事例2. 42歳男性
もともとかなりの大酒家で、飲み始めるととまらない。ある夜腹痛・背部痛を主訴に救急外来を受診し、急性膵炎の診断を受けたが、酔っ払っていて入院を拒否している。家族は入院を希望しているが、家族の説得にも応じない。アミラーゼの値は1000を超えていて、急性膵炎の重傷度をあらわすCaの低下、腎機能の低下があり、このまま帰せば自宅で死亡する可能性もある。このまま本人の希望にそって帰宅させても良いだろうか。今回2度目の急性膵炎であり、前回は帰宅してなんとか軽快している。



白浜先生からの直感的コメント
こういう場合、アメリカでは医師の指示に反して退院する文書を書かせるのだろうが、日本でそういうことをすることはあまり無いだろう。鎮静させて、点滴治療にはっていいのか難しいが、私はそうすると思う。本人が嫌がっていても家族がそのことを望んでいるのなら、あとで本人に少々うらまれても仕方がない。しらふにもどってしっかり状態が改善したところで、なぜ彼が入院を拒否したのかの理由を聞きたい。



Webからのコメント(part1)
泥酔して、本人の意識や思考能力が低下している場合は、やはり家族や付き添いの協力を得るのでしょうか?
もし、通常のしらふのときに、外来や入院で同様に入院継続を拒否される場合はどうするのでしょうか?やはりアメリカのように医師の指示やリスクを説明された上で本人が退院する旨の診療拒否書?みたいなものにサインをもらっておいた方がいいかもしれませんね。あとで、亡くなった人の家族から、なんでもっと説得して入院させなかったんだみたいに訴えられる可能性もありますね。(S先生)



6/8の話し合いより
・ 普通の状態でなければ、入院させるべきである。判断能力の有無は、長谷川などでチェックできる。
・ 話し合いに、家族の同席を求める。MSWの同席を求めることもある。
・ 何故拒否するかを話し合う。会社のこと、医療費のことなどが理由であることも多く、解決可能であることもある。
・ 患者に判断能力があり、帰宅するにしても、急変の可能性があることなど充分説明し、付き添い(目を離さない)を求める。
・ ADA;Against Doctor's Advice



Webからのコメント(part.2)
 酩酊状態の人に判断能力capabilityがあるのかというとそうではないと思いますし、急性の膵炎であれば、1/3は死にますので、本人の文書による事前指示が無い限り、やはり、sedationして治療を開始して、酔いが覚めてから本人に治療の意志を確認するのがbetterではないでしょうか?生命に関わらない状況であれば、私は、医師の指示に従わず帰宅しますという旨の文書を書いてもらうことはよくあります。例えば、アルコール性の肝硬変でT-Bil 15もある人やGOT、GPTが3桁など。(S先生)
倫理的解釈として、1)医学的事実、診断・予後?危険率は? を考えてみましょう。急性膵炎の重症度をあらわすCaの低下、腎機能低下、死亡の可能性、アミラ−ゼ値 1000を超えているのですから、本人の意思に反すると気長に構える問題ではありません。緊急性を要する問題であると判断します。2)家族のある患者にとっての最良の利益を考える時、本人は、入院を拒否しているとはいうものの、酔っております。また、家族も入院による治療を強く希望しておられるのですから、入院手続きを開始すべきではないでしょうか。3)あなたの義務の確認すなわち、医療者(医師)としての責務を考えた場合、酔いが覚めた時点で、本人の入院拒否の理由、好きで飲む酒と生活環境(仕事、家庭等)との関係等、静かにゆっくり話しを聞く機会(時間)をもつべきではないでしょうか。「健康」に対するあるいは、「生命」に対する、もしかすると「人生」に対する患者の何かが、見えて来るのではないでしょうか。(M先生)
こういう場合は本人の判断力は欠如していると思われますので、痴呆患者様や未成年への対応に準じて行う方がよいのではないでしょうか? 先生御指摘のように、しらふにもどって状態が改善したところで、なぜ入院を拒否したのかは聞きたいです。(T先生)
結果は後にしかわからないと思います。正しく行動していて、その正しさがわかってくるのはその場ではなく、後になってからです。人は自分の問題をすぐには認識できません。しかし、医療者はその場における最善の方針を提示して、場合によっては憎まれてもそうせねばならないではないでしょうか。つばをかけられることがあるかもしれないし、余計なことはするなといわれるかもしれません。しかし、自分にとって、また大学では数人の医師の意見が同じであった場合、そうしてあげることが大切ではないでしょうか。特に、生死が問題となるような場合、「帰りたいならどうぞ」といって帰して、途中で亡くなった場合に自分の医療行為に後悔はないでしょうか。(S先生)
患者に判断能力があるとは思えないので、家族の意向を第一にして診療することになると思う。(M先生)



6/15の話し合いより
・ この症例の患者さんは、Alcoholicであることも充分に考えられる。Alcoholicである場合、判断能力の他にも、様々な問題を抱えることになる。
・ 飲酒をしている患者、Alcoholicの患者への介入の仕方。


Webからのコメント(part.3)
 飲み始めると止まらない→たぶん好きで飲んでいるのだろうが、嫌なことがあるのでそこから遠ざかるために飲んでいないか?→それに対処できたり、認識するようになることでアルコール量が減る。「患者は酔っ払ってて」→正常の判断ができていない→入院させるべき?家族の説得に応じない→家族と患者の関係は、どんな関係か?家族のかかわりが、はからずもお酒を助長するように働いていないか?(勘ぐり過ぎかも)。「このまま帰宅させても良いだろうか?」→患者に「あなたを見ていると危なっかしくて、このまま死んでしまいそうで心配です。あなたの中に、このままどうなってもいいと思うところと、苦しいから何とかして欲しいという部分が両方あるんじゃないですか?」と問うてみる。(Mさん)


 酔っ払っていて入院を拒否する場合,本人の認知能力がどれほど正常かという点が問われると思います.その点の評価がなされており,患者が一定の認知能力の下で判断しているなら,家族との話し合い,病棟管理者との話し合いの上で決めるでしょう.病棟管理者はこういった患者を入院させることを嫌がる場合があります.暴力,自己退院,問題行動等のリスクが高いからです.家族が入院させたい真の理由も慎重に評価すべきでしょう.アルコール中毒や暴力の問題があり,何とか入院させてしばらく平和な時間を持ちたいといった背景がある場合も少なくないように感じました.
 私自身,アルコール中毒,慢性膵炎の急性増悪の繰り返し,膵嚢胞切除,術後糖尿病という患者を2年ぐらいフォローしたことがあります.看護師は嫌がっていた患者の一人でしたが,出来る限り本人が自らの健康,人生を見つめ直せるような形で入院時から対応しました.しかし外来で糖尿病に対してインスリン自己注射等を指導した際には,「あんな患者に自己管理ができる訳がない」と看護師等に散々責められました.
 結局,自己注射,自己血糖管理を自分のペースでされるようになり,
2ヶ月ほど経ってインスリンが無くなったら取りに来るというような不定期受診ではありましたが,本人は元気になったと言いつつ,今まではダラダラした生活をしていたのが,デイケアに通えるように(50代でしたが,介護保険が使えました)なったのです.しかし,そのデイケアに行った先で,脳出血であっけない最期を遂げられました.奥さんには,「先生には色々としてもらったけど,主人がそのことを本当に喜んでいたのかどうかは分からない.でも,死んでしまって残念だ」と責められ,何だかとても割り切れない気持ちになったのをよく覚えています.医者ってそういう役回りなんだと考えるしかなかったですね.(O先生)



 ここでも白浜先生の判断には基本的に賛成です。自分の体を心配してケアしてくれる医療者には、抵抗が少ないことが多いように思います。身体的ケアよりも「入院だ」「依存症だ」という「話」を優先させる医療者は嫌われます。でも長期的に考えると、彼が「しらふ」の時に、改めて今後のことをじっくり話す必要があると思います。強制入院はさせられない。(K先生)



6/22の話し合いより

・ 入院ではなくても、1日の経過観察は可能である。その間に、自律性の回復を待つ。先ず、この状況では、肝性脳症、ウェルニッケ脳症を疑っているので、経過観察は必要である。
・ 急性期の治療後、通院、精神科受診などを拒否された場合、保健所などに連絡し、訪問してもらうことも出来る。
・ 医療費浪費は、結局は患者の負担となって帰ってくる。自分の利益を考えてはならないが、cost削減でなく、cost effectiveを考える。



4分割表による事例の分析

医学的適応
・ 急性膵炎。
・ アミラーゼ1,000↑。
・ 帰宅により死亡する可能性がある。
・ 医療側は、入院加療を望む。
・ 医療措置入院(疾患が違うが)の対象とならない。 
・ 飲酒している。
・ アルコール依存症の可能性もある。
・ 前回は、帰宅。
患者の選好
・ 帰宅したい。
→自律性は?
→表出の希望が本来の希望か?
→生活史は?
QOL 
・ 患者の利益。(生命、自由意志)
・ 入院の心理的負担。経済的負担。
・ 家族のQOL。 
周囲の状況
・ 家族は入院を望んでいる。
・ 前回は、帰宅。
・ アルコール依存症の家族である可能性。
→家族が患者にコントロールされている状態ではないか?


事例を提示した学生がこれまでの討論をもとにまとめた問題点と対応
1、患者の自律性。
確認する。
救急の現場においては、長谷川式スケールなど、簡便なものを行う。家族の話をきく。
2、 家族の意思の確認。
状況によっては、別室で、負担にならないように。
患者との関係が薄い環境を整えることが必要である可能性がある。
3、拒否理由の確認。
経済的負担、家族への思いなど、医師、看護師、MSWなど、別々に?相談に乗る。
患者が自律性を失っていると考えられる場合、回復した時点で、確認を再度とる。
4、入院させるか否か。
この状況では、入院してもらうほうが人道的? 倫理的?
入院加療を行うべきか否か、複数の医師で確認をとる必要はあると思う。
患者への共感・理解は必要であるが、この場合、生命を守ることが、医療者としての倫理的対応だと思う。治療拒否の旨を記した書類を作成させることは、医療者の防衛手段として行われる? あの手この手を使って説得する。
5、(補)急性期の治療後の対応は?
治療中に、患者・家族とよく話し合い、必要ならば、定期的な検査、精神科の受診、断酒会への参加など、勧めるべきかも知れない。
6、再発防止のための介入は
今回の回復後にアルコール依存に対する介入、定期的な外来フォローをすること。



<看護師Rさんからのコメント>
明らかに帰すと”死に至る可能性がある診断病名”が出ているのに、酩酊状態での(42歳と若い患者)入院拒否を、救急の受け入れ病院の対応として「患者の希望」と単に受け止めていいのでしょうか?また、いくら2度目で初回は帰宅してる患者てもデーター的には、前回より明らかに悪化してると思われます。家族が入院希望している点から、経済面の心配はなさそうである(例えば生保の可能性もある)今の患者の状況では家では看れない,観れないと判断してのことでしょう。

もしも私が、診察した医師の立場であるとしたら、、
1)ご家族への病状説明(危険な状態も含め入院治療の必要性)
2)日頃の家族関係や職場での状況など確認(きちんと仕事が出来てるのか)
3)酒乱による暴力、障害など問題行動の確認(治療を拒む理由に自暴自棄に陥ってるとしたら、原因、誘因の心当たりはあるのか)
4)入院付いては、取り敢えず1泊は必ずさせるべきです。翌日再度ムンテラ後罹りつけの病院などへ転院を促す。
5)引き続き入院に承諾された場合、患者と保証人に一筆書かせて取っておく。
等の順で進めるでしょう。



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