2001年度臨床倫理討論


症例6)重症脳出血の治療(延命治療をしないという指示について)

58歳  男性  会社員
 会社で仕事中に突然倒れ、昏睡状態で病院へ運ばれたが、検査の結果は、橋出血で、
残念ながら手術は不可能であること、数日の間に呼吸状態などの全身状態が悪くなっ
て亡くなる可能性が高いことが、家族に主治医からは何度も説明されていた。
 数日後、呼吸状態悪化し、酸素投与はされていたが、家族の希望(妻と息子と娘の
3人の合意)で人工呼吸器は使わないことを確認した。
 ところが、その翌日の午後11時に、突然心室細動になり、救急当直医が病棟から
心肺蘇生の依頼を受けた。当直医はすぐに担当医と連絡を取り、積極的な延命をすべ
きかどうか相談したところ、家族とは積極的な延命はしないと話はついているとのこ
とであった。
 しかし、病室では家族(妻と息子)が必死に患者に対して呼びかけをしており、
「娘が来るまでどうにかしてください。」と積極的な蘇生を懇願された。当直医はそ
の場の判断でDCショックを施行し,脈は触れるようになったが、依然PVCは散発して
いた。
 午後11時30分には担当医が到着し、当直医と交代したが、その後家族との話し
合いによって、やはりこれ以上の積極的な処置はしないこととなり、午後11時55
分に永眠された。
(HP上の提示は、患者さんのプライバシーを守るため内容を変更して提示します)



担当した学生のもった疑問
事前での話し合いでは延命を家族が望まなかったとの情報に対し、突然の心停止で、
当直医に家族から心肺蘇生の依頼があった場合、当直医はどうすることがもっと
も望ましいのだろうか。


担当した学生の4分割表による問題の分析
医学的適応
・診断:  橋出血  循環器不全(Vf,PVC) 呼吸不全
・医学的適応:  手術の適応なし
・無益性: 回復の可能性は低く、生命予後も短い
患者の意向
・患者は昏睡状態であり確認不可能。
・代理決定:家族の希望で延命はしない
・リビングウィル:不明
QOL
・昏睡状態で酸素投与中。人工呼吸器はつけていない。
周囲の状況
・家族:妻、子供3人(2人は自立、一人が大学生)
・夜中の急変で家族が全員集まっておらず、「娘が来るまでどうにかしてほしい」と
の依頼
・経済的側面:不明


題1回目の討論と課題(10/9)
この症例では挿管をしないということだけで、いわゆるDNR(蘇生しない
という指示)が徹底していなかったのではないか。
次回迄にDNRをする場合の必要条件やそのやり方について調べてくること。


学生による問題点の分析


医学的適応
・診断:  橋出血  循環器不全(Vf,PVC) 呼吸器不全
・医学的適応:  手術の適応なし
・無益性: 回復の可能性は低く、生命予後も短い
患者の意向
・患者は昏睡状態であり確認不可能
・代理決定:家族の希望で延命はしないことに。
・リビングウィル:不明
・インフォームド コンセント:回復の見込みがないことを主治医が繰り返し説明し
ていた。
QOL
・昏睡状態で酸素投与中(人工呼吸器はつけていない)
周囲の状況
・家族:妻、子供3人(2人は自立、一人が大学生)
・深夜11時、救急の当直医が病棟に呼ばれ、主治医はまだ到着していなかった。
・深夜の急変で家族が全員集まっておらず、「娘が来るまでどうにかしてほしい」と
の依頼された。個人的な印象としては、気が動転していたように思われた。
・経済的側面:不明 。患者は一家の大黒柱適存在とうかがわれた。

調べること:
アメリカやイギリスの心肺蘇生術の決定に関すること
  DNR(Do Not Resuscitate)の決定
  CRPの成功率
  この問題の背景
  入院時の書類にての調査



池田正行(神経内科医師)さんのコメント


症例6:どんなに丹念に説明し,家族もよく理解してくれたようでも,急な状況の変化
で,家族も狼狽し,希望ががらりと変わることをしばしば経験します.私も,ALSの患
者さんの挿管・呼吸器装着で苦い思い出があります.

私が当直医でしたら,「娘が来るまでどうにかしてください。」と言われたら,娘さ
んがいらっしゃるまでにどのくらいかかるか,娘さんの年齢,父親との関係,今回の
病状の理解度などを素早く確認した上で(これらの情報は,娘さんが到着後,下記の
選択決定経緯を含めて,事情を説明し,納得してもらうために必要です),次の選択
肢を示します.

1.既定方針通り,全く蘇生はしない.しかし,死亡確認は娘が来院し,対面してか
らにする.
2.挿管し,AMBUバッグで一時しのぎをして娘の到着を待つ.この場合も心臓に対す
る処置は一切しないので実質的には心停止に至るが,死に際に間に合ったという形は
確保できる.
3.挿管し,人工呼吸器につなぐが,2の選択と同じく,心臓に対する処置はしない.
4.フルコースで蘇生する.ただし,この場合には,DNRとの判断を覆して後戻りでき
ない可能性があることを念を押す.

あと,こまかいことですが,心拍モニターを装着しておくかどうかも,上記の選択肢
に合わせて判断しなければなりません.

ベッドサイドで,DCショックやら,挿管やらの準備をしながらの慌しい中ですが,娘
さんに関する上記の情報が得られれば,(経験的な直観からですが),当直医も家族
もそれほど迷うことはないと思います.

池田正行
国立犀潟(さいがた)病院



藤原靖士(安良里診療所医師)さんのコメント


白浜先生、こんにちは。藤原です。臨床倫理の検討には久々の発言です。

|症例6)重症脳出血の治療(延命治療をしないという指示について)
 学生の作成した四分割表分析について、「医学的適応」については異論ありま
せん。

「患者の意向」
|・代理決定:家族の希望で延命はしない
 とありますが、これは事前の説明時のものです。いざ臨死になったときの、
「必死に患者に対して呼かけ」「『娘が来るまでどうにかしてください。』と積
極的な蘇生を懇願」も「希望」と捉えてよいのではないでしょうか?
 尊厳死協会などのリビングウィル宣言書でも「宣言の内容をいつでも変更す
る権利」を明記しています。本人のリビングウィルが不明である以上、家族の
代理決定が意向とすると、それが場面により揺れ動くのもやむをえないのでは
ないでしょうか?

「QOL」
 記載されたことの他に、「よりよい最期を迎える」というのは考えられませ
んか?本人だけでなく、周囲の家族も納得できる最期の場面を迎えるというこ
とで。生命を伸ばすということだけでなく、そういう面を医師が「演出」する
のをQuolityに含めるのは変でしょうか?

「周囲の状況」
 DNRを説明し、既に患者の家族と意思疎通のあった担当医でなく、初対面
の救急当直医であったということも、家族の納得ということに影響する状況か
もしれません。

 以上を加えて考えました。

 DNRを徹底するというのはどうしても必要なことでしょうか?そもそもD
NRは、臨死の患者に無駄な医療をしないという経済的なことが目的ではな
く、患者が望まない状況(意志のない状態での生存・苦痛)を招かないことが
目的ではないでしょうか?
 このケースの場合は、家族も死に至ることは十分承知ではあるが、急な病状
の変化と最期の場面に接し、納得する時間が必要だったのではないでしょう
か?「娘が来るまで」というのは、それ以上は無理なことはわかっているので
す。実際、30分後、再度の話し合いで(娘さんが来たかどうかはともかく)蘇
生は止められたのです。 
 家族の意向を尊重し、医学的には意味がなかったとしても、この場合はまず
蘇生を試みてよかったのではないでしょうか?この場合とは少し違いますがた
とえ自発の心拍がなく心マッサージの波形しか出なくなっていても。(そうい
う状況で、30分くらいで来るという家族を待つ間、心マッサージをしたことが
あります。ところが2時間経っても件の家族は来ないので、そこで再度説明さ
せていただいて中止したことはあります)

 事前の話し合いではDNRだったからといって、「せめてもう少し」と懇願
する家族を前に何もしないのは、冷たすぎやしませんかね。
 また、この場合にいちばんしてはいけないのは、じゃあ、蘇生をどこまでも
やりましょう、と気管内挿管して人工呼吸器までつけてしまうことでしょう。
少なくとも「人工呼吸器を使わない」ことは確認されているわけですし、家族
もそこは気が変わっていないでしょう。そのあたりは担当医であれば事前の話
し合いの雰囲気でわかるのではないでしょうか。阿吽の呼吸といいましょう
か。

 DNRを徹底というのは、事前に「人工呼吸器」「外科手術」「抗生物質」
「経管栄養」「中心静脈栄養」「末梢静脈からの点滴」「透析」「輸血」など
について一つ一つやるかやらないか決めておくということかとは思いますが、
時間に余裕がある、事前意思であれば可能かもしれません。しかしそれさえ
も、実際にその場になったら、気持ちが変わるかもしれません。もし本人が意
識があって、意思を表明できて、変わった意思を表明できれば、事前の宣言よ
りもその時の希望が優先されるべきです。
 本人の意思が変わったのに、以前の文書に書いてあるからといって、本人の
希望する治療がされないとしたら恐ろしいことです。

 今回のケースで、もし、本人が事前にリビングウィルで今回のような状況で
のDNRを希望して文書に残していた場合はどうでしょう?
 私でしたら、家族に懇願されれば、ご本人の希望はこうでしたが、それでも
よいですか?と念を押した上で、それでも、と希望されるなら、短時間は蘇生
するでしょう。回復しない場合、再度念を押して、話し合い中止するでしょ
う。これは、「患者の意向」はDNRで明らかですが、「周囲の状況」である
家族の希望、「QOL」である家族も含めた満足死を考慮した、ということに
なると思います。

 今回のケースでの当直医の対応は、妥当であり、それにより、不幸ながら患
者さんのご家族は納得したお見送りができたのではないでしょうか?



第3週の討論、設定の確認と問題点の分析


娘さんの年齢,父親との関係については、娘さんは28歳、結婚されていて現在病院か
ら約1時間のところに住んでおられるという設定です。

家族と話していたDNRの内容は、人工呼吸はしないという自然死を前提にしたもの
で、正式に積極的な蘇生は全くしない、といった内容は確認されていなかった、とい
うことだったようです。

第3週目に発表した内容を以下にまとめました。DNRの決定の方法は、必ずこうす
る、といった内容の文献が見当たりませんでしたので、必要条件から汲み取った手順
です。よろしくお願いします。



CPRの医学的適応
   「心肺蘇生術の目的は、突然で予期しない死を防ぐことにある。心肺蘇生術は、
     死が不測のことではない終末期の不治の病気の場合などでは適応ではない。」
      (JAMA,1980,p.506)


DNRをする場合の必要条件


T.ある特定の患者にとって蘇生術が無益であろう、という臨床上の判断(医療側)

@判断は、経験豊富な臨床医によって行われるべきである。
DNR指示は普通患者が終末期にあたって、死が近いと思われるときに初めて検討され
る。DNR方針の多くは「死が差し迫った時」という文面を含む。しかし、この死が起
こるまでの時間を特定することは軽率であり不可能であるため、その判断は、経験豊
富な臨床医によって行われるべきである。

AEvidence
CRPの成功率がある研究で一般に院内での蘇生がすぐに成功する確率が30〜40%で、
そのうち約半数が退院できる、という報告を踏まえる。

B均衡(つりあい)の原則
患者に負担ではなくより大きな利益をもたらす可能性がある限りにおいて、医療は倫
理上の義務になる。医師は自分で、利益と負担の均衡をはかって、患者またはその代
理人に適切な選択をすすめなければならない。この場合、CPRが病状次第で短期間で
も生命を延ばす見込みが多少なりともあること、しかしCPRを行うと、行わない場合
よりも患者がより大きな不都合を経験するであろうということを、一般的な話として
患者側に告げるのが妥当である。

*DNR指示の記録について
患者の訴えの正確な記載、診断、予後からなり、患者のためにどのような利益(医療
の目標)を求めるべきかを決定すること。その指示は患者の病状を見ながら定期的に
見直し、病状次第で変更する。

医学的な問題の介入は、常に患者の意向、QOL、周囲の状況といった問題と併せて考
えなければならない。場合によっては、医学的適応が治療を差し控える際の論理的根
拠を述べる上で特に重要になる。



U.患者の意向

@事前指示によるもの
(a)「自然死法にもとづく医師への指示」と呼ばれる法律文書、(b)非公式で法的でな
い方法の「リビングウイル」、(c)個人が判断能力区を失った後にヘルスケアに関連
する全てのことを決定する代理人として別の人を指名する「ヘルスケアのための継続
的委任状」がある。これらの事前指示は書面であるから、そこにはあいまいな言葉が
用いられている場合がある。指示を与えられる側はこれらの言葉を状態に応じて解釈
しなければならない。

A代行者・代理人
昔から近親者が代理人となるのが自然と考えられてきたが、最近になって、家族に具
体的な権限を与え、さらに配偶者、両親、子供、兄弟姉妹といった順で優先順位を定
めた法律が制定されている。また、継続的委任権法に基づく代理人の法的な指名に
よって家族よりも優先されるべき代理人が規定される。

*代理の原則
(a)過去に患者が意向を述べる能力があって、しかもそうしていた場合は、代理人は
それらの以降についての知識、あるいは少なくともその患者の価値観についての知識
を用いて決定しなければならない。
(b)患者自身の意向がわからない、または明らかではない場合、代理人は患者の「最
善の利益」を考慮しなければならない。

B暗黙の同意
上記の@、Aのどれも存在しない緊急事態では、もし患者が意思表示可能なら患者は
治療に同意しただろう、と医師が推定することが慣例になっている。これを法律では
「暗黙の同意」として容認している。



V.蘇生が成功した場合の患者の将来のQOL

医師側、患者の意向、代理人の判断のそれぞれにおいて、もっとも患者が最善の利益
を得られる方法を選ぶ。最低以下のQOL(個人にとっての「利益」がない=持続的植
物状態など)の延命措置について以下の判断がある。
@医療側
アメリカ医師会の倫理・司法委員会の意見(1989)では「死が迫っていなくとも、患
者の意識の無い状態が疑いも無く永久に続く場合、そしてこの診断の正しさを裏付け
る適切な手段があるなら、すべての延命医療を停止することは倫理に反しない。」と
されている。
A患者の意向
その時点で患者の法的対応能力がある場合、患者自身の意向に従う。(バートリング
対最高裁判所事件)
事前指示の書面ではっきりとした記載がある場合には、その指示に従う。(シャ−
リー・ディナースタイン事件)
B代行者・代理人
法的対応能力を欠く患者の最善の利益になるのであれば代行者・代理人の指示に従
う。(アイヒナーの申立など)



DNRを決定する場合のやり方


1.事前指示を得る
一般的に入院時の書類にての調査(各病院にて異なる)で本人の意向をあらかじめ確
認しておく。その決定はいつでも変更できることを伝えておく。
終末期の患者で、法的対応能力がなくなる以前の適切な時期に、病状の説明をし今後
心肺停止状態になったときにどうしてもらいたいかを確認し事前指示としてカルテに
記載しておく。その決定はいつでも変更できることを伝えておく。最後に患者が指示
した事前指示に従う。

2.事前支持を得られていない状態
終末期で法的対応能力がない患者で事前指示がない場合、医者側の臨床上の判断と患
者側(代理人)の判断にて決定される。



アメリカとイギリスの相違点


患者側の同意
アメリカでは以前から、DNRの決定を下す前に患者側の同意を取り付けるよう医師に
義務づけられている。
イギリスではごく最近まで、「イギリスの患者は自分のためになる決定をしてくれる
ものと医師を信頼しているので、蘇生についての基準は不必要である」という考え方
があった。現在イギリスで参考されるDoyalとWilsherによるガイドラインではアメリ
カと異なり「意思決定能力を欠く患者に代わって近親者が決定を下す法的権限はな
い」としている。

無益性
アメリカでは「無益」の定義と見方について議論があり「CPRがあ無益であること
を、医師が完全に確信できるはずがない」という非難もある。
イギリスではBlackhallの提案(CPRで助かる確率は、継続的な植物状態において1〜2
%であり、生存の見込みがこの数字を下回るようであれば、CPRは無益とすべきであ
る)が広く受け入れられている。

無益性の告知
アメリカでは「無益」という理由で下された決定について患者は知らされるべきであ
ると主張される。
イギリスではそれが必要であるとは考えられていない。

秘密保持
アメリカでは患者に関する情報を第三者に開示するには、患者からの許可が必要であ
り、判断力がない患者であっても秘密保持に関する権利を有する。
イギリスでは、医師と近親者が患者の状態について話し合うということが一般的に行
われており、患者の許可を明確に求めることは少ない。



このケースについての担当の学生のまとめと感想


まとめ

・DNR指示はカルテに記載する。
・DNR指示はいつでも変更ができるのが原則。
・現場では、家族が狼狽し前言を覆すことがある。
・救急医のその場での判断はこれでよい。
・大事なことは、患者・家族ともによりよい最期をむかえられるよう演出してやれる
こと。

今回の症例ではカルテに正式にDNR指示を書いておかなかったことが病棟の当直医や
看護婦の誤解を招いたのだと思いました。しかし家族の方がうろたえるのは当然で、
そこに「こう署名したから」とDNR指示を楯にすることもおかしいと思います。DNR指
示はいつでも変更ができるのが原則です。しかし落ち着いて一度は納得したことを再
確認することは患者の家族のケアとして重要ではないでしょうか。呼び出された救急
医はその場の状況を瞬時に判断して最適のことを行ったと思います。ただこの瞬時の
判断は医師がそれぞれ持つセンスが大きいかなとはじめ思っていました。自分が現場
で「この判断ができるセンスを身につけるのはは難しい」、と思ったためあげた症例
でしたので、いろんな方々から状況を適確に分析することで対処できるとうかがい、
そのセンスは学習できるな、と安心しました。

アメリカでは患者中心でしたが、家族も含めてよりよい最期を演出してあげる、とい
うことが日本の社会では必要なことかな、とも考えました。また、重傷末期患者の
DNRの意志確認は日本では切り出しにくいのではないでしょうか。日本の特性として
家族にDNR指示を代理してもらうことが多いと思います。こういった背景ではやはり
家族の意向が(もちろん患者の意向があればそれを最優先して)重視されていいのだ
ろうと納得しました。アメリカやイギリスの場合を調べてみて、やはり国の特色があ
ることから、日本の社会背景にあった方法を医師がとれるように、あるていど新人医
療者への教育体制があってもいいと思います。

感想

様々な職種の方々からアドバイスをしてもらえた今回の実習はとても有意義でした。
僕自身、今まで新聞や本で疑問に思っていたことなどをどんどん出せて、自分のなか
で新しい発見ができたと思います。
じつは、将来この佐賀で小児精神をやっていきたいと考えているのですが、そこで避
けてとおれないのが児童虐待の問題です。今回症例は僕自身が持ったことがなかった
ので出せませんでしたが、この実習でインターネットの有効性を実感しました。様々
な職種の方々と連携を取っていく上ですばらしい武器になると思います。
本当に4週間ありがとうございました。



追加)ちょうど上記のような討論をしていた時に、今回の事例に関係する
内科専門医のMLに人工呼吸器の抜管についてという質問がありました。
参考になるので、その内容について転載します。


最初にMLに提示された質問

先日、こういった話を耳にしました。
ある末期ガンの入院患者がいたそうです。
本人も、告知はされていたようです。
入院時には、まだ比較的元気だったようですが、入院翌日、突然に
心肺停止状態となったため、直ちにCPRを行い、挿管後ventilatorへ
つながれたそうです。(それ以前に、どこまで延命治療を行うかの
具体的な取り決めは行われていなかったようです。)
その後、患者の意識は回復せず、自発呼吸も無し。
このような状態で、快復の見込みのない事を告げられた家族は
是非、最後は、自宅で看取りたいとの申し出があり、主治医は、家族と話し合った結果、
患者の自宅までbaggingをしながら患者を搬送し、家族みんなの見ている前で抜管し、
そのまま死亡確認をしたそうです。家族は、主治医には大変感謝したそうです。

おそらく、前もって延命治療の話をしておけば挿管することもなかったとは思いますが、
このように、思いがけず患者の病態が急変し、説明する時間もないまま
挿管・人工換気になってしまう例もあると思います。
私の個人的な感想としては、家族の思いも解るのですが、
たとえ家族の強い希望があったとしても、患者本人の同意もなく、
このような行為(=抜管)をしてよいものかという疑問があるのですが、
みなさんいかがお考えになりますか?



千葉大医療情報部、高林克日己先生のコメント


つい最近まで東松戸病院で一般医師として勤務し、訪問診療をしておりまして、
すっかりこのような関係にのめりこんでしまいました!!
このような抜管に立ち会える主治医になれるのは医師としての本懐ですね。

きょうは西千葉(医学部以外の千葉大のキャンパス)で在宅終末期医療とITという話を
講義しました。私は事前指示がどうしても必要であると感じています。そして彼ら学生
にアンケートをとると皆その必要性を強く認めてくれました。若い彼らにしてもです!
法学、経済、教育、文学、工学、理学、薬学、看護とほとんど医学部以外のほとんど
の人たちがそう考えているのです。

以前にこの事前指示を実際の外来の高齢者たちに配って書いてくださいとお願いすると、
多くの患者さんに喜ばれて書いていただき、それは外来カルテに貼り付けてきました。
彼ら全員ではないですが、高齢者の多くの人が死を意識し、その準備をしているのは
あきらかです。

確かに、初めて診る医師にとっては、何もなければ挿管せざるをえないのですが、
このような事前指示文書を提示されることで(その中で挿管は希望しないが選択されて
いれば)このような挿管をしなくてよくなると考えます。

また松戸市では来週から始まる40診療所、病院の共有電子カルテの中で、この事前指示
を取り込んであり、救急施設に運ばれたとき、参考にできるように考えております。

ご批判を受ける意味で長くなりますがこのあとにその内容をつけてみます。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

わたくしの診療に関する希望書 (事前指示書)
                               平成13年10月24日版

私および私の家族は、私の具合が悪くなり、もし自分で意思判断ができなくなったときには、
以下のように考えていただくようにお願いします。ただしここに書かれたことは今現在私が
考えていることであり、今後必ずしも変わらないことではなく、いつでも変更することがあ
ります。
病院にて治療されるときは医療者には以下の項目を尊重していただきたく思います。

避けられない死が近いときには
1)    絶対に家で最後を迎えたい。
2)    できれば家で最後を迎えたい。
3)    できれば病院で最後を迎えたい。
4)    絶対病院で最後を迎えたい。
5)    医師の判断に委ねます。
6)    わかりません。
7)    その他

心肺蘇生(心臓マッサージなど)
1)    心臓や呼吸が停止したときに蘇生処置(心臓マッサージや挿管処置)をしないで下さい。
2)    心臓マッサージはしても挿管処置はしないで下さい。
3)    心臓マッサージや救急蘇生はしても人工呼吸器にはつながないで下さい。 
4)    必要なら人工呼吸器を使用して下さい。
5)    判断は医師に委ねます。
6)    わかりません。
7)    その他

蘇生処置:心臓マッサージや口や鼻などから肺に管をいれて人工呼吸をすることをいいます。
心臓マッサージとは仰向けに寝た患者さんの前胸部を外から両掌で繰返し強く押して心臓を動かす
ことをいいます。
挿管とは呼吸ができるように細長い管をのどから気管までいれることをいいます。
人工呼吸器は接続することで呼吸が停止しても自動的に呼吸を続けることができます。
いったん接続すると患者さんの呼吸状態が回復しない限りこの機械をはずすことは許されま
せん。(注意) 痰や食べ物が詰まって呼吸ができなくなったときなど、急に起こった窒息などの際は上
   記の1)、2)を選ばれていても、患者さんの救命のため、これらの処置を施すことがあります。

手術
1)    手術はしないで下さい。
2)    手術の種類でするかどうかを判断させて下さい。
3)    外科的手術、あらゆる生命維持処置、臓器移植などを行って下さい。
4)    医師の判断に委ねます。
5)    わかりません。
6)    その他

注射
1)    点滴や注射は決してしないで下さい。
2)    体が楽になるような、必要な水分の補給のための点滴だけして下さい。
3)    治療としての点滴をして下さい。ただし食事に代わりうる点滴(中心静脈栄養)はしないで下さい。
4)    必要なら中心静脈栄養を含めた点滴をして下さい。
5)    医師の判断に委ねます。
6)    わかりません。
7)    その他

  中心静脈栄養とは首や股の部分の太い血管から濃度の高い点滴をすることで、食事をとらなく
   ても点滴だけでずっと生きていける方法です。

輸血
1)    輸血はしないでください。
2)    種類によっては輸血をしないでください。
3)    必要と認めたときには輸血をお願いします。
4)    医師の判断に委ねます。
5)    わかりません。
6)    その他

2)では赤血球などの血球成分を除いた凍結血漿(栄養成分などにしたもの)は行うという意味です。

  検査
1)    レントゲンなどの画像検査や血液検査などはしないで下さい。
2)    苦痛のない範囲での検査にして下さい。
3)    多少苦痛があっても生命維持に必要な検査をして下さい。
4)    医師の判断に委ねます。
5)    わかりません。
6)    その他

麻薬(鎮痛用)の使用
1)    麻薬は使わないでください。
2)    多少寿命を縮める危険があっても、もっと安楽になれたり、痛みを減らすように麻薬を
    使ってください。
3)    医師の判断に委ねます。
4)    わかりません。
5)    その他

栄養 :食事が口から入らなくなったり、のどがむせて食事をとれなくなったときには
1)    自分で食べられなくなっても胃管を入れたり胃瘻を作ったりしないで下さい。
    そのために生きていけなくなってもかまいません。
2)    栄養をとるために必要なら胃管を入れて下さい。胃瘻は作らないで下さい。
3)    栄養をとるために必要なら胃管を入れたり胃瘻を作って下さい。
4)    医師の判断に委ねます。
5)    わかりません。
6)    その他

   胃管:鼻から細いチューブを胃までいれて、ここから栄養を入れる方法です。一日3回食事と  
   同じように管を通して液体の栄養をいれます。
   胃瘻(いろう):胃カメラなどを使ってお腹に穴をあけ、細いチューブを通して直接栄養を外か
   ら胃に入れる方法です。胃カメラをするのと同じ位の負担でできます。穴はあとでふさぐことも 
   できます。

処置
1)    苦痛をとるため以外の処置はしないで下さい。
2)    痛くなったりつらい処置はしないで下さい。
3)    生きていくためにあらゆる処置をして下さい。
4)    医師の判断に委ねます。
5)    わかりません。
6)    その他

透析について
1) 透析はしないでください。
2) 必要なら透析してください。
3)    医師の判断に委ねます。
4)    わかりません。
5)    その他

透析とは腎臟が悪くなり、体の水分や老廃物がたまって出せなくなり、心臓や肺が苦しく
なったりするときに、腎臟の代わりに老廃物などを体外に出す仕組みです。動脈と静脈に
太い針を刺し、血液を体外の人工腎臟(透析装置)に通すことで行います。

        平成  年  月  日 

病院     院長                殿
 

                                 本人署名                  
      
                                 家族署名                 

                                 受け取り医署名                  
 
 

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::



最初に提示された先生のコメント


高林先生の事前指示書のように、できるのなら、前もって患者・家族の意志を
確認しておくにこしたことはありません。これは私も大いに賛成です。
私が気になるのは、

いみじくも、先生の提示してくださった事前指示書に書かれていますが、
「人工呼吸器は接続することで呼吸が停止しても自動的に呼吸を続けることができます。
いったん接続すると患者さんの呼吸状態が回復しない限りこの機械をはずすことは許され
ません。」
これに抵触するのではないのかということなのです。

抜管すれば、確実にすぐに死ぬことがわかっている患者に対し、家族の同意があるとはい
え、抜管しても良いのでしょうか?
法律的にも問題ないのでしょうか?
私個人は、倫理的にも抵抗がありますが・・・。



今井裕一さん(秋田大学内科)のコメント


挿管に関しては,研修医時代に麻酔科で
全身麻酔を50例ほど行いましたので
いつでもできるはずです.
ただし,そのときに教わったことは
麻酔科の先生は今でも尊敬していますが,
「挿管するよりバッグ換気が重要なのだ」
ということで,人工呼吸器に接続させず
自分の手で手ごたえをマスターするように
指導されました.
「挿管に失敗したらどうしたらいいのですか?」
と言う質問に対しても
「バッグでの換気ができれば,挿管を
何回でもトライできます.あせる必要はありません」
と目からうろこが落ちるような説明でした.

その後,病棟でも挿管をすることもありましたが
今回の先生のような状況にも数回立ち会いました.
そのとき,家族が病院にこれる時間を聞き
2−3時間であれば,挿管せずに
自分の手で,行ったことがあります.

これは結構体力と時間を要しますが
挿管より,忍耐が要ります.

このようなことも医療の一面では
ないでしょうか?
単なる技術より「体力と判断力」ではないでしょうか?



白浜雅司のコメント


高林先生が電子カルテにこのような倫理的問題についての事前指示書という形で
取り組もうとされているのは素晴らしいことだと思います。
患者さんは救急でどの病院にいかれるかわかりませんから。

さてこの人工呼吸器をはずすということについては、
たまたま最近朝日新聞のくらしの欄で取り上げられていて私も少しコメントしま
した。全体を以下のHPで読めます。

人工呼吸器外せますか(10/03)
http://www.asahi.com/life/medic/1003a.html
死を見据え、揺れる思い〈医療を追う・終末期医療 読者の投書から:上〉
(10/17)
http://www.asahi.com/life/medic/1017a.html

上の方の記事の一部を引用します。

弁護士の中には、呼吸器を外すことが死に直結する場合は、安楽死の4要件を満
たさない限り、外すことは認められないのです」という意見があります。

安楽死が許容される4要件
(1)患者に耐え難い肉体的苦痛がある
(2)患者の死が避けられず、死期が迫っている
(3)苦痛を除くための方法を尽くし、代替手段がない
(4)患者本人が安楽死を望む意思を明らかにしている
(95年の東海大安楽死事件の横浜地裁判決から)

ただ一方で「一般的に呼吸器を外すことは、おそらく法的に問題はない。だが、
判例がないので絶対に法的責任を問われないとは言い切れない」と指摘する法
律家もいる。
というのが現状です。
人工呼吸器を最初からつけない(差し控える)と、抜管するとでは医師の心へ
の負担(罪悪感)は違うかもしれませんが、医療倫理的には同じと見る考え方が
一般的です。患者の本当の精神的な負担はやってみないとわからないという部分
もあるかれで、一度つけた上で、やはりやめてほしいということが本人家族から
でてきて何ら不自然ではないと考えるからです。

私もコメントとして
「多くの医師は訴訟に巻き込まれたくないので、外すことをためらう。終末期で
治療法のない患者が希望し家族も望んだ場合、患者の意思を再確認した上でな
ら、医療者が呼吸器を外しても罪に問われないことを、学会や法曹界で検討して
ほしい」と提案しました。ある程度のこういう延命治療のガイドラインを内科
学会あたりで委員会を作って提示する必要があるように思います。老年学会が
倫理指針を決められているようですが、詳しく知らず、今週末の名古屋での生命
倫理委員会での報告を期待しています。

確かに高林先生のされているような事前指示が、米国では「患者の自己決定法」
で法的に認められていますので、元気なうちに、人工呼吸器などの延命治療を
将来拒否する意思表示を文書(リビングウイル)にしておくと、意識不明の状
態になったときに、それが法的効力を持つ。 ことになります。

ただ日本でそのままの法律が通るかはちょっと違うかもしれません。
家族の思いというのも大切にするからです。

たまたま先日提示させていただいた臨床倫理の4事例の最後(2001年事例6)で、
DNRが出されていた患者の心停止への対応の問題が出されていました。ぜひ他の
症例と一緒に(DVへの対応など貴重な検討もありますので)御覧いただき、また
コメントいただければうれしいのですが。
http://square.umin.ac.jp/masashi/discussion.html
色々調べていて、同じDNRでもイギリスとアメリカでは違う(アメリカでは患者
個人への説明だけでいいが、イギリスでは家族の承認がいる)こともわかりました。

今回の事例では、確かに急変だったかも知れませんが、末期癌であることがわかっ
ていれば主治医が、入院時に行う今後の治療方針(治療計画を説明することが保
険で点数がとれるようになりました)の中でそのことを患者、家族にDNRオーダ
ーについても説明し、もし本人家族がそれを望むなら、きちんと記載し、それに
従って当直医が対応されたでしょうし、それでも家族は動転して、挿管して下さ
いということになったかもしれません。それでも本人の意思ですからということ
を当直医が押し切ることは日本では難しいかもしれません。

ただ今回の家に連れて帰りたいという家族の熱意と、それに応えた主治医の熱意
にある種の感動を覚えます。少なくともこの家族から訴えられることは無いでし
ょう。

死ぬために自宅に帰ると言うことを医療者として、いいのかと思う方もおられる
と思いますが。看取る作業は決して医療者だけのもの、病院の中でだけのもので
はありません。いかに医療者が本人、家族の願いにそってあげられるかが大切だ
と思います。

あと、今、今井先生の最新のコメントも確かにそうだと思いました。

> その後,病棟でも挿管をすることもありましたが
> 今回の先生のような状況にも数回立ち会いました.
> そのとき,家族が病院にこれる時間を聞き
> 2−3時間であれば,挿管せずに
> 自分の手で,行ったことがあります.
>
> これは結構体力と時間を要しますが
> 挿管より,忍耐が要ります.
>
> このようなことも医療の一面では
> ないでしょうか?
> 単なる技術より「体力と判断力」ではないでしょうか?

ただ一人でそれができるか、もっと時間がかかる場合や、もっと重傷
な、でもこの時を超えれば回復の可能性のある患者がいる場合、挿管
することも仕方がないことはあるかもしれません。



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