2001年臨床倫理事例検討

症例1)DNR(蘇生を行わないと言う指示)と人工呼吸器をつけること
 Aさんは、58歳女性。多発性の骨転移のある乳癌の患者。定期的な入院による抗癌剤
の投与と、モルヒネなどによるペインコントロールで小康状態をえていた。本人には、
乳癌で、根治的治療はできないことが伝えられ、本人の希望で、心肺蘇生は行わないと
いう指示(DNR=Do Not Resucitate)が出されていた。
 ところが、抗癌剤の副作用による白血球減少によるものか、急激に進行する肺炎双球
菌による肺炎が出現、血液ガスの状態も突然悪化したため、医療チームの中で、人工呼
吸器を使いつつ、抗生物質の治療を行うべきではないかという意見が出た。急激に低酸
素状態になり、現在は患者本人の意思の確認がきちんとできない状態。家族は夫は2年
前に肺がんで亡くなっている。子供は20代の娘が2人いて、母親の希望はできるだけ尊
重したいが、症状を改善させる可能性がある治療ならばぜひ受けて欲しいと思ってい
る。さて主治医はどうするべきか?

症例はこれだけですが、検討したいことは、DNRについてと、一度挿管した後効果がな
かった時に抜管できるかという結構重たい問題を提起しています。
長くなりますので詳しくは
http://square.umin.ac.jp/masashi/1case1.html
を御覧下さい。
もし読めない方は御連絡下さい。

学生が提示した症例を用いた臨床倫理教育の機会は定期的に続けているのですが、なか
なかHPで症例提示まできちんとしてという時間がなくて、でも自己流にならないために
は多くの方の意見を聞いておかなくてはとこれらも適宜送るようにしたいと思います。
御協力お願いします。

三瀬診療所 白浜雅司



田坂さん(開業医、TFCというプライマリケアのML管理者)のコメント


白浜先生、素晴らしいマトメをありがとうございました!!!。
いろいろな、側面で検討が出来ますね。!!!!

(1)
今、コメントしても仕方のない事としては、
>(DNR=Do Not Resucitate)
を取る時の関係者(DNRの書面を埋める作業に止まっていては、
無理ですが・・・)や代理人に当たる人が、
本人の希望をどの程度的確に、話し合ってイメージできていたか?
(ご呈示のイベントは、有る意味予測可能な、シチュエーションとも
言えませんか〜?)
LMD(レット ミー ディサイド)では、書面を埋めるために話し合
いが繰り返され、完成するまで半年〜1年かかるとも、読みましたが、
そういう、プロセスが大切ですよね〜!!!・

(2)
「挿管後の抜管」
家族・本人?・医療者の間で、十分な納得が得られていても、
それを聞きつけた人から、社会問題化〜法廷に持ちこまれる
可能性も有りと理解しています。

(3)でも、
医師としては、挿管前に正しくその後の経過を予測する事はきわめて
困難で、挿管して とことん戦って、駄目な時に医療撤退する方
が、生命予後的には良い結果には成りますよね〜・
(でも、その時に撤退を決断する医師・家族・代理人には、脳死判定
+臓器移植以上のストレスがかかる事もあると推測しています。
社会的コンセンサスも重要な要件かと・・・・・。)

(4)
>実際それで治療してみたが症状の改善なく、これ以上続けても
>効果がないと取り外すこと(Withdraw)の間には倫理的に大きな
>差はないと考えてきた。
米国の本を読む限り、そうですね。!!!

この辺、倫理は文化〜時に経済と関連大なのでしょうね。
(日本の場合、「考えた結果」と言うより、「考えていない結果」
の倫理のような気もしますが・・・・。)

経済と言えば、
小泉総理の国債30兆未満を実現するためには、
医療費の分野では、年間1兆円の伸びを削り、その上
1兆円の切りつめの必要があると、厚生省の方が、講演
されていました。
老人医療費で、8000億円程度の切りつめが必要とのこと。
我々の周りで、ムダ使いが生じているイメージはありませんが、

データとしては、
 H10年度国民1人あたりの年間医療費=23.5万円、
65才未満の1人あたりの年間医療費=14.6万円、
70才以上の年間医療費=81.5万円

また、高額医療費
 レセプト点数上位1%で総医療費の23%を占め,
 上位10%で総医療費の57%(16.6兆円/29兆円)
の医療費を使用している。

など、どこかでご本人、ご家族の意に反しつつ、高額な医療費
が使われている可能性を考えるのですが・・・。
(高額なケースは、救命率も低い・・。)

こういった、金銭の絡んだ公の倫理の側面からも、
(無駄な医療費を効果的なところに使用変更する。)
>学会や厚生労働省あたりで人工呼吸器をはずすこと
>が許される基準(治療効果がないこと+本人(本人の意思の
>ない場合は代理人)の強い抜管の希望があるetc)を作るといい
>のでしょうか。
このあたりのことが、討論されて良いように思うのですが。!!!!
(本人・家族・医師も、疑問に思いつつ、やめられない治療を
ダラダラらと続けているケース・・・・・。無いとはいえないのでは〜・・。)

以上(田坂)



TFCで交わされた馬庭さんのコメントと田坂さんのコメント


兵庫の馬庭(兄)です.

私も白浜先生と同じように
山間の地域医療現場に6年前に入りこのような患者さんに
遭遇します.

ここで最も強く感じたことは,
患者さん(多くは高齢者)の意思(意識)も大事ですが,
どうしても生きていて欲しいという家族の方の
の想いも同様に切実に迫ってきます.
患者さんは1人で生きているのではなく,
家の周りの人たちと一体になった存在と思います.

したがって,患者さんの予後を他人の我々医師が相談するときは
家全体でコンセンサスを決めておく時代のような気がします.

ところで今悩んでいることは,
DNRもそうですが,経鼻胃管,PEGを挿入された
自分の意思の表示できない患者さんがとても
増えて来ています.PEGなどは基幹病院で説明されれば
家族はよく実態が分からないので同意せざるをえない場合が
ほとんどですが,在宅で,または,家族の誰もいない特養などで
なんと自分の意思に関係なく栄養をうけ,はては気管切開,
辱創と併発しているひとの多いことでしょう.
私はDNRのみならず,このような強制栄養も,事前家族とともに
お元気な時から説明し,態度を決め,何らかの記録に
残したいと思っています.
当然このばあい,栄養管を挿入したはいいが,抜けないという
送管と同じ問題が発生します.

皆様はどうお考えでしょうか?



<田坂さんのコメント>

>私はDNRのみならず,このような強制栄養も,事前家族とともに
>お元気な時から説明し,態度を決め,何らかの記録に
>残したいと思っています.
全く同感です。!!!!!
最近特に、家庭医のつとめと思っています。

しかし、理想にはまだまだ遠いと言う現実が有りますが〜・・・。

>当然このばあい,栄養管を挿入したはいいが,抜けないという
>挿管と同じ問題が発生します.
ですね〜。

こういう決断の場に、我々(かかりつけ医〜元主治医?)も
輪の中に入れてもらえるように、努力したいですね〜。
ほとんどの場合、事後報告を受けるだけですから〜・・・。
これでは、意味がないですから〜・・・。

以上(田坂)



大西さんとの意見交換


大西@イリノイ大学です.

私は焦点が二つあると思います.
1.日本における本人のLiving willと家族による代理決定の
  重みづけのしかた
2.緩和医療の過程におけるDNR指示の意義

1に関しては,日本では家族における代理決定が患者本人の
自己決定権を上回ることがあるということについてさほど
不思議ではないと思っています.この点について,本人の
自己決定権を最優先する米国流が日本で必ずしも当てはまら
ないことがあってもいいでしょう.

しかし,ここでは2の方が決断に関わっていそうな気がします.
DNR指示について本人に確認するに至った前提として,
大筋では変化し得ない予後があるはずです.緩和医療的な
意味での化学療法で肺炎を起こしたとしても,それはあくまで
緩和医療の範疇の出来事であり,DNRの決定を覆すのは
前提を覆すことになると考えます.肺炎による呼吸困難で
意識が保たれていて苦しそうという状況であれば,モルヒネ
投与を考慮する方が流れとしては自然ではないでしょうか.

このような担癌患者の死因として肺炎は主要なものの一つ
ですし,患者本人がDNRの指示まで出している状況ですので,
肺炎を一時的に乗り切っても,再び同様の苦しみを経験すると
いうことは十分考えられます.

よって,患者の家族には,「思ったより早くお迎えが迫って
いるようですが,肺炎を起こすというのはお母さんのような
重症の場合にはそれも自然な経過だと考えます.このままの
形で看取っていただきたいと思いますがいいですか」と問い
かけるでしょう.

家族が「症状を改善させる可能性がある治療ならばぜひ..」
と願うのは,「どの症状をどのくらいの期間改善させるのか」
という点についての医師側の説明がやや弱いのではないかと
推測しますが,いかがでしょうか.

イリノイ大学シカゴ校医学教育部 大西弘高



大西@イリノイ大学です.

先日,佐賀医大の学生さんがシカゴで1週間実習していました.
次に,University of California San Franciscoの関連病院で
ある,Santa RosaのSutter Medical Centerで家庭医療の
クリニカルクラークシップを3週間行いますが,イリノイ大学
では,家庭医療学レジデントのカンファレンスに私と共に
出席しました.そこで緩和医療に関するsmall group teaching
sessionがあり,印象深い文献を教えていただいたので,ここで
紹介したいと思います.

--
Quill TE. Initiating end-of-life discussions with
seriously ill patients: Addressing the "elephant
in the room". JAMA 2000, 284, 2502-7

「End-of-life discussionで話すべき内容」

General: Goals of treatment
・生命を長引かせる治療をどうするか
・QOLを高める治療をどうするか

Specific: Range of intervention
・Advance directives
  Living will
  Health care proxy(代理決定者)
・DNR orders
・他の生命維持の治療内容について
  呼吸器,経管栄養,抗生剤,透析
・緩和ケア
  疼痛や他の症状のコントロール
  心理的,社会的,霊的,存在的苦悩の緩和
  やり終えていない職務をするための機会を設ける

「End-of-lifeの問題に関して話し始めるときの質問」
目標
・病気が悪くなったとき,何があなたにとって最もやり遂げたい
 目標になると思いますか
・あなたの治療において,1日でも長く生きること(length of
 time)と,内容の濃い生活をすること(QOL)のバランスを
 どのように考えますか
・あなたが最も望んでいるのはなんですか
・あなたが最も恐れているのはなんですか
価値感
・あなたの人生において最も価値観が高いのはなんですか
・生きている価値がないと思うような状況がありますか
・あなたの生活の内容(QOL)がどんなだと感じますか
・特に良い死に方だったとか,苦しそうな死に方だったという
 ような人を見たり,そういう人と一緒にいたりしたことが
 ありましたか
Advance directives
・(Health care proxy)もしあなたの病気が悪くなって自分で
 話せなくなったとき,あなたの意見や価値観を表すために
 誰が最もよいと思いますか
・(Living will)もしあなたが将来自分で話せなくなったとき,
 あなたがどのような治療を希望するかに関する考えを誰かに
 伝えたことがありますか
DNR order
・急に呼吸や心臓が止まったとき,我々は人工呼吸や心臓
 マッサージという処置によって救命を図ることができます.
 こういった処置について知っていますか.また,これを希望
 するかどうかについて誰かと相談したことがありますか.
 あなたの状態を考えると,そのような処置は一時的な効果を
 示すことはあっても結局は苦しみを延ばす結果になることが
 予想されるため,私はそういった処置を勧めません.あなたの
 考えはどうでしょうか.
痛みや他の症状
・あなたはホスピスや緩和医療について聞いたことがありますか.
 どんなことを聞きましたか.
・あなたの痛みについて教えて下さい.一番痛いのを10と
 すれば今の痛みは何点ですか.(facial scaleの使用も可)
・現在一番よい状態のときの呼吸はどんなですか.苦しいときの
 呼吸はどんなですか.
やり終えていない職務
・もしあなたが近いうちに死ぬと仮定すれば,やり遂げない
 ままになってしまうのはどんなことですか.
・あなたの家族はあなたの病気に対してどのように接してくれて
 いますか.家族の反応はいかがですか.
・宗教はあなたの人生にとって重要な部分を占めていますか.
 宗教的問題について気になるような気持ちの問題がありますか.

かなり意訳してしまっていますので,本文を読まれた方が正しい
意味が通じるかと思います.また,まだ全文を読むには至って
おらず,鍵になる表の訳に終わっていることをご容赦下さい.

ここで最も深く学んだのは,Advance directivesの中に,Health
care proxyの問題とLiving willの問題が含まれること,これらの
区別についてはっきりしたということでした.

これらの問題点が含まれたシナリオを医師側と患者+患者家族側に
渡し,3名でロールプレイするというセッションが一番面白かった
です.患者役のレジデントは,話し合いに際し否認の態度に出た
ため,医師役が非常に困っていましたが,全てのグループで同様の
結果が得られていて,この点が最も現場での大きな問題になって
いるということが浮き彫りにされました.

イリノイ大学シカゴ校医学教育部 大西弘高



大西先生

早速の貴重なコメントメール有り難うございます。
私がここで提示したかったことはDNRがでているとき
治療の可能性のある治療もすべてしないのかというこ
とです。
このことについては先生が次に提示されたQuill先生の
End of Lifeで確認しておくことではっきりしました。
DNRは緊急の呼吸停止、心肺停止の対応で、抗生物質
などの対応は別に話しておくべきことなのです。
Quill教授とはSGIMの自殺ほう助を頼まれ時にどうするか
というセッションをとって非常に具体的な対応をされて
いるのに感心しました。

三瀬村国民健康保険診療所
白浜雅司



白浜先生

ご返事ありがとうございました.
私も,少しDNRの意味を履き違えていたことがよく分かりました.

・DNR orders
・他の生命維持の治療内容について
  呼吸器,経管栄養,抗生剤,透析
・緩和ケア
  疼痛や他の症状のコントロール
  心理的,社会的,霊的,存在的苦悩の緩和
  やり終えていない職務をするための機会を設ける

これらは,別々に話し合って決定すべき内容ということですね.
ただ,急激に悪化して一時的に治癒可能な肺炎か,徐々に悪く
なって何度も繰り返しそうな肺炎かという区別をどのようにするか
という点が非常に困難な気がしますが,どう考えればよいでしょう?

イリノイ大学シカゴ校医学教育部 大西弘高



大西先生へ

> 白浜先生
>
> ご返事ありがとうございました.
> 私も,少しDNRの意味を履き違えていたことがよく分かりました.
>
> ・DNR orders
> ・他の生命維持の治療内容について
>   呼吸器,経管栄養,抗生剤,透析
> ・緩和ケア
>   疼痛や他の症状のコントロール
>   心理的,社会的,霊的,存在的苦悩の緩和
>   やり終えていない職務をするための機会を設ける
>
> これらは,別々に話し合って決定すべき内容ということですね.
> ただ,急激に悪化して一時的に治癒可能な肺炎か,徐々に悪く
> なって何度も繰り返しそうな肺炎かという区別をどのようにするか
> という点が非常に困難な気がしますが,どう考えればよいでしょう?

その点が難しいですよね。
あとひとつ、この治療が本当に効果があるのかどうかを判断することが。
抜管できる見込みのない挿管はすべきでないというのはわかりますが、
それも実際には難しいですね。
Quillさんのされた安楽死が支持され、キボキアン医師の自殺ほう助が
受け入れられにくいという違いはそれまでの医師と患者の十分な人間関係
であると思います。
日野原先生が時々取り上げられる
二ーバーという神学者の
「神よ、変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気を与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受け入れるだけの平静さ(セレニティ)を与えたまえ。
そして、
変えることのできるものと、変えることのできないものを見分ける知恵を
与えたまえ。」
という祈りが浮かびました。
たぶんそのように祈りながら、今自分達にわかっていることを正直に
伝えて、患者と一緒に判断していく、決して見捨てない、でも苦痛を
与えるだけの勝算のない戦はやらないということが医師がはたすべき
ことではないでしょうか。

三瀬村国民健康保険診療所 白浜雅司



山田さん(精神科医)のご意見


白浜先生のご熱心な教育実践に本当に頭が下がります。

さて、ご呈示のケースですが、
もともと痛みのコントロールやADLなどが「小康状態」にあった方が、
肺炎のために急速に全身状態の悪化している場合、事前にあった
とされる指示よりも、緊急事態として挿管などの治療が優先する
ことはやむを得ないものと考えます。

理由は、肺炎の治療によってもとの状態に戻る可能性があると
医療チームが見込んでいること(そうでなければ話は別です)
その時点の本人の意向が確認出来ず、
代理人(できれば後見人)に該当すると思われる娘さんが治療
を希望していること
それまで比較的保たれていたQOLが、発熱や呼吸困難などに
よってかなり悪くなっていることが予想されていること、などです。

一度挿管した後効果がなかった時に治療中止できるかどうか
この判断をいつ行うかどうかも含めて難しい問題だと思います。
その段階の医学的状態、本人の意志決定能力の残存の程度、
その時点の本人のQOL、娘さんなど家族の意向などの様々な要素
によって判断が必要になると思いますが、問題はこれらは治療前に
予測出来る状況が限られている、というより状況によって変化する
ものが多いと思います。

ただ、少なくとも「抜管できないかもしれないから」という理由で挿管
しないということは、最初から医療チームが治療しても変わらない
(くらい容態が悪い)と見立てているか、家族もそれを望んでいない
限り、正当化されにくいように思います。

個人的な経験ですが、脊椎転移で再発した乳癌の方で、
5年以上お元気に過ごされている例もあるようです。
ひとくちに転移性の乳癌といっても、その予後にはかなり
バリエーションがあるように感じています。

山田健志



瀬田さん(内科医)のご意見


白浜 雅司先生
 お久しぶりです。九州は今日にも梅雨入りでしょうか。和歌山も近日中に入りそ
うです。
 症例を拝見いたしました。わが病棟でも良く似た症例が先日ございました。HCCタ
ーミナルで外来フォロー中の患者が自宅で急変し、当院救急外来へ救急車で搬送さ
れました。救急部には当科のカルテがすでにあり、誰が見ても分かるところに赤字
でDNRと記載されていました。救急部の医師がカルテを見られたかどうか分かりませ
んが挿管したあと、我々へ連絡して来ました。抜管できない!! そのままサーボ
に載せられて病棟へ。家族と話ししたあと抜管しました。その24時間後には安ら
かに永眠されました。抜管できない挿管はすべきでない!、これがわが信念ですし
、ターミナルを診るものにとって必要なスタンスだと考えています。例え挿管する
理由がどんな理由であっても。
 先生から送られた症例についてそういう観点からもう一度見させて頂きました。
「母親の希望はできるだけ尊重したいが、症状を改善させる可能性がある治療なら
ばぜひ受けて欲しい」とありますが、主治医は起こることが予想される事態につい
て、もう少し時間の有る頃から小分けにしてでも話しをしておく必要があったので
はないでしょうか。抗癌剤を末期患者に使うのですから、感染症の発症も予想でき
たのではないでしょうか。患者ならびに家族との間で意思確認は、物事が起こって
から進めるのではなく、起こりそうなことを事前に予想して少しずつでも話しすべ
きと考えます。この症例では感染症コントロールは可能かも知れませんが、抜管の
可能性を考えると患者を苦しめないためにも挿管を控えるべきでないかと思いまし
た。家族に対しては「おかあさんに挿管を行うことは、我々にしたら簡単です。け
どおかあさんを苦しめるだけで、おかあさん、しんどいで」と言うかも知れないで
す。簡単なお返事で申し訳ございません。ホームページはまだ見させて頂いていな
いのですが。

日本赤十字社和歌山医療センター消化器科 医師

瀬田 剛史



長谷川さん(神経内科医)との意見交換


6月4日の問題提起、ありがとうございます。
実は、このようなことはわれわれの分野ではしばしば起こっています。
筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者で、最終的に人工呼吸器管理は行わない、というコ
ンセンサスが得られているにもかかわらず、原疾患の進行度から考えたよりも早く、
肺炎などを起こして来院することがあります。一度抜管可能な病態だと考えれば、
家族・本人にも伝え、挿管し呼吸管理を行います。この辺の判断は、臨床医のセンス
でしょうか。万が一、予想に反してその状態が慢性化してしまった場合は、敢えて抜
管はせず、消極的に管理する、ということが行われています。このあたりが現実だと
思いますが・・・。

長谷川 修



長谷川先生

貴重な御意見ありがとうございました。
確かに臨床医のセンスって大事ですよね。ただ実際には予想に反する
こともある。

日野原重明先生が時々取り上げられる
二ーバーという神学者の
「神よ、変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気を与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受け入れるだけの平静さ(セレニティ)を与えたまえ。
そして、
変えることのできるものと、変えることのできないものを見分ける知恵を
与えたまえ。」
という祈りが浮かびました。

たぶんそのように祈りながら、今自分達にわかっていることを正直に
伝えて、患者と一緒に判断していく、決して見捨てない、でも苦痛を
与えるだけの勝算のない戦はやらないということが医師がはたすべき
ことではないでしょうか。

三瀬村国民健康保険診療所
白浜雅司



白浜先生

そう、決して見捨てないということが大切なのでしょう。物理的に改善させることがで
きない場合でも、せめて心の拠り所にはなりたいですね。しかしとる行動には、自ずと常識
の枠がある。この世間常識の枠は、徐々には変えられるけど一気には変えられない。安楽死
の問題もこれと同じだと思います。

長谷川 修



池田さん(神経内科医)のコメント


白浜先生,お手紙ありがとうございました.ALSの患者さんで,人工呼吸器を装着し
てから,はずしてもらいたいとの要望は経験したことがありません.というのは,
ALSの患者さんと,末期に近くなって様々な苦しみが次々と襲ってくる担癌の患者さ
んとは,大分状況が違っているからです.

つまり,

1.ALSの苦しみは,”動けない””思ったように意志が伝えられない”といったこ
とが中心で,癌の疼痛のように,苦痛がどんどん増していくものではないので,癌末
期の苦痛と比べて,比較的受容しやすく,死を望むほどではない.(むしろ,人工呼
吸器のトラブルによる死の恐怖を皆さん訴えらるという経験から推測した,あくまで
私の想像ですが)

2.人工呼吸器のトラブルや肺炎で命を奪われない限り,十年を越えて生存すること
も決して珍しくない.

といったところではないでしょうか.確かにALSは不治の病ですが,不治すなわち死
の病ではなく,その間,家族との絆があり,マンパワーがあれば旅行さえ可能であ
り,生きる喜びを感じる機会があります.

とはいえ,動けない苦痛,介護者の肉体的,経済的負担は膨大なものであり,そうま
でして生きたくないと,人工呼吸器をつけてから,死なせてくれという希望があって
もおかしくありません.しかし,私が現実にそういう希望に出会ったことがないとい
うのは,患者も医者も,怖くて言い出せないのかもしれません.

つまり,癌の末期なら,”あと,一ヶ月ばかり,苦痛にさいなまれながらベッドに寝
たきりの生活を送るぐらいなら・・・”という理屈になるのですが,一方で,意識が
はっきりしていて,あと10年の人生があって,子供が結婚して,孫の顔も見られる
可能性も十分ある人の息の根を自分の手で止めるなんて,そんなこと,できません.

しかし,ここで,”できません”と,言い切れるのも,国民皆保険の国だからこそ言
える贅沢で,保険のない国だったら,ALSの人工呼吸器なんて選択は,最初からあり
えないわけです.

あるいは日本に自由診療制度が導入されて,ALSの人工呼吸器が自由診療になれば,
金の切れ目が命の切れ目になるわけです.

このあたりが,”人工呼吸器の装着では,社会的な側面のサポートが難しいという現
実”につながってくるのだと思います.

まとまりがなくてすみませんが,こう考えてみると,倫理の問題は,お金と密接に結
びついていますね.

池田正行

(追伸)
まとめるのがむずかしくて,前のメールも,今度のメールも思いついたままを書きま
した.

私がもし,ALSになったら,人工呼吸器はやめてくれと言うでしょう.自分がどうこ
うより,残された家族の負担が大きすぎます.経済的負担もさることながら,労力負
担が大きすぎます.実質的には,在宅で,誰か一人,必ず家にいなければならないの
です.もしも人工呼吸器のトラブルが起こったらと考えると,30分の買い物にも出
かけられません.

そんな生活を10年以上も強いるかもしれないのです.寝たきり高齢者の介護と違っ
て,民間のヘルパーは人工呼吸器の管理まで責任は持てないとして介護を拒否するで
しょう.だから,可能性のあるのは配偶者と子供だけですね.”この人さえいなけれ
ば,働きにも出かけられるし,旅行にも行けるのに”なんて恨まれながら生きること
には耐えられません.

では,まだ元気なALSの患者さんを前にして,将来の人工呼吸器の可能性について,
私が医者として,現場で,上に述べたような自分の心情を,どこまで情報開示できる
か,自信がありません.私個人の見解を押しつけることにもなりかねません.全て率
直に言えば,あんた,家族に負担をかけないために,死になさいっていうことになり
ます.

腎臓を売れとか,自殺して生命保険金で借金を返せとせまる,どこぞの金融業者とど
こが違うのでしょうか.その金融業者だって,”家族のために”と言うでしょう.



新潟の池田です.最近,NEJMにALSの総説が載りました.その中で先日の話題に参考
になるような部分を抜き出しました.

L. P. Rowland and N. A. Shneider: Amyotrophic Lateral Sclerosis. N Engl J
Med 2001 344(22):1688

Mechanical Ventilatory Support
The central problem of treatment is the decision ultimately faced by all
patients: whether to elect to undergo a tracheostomy for long-term
mechanical ventilation. That choice can be postponed by the use of
noninvasive positive-pressure ventilation, which relieves symptoms and
prolongs life. Few patients actually agree to the use of mechanical
ventilation, because it invokes the prospect of years of total immobility
and limited communication and places a heavy burden on their families.

End-of-Life Issues
In media stories about assisted suicide, patients with ALS figure
prominently. In 1999, the death by euthanasia of a man with ALS was
broadcast on national television. Suicide can be viewed as a rational
solution by patients who know the toll that ALS takes physically,
emotionally, and financially on themselves and their families. The tough
question is when: not too soon, when daily functions are still possible,
and not too late, when the hands can no longer function. If the hands are
paralyzed, someone else must be involved, and the act becomes
euthanasia.145   Few patients with ALS request assisted suicide, and few
opt to receive long-term mechanical ventilation.146,147 In Oregon, assisted
suicide is legal, but few have used that option. In one study,148 only one
patient with ALS expressed interest in committing suicide, although 20
percent of such patients wanted to have a sedative drug available. Among
the few who choose to receive long-term ventilation, even fewer request
that treatment be terminated. These low numbers may be attributed to the
hospice movement, which makes comfort care an alternative to suicide. The
use of oral opiates sometimes does not suffice, and terminal sedation145
then becomes an option; it is legal and ethical to relieve a patient's
suffering even if that effort does not prolong life.

145.Rowland LP. Assisted suicide and alternatives in amyotrophic lateral
sclerosis. N Engl J Med 1998;339:987-989.[Full
        Text]
  146.Albert SM, Murphy PL, Del Bene ML, Rowland LP. Prospective study of
palliative care in ALS: choice, timing, outcomes. J
        Neurol Sci 1999;169:108-113.[Medline]
  147.Albert SM, Murphy PL, Del Bene ML, Rowland LP. A prospective study of
preferences and actual treatment choices in ALS.
        Neurology 1999;53:278-283.[Abstract/Full Text]
  148.Ganzini L, Johnston WS, McFarland BH, Tolle SW, Lee MA. Attitudes of
patients with amyotrophic lateral sclerosis and
        their care givers toward assisted suicide. N Engl J Med
1998;339:967-973.[Abstract/Full Text]



松尾さん(法学研究者)のコメント


白浜先生

 ご無沙汰しております。症例については以下のように考えます。

症例1)DNR(蘇生を行わないと言う指示)と人工呼吸器をつけること

DNRについて
 
 このような状態で、癌治療を継続しているのかが疑問です。おそらく治療後である
ことを前提します。この状態においては、自然の成り行きに反する、肺炎という結果
に対し一時的な挿管もやむを得ないかもしれません。娘さんたちもそのような意向で
すし。癌の進行により、肺炎の回復も見込めない場合には挿管もすべきではないので
はないかと思います。当座の状態で短期的に助かる見込みがあるのかないのかによっ
て、挿管するべきかどうかの判断がなされるべきではないでしょうか。

回復の見込みに反した場合に、一度挿管してしまうと抜管が困難になるのではないか
との懸念に関しては、

 おそらく、抜管することは困難かもしれません。しかし、回復する可能性をみすみ
す逃すよりも、この場合は大事をとっておく方が重要なのではないでしょうか。いつ
抜管するかは、その後の状況で娘さんたちの意向ともあわせて判断するしかないので
はないでしょうか。

では宜しくお願いいたします。

松尾智子(九州大学法学部)



家永さん(法学研究者)のコメント


 白浜先生

 提示症例にご返事を試みます。
 
>症例1)DNR(蘇生を行わないと言う指示)と人工呼吸器をつけること
> Aさんは、58歳女性。多発性の骨転移のある乳癌の患者。定期的な入院による抗癌剤
>の投与と、モルヒネなどによるペインコントロールで小康状態をえていた。本人には、
>乳癌で、根治的治療はできないことが伝えられ、本人の希望で、心肺蘇生は行わないと
>いう指示(DNR=Do Not Resucitate)が出されていた。

 本症例の一番の問題点は、この患者さんの「本人の希望」というのが、医師からの
どのような説明に対して示された希望なのかということです。おそらく原疾患である乳
癌が予想通りの転帰を辿って人工呼吸器が必要になった場合には、死期を先延ばしにす
るだけの延命治療としての蘇生はしないで欲しいという意思表示ではないかと思います。

> ところが、抗癌剤の副作用による白血球減少によるものか、急激に進行する肺炎双球
>菌による肺炎が出現、血液ガスの状態も突然悪化したため、医療チームの中で、人工呼
>吸器を使いつつ、抗生物質の治療を行うべきではないかという意見が出た。急激に低酸
>素状態になり、現在は患者本人の意思の確認がきちんとできない状態。家族は夫は2年
>前に肺がんで亡くなっている。子供は20代の娘が2人いて、母親の希望はできるだけ尊
>重したいが、症状を改善させる可能性がある治療ならばぜひ受けて欲しいと思ってい
>る。さて主治医はどうするべきか?

 今回の患者さんの状態の急変が、患者さんに説明した乳癌の予想される転帰の範囲
内にあるのであれば、患者さんの「蘇生しない」という事前の希望を尊重すべきだと思
います。ただし、言葉は悪いですが「死人に口なし」ですから、患者の家族の方たち
に(非蘇生が本人の事前の希望であることを)十分納得していただくことが必要です。もし
ご家族が納得しなかった場合、それでも非蘇生という本人の意思を優先させて人工呼吸
器を装着せず、死ぬに任せるということは、いまの日本では危険な選択ではないでしょ
うか。
 しかし、今回の急変がかつて患者さんに説明した乳癌の予想される転帰から外れて
いる(予想外の事態である)場合だとしたら、患者本人の希望は事前に何も表明されてい
ない事例、そして患者は意識不明で本人の意思を確認することができない事例というこ
とになります。そこで、患者さんの家族の希望にそって、症状を改善させる可能性が高
いと医師が判断したなら、人工呼吸器を装着して抗生物質投与を試みるべきでしょう。

>症例はこれだけですが、検討したいことは、DNRについてと、一度挿管した後効果がな
>かった時に抜管できるかという結構重たい問題を提起しています。

 事後の抜管は厄介な問題です。あとでこの厄介な問題に巻き込まれたくないからと
いうので、医師が自分の身の安全のために、救命の可能性がない訳ではないと思いつつ
非蘇生決定をしてしまうということはないのでしょうか。1分でも1秒でも患者の生命を
引き延ばすことが医師の使命だなどといって無益な延命治療に奔走する医師も困ります
が、あとで抜管という難題に直面したくないからというので非蘇生決定をしてしまう医師
も困ります。救命(QOLを保った延命)の可能性があるならばとにかく人工呼吸器を装着
し、しかし残念ながらQOLを保った延命が不可能と判断される状態に立ち至った場合には
、抜管が許されるというのが望ましいのではないでしょうか。
 本件の症例の場合、患者の娘さんの希望にそって人工呼吸器を装着して抗生物質に
よる治療を開始することを決定する際に、予想される治療効果があがらなかった場合に
は、当初の患者(お母さん)の希望を尊重して人工呼吸器を外すことがある旨を十分に説明
して納得しておいてもらうことが必要と考えます。
 以上、医学的なことは良く分かりませんが、一法律家の意見を述べました。
          
家永 登(専修大学)



横井さん(内科開業医)のコメント


白浜先生:
横井です。おひさしぶりです。
実際に僕自身も悩んだ問題ですが、未だに答えが出せないでいますね。
ひとまずお送りします。

=======以下本文=============
感染を合併するまでは比較的「元気」であったとして考えれば、今回のエピソードは
担癌患者であってもなくても「一時的」な「急性疾患」として考えるべきであろうと
思う。もともと慢性呼吸器疾患も無さそうなので人工呼吸器を装着したとしても、
ARDSあるいは感染が長期化して基質化肺炎等に陥るようなことがなければ、離脱でき
る可能性が比較的大きいと考えたい。

白浜先生が示された「DNRかどうかの判断」について僕も同意見である。ただし、こ
の方には本人の同意のもとに抗癌剤が投与されており、このようにきちんと本人に病
状が伝えられているということは当然抗癌剤投与に伴う副作用をその予後等について
も十分説明を受け納得されているはずである。
とすれば、抗癌剤投与に伴って感染症を合併するであろうことも御存知であろうし、
そうなった場合には「あきらめよう、それも運命として受け入れよう」という思いも
あって当然である。とすれば本人の「心配蘇生は行わないでほしい」という意思表示
にはひょっとしたら、「不測の事態、急変時以外であっても積極的にLife supportを
行わないと命を失う、今回のような事態の場合でも広い意味のDNRに含まれる」とい
うニュアンスも含まれていたのかも知れない。
主治医と本人の間の
「急変時に心臓マッサージや人工呼吸などの処置についてはどう思われますか」
「それは必要無いです」
程度の会話でDNR指示が決定されていた場合には、特に実際の医学的な知識経験の乏
しい本人にとっては上記のようなニュアンスが言外に含まれていたと考えるのも不思
議ではないように思う。
「ひょっとしたら本人は今の状況下で人工呼吸下に抗生剤投与することは本当は望ん
でいないのかも知れない・・・・。」とも思う。
しかしながら、事前に詳細にいろんな場合を想定して意志確認をしており今回のよう
な状況もすでに考慮されていたとすれば、当然人工呼吸器はつけないという選択がな
されると一般的には考えるが、現在の日本ではそこまで詳細に事前意志を確認すると
いうことはまだまだ無い状況だろうと思う。
今回もそうだったのだろうと考える。今の時点でこの点についてはっきりしていない
以上、本人の希望と実際には異なるかも知れないがやはり医療者としては積極的に治
療することを選びたい。

1)医療者側としては積極的な治療(人工呼吸下に抗生剤投与)を働きかける
2)最終的には娘さん2人の代理決定を尊重する
ポイントはやはり、本人が意識があるうちにいかに明確に具体的に意思表示をしてい
たか、ということだろう。
ただし現時点のお子さんの気持ちを見る限り、おそらく人工呼吸器を装着して治療に
入るような気がする。

さて、状態が改善せず人工呼吸器も外せなくなったとする。
気管内挿管している状態では、とても正確な意志確認はできない。
したがって、その後の方針については本人だけで決定するわけにもいかず、当然二人
のお子さんも一緒に考えて頂くことになるであろう。
本人+娘さん2人でベッドサイドで十分時間を掛けて意思疎通を図ってもらい(家族で
あれば、言葉で話せなくても意志を通じ合わせることは十分可能だろうし・・・少な
くとも医療スタッフよりは本人の意志を把握することができると思う)、やはり非常
に強い抜管の意志があれば希望通りしたほうが良いのかも知れない。しかし、僕自身
は実際にはやったことが無い(できなかった)。肺気腫のCo2ナルコーシスで、いっ
たん抜管したのちの再増悪時に挿管しなかったことがあるくらいである。もっとも、
人工呼吸以外の治療を積極的にやらないこと、例えば抗生剤の継続をやめる、IVHの
輸液を変更しない、輸液量を絞る、昇圧剤を使わない・・・などの「消極的な」やり
方は取ったことはよくある。しかし今になって思うと、「抜管する」ことと上記のよ
うな「消極的」な行為とは、たしかに法律解釈上はまったく異なる次元なのかも知れ
ないが、実際に患者さんを前にしてみるとどこがどう違うのかはっきり説明できな
い。結局同じなのでないかという気もする。

いずれにせよこうなった場合に、娘さんへの心理的負担は相当なものであろう。
したがって
1)まず本人と家族2人が十分コミュニケーションをとった上で「強い意志」がはっ
きり確認できれば抜管も考える。ただし、それ以外の親族親戚が存在する場合には問
題かも知れない。その他の人たちすべてが納得しない限り抜管はできない。
2)もし抜管した場、本人の死後の娘さん2人の心理状況についてきちんとフォロー
するべきである。いくら「正しい決定」であったとしても「ひょっとしたら私達が殺
したのとおなじではなかろうか」という葛藤が必ず生じると思うからである。少なく
とも医療者としては娘さんの決定を「はっきりと強く支持、正当化」することを態度
とことばで示す必要がある。

以上、人工呼吸器がはずせないのかどうかについては僕自身もまだわからない。ただ
し、医師と本人、家族とのコミュニケーションが十分とれている限り、呼吸器を付け
続けたとしてもはずしたとしてもお互い納得できるのではないかと思う。僕自身は今
は「一度つけた人工呼吸器ははずしてもかまわない」という気持ちであるが実際の場
に遭遇すると大いに悩んでしまうだろうと思う。

横井徹



追加させて下さい。最初にお送りしたメール中の
人工呼吸器が外せなくなった場合についての
コメントは本人の意識がある状態=少しのコミュニケーションは
とれる状態である、として書きましたが、
もちろん、挿管したままで意識がない状態になっている
(場合によりやむなく鎮静しているため)場合も考えておかなくては
いけませんね(むしろ挿管したままの場合こうなる可能性の方が
高いのかも)。
その場合には、本人の意志が確認できない以上、娘さん2人の代理決定が
重要になりますね。
この場合には
1)本人が以前、意識がある状態でどういったことを根拠に「DNR」を希望したのか
をできる限り医師の主観を交えずに再度娘さんに説明すること。
2)それを参考に、娘さんには本人になったつもりでいかにすればいいのか、を
考えてもらう。
3)この際に、「あなた方の決定がどのようなものであったとしても間違いではない
こと、
かつ医療スタッフの立場としてもその決定を正当なものとして強く支持する」意志を
はっきり伝えることが重要。
4)もしも他の親族の意志も聞く必要があればそうしてもいいこと(もちろん医療ス
タッフ同席
で)。親族にきちんと娘さんの希望を説明できない時には、代わりに医療スタッフか
らも説明することと伝える。

以上配慮して、できるだけ娘さん2人に負担がかからないようなやり方をとる必要が
あるでしょうね。

以上、あまり違いがないかも知れませんが追加させていただきます。

とはいっても、こちらも最後まで悩みながらの選択になりそうです。

横井 徹 YOKOI, Toru M.D.,FJSIM
横井内科医院



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