事例1、49歳女性、手術前に手術標本を研究教育のために利用することに同意を求めること


 両側乳癌にて手術予定の患者。術前の説明で、手術同意書、輸血同意書等とともに、摘出した標本を研究や教育に利用する旨の同意書が渡された。説明はなされているが、主治医と執刀医からであり、手術前に、断れる雰囲気にない。短い入院期間の中で、別に説明時間をとるということは難しいだろうが、第3者からの説明があるとか、もう少し工夫ができないだろうか。


白浜先生からの直感的コメント


 医学の研究、教育のためにはこのような標本を残すことは大事だと思います。ただ確かに手術承諾と一緒にされると拒否しにくいでしょうね。研究者=治療者というのはとても難しい関係です。本来は別がいいのでしょうが、それが別にできるほど、日本の医学研究の場は人的、経済的な余裕がありません。


Webからのコメント(part.1)


 確か、アメリカだと研究担当者なる人がきちんと話を別の時間にしますね。ただ。日本の臨床現場では、大学病院ですらほとんどそのような形で研究に関して説明がされることはないですね。今後、やはり大きな問題になると思います。まあ。ほんの数年前までは、手術検体(標本)は手術で取り去った医師や病院の持ち物の如く、患者さんの同意なしに勝手に使われていたのが普通の時代でしたから。こういう権利意識も日本ではごく最近のことですからね。今後の改善に期待します。(S先生)


第1回目の討論(6月8日)


・ アメリカのように、治療者と研究者を分けるという方法がある。しかし、日本の研究者の研究動機として、自分の患者を助けたいという「情」の部分があり、治療と研究の分離により、motivationの低下が考えられる。
・ 遺伝子情報などは、将来の医療のための研究に使用され、基本的に提供者自身への還元はない。また、提供を受けたとしても、治療法が見つかる補償はない。
・ 提供情報はどこまで使うことができるか? 講義のスライド・実習など、利用者が限られるものもあるが、医学書など、不特定多数の目にふれる可能性のあるものものもある。プライバシーを侵害せず、提供者を貶めることに使わない、などが満たされれば良いのでは?
・ 誰が守るのか? 研究者であると考えられる。


Webからのコメント(part.2)


・ほとんどが断り無しでなされているのが現状ですが、学会利用や標本の利用のインフォームド・コンセントは難しいものです。説明は、やはり、主治医か執刀医かが責任をもって、利用目的などを詳細にわたって説明すべきだと思います。その上で、治験コーディネーターのような第3者がいる病院では最終的な説明と同意はその時になされるべきだと思います。どんなに時間がないとはいえ、輸血同意書と一緒はどうかと思います。(S先生)
・研究は大切です。この場合、手術後または退院時に同意を求めるべきでしょう。「本来は別がいいのでしょうが、それが別にできるほど、日本の医学研究の場は人的、経済的な余裕がありません。」という先生のご意見は冒頭に述べたように、やや現状肯定型、医療者に寄り過ぎた考え方だと思いました。研究ができなければやらなければよいと言うこともできます。(A先生)
・倫理的配慮として、摘出した標本の利用と手術に無関係であることを明確に伝えなければならないでしょう。手術承諾書と同時に渡されたとしても、「断ってもよい」事を前提に同意書を渡すべきです。(M先生)
・日本の場合、もし第3者からの説明をしていただく方がいたとしても、患者様からの拒否が多くなれば、「あいつは駄目だ。説明の仕方がいけないのじゃないか」ということで、クビを切られ、結局元通りになりそうです。国として制度を整備しなければ、なかなか難しいように思います。(T先生)
・あらゆる作業には時間と足が必要となります。その場にかけつけられないことは、自分の個人的な理由(面倒だから)では済まされないと思います。ある臨床医が、「今実験をしているので時間がありません」といって説明義務を怠った場合、どう思いますか。まだ、一部の大学医師は価値観をどこに置いたらよいのか迷っています。研究業績ですか?医師としての評価は一体何なのですか。その問題をもう一度問いただしてもらいたいものです。(S先生)
・研究や教育機関であればできれば同意を得るためのスタッフが別にいてほしいのが本音ですが、やはり難しいのだろうか?(M先生)
・同意書をめぐるむずかしい問題です。「両側乳がん」ですので(多くは家族歴があり若年者)、遺伝や家族のプライバシーの問題が絡んできます。「主治医から言われたら断れない」という雰囲気は、手術承諾書や輸血同意書にしても同じことでしょう。院内の第三者的立場の担当者が説明したとしても、結局は似たような問題が少なからず生じると思います。患者は「患者様」と言われても弱い立場にあります。入院して寝間着になってリストバンドをつけられたら、「尊厳や自律性のある判断」は困難かもしれません。医療スタッフはそのことを認識しておくべきでしょう。(A先生)


第2回目の討論(6月15日)


・ 厚生労働省より、疫学研究に関する倫理指針(平成14年7月1日〜施行)が出されている。
・ 研究から、患者さんに遺伝的に癌になりやすいなどの結果が出た場合、feedbackするのか。知りたいかどうかの確認がされているかどうかは疑問であるし、研究前に、どのような結果が出るかは解らない。


Webからのコメント(part.3)


 今後の医学ために、標本を研究や医学のために利用する意義は理解できる。一方自分の身体の一部だったものを、自分の知らないところで、知らないように扱われる違和感も理解できる。それぞれの重み付けは、それぞれ、医療の中の位置づけ、その患者の考え、性格によって違うので、それはその時々で話し合うべきことだけど、その入り口として手術前に断りにくい状況、説明時間が短い状況を、医師側が言語化して、患者に提示することから、話が始まると思う。現場で違和感が生じたときに、それをその場で、言葉に置き換える作業に、医師も患者も慣れていないと思う。(M先生)
 実際の現場では理想通りにいかないという例ですね.この問題提起は非常に重要だと思いますが,他の問題と共に優先順位を立てて対応を考えるしかないかもしれません.(O先生)
 厚労省・文科省の「疫学研究に関する倫理指針」では、このような場合インフォームドコンセント(IC)を要すると明記されています。ここでは疫学研究を意図していないのかもしれませんが、上の指針に準じておく方が良かろうと思います。判断する側に自由意志が保証されていないのはICとは言わないのでこのケースでは第三者の説明ができれば越したことはないと思います。
 ここで、「摘出した後、このように使って良いですか?」と尋ねるのでなく、「摘出した部分はどうしてほしいですか?」と尋ねるほうが正論でしょうか?持ち帰りたいとおっしゃる方はあまりいないと思いますが、もしそのような申し出があったら断れないですよね。その後で「特にご希望がなければ、教育や研究のために使ってもよろしいですか?もちろんあなたのお名前はわからないようにしますから」と持ちかければ、断る人は少なくなりそうに思います。「研究者がどうしたいか」よりも「患者さんはどうなさりたいですか?」ということを優先した質問のほうが良いのではないか、ということです。(K先生)
 緊急に手術をしなければならない場合でない限り、患者さんは説明してもらう権利がある。同時に、患者さんの理解する能力に制限される可能性がある。(K先生)


臨床倫理の4分割法を用いたまとめ


 
医学的適応  患者の意向
・ 研究目的。(組織、遺伝子など)
・ 研究に対する説明。(不十分?)
・ 治療者=研究者。
・ 治療を目的とした研究。(モチベーション)
→研究は必要か?
→治療者=研究者であることは不可避か?
→研究についての説明をしているか。
→患者が標本提供に関して弱者であると認識しているか。
→患者への還元はされるか? 患者自身のメリットは? 

・ 権利意識の有無。
・ 研究に対する理解。(薄い?)
・ 自律性がない。
→研究について理解しているか。
→どうしたら良いか、どうしたいか、考えているか。
→自由意志はあるか。
→医師が権威を持っていると感じていないか。患者は弱者になっていないか。
QOL  周囲の状況
・ プライバシーの保護。
・ 提供患者への還元。(情報、治療法)
・ 患者の権利意識。
・ 家族のプライバシー。(特に遺伝子研究による)
・ 研究の必要性。(治療法、予防)


学生が考えた問題点と対応


1. 医者−患者関係。(研究への協力について、患者は弱者になっている)
・第3者へ、ICを委ねる。
・治療者=研究者であること、また、第3者と言っても、患者側にとっては、医療者と変わらなく感じられるであろうことから、何らかのプレッシャーを感じてしまうことが予想される。
・提供は研究・教育のためであること、プライバシーが守られること、治療を受ける権利が侵害されないことを、言語化、また、明確に文書化する。第3者の承認を求める。
同意書についての説明を別の機会にすることが望ましいが、せめて、権利が侵害されないことをお互いに確認してから、説明に入るべきだと思う。また、看護師(やはり医療者か?)やコーディネーター(いないが。)の同席を求め、その確認をしてもらう。また、同意書の提出は、時間をおく。
2. 治療者=研究者。
・分離すべきか?
・理想は分離だと思うが、治療者が研究者であることのメリット(モチベーションだけでなく、実際に何が必要であるかなど、経験から得られるものもあると考える。)もあると思う。
3. 患者へのメリット
・はっきりしない。
・再発予防、新たな治療法など、自身へのメリットがあるかもしれないし、患者が益を受けて欲しいの望む者(家族など)へのメリットがあるかもしれない。ないかもしれない。
4. 患者家族のプライバシー
・研究者が、同時に保護する?
・遺伝子情報は、私的領域のものであると同時に、共有性を持つ。共有性を持つ全ての人に同意を求めることは、母集団の大きさによっては可能かもしれないが、まず、難しい。
5. 研究結果の還元
・結果の開示を望むかどうか、どこまで望むか、事前に確認する。
・メリットがあるものだけにするか? 誰が選択するか?
6. 研究への理解
・メリット、ディメリット、プライバシー、必要性など。
・上記4、5とも関連する。理解なしに同意は有り得ないと思う。個々の研究についてではなく、社会的に、研究・教育・患者の権利について考える機会があると良いと思う。


 第3回目の討論(6月22日)


・ 自律性が無いのではなく、自律性が発揮できない状況である。
・ 第3者は中立であると同時に、研究に対する熱意がない、微妙なところは解らないなど、ディメリットもあると考えられる。
・ 第3者として、主治看護師、coordinatorなどの同席を求める事が望ましい。
・ 同意書の提出は、時間をおく。手術後でも良いと考えられる。
・ 研究内容は、変更、再調査の必要があることが考えられる。患者は、忘れたいこともあるかも知れないが、研究者側は、「もう一度連絡する事があるかもしれない」と言う。
・ 研究の成果を患者に還元する事について。研究の成果を、金銭的に還元する事を求める患者が出てくる可能性がある。(米ですでに訴訟あり)
・ 患者は、家族へ言う/言わないの選択をする。家族には、知る権利/知らない権利の他、自身も検査を受ける権利がある。
・ 治験参加者を、創薬ボランティア、治験ボランティア、治験モニター、医薬ボランティア、医学ボランティア、育薬ボランティアなどと呼ぶことがある。このような呼称を、研究協力患者に用いる事は出来ないか。
・ ALSの患者の団体で、将来の治療の為、自分たちの遺伝子情報を提供しているところがある。このような場合の家族のプライバシーは? 遺伝子情報により、今苦しんでいない家族を苦しめて良いか? 発病、死期を知らずに過ごす半年と、知って過ごす半年の重みは違う。
・ 医学生は、ヘルシンキ宣言の内容等について知るべきである。


3回の討論を終わっての学生の感想


 4週間、大変お世話になりました。
 実習中、疑問に感じていても、それを論理的に考えたことはありませんでした。
今回、白浜先生や他の先生方の御意見をおききし、自分で考えて、を繰り返し、このように考えていくのかと、とても勉強になりました。
考えていくうちに、一朝一夕には身につかないものであることも感じました。また、自分がいかに小さい領域で考えていたかも知りました。現実を知らないから、と言えばそれまでなのですが、チーム医療といいながら、全ての問題を自分、あるいは医師までの領域で解決しようと考えていたような気がします。
 患者さんを含めたチーム、治療同盟(精神科の用語ですか?)として、四角四面でなく、患者さんに解決法をみつけていくことが必要なのだと思いました。先週末の講演会では、他職種の方からは、多くの方向からの考え方をきくことが出来、とても有意義でした。
 また、先ず、何をするかを考えよう、という姿勢も知りました。私は、全てのことを一度に完成形に近づけようとする考え方をしていた気がします。それでは、現実に物事は進まないのですね。
 白浜先生には、お忙しい中、ご指導していただいただけでなく、HPに掲載していただいたり、資料のご心配をいただいたり、本当にお世話になりました。
 学生がもっと積極的に出なければならなかったと今更ながら(本当に今更です…)反省しています。有難うございました。


討論終了後メールで送られて来たコメント


短期間のope目的入院としては、やはり手間暇を省いたのが見え見えですね。
患者や家族中心の医療が叫ばれてる中思いやりとか欠け、要領が悪いと感じます。医療者の業務のパターナリズムが招く問題でしょうか?
合理的感覚になれて居られ。正しい問題・客観性を持ち、医大生として医療現場に流されない視点は貴重だと思います。
もしも私が、説明する立場であれば、術前や輸血の説明、同意書は先ですが、49歳と若い患者の不安を考えると、せめて手術に精一杯尽く旨のインフォームドコンセントを充実させます。
 
患者が自分だとしても同じ、術後本人、家族も一安心すると思いますので、術後の説明で摘出した組織を、今後の医療のため研究に使わせて頂けないでしょうか?と申し出る順序が良いかと思います。(看護師Rさん)


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