のまとめ


<今までの討議を踏まえた上での学生Fの方向性>

 「何が何でも救命を第一におくべきで、美容の事など二の次三の次」という考えが医療者としては正しいと思われがちな感を受けるが、患者さんにとっては「命も大切だが、かつ、その後の生活も大切」というのが本音なのではないか。『患者さんを主体とした医療』という前提に立っていたら、@説明をする努力、A患者さんの気持ちを聞きだす努力、B話し合う努力、C最善を尽くす努力、D情報を提供する努力、等をすべきである。殊にABDを怠っているこの事例の医師の対応は、やはりよろしくないと思う。外科医の理念・立場・時間の無さ…等、数々の理由付けはあるのかもしれないが、言い訳に過ぎないと思う。完璧に自分でこなせなくても、Aを看護師やMSWに依頼したり、要望に応えられる人や方法の情報を提供したり(D)、他にも策があると思う。(看護師の仕事内容・受けてきた教育内容・考え方について医師や医学生が殆ど知らないというのが、好ましい連携を妨げていると思う。)また、腎臓内科と協力する(手術までの意思決定や術後フォローは内科に委ねるとか)ということは出来ないのだろうか。

 学生としては、ただ間に挟まっているだけでなく、「もう一度医師にお気持ちを伝えてみてはいかがでしょうか?」と患者さんに言ってみるべきであったと思う。



討論後送られてきたコメント


看護教員Yさんより、

追加コメントをさせていただいてよければ、、、、

 看護師であり治験コーディネータ、移植コーディネータとして活動している人を複数知っています。また、がん看護の専門看護師などに代表されるように、日本の看護業界は、看護というアプローチの中のコーディネート機能およびカウンセリング機能を中心的に担える人材を養成しようとしています。しかし、現実的には、絶対的人数が不足しており、これらの看護師を専任で雇える病院はごくごく少数となっています。さらに、これらの看護師に対する看護職内での理解が不十分な状況があり、活動の障害になっているようです。実際に、コーディネータとして働いている看護師たちは、むしろ、コーディネートを要請する医師との関係によって、患者にとってのこの仕事の重要性を共感していると聞きます。また、一般の看護師たちも、受け持ち患者が病状説明、治療方針説明、研究同意の要請を受ける場面などには、同席することが基本であると、基礎教育段階で学んでおり、医学的判断を偏重しないように、倫理的中立性を維持することの重要性について学んでいます。しかし、実際は、医師の権威と責任の中で仕事をしてしまっていることが多いと感じています。看護学教師であり、一人の看護師として、みなさんの討論を真摯にうけとめたいと思っています。ありがとうございました。

 なお、できれば、私の表記は、看護学教員Yさんとしていただき、先生としないでいただければ幸いです。



看護士Rさんより、

事例の問題点と対応の提言
1)医師の発言内容は、年齢や既婚をを基準に考え判断され、自分の価値観の押し付けに受け取れます。医師としての、術前のインフォームドコンセント義務が不十分と感じる。
2)患者も、自分の生活感からの価値観で、一応素直に自分の気持ちや願望を伝えてるのでしょう。それを医師は、心で患者を理解しようとはせず切り捨ててるので、その医師から誠意が伝わらず、更に患者の不安感を強めてはないでしょうか?
3)どんな手術でも外科的な傷跡はある程度理解して、患者は不安になってるのですから、医師は「美容範囲の希望である」と診るならば、その旨、術後専門医にかかることを、アドバイスすれば良いと思う。
4)手術に関し家族に説明する時点で協力要請もされたのか?服で覆える範囲の場所だが、本人が仕事上問題になるのか、妻として問題視してるのか?にもよるが、外見より患者の命の重要性を夫に理解させ協力を求める。(患者の不安を軽減を図る)



選択コース全体への感想


 当初は、臨床実習を通じて深まってしまった医療(医師)の世界への不信感を、少しでも解消し希望を抱けるように…と思いこのコースを選択したのでした。

 まず、学習要綱には、このコースの指導教官として、医療者の白浜先生・小泉先生に加え、針貝先生・斎場先生の御名前が記載されていたのがとても魅力でした。全ての回に各先生方が参加していただく事はなかなか難しかったのですが、針貝先生にも参加していただけましたし、加えてエクストラに池田先生・MSWの林さん・浦添総合病院の今井先生らにも参加していただくことができ、様々な方面からの意見を交わせたことは大変な喜びでした。また、インターネットを通じて、遠方の各方面の先生方の貴重な意見を拝聴することができ、感動しました。学生二人に対して、こんなに沢山の先生方が意見を仰ってくださるなんて、なんと贅沢なことでしょう。

 実際に討議をしてみると、なるほどこういう考え方もあったのか!と新たな発見がありました。様々な意見を通して、更に自分の考えを深めた部分もありました。そして、それらの作業を通じて、自分が医者の世界へ抱く気持ちに寧ろ解消出来ない部分があってもいいのではないか?と腑に落ちた部分が有りました。これらはとても大きな収穫です。

 意見が異なることは気付きに繋がりますね。異なる視点の人達との対話は、とても素晴らしいものでした。今回討議に参加してくださった方々は、勿論元から『臨床倫理』に興味があるという共通項がある訳ですが…。この対話が、例えばこのコースには全然興味がないような方達とも行えるようになれれば嬉しいことです。

 そして、準備や情報提供に多大な御心遣いを頂き、討議の日には朝早くから熱心に御指導くださった白浜先生、本当に有難うございました。このコースが此れほど充実したものとなったのは、白浜先生のお力以外のなにものでもありません。



<要望>
 今回の討議中にもたびたび挙がっていましたが、是非看護職の方に参加していただけたらと思います。また、修士や看護科学生の意見も聞いてみたかったです。(修士一年目の授業にお邪魔させていただいた時の彼らの意見は、新鮮でした。)


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