2000年度臨床倫理討論


今回は今までと違って、臨床倫理の討論に学生の目から見た問題が提出されましたので、例によって少し脚色して提示します。
症例6) 
病棟実習で末期胆嚢癌ですでに黄疸が進行している64才の女性患者を受け持った5年次医学生。
主治医からこの方は、家族の強い希望で、難治性の胆石症という診断名で通しているので、患者から質問されても、病名については話さないようにと言われていた。
教育担当の教官の指導もあっって、毎日、患者さんのところに顔を出すようにした。学生が、遠くにすんでいる患者さんのお孫さんの年齢と近いためか、患者さんもその学生の訪問を楽しみにしているようで、自分の孫の話や、自分の娘時代の話をされたりして、なかなか話をやめにくいことさえあった。
そのような患者さんとの関係が一週間くらい続いた後、突然患者さんから「私、ガンなんでしょう。なおらないんでしょう。」と言われた。
医学生はびっくりして「私は学生ですから、詳しいことはわかりません。主治医の先生に聞いて下さい。」と答えたが、それからなんか患者さんが急に心を閉ざしていまわれ、病室にいっても、無視されたり、診察を拒否されたりするようになった。

さてこのような場合、医学生はどのように対応したらよいのでしょうか。
指導教官や主治医は、このような学生の質問に対してどのように指導することがいいのでしょうか。



コメント集


京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻 医療倫理学分野
浅井篤さんのコメント
 

症例についてですが、大変難しい問題を含んだケースかと存じます。

1 私は学生さんのとった態度は正しかったと思います。たとえ、正直に話すことが
正しいことでも学生の立場では、その後に起きることに責任が持てる立場にありませ
ん。
 また、患者さんがどのくらい状況を把握していて、どのような意図で質問をしたか
もわかりません。

2 「病室にいっても、無視されたり、診察を拒否されたりするようになった」との
ことですが、このような状況になったら、その学生さんを外すべきでしょう。その方
が双方のためです。基本的に患者さんには学生実習の相手をする義務はないわけです
が、実習の必要性や学生の立場を理解してもらえれば、このような関係のこじれは起
きなかったと思います。このような反応は患者さんの方に問題があるか、事前の学生
実習についての教官側の説明不足にあると思います。学生さんは、たとえ、孫のよう
であっても、孫ではないのですから。患者さんと良い関係を築くことと個人的に親し
くなることは別です。

3 指導教官や主治医は、このような学生の質問に対してどのように指導するかにつ
いてですが、基本的に疾患や診断、予後、治療方針についての質問は、この学生さん
がしたように「主治医に聞いてください」とするべきでしょう。それは悪性疾患の患
者さんに限らないと思います。研修医でも正確に病態や方針を理解していないことが
多いのですから、それらを学生さんに答えさせるのは無理ですし、不正確な情報が伝
えられるという点では患者さんの害にもなります。

4 一方、指導教官や主治医は、患者さんからそのような質問が出たことを非常に重
く見るべきで、改めて患者さんの病状説明についての希望を確認すべきでしょう。そ
して、患者さんが本当に知りたければ、知らせるべきです。



国立犀潟(さいがた)病院 臨床研究部
池田正行さんのコメント

白浜先生,新潟の池田です.学生の頃に戻った新鮮な気持ちで問題提示を拝読しまし
た.若い頃の私と今の私が対話するような討論を書いてみました.

> 生が、遠くにすんでいる患者さんのお孫さんの年齢と近いためか、患者さんもその
> 学生の訪問を楽しみにしているようで、自分の孫の話や、自分の娘時代の話をされ
>たりして 、なかなか話をやめにくいことさえあった。

ここまで,条件に恵まれて良好な関係ができていましたね.

> そのような患者さんとの関係が一週間くらい続いた後、突然患者さんから「私、ガ
> ンなんでしょう。なおらないんでしょう。」と言われた。

だからこそ,患者さんが心の内に秘めていた重要な疑問を投げかけてくれたのです.
あなたは患者さんから見込まれたわけです.主治医よりも評価されたのです.これも
素晴らしいことです.

> 医学生はびっくりして「私は学生ですから、詳しいことはわかりません。主治医の
> 先生に聞いて下さい。」と答えたが、

この時,患者さんはあなたに答えてもらいたかったのです.主治医に聞けるぐらいな
らとっくに聞いているでしょう.深刻な質問ですけど,受け止められない質問ではな
いと思います.少なくとも,この時点で「主治医に聞いてくれ」と,こちらから関係
を断ち切る(少なくとも患者さんはそう受け止める)必要はなかったと思います.

> それからなんか患者さんが急に心を閉ざしていまわれ
> 、病室にいっても、無視されたり、診察を拒否されたりするようになった。

これも自然な反応ですね.この反応の背景には,この人なら相談に乗ってくれると思
ったのに,期待を裏切られたという思い,自分の心の秘密はやはり簡単に明かすべき
ではなかったという後悔といった気持ちがあるでしょう.

さて,では患者さんから,”私、ガンなんでしょう?”という深刻な問いを投げかけ
られた時,どう受け止めればよかったでしょうか.いくつか選択があると思います.
ここでは,”なぜ?”という,誰でも持つ素朴な疑問を患者さんと共有することによ
って,関係を維持し,診療に貢献することができることをお話しましょう.

「私、ガンなんでしょう。なおらないんでしょう。」と言われたら,「なぜガンだと
思うのですか?」と逆に問いかけます.この問いによって,ひとまず関係を断ち切ら
ずに済みます.

この問いかけをきっかけに,患者さんの苦痛や心配が聞き出せるわけです.今まで他
人に話せなかった苦痛を話せるだけでも,その苦痛を和らげることができます.

患者さんの話の中で,明かな誤解があれば,それを正すこともできるでしょう.

患者さんのお話を一通り受けたら,癌といっても,原発臓器,予後,治療法の選択な
ど,千差万別であること,癌という言葉一つで何もかもがおしまいではないことを話
します.

そして,あなたが本当に癌なのか,もし癌とすれば,どの臓器のどんな進行度で,ど
のような治療法の選択があるのか,今度私と一緒に主治医に話を聞いてみませんかと
誘います.(単に主治医に聞いてくれと言うのではなく,あなたの味方だ,あなたを
応援してあげるという立場をはっきりさせる)しかし,そこまで来ても引き下がらな
い人もいます.

「池田さん(学生である私のこと)は教えてくれないんですか」(またもやピンチ!
!)

「私も中途半端にしか知らないのです.全ての真実を知って理解しているわけではあ
りません.疑問に正しく答えて白浜さん(患者さんの仮名)の心配を解消する自信が
ないのです.その中途半端なことをここでずらずら並べても,かえって誤解を生むだ
けかもしれません」

「それでも知っていることだけでも教えて下さい.卵と言ってもお医者さんになる方
なんでしょう」(とここで一層迫られる!!)

「そうです.だから,白浜さんの苦しみを少しでも軽くするのが私の役目です.ただ
,その役目といっても何種類もあるのです.病名,治療法,予後を説明する人,処方
箋を書く人,注射をする人・・・これは免許を取って,更に日々努力して一人前にな
っていくのです.でも免許を取っていなくてもできる役目もある.それは白浜さんの
立場に立って白浜さんの訴えや病気を理解することです.
主治医の先生に本当の所はどうなのか,白浜さんに早くお話いただくよう,伝えるこ
とをお約束します.そして,その説明を私も一緒に聞きましょう.白浜さんは,お孫
さんの話やら,白浜さんが娘さんの時の話をしてくださいました.ということは私を
味方と思ってくださるのですよね.そうです.私はいつでもあなたの味方です.それ
だけは信じて下さい」

以上のやりとりで何とかその場を切り抜けた後,主治医を含めた医療スタッフに以下
の問題提起を行う.

嘘の病名によって患者の苦痛を軽減する手段が制限され,診療に支障をきたしている
.正しい病名と病態を患者にも家族にも理解してもらうことによって,事態を打開し
なければ患者の苦痛は増すばかりだ.このままだと早晩現れる閉塞性黄疸と化膿性胆
管炎で苦しむ本人をただ放置する羽目にもなりかねない.至急家族と医療スタッフを
交えてミーティングを行い,病名告知を含めた説明の手順を検討されたい.



日本赤十字社和歌山医療センタ−
瀬田 剛史さんのコメント

問)
さてこのような場合、医学生はどのように対応したらよいのでしょうか。

 私がこの学生さんと年齢的に最も近いのではないでしょうか。ですから良く気持
ちが分かります。病棟実習のシステムも熟知しているため、この質問がなされた背
景なども想像できます。もし自分が学生なら、この学生さんと同様に分かりません
と答えてたでしょうし、それ以外答えられないのが事実と思います。責任のとれる
立場では有りませんので。「私は学生ですから、詳しいことはわかりません。主治
医の先生に聞いて下さい。」が答えられる最大限ではないでしょうか。
 今なら、「なぜそのように思われるのですか?」と、卑怯と思われるかも知れま
せんが逆に患者に質問します。そうすれば患者の奥底に潜んでいる考えや疑問など
を垣間見る事ができるかも知れませんので。

問)
指導教官や主治医は、このような学生の質問に対してどのように指導することがい
いのでしょうか。

 先ほども述べましたが、一度患者側にイニシアチブをとってもらうのも一つの会
話法ではなかったでしょうか。「私には分かりません」と答えてしまえば、それ以
上の建設的な会話が成立しない気がします。私が指導教官ならば学生にそう答えま
す。今回の症例は仕方ないかも知れませんが今後の症例で同様な事が有れば、「な
ぜそう思われるのか?」と逆にふってみたら良いのではないかと答えるかも知れま
せん。主治医としてこの学生さんに答えるとしたら、「主治医である私のやり方が
誤っていたのかも知れない。患者の心が揺らいでいたままそれに気付かなかった主
治医の責任でも有ります。」というでしょうか。けれども実際にそのような事にぶ
つかった事がないので、少し想像し難いです。



東京医科歯科大学人間科学
中村千賀子さんのコメント

ごぶさたしております。いよいよ梅雨とか、四季の移ろいの中で、生きていること
をつくづく感じますのは、やはり年を重ねてこられたと言うことでしょうかね。

さて、今回のケースについては、おっ、きたか、と思いました。「私、ガンなんで
しょう。なおらないんでしょう。」という言葉にだけ反応するならば、「はい」「
いいえ」で答えるしかないでしょう。
けれども、良く耳にタコができるほど、「人間に目を向けなさい」と言われる場合
、人と話をするときに、その人の発言(紙に書ける言葉)に応答することだけがそ
の人間に目を向けるということではないということが含まれているのです。
人が話をする場合、話し手が聞きたい、知りたい情報を得るための質問を発する場
合もあるでしょう。「どうやって駅まで行けばよいのでしょうか」というようなと
きは、相手が欲している必要な情報を提供すればよいのです。これは、質問文に対
してまっすぐ答を与える必要があります。
けれども、人間は自分についての情報を、言語で表せる言葉でのみ相手に伝えてい
るとは限らないのです。ガンではないかと心配している自分、ガンではあって欲し
くない自分、それに伴う不安や恐怖、孤独感を、「私、ガンなんでしょう。なおら
ないんでしょう。」という言葉や質問を使って、相手に「私と話して欲しい」とい
う希望を伝えているかもしれないのです。

人と人が話すときに存在する事実(出来事)には、私の耳に聞こえてくる、話され
ている言葉からなる文章としての「内容」が一つあります。と同時に、話している
人の中に起こってくる感情(不安、恐怖、喜び、寂しさ、いらつきなど)も実際に
は存在していることを知って、相手に向かうことが大切でしょう。ガンのように不
治の病にかかって自分には将来の希望を持つことが出来なくなっているのかもしれ
ないと絶望しているその「人」に応える(答えるではなく)ことが大切です。

さらに、この一生懸命の学生さんは自分自身が何を感じているのか、はっきりしな
いままに(動転したまま)、「私は学生ですから、詳しいことはわかりません。主
治医の先生に聞いて下さい。」と答えたのでしょう。医療者は、自分自身の中に起
こってくる感情を必要なときには、きちんと把握することが、患者さんに意味のあ
る対応が出来るためには重要なのです。いわゆる人間として成熟することです。言
い換えれば「自分自身を知る」ことです。東京医科歯科大学の人間科学教育課程は
教養部の学生に、人と話す自分自身の中に色々と起こってくることを見つめるよう
になって欲しいとプログラムを組んでいます。

医療者は人間としてもタフでなければなりません。人のつらさを見て、自分もその
悲しみを共有することは大切ですが、動転したまま、何をして良いかわからなくな
ってしまうのは患者にとっても、不幸なことです。「私、ガンなんでしょう。なお
らないんでしょう。」と言われた時、「そのような不安やつらさやいらだちを持っ
ているその人であることを、相手に「ガンのような病気を持ったような気がして不
安なのでしょうね。」と本人の今感じている感情として、学生に伝わっきた(ある
いは学生が理解した)ことを本人に確かめることが大切であると思うのです。

動転して「私は学生ですから、詳しいことはわかりません。主治医の先生に聞いて
下さい。」と答えたのしょうね。その変異は、患者さんにとって「私は知りません
、お役にたてません」「言えないだけですよ」とか、患者はその言葉から学生の中
に怒っている感情を察して、もうこの学生さんに話しても「私のことはわかっても
らえない」と思って患者さんが急に心を閉ざしてしまわれ、病室にいっても、無視
されたり、診察を拒否されたりするようになったのでしょう。

私が皆さんに一度講義をしたいと今日ほど思ったことはありません。機会があった
ら、白浜先生、チャンスを下さいね。

とても良い症例をありがとうございました。



利根町国保診療所  中澤義明さんのコメント

もうご存じの方も多いと思いますが、「真実を伝える」(診断と治療社)が、今回の
ようなケースを学生に指導する場合に実にふさわしいテキストと思われます。これは
「How to Break Bad News」邦訳版であり、著者らがトロント大学で「面談技術」講
座(Interviewing Skills course)の中で「悪い知らせを伝える」講座(Breaking
Bad News course)を実践してきたものから生まれたようです。実にプラクティカル
な内容であり、囲みの47の基本原則はすべてがすぐに臨床の場面で利用できるもので
す。
さて今回のケースをこのテキストに沿った形で考えてみますと、「私、癌なんでしょ
う。治らないんでしょう。」という発言は、今が重要な段階にあると考えなければな
りません。患者が今、何が起こっているのかを知りたいかどうかを明確に把握するこ
とが望まれています。患者が知りたいかどうかを前もって明らかにしていればそれほ
ど困難なことではないのでしょうが、今回の場合はちょっと厄介と思われます。一般
的に学生は、最初、患者が何を知りたいのかを直接尋ねることに戸惑う。この質問を
することで、患者に病気が深刻であることを告げてしまうのではと言う危惧と、患者
から病状について話し合いたくないと言う権利を取り上げはしないかという心配であ
る。これらは、患者の否認の働きを誤解していることから生まれているようである。
悪い知らせを伝える面談において大切なことは、「あなたは何が知りたいですか?」
ではなく、「今の状況についてどの程度知りたいですか?」と尋ねることである。
いくつかの応答例が考えられます。
・「そんなことはありません。きっと良くなりますよ。」
    患者が何を求めているのかがわからなくなってしまう。すぐに息詰まってしまう

・「詳しいことはわかりません。主治医の先生に聞いてください。」
    言い逃れであり、患者も知りたい気持ちと先に延ばしたい気持ちで揺れているの
をはっきりさせるチャンスを逃してしまう。
・「どうして知りたいのか話していただけませんか?」
    開かれた質問により、現時点における患者の主な恐怖や不安を知ることができる

・「癌のことが心配なのですね」
    共感的な応答は、開かれた質問よりは劣るかもしれないが、患者は主要な心配事
を列挙することができるようになる。



佐賀医科大学総合診療部 大西弘高さんのコメント

今回は,医学教育とも関連した話題であり,コメントさせて下さい.

> 問)
> さてこのような場合、医学生はどのように対応したらよいのでしょうか。
> 指導教官や主治医は、このような学生の質問に対してどのように指導することがいいの
> でしょうか。

まず,指導教官がどのように考えてこのような症例を学生に担当
させたのかという点が気にかかります.病名については話さない
ようにといいながら,毎日,患者のところに顔を出すようにと
いう指導をしていたわけですね.当然,病名について尋ねられれば
どうしたらよいかという点についても確認が必要だったという
ふうに思うのです.少なくとも,私が研修医の指導医をしていて,
このような患者を受け持ったら,病名について尋ねられたとき,
カマをかけられたときなどいろんな想定をして対応策を練って
おくようにしますので.

(私は,患者本人が病状について知りたいかどうか尋ね,知りたい
と答えたときは,患者本人に病状を隠すということはありません.
ただ,家族とそのあたりの意見にズレがあれば一時的に上のような
状況を迎えることはありました.)

問いが,「医学生はどのように対応したらよかったのか」という
ことであったとしても,良い答えが見当たりません.「なぜ,
そんなことを突然お訊きになりたいと思われたのでしょうか?」
と逆質問するぐらいしか切り抜ける方法がなさそうです.
「私は学生ですから、詳しいことはわかりません。主治医の先生
に聞いて下さい」の回答も,決してポイントは外してはいない
のですが,この文脈においては正解になりきらないのが悲しい
ことですね.

「今後この医学生はどのように対応したらよいのか」という点に
関してもなかなか難しい面を含んでいるように感じます.研修医が
同じようなことに巻き込まれたとしたら,「主治医は患者から
目を背けてはいけない」と強く言っても良さそうですが,学生に
関しては,この事例がトラウマになってしまいそうであれば,
この患者から外すという決定があっても間違いではないと思います.
また,家族と主治医がこの事件について納得できる結論に至らない
ときには,やはり学生を外すしかないでしょう.

私なら,この学生に対し,「○○くん(学生)がこの患者さんの
主治医だったら,患者さんと話しにくい関係になったとしても,
やっぱり毎日顔を合わせて,患者さんにとって何が必要なのか
必死で考えるしかないと思います.特に○○くんに対して,患者
さんは一時は非常に心を開いていたのだから,急に行かないと
いうようなことがあればそれはそれで患者さんを悲しませる
のかもしれません.だから,そういう試練だと思ってあと○日間の
実習を全うしてもらったらいいとは思うんですが,君はどう
思いますか.ただ,どのように接して良いか分からず非常に
悩んでいるようであれば,悪い評価にはしないからレポート
提出にでも変更して,この患者さんとは顔を合わさないように
してもよいですよ」と問いかけるでしょうね.指導者側の配慮が
足りなかったということを認めたうえで.

患者にとっては,主治医も“嘘つき”,家族も“嘘つき”
というように感じられるでしょう.あくまでも,患者にとって
虚構の病名を作り上げて,主治医と家族で“嘘に対しての合意”
をしているわけですから.そのときに,患者を癒せる人は
この学生しかいないのです.学生は“嘘をつき通せなかった人”
なのですから.

指導教官は,このような非常に難しい状況に対し,学生が患者
との関係を続けるという選択をしたのなら,温かく見守り,
患者の心理状況をフォローすることに努めることになるでしょう.

主治医は,指導教官と共に家族とどのようにこの問題を整理する
のかを全力で考えなければならないでしょう.家族にとっては,
教育という名目の元に,学生のまずい対応の被害に遭ったという
発想をする可能性がありますから.

その際に,まずはこのような難しい心理状況の患者に対して
医学生を関わらせてしまい,告知しないというような取り決めに
おいて問題を生じたことについて,家族にお詫びしなければ
仕方ないでしょうね.

ただ,その際に家族が教育病院という点について理解を示して
下さるのであれば,改めて指導教官か診療責任者を交えた上で,
「患者に対して虚構の病名を作り上げて合意をしていた」という
面に対して問題提起をできれば前進できるでしょう.

「患者本人の心情」を真剣に受け止め直さなければならないし,
その点について学生の取った行動が間違いと言い切れるものでも
ないという点を家族に理解してもらえればベストなのですが.



豊橋市民病院 杉浦勇さんのコメント

医学生に責任はない。主治医は嘘の上に作られた人間関係に信頼関係は成り立たない
ことを知るべきです。また、虚構にco-medical staffを巻き込むべきではありません。

よく根拠のない医療行為をしたときに質問をすると、あるははじめから予防線を張っ
て、「家族が希望したから」という医師がいます。医師としての責務を果たしていな
いと思います。

私もときに無理な要求を受けるときがありますが、「医学的適応のないことはできま
せん。少なくとも、私はしませんので、他の医療機関で相談してみて下さい。」と返
事をします。病名・病態・予後告知に対する家族の希望も含めて。



 横井内科医院 横井 徹さんのコメント 

>問)
>さてこのような場合、医学生はどのように対応したらよいのでしょうか。

この問いを「患者さんが心を閉ざしてしまったあとにどう対応できるのか?)という
こと、とみなして考えました。

こうなった以上、もうこちらから働きかけない限り患者-医師(この場合は医学生)
関係が続いてゆきません。「このあいだは、あなたの気持ちを十分考慮せずにお答
えしてしまって申し訳ありませんでした。ああいった問いにどう答えることができ
るのか、 十分勉強しておらず、びっくりしてしまったのです。あとでゆっくり考え
てみたのですが、あなたの直接的な問いにわからないので先生に聞いて欲しいと
「ただちに」答えてし まったことは患者さんの心を十分考慮する努力をしなかった
証拠である、と反省しております。
ああいった答え方をされれば私でもショックを受けるような気がします(あとから思
えば)。」と謝るというようなことくらいしかできないでしょうね。ただ、そうやっ
てもその患 者さんが学生さんに心を開いてくれない場合にはこの患者さんと付き合
いながらの病棟実習は諦めなくてはなりません。

この問いが「患者さんから「癌なんでしょう、治らないんでしょう」と言われた場面
に戻ることができるならどうするのか?」ということであるなら、現在、「真実を伝
えるにはどうするのか」を解説した本がたくさん出版されていますので、それが参考
になるでしょう。
ただし、一学生には本を読んで勉強するには「重すぎる」課題です。少なくとも担当
患者さんにはじめて紹介される前に読んで(主治医とも相談の上)どうするか考えて
おくべき でしょう。
というよりスタッフ側があらかじめ学生に対してガイダンスすべき次元のものです。

=====ここからが本題です======
それよりも問題だと思うことがあります。実習スタッフ側の姿勢です。病名を伏せな
ければならない患者さんを受け持たせるのは言語道断です。どうしても担当させると
しても、事前に主治医、看護スタッフ、できれば家族等を交え、担当する学生に対し
て病名を伏せて おくべき理由(本来こういった場合には正当な理由はありませんが)、
実際どのように対応すべきかを十分伝える義務がスタッフ側にあると思います。ただ
しこの場合には患者さんと学生さんの間には最後まで溝ができてしまうことを覚悟す
る必要があります。とすればこの学生の場合、ちゃんとした実習ができるわけはあり
ませんね。そもそもこの場合、家族は学生を担当にすることを事前に知らされていた
のでしょうか(知っていれば拒否されたでしょうから)?。

ただしこうなってしまった以上、この学生さんは「患者さんに病名を告げない場合に
生じる患者側、治療者側の弊害」について実習期間中に良く考え、実習後思いきって
問題提起を行うレポートを仕上げることが現時点での最良の方法でしょうね。逆に考
えれば、まだまだ病名を告げられない癌患者が多く存在し、家族と主治医によって本
人不在のまま進行する日本の癌診療の問題点、矛盾点を当事者の一人になって経験で
きた貴重な実習にすることができるのかも知れません。この患者さんには申し訳ない
のですが・・・。ただ確実に言えることは、この学生さんにとっていい意味でも悪い
意味でもあとあと心に残る患者さんになる、ということです。これを糧に?患者さん
の身になって考えることはどういうことなのか、自分なりに整理するきっかけを作っ
てくれればと思います。
ぜひこの学生さんの友達や白浜先生のような先生方の応援を得て落ち込まないように
してあげてください。この学生さんに対しては、あまり思いつめないよう、エールを
?送ります。

>指導教官や主治医は、このような学生の質問に対してどのように指導することがい
>いのでしょうか。

上記で一部かきましたので省略しますが、まず指導教官の姿勢が問題視されるべきで
す。この患者さんとの間でなにか問題が生じてもこの学生の責任ではありません。こ
れを機会に真実を伝えない不利益についてスタッフ間で十分検討し、嘘をつかないよ
うな診療に方向転換するよう努力すべきです。さらに、学生実習においてこういった
問題が生じたことを具体的に家族にフィードバックし、できれば家族に「真実を告げ
る」ことを納得してもらうべ きでしょう。
まだ決して遅くはないと思うのです。

と、偉そうなことを書きましたが、このようなすべてのケースに間違いなく対応でき
る自信は正直いって僕にもありません。もっとも、初診から自分の患者さんであるな
らできると思うのですが。



佐賀県精神保健センター 藤林武史さんのコメント

> 学生が、遠くにすんでいる患者さんのお孫さんの年齢と近いためか、患者さんもそ

> 学生の訪問を楽しみにしているようで、自分の孫の話や、自分の娘時代の話をされ
たり
> して 、なかなか話をやめにくいことさえあった。

 たぶん、とっても、学生さんに親しみを感じていらっしゃったのでしょうね。
 「学生」以上の感覚でしょうか。

> そのような患者さんとの関係が一週間くらい続いた後、突然患者さんから「私、ガ
> ンなんでしょう。なおらないんでしょう。」と言われた。

 ですから、
 本人にとって、誰にも話したことのないような、だいじな話題を学生に
 向けることができたのでしょう。

> 医学生はびっくりして「私は学生ですから、詳しいことはわかりません。主治医の
> 先生に聞いて下さい。」と答えたが、

 ここで、急に、「学生」に戻った返事をされると、
 患者さんにとっては、意外な返答と映ったかもしれませんね。
 「学生」としては、そう答えますからね。

> それからなんか患者さんが急に心を閉ざしていま
> われ、病室にいっても、無視されたり、診察を拒否されたりするようになった。

 「学生」以上の存在と思っていたのに、
 そうでないという結果(現実)を思い知らされると、
 患者さんにとっては、そのあとの関係を立て直しにくいかなぁ。
 学生さんから、このあとの関係を修復するのも難しいですね。

> 問)
> さてこのような場合、医学生はどのように対応したらよいのでしょうか。

 患者さんからの質問に、どのように対応するか、ということを一般的に考えると

 ・質問に率直に答える。または、答えられないときは、その答えられない理由を
  正確に、伝える(あいまいに答えて不安を与えない)。

 と、

 ・その質問をせざるをえなかった、患者さんの心理・社会的な状況に対して、応え
る。

 のふたつがあると思うのです。

 さて、この場合、前者の答えはされたのですが、
 この患者さんが、自分の病名というだいじなテーマを、学生に話した、
 という事態に、どう応えるか、つまり、後者が抜けていたのでしょう。
 ただの「学生」であれば、そこまで求められなかったのかもしれませんが、
 「学生」以上に感じられていただけに、期待した応えが戻ってこなかった、
 患者さんの、落胆か何か特殊な感情が、残されたように思われます。

 このような質問を受けた学生が、冷静さを失わずに、
 どのような気持ちで、この患者さんが、自分のような学生に質問してきたのかに、
 考えをめぐらせ、
 「うまく、答えられなくてすみません。病名のことや、先行きのことで、不安を
 お持ちなんですか」
 と、伝えられた感情を受け止め、もう一歩、ふみこんだコミュニケーションに
 持っていけたらよかったですが。

> 指導教官や主治医は、このような学生の質問に対してどのように指導することがい
> いのでしょうか。

 でも、とっさで、このような冷静な反応は、学生にはきわめて難しいでしょうね。
 で、あれば、その後の学生のフォローを指導教官が行い、
 次に患者さんのところに行ったときに、
 患者さんの、言葉になっていない、感情や気持ちを受け止められるように
 助言していただけたらよかったかと思います。

 患者の、心の中にしまっておけなくなった気持ちが表現されたときに、
 その内容があまりに深刻であったり重かったりすると、
 その気持ちの片鱗を聞いた方は、その深刻さや重さのあまり、
 受け入れられない、受け止められない、ということが往々にして起こってきます。
 そして、患者は、その気持ちを二度と話すまいと思ってしまいます。

 表現されたときに、その重さを、共有・共感することは、しんどいことですが、
 患者との(クライアントとの)コミュニケーションの中で、
 避けてとおれないところです。
 学生さんには、このようなコミュニケーションの持ち方を
 学んで欲しいところですね。

 常識的なコメントになってしまいましたが、いかがでしょうか。



佐賀医大精神科 山田健志さんのコメント

あらかじめ、指導教官がこのような質問を想定・指導していないとすると、
「自分は学生なので、主治医に聞いて下さい」以上の対応を学生に求める
のは無理があると思います。

では、あらかじめ想定するとすれば、どのように対応すべきだったのでしょう。

治療スタッフとして学生さんがどのように位置づけられているかによりますが、
もし「自分は癌ではないでしょうか」という質問を患者さんから受けた場合、
「差し支えなければ、今のお気持ちをもう少しお話しいただけますか」
(開かれた質問)や、「だいぶご心配のようですね」(共感的な応答)などの
対応を行うことによって、患者の感情に焦点を当てつつ、さらに対話を進め
やすくなると思います。もちろん、実習の学生さんがどこまで話してよいか、
という問題は残りますが、不安などの感情に応えないで、いきなり会話を
中断してしまうことは避けられるでしょう。その課程で「このことは、とても大切
なお話だと思います。私は学生ですので、主治医と一緒に、あらためてお話を
お伺いしてもよろしいでしょうか」などで面接を一旦終了し、その後すみやかに
指導教官やスタッフに以上のやりとりを報告し、今後の指示を仰いだ方が良い
と考えます。

以上について
ロバート・バックマン著(恒藤暁監訳)『真実を伝える』診断と治療社2000
飯島克己著『外来でのコミュニケーション技法』日本醫亊新報社1995などの
教科書に詳しく書かれています。まずはご参考まで。



松山市大城医院 大城良雄さんのコメント

胆嚢癌末期のケース拝見しました。

>主治医からこの方は、家族の強い希望で、難治性の胆石症という診断名
>で通しているので、患者から質問されても、病名については話さないよう
>にと言われていた。

 学生実習に限らず、研修医と指導医で患者さんを担当していたとき、
よく患者の所にいく研修医に患者さんが質問されて人間関係が難しく
なるケースだともとらえられます。
癌告知が問題とは別に、家族と本人へのムンテラが異なるこのような
ケースで、患者さんからカマをかけられたときの対処方法を身につける
必要があると感じました。

>そのような患者さんとの関係が一週間くらい続いた後、突然患者さん
>から「私、ガンなんでしょう。なおらないんでしょう。」と言われた。
>医学生はびっくりして「私は学生ですから、詳しいことはわかりません。
>主治医の先生に聞いて下さい。」と答えたが、それからなんか患者さん
>が急に心を閉ざしていまわれ、病室にいっても、無視されたり、診察を
>拒否されたりするようになった。

 すぐ学生が、このことを主治医に報告していたかどうかが、ポイントだと
思います。主治医の先生が、すぐ患者さんを安心させるため、学生が返答
に困ったことをリカバリーできれば問題にならなかったでしょう。(学生はそ
うした質問への対処を勉強できる)

 主治医や指導医が、この問題をとうして癌末期の患者さんの病気に対す
る不安を取り除いて、新たな人間関係でterminal careができるとすばらしい
と思います。

 すぐ、リカバリーできていないのなら、指導医は、学生をその患者さんから
はずし、主治医のみで治療にあたるべきでしょう。学生にとっても患者さん
にとってもこのような人間関係で接することは良くないと思います。

 学生は、この体験できっと臨床医になったときに、孫のように話してくれた
患者の姿と話を聞いてくれなくなった人間関係から、患者さんとのあり方を
十分理解できたのではないでしょうか?

 患者が学生を医師の卵として評価していたのか。孫のような人として
接していたのかを振り返れば、以外と答えは簡単かもしれません。

 癌告知の問題が、そう簡単ではないことも実習できたのだと思います。

 ・・ここまで書いてきましたが、私自身総合病院勤務のとき、優秀な
看護学生さんが、癌末期の患者さんとの対応で苦い経験をしたことが
あります。

 また、私が外科医として告知していない癌末期の患者さんを診ていた
とき、日本人はこうしたちょっとした会話の中で、自分の病状を悟る民族
だとも思っています。
 口をきいてくれなくなった患者さんは、学生に対する不満ではなく、
間接的な告知をうけて孤独になって、学生との会話がなくなった可能性
も学生に指導すべきなのでしょう。

 欧米人のように、はっきり%でものを考えたり白黒をはっきりすること
が苦手な日本人だからこそ、この曖昧な関係を乗り越えて、癌告知なし
で一人の患者さんを看取ることも、医師としての仕事の一面でもあると
考えます。

 このケースの感想を書かせていただきました。

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上記の大城さんのコメントへのTFCネット主催者
田坂内科 田坂佳千さんのコメント

大城先生、ありがとうございました。!!!

> また、私が外科医として告知していない癌末期の患者さんを診ていた
>とき、日本人はこうしたちょっとした会話の中で、自分の病状を悟る民族
>だとも思っています。
同感です。!!!!

>主治医や指導医が、この問題をとうして癌末期の患者さんの病気に対す
>る不安を取り除いて、新たな人間関係でterminal careができるとすばらしい
>と思います。
そうですね。!!!

>欧米人のように、はっきり%でものを考えたり白黒をはっきりすること
>が苦手な日本人だからこそ、この曖昧な関係を乗り越えて、癌告知なし
>で一人の患者さんを看取ることも、医師としての仕事の一面でもあると
>考えます。
同感です。!!!!

小生、大城先生のコメントも、有る程度理解できているつもりですが、
少し異なった視点ももっています〜・・。

> 口をきいてくれなくなった患者さんは、学生に対する不満ではなく、
ここまでは、同感ですが、

>間接的な告知をうけて孤独になって、学生との会話がなくなった可能性
>も学生に指導すべきなのでしょう。
これも、有るとは思いますが、それだけでしょうか・・?

>患者さんからカマをかけられたときの対処方法を身につける
>必要があると感じました。
また、この「カマをかけられたとき」の表現は、
患者さんは、「癌であることを強く否定して欲しい」と本心では、
願っている・・・・・。という前提に立って書かれたコメントに感じ
ますが・・・・。そうと決めつけて良いのでしょうか?
短い、症例呈示であるので「この点は、わからない」
とした方が自然と思います・・・・。

自分の病気に付いて、「最後まで嘘を突き通して欲しい人」と、
「そうでない人」がいて、実際には、後者の方が医療者が思って
いるより(あるいは家族が思っているより)多いと思っております。

これを見極める方法は、インタビューでしかないと思いますが、
まさに、
HOW TO BREAK BAD NEWSの手技を使えば、かなり正しく
判断できると思います。
(著者が米国でなくカナダの先生という点が、日本人にも応用できる
一つのポイントになっていると小生は、勝手に理解しています。
カナダは、人種やそれぞれの民族文化を大切にしていると感じ
ました。・・・・喝西先生に教えていただきましたが・・・。=
米国は、全ての人種を溶かしてメルトダウンして融合してしまった・・。
カナダは、無理矢理そうはしていない・・・・。)

いいかえれば、もう一つの解釈として、
学生さんと、患者さんは、有る意味で信頼関係が出来始めていた。
それが、孫子の関係であろうと、その他の関係であろうと・・・。
信頼している人に、思い切って勇気を出して話をしたら、
突然普通の「医学生さん」(お役所仕事に?)に戻って、
バシッと話を機械的に切られた・・・・。
いわゆる、色々な意味で期待を裏切られた・・・・。
と言う可能性は、否定できないと思っています。
(むしろ、多いと・・・・。)

まず、指導医は、こういう可能性を考慮して、ケースを割り当てる
ときに、
>患者から質問されても、病名については話さないように
という説明だけでは、
>>医学生はびっくりして
となってしまうので、
前もってさらに詳細な対処方法を学生に、伝えておくべきだと
わかったケースですね。

即ち、
>「私は学生ですから、詳しいことはわかりません。
>主治医の先生に聞いて下さい。」
と答えるのは、NGと言うことですね。

学生さんにどこまで要求すべきか?
悩ましいところではありますが、
LISTEN,LISTEN,LISTENでのアプローチなら
問題が生ずることは、こういったターミナルのケースでは
極々少ないと思いますが・・・・・。

従って、
>「私、ガンなんでしょう。なおらないんでしょう。」
と言われたら、やはり、オーソドックスに
(1)「どうしてそのように思われるのですか?」
(白々しい質問と思われるかもしれませんが、実はやってみると
そうでもないのです〜。此方は、相づちを入れる程度で、単に
聞いているた、どうしてそのことが知りたいか等の方向に、スムーズ
に流れていきます。=どの程度知りたいか?、がわかる。)
(2)「癌ではないかと、心配されているのですね〜↓」
(3)「私は学生ですから、詳しいことはわかりませんし、免許のない
  私が、ご病状の皆さんに説明をすることは許されておられません。
  ただ、主治医の先生に、ご自分のお気持ちを代わりにお伝えする
  ことは、出来ますが、そういたしましょうか?」
  「それでは、もう少し詳しくお気持ちをお聞かせいただければと思
  いますが。」
  (主治医が、頼れる人?なら、こう返事をしても良いと思います
  が・・・・・。主治医の説明不足に対する不満が、どんどん出てくる
  ことも有りますから〜・・・・。そうなったら、板挟み?!?!?!。)

のパターンで進めたいです。
ただ、この場合、主治医が必要に応じ、
TO TELL THE TRUTH も考慮するといったスタンスにないと・・・・。
困ります・・・・・・。

とにかく、「癌ではないかと心配・・・。」の裏にかくれている気持ちを
出来るだけ聞きたいですね。

間接的〜直接的告知(好きな単語ではありませんが)
により、生じた心配〜不安はなにか??
(痛みや苦痛への心配?、死への不安?、やり残したこと、等)
そこに、焦点を当てた会話になってくるはずです〜・・・・。

在宅で、間接的告知(こういう単語は多分ないと思いますが・・・、
大城先生のメイルでイメージは沸きますよね!!)を受けた方を
引き受ける場合がありますが、直接的告知をスキップして、即、
仮定の話して、
痛みや苦痛への心配?、死への不安?等について、
初回面接で30−45分かけて話をしていますが、
これは、むしろ好評?のようで、皆さん涙を流して喜ばれます。
(「うまくあの世に送ってて挙げる」ことを、御本人に約束して挙げる
事も、我々の勤めのむ1つと、最近つくづく思っています。)

「人は、先が見えないのが、一番の不安!!」であると言うことと、
小生は理解しています。(今までの所、このアプローチで後悔した
ケースは有りませんが・。)

以上、やや過激派?(自分ではそう思っていませんが・・・、)の
コメントでした。皆様からのコメントをお待ちしています。



広島大学第二内科 礒部 威さんのコメント 

内科専門医会のメーリングリストを、いつも楽しみに拝見させていただいている1人
です。私は、大学病院で、呼吸器、肺癌を中心に勉強しているものです。

今回の問題提起についてですが、患者さんの状況が、もう少し詳しく把握できないと
、コメントするのが困難なように考えます。
「末期胆嚢癌ですでに黄疸が進行している64才の女性患者」とありますが、どのよう
な進行状況で、現在の治療はどのような治療が行われているのでしょうか?

「主治医からこの方は、家族の強い希望で、難治性の胆石症という診断名で通してい
るので、患者から質問されても、病名については話さないようにと言われていた。」
とありますが、この患者さんの場合、キーパーソンはどなたなのでしょうか?

「突然患者さんから「私、ガンなんでしょう。なおらないんでしょう。」と言われた
。 「私は学生ですから、詳しいことはわかりません。主治医の先生
に聞いて下さい。」と答えた。 それからなんか患者さんが急に心を閉ざしていまわ
れ、病室にいっても、無視されたり、診察を拒否されたりするようになった。」
これが、本当にあった話であれば、この学生さんは、非常につらい時間をこの患者さ
んと過ごした事と思います。

とりあえず、一般的なことしか言えませんが、返答させていただきます。

> 問)
> さてこのような場合、医学生はどのように対応したらよいのでしょうか。

「患者から質問されても、病名については話さないようにと言われていた。」とあり
ますので、その通りの対応をこの学生さんはしただけですね。学生という立場では、
この状況で他に出来ることは何もないと思います。

> 指導教官や主治医は、このような学生の質問に対してどのように指導することがい
>いのでしょうか。

ただちに、指導医は、主治医、看護婦さん、学生さんも加えて、カンファレンスをす
るべきだと考えます。
私は、このような状況が、発生した場合には、ただちにカンファレンスを開いて、患
者さんから、誰も遠のくことのないようにしようとします。その際、緩和ケア実践マ
ニュアル(医学書院)を中心に解決を図ろうとします。指導医は司会役となり、チー
ムの意見を十分に聞いて、最後に指針をきちんと打ち出すようにします。指針が出た
ところで家族ともう一度話をして、最後に患者さんとお話をするというやり方をします。
当科では、肺癌の患者さんには病状を正確に告げることを原則としてますので(予後
告知はしないこととしています)、指針が出たところで患者さんと家族とお話をする
ことになります。ただし、なかなか上手くいかないことも多いです。ただし、家族も
含めたチームが一丸となることがこのような場合大切だと考えてます。

この患者さんの場合、真の病名が告げられていなかったために、患者さんの希望と家
族の不安の両方に医療チームが関わる必要があるということが最大の問題であること
は、明らかですが、大学病院には、他院で、良性と病名を告げられてから来院される
ことは、多々あることで、このような状況は、発生することがあろうかと思います。

最後に、今回の患者さんのことに関して敢えてコメントすれば、このまま嘘をつきと
おすしかないと考えます。「家族の強い希望で、難治性の胆石症という診断名で通し
ているので、患者から質問されても、病名については話さないようにと言われていた
。」というようなチームが、今、癌と告げて、今後、この患者さんを支えていくこと
は無理だと考えます。今更告知を行い、癌が悪くなっていくのを待つばかりでは、患
者さんがつらすぎると思います。



九州大学法学部大学院
松尾智子さんのコメント

まず、家族の強い希望で告知をしない予定だということでしたが、本人はどのように
考えているのかを検討する必要があると思います。なぜ家族は告知を拒否するのかに
ついても、そのような姿勢でいいのかを吟味する必要もあるのではないか。告知に対
する家族と本人の見解が違う場合、本人の意思を優先する必要があるのではないで
しょうか。医学生に聞いてくる状況を考えても、孫のようにしたっていた人物に対し
てということもあるので、本人は希望しているという状況も想定できます。家族が、
告知後の患者への対応が負担だからというような、自分たちの利益を優先するような
姿勢で告知を拒否するとしたら、それは問題だと考えます。医学生の身分で、このよ
うな状況でどこまでできるのかは難しい気もしますが、患者が心をゆるしてくれた立
場にあることから考えて、患者の本当の気持ちを家族が理解していないことがあれ
ば、その橋渡しをする役割はできるのではないでしょうか。病気について、どんなこ
とが知りたいのか、何を不安に思っているのか、などじっくり話を聞くことはできる
のではないでしょうか。「私は学生で何も言えないから主治医の先生に聞いてくださ
い。」という言葉は、患者にとっては突き放されたような印象を受けるのではにで
しょうか。これを、孫のようにしたっていた学生から言われたら、ショックだと思い
ます。病人という者は、自分の病気と対峙しなければならず、そこから逃げることは
できません。それだけでも、非常に孤独なのだと思います。なぜなら、その病気は患
者本人だけに関わることだからです。唯でさえ、孤独感を感じているところに、医療
者は専門家ということで聞きたいことは多くても親近感が持てないかもしれないし、
一方家族は専門的なことはよく分かっていないために、余り当てにできない。医学生
はその点、半分は専門家であり、半分普通の身近な学生ということで、本心をいいや
すいということもあるのではないでしょうか。

主治医や指導医師の対応の仕方についても、患者本人の心境を把握し、学生に真の病
状を知りたがることがあれば、学生からの情報を元に、患者の不安を緩和するように
努めることが必要なのではないでしょうか。医師と患者の仲介役として、患者が何を
求めているかを把握するように接するように指導するなども考えられます。

簡単ですが、コメントは以上です。



北大の伊藤沙和さんを中心とする学生有志のゼミのコメント
(討論を北大総合診療部の前沢教授が、まとめて送って下さいました)

北大の学生有志のゼミで、伊藤沙和さんが中心になり、
臨床倫理の症例討論会を行いました。
ぼくがなぜか書記役でしたので、記録を送ります。
彼女たちは今、試験勉強中ですので、ご容赦ください。
言葉が不十分ですが、推察してください。                                     

(1)医学的適応
 省略

(2)患者の意向
病名を知りたい。
自分の身の振り方を決めたい。
予後を知りたい。
「私がんなんでしょう。治らないんでしょう」
判断能力はある。
インホームドコンセントはなされていない。
(難治性胆石症は偽りの病名である。
治療拒否なし。
事前の意思表示なし。
代理決定必要なし。

(3)QOL
 病気や死を考えないで過ごせる時間
 孫への愛情
 娘時代の思い出語り

(4)周囲の状況
家族の希望はがんを告知しないでほしい、難治性胆石症としてほしいと考えている。

【議論】
主治医に相談したり、家族に相談しないとうまくいかない。
ウソと分かってしまうのは答え方が悪い。例えば主治医によく説明してもらいましょ
うねと答えればよかった。
言葉の意味が分かるような言葉を使うべき。
これは患者さんの踏み込んだひとりごとと受け止めるべき。
どうしてがんを心配されるのですかと尋ねればよい。
体育系のノリでやった方がよいのでは。
責任はどの程度学生にあるのか、法的には。
人間対人間として付き合うべき。
「がんじゃないですよ」と言ってはいけないのか。
誠意を見せるべき。患者は最後の砦を奪われたのではないか.
この場合すでに質問されたことでアウトなのではないか
こうした場面のマニュアルはないのか。
患者のこころの問題に入れる入場券をもらったと考えるべきではないか。
2人だけの関係修復は困難である。
納得していない気持ちを考える方向性はどうか。
他の状況はどうか。
環境の修復は可能か

伊藤沙和さん
学生は1週間のみ耐えることがひとつのやり方。
もうひとつは実習が終わっても、病棟のチームに入れてもらい、がん告知の問題を学
習を続けることはどうか。

前沢
まず学生に対する教え方が問題。「病名についてたずねられても、絶対に答えてはな
らない」と指導するのでなく、「がんかどうかが、一番心配なのですね」という共感
的受容的態度で患者さんに接するように指導する。
すでにこのように患者学生関係がまずくなってしまった場合には、主治医から患者に
お詫びをする。たとえば「がんのことがすごく心配だったのですね。私の指導が至ら
なくて、つらい思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。がんのことがご心配の
ようですので、少しお話してもよろしいですか。」
もし自分が学生だったら、邪険にされても患者のそばにいて涙を流すことになるで
しょうかね。



筑波大学プライマリケア研究会での討論の報告


ディスカッションシナリオ(三瀬村国民健康保険診療所 白浜雅司先生のHPより)

病棟実習で末期胆嚢癌ですでに黄疸が進行している64才の女性患者を受け持った5年次医学生。

 主治医からこの方は、家族の強い希望で、難治性の胆石症という診断名で通しているので、患者から質問されても、病名については話さないようにと言われていた。
 教育担当の教官の指導もあっって、毎日、患者さんのところに顔を出すようにした。学生が、遠くにすんでいる患者さんのお孫さんの年齢と近いためか、患者さんもその学生の訪問を楽しみにしているようで、自分の孫の話や、自分の娘時代の話をされたりして、なかなか話をやめにくいことさえあった。
 そのような患者さんとの関係が一週間くらい続いた後、突然患者さんから「私、ガンなんでしょう。なおらないんでしょう。」と言われた。医学生はびっくりして「私は学生ですから、詳しいことはわかりません。主治医の先生に聞いて下さい。」と答えたが、それからなんか患者さんが急に心を閉ざしていまわれ、病室にいっても、無視されたり、診察を拒否されたりするようになった。

さてこのような場合、医学生はどのように対応したらよいのでしょうか。
指導教官や主治医は、このような学生の質問に対してどのように指導することがいいのでしょうか。

臨床ケアの本質的な特徴は次の4項目により示されます。
1) 医学的適応
病態評価と、診断・治療について情報を整理する。
Q1:患者の病態は?
Q2:患者の診断は?
Q3:患者に医学的に適応があると思われる治療は?→患者の予後は?

2) 患者の意向
患者自身の価値観や患者が評価する利益、負担に基づく患者の意向を倫理的に整理する。
Q1:患者の目標は何か?
Q2と同義
Q2:患者は何を欲するか?
心の不安を聞いて欲しい
どういう経緯で出た質問なのかは分からないが、先が見えない状況は不安なので、それを聞いて欲しかったのではないか。
医者と患者の関わりではなく、人と人との関係で関わりたかったのではないか(学生には心理的余裕、時間的余裕がある)。
病気の説明をして欲しいのではなく、不安を受け止めて欲しかったのではないか
Q3:患者には十分に情報が伝わっているか?
伝わっていない。(正しい診断名、予後)
対症状的には説明が十分なされているだろうが、本質については説明がされていない。
Q4:患者は理解しているか?
情報がないので理解できない
Q5:患者に判断能力はあるか?
十分ある
Q6:判断能力が患者にない場合、患者の代わりに決定を行う権限があるのは誰か?

3) QOL
Q1:患者は苦痛を感じていないか?
痛み、かゆみ、にぶい痛みなど、身体的な苦痛がある。
心理的不安、苦痛(黄色くなっていること、なかなか良くならないこと、自分の疑いに医療者が取り合ってくれない)
なかなか医療者が話を聞いてくれないことに不満を覚えている。
医療者との間にはあまり良い関係が築けていないのではないか
Q2:患者にとっていきがいはあるだろうか?
入院生活のため、告知されていないため、先が見え難いために、生き甲斐が見い出しにくい
これから自分の時間をどう使うかを考える世代なのに、予後が分からないため、これからの自分を考えることができないのではないか。
孫の成長の見守り/話し相手の学生の存在→自分の価値を見い出すことができるのは、生き甲斐につながるのではないか。
Q3:患者のQOLは総括するとどうなのか?
自分の先の事を考えられない点で低いと思う
Q4:他の人は患者のQOLをどう見ているか?
家族の強い希望により告知をしていない。家族は、これが患者のQOLを保つと思っている。

4) 周囲の状況(社会・経済・法律・行政など患者をめぐる周囲の状況)
Q1:地理的状況
大学病院の病室(何人部屋かは不明)
Q2:家族構成の状況
孫(遠くに住んでいる)がいる。子供夫婦とは別居なのかは不明。いずれにしても、そんなに患者とは近しくないのだろう。でも険悪ではない。(心配はしている)→患者は寂しい
Q3:経済的状況
特記事項なし
Q4:文化・思想的状況
家族は告知拒否
Q5:守秘義務
学生は病名については言う事はできない。



これらを総合して、結局どうしたらいいのだろうか?

QOL班:
告知をする方向で進める。→家族を説得する方向で
不誠実な対応をした事をまずは誤って、関係を修復するべきである。

Q1:突発的な返答をする前にどうしたら良かったか?
患者さんの質問に対して、驚きの気持ちを素直にぶつけても良かったのではないか。「え、どうしてそんなことをおっしゃられるのですか?」「なぜそう思うのですか」
共感を示す。「心配なのですね。」「癌が心配なのですね。」
ベッドサイドに居続けるのには意味がある。
逃避的態度は最悪。
分からない、という態度はしっかり示してもマイナスではない。
主治医にきちんとつなぐ、という保障をつけるといい。「主治医に〜さんが心配していらっしゃる事をお伝えしても宜しいですか?」

Q2:この関係悪化状態をどうすればいいのか?
医学生としてはこれ以上タッチせずに、この件を主治医に伝え、そちらからアプローチしてもらう。
不誠実な対応をした事をまずは誤る。人間なら人間として、心を傷つけたことは誤るべき。
自分の誠意を見せに行く。
学生はあなたの傍にいつもいる、という安心感を与えて行く事が大事。それから、自分も悩んでいる、とか、あの時の発言がすごく気にかかっている、ということを正直に打ち明ける。そして、どうして、その疑問を口にしたのかを、もう一度聞き、受け止めようとする。

Q3:主治医としてどうするか?
患者の所にいき、その気持ちを受け止めたことを伝える。「そんなに心配していらっしゃることを知らなくてごめんなさいね。」それから家族に、告知しないという選択について再考を求める。



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