2000年度臨床倫理討論



症例5)外来で慢性気管支炎でフォローしている70才男性の患者から、最近インフルエンザワクチンについて推進する立場の意見、反対する立場の意見が新聞(反対推進)や雑誌に掲載されていて、先日先生に勧められたインフルエンザワクチンの接種についてどうするか迷っていると言われた。
さてあなたは主治医としてどうするか。自分なりに文献なども調べてどのように対応するか考えてみて下さい。



コメント集(今回は内科専門医のメーリングリストからご返事をいただきました)



国立名古屋病院呼吸器科 坂 英雄さんのコメント

 一般医療の問題ですから,情報を開示して,希ではあるが重篤な合併症もあり得る
ことを理解していただいた上で,患者さんの決定に委ねることになります。私はワク
チン接種を勧める立場をとっています。

http://wonder.cdc.gov/wonder/prevguid/m0052500/m0052500.htm#Table_1

にある,CDCのrecommendation:

Prevention and Control of Influenza: Recommendations of the Advisory
Committee on Immunization Practices (ACIP)
MMWR 47(RR-6);1-26

によれば,

Groups at Increased Risk for Influenza-Related Complications:

*Persons aged greater than or equal to 65 years
*Residents of nursing homes and other chronic-care facilities that house
persons of any age who have chronic medical conditions
*Adults and children who have chronic disorders of the pulmonary or
cardiovascular systems, including children with asthma
*Adults and children who have required regular medical follow-up or
hospitalization during the preceding year because of chronic metabolic
diseases (including diabetes mellitus), renal dysfunction,
hemoglobinopathies, or immunosuppression (including immunosuppression caused
by medications)
*Children and teenagers (aged 6 months-18 years) who are receiving long-term
aspirin therapy and therefore might be at risk for developing Reye syndrome
after influenza
*Women who will be in the second or third trimester of pregnancy during the
influenza season

が勧告の対象であるということですから,当然お勧めすることになります。
 日本と米国の違いに関しては,インフルエンザという病気自身は世界共通の病原ウ
イルスと病態ですから,はっきりとした違いがあるというevidenceがないかぎりは,
このrecommendationsに従えばいいと思います。
 ワクチン禍をことさら強調するあまり,いわゆる先進国の中でinfluenza vaccine
の接種が最も低率になり,高齢者や合併症をかかえる患者さんが不作為によって亡く
なったと推測されるとすると,その責任をマスメディアはどうやって取るというので
しょうか。そんなセンセーショナリスティックな言い方はしないでおくとしても,
100万人に数人のリスクと利得を秤にかければ,社会医学的な結論は任意接種を勧奨
するということになるのではないでしょうか。
 この冬は昨シーズン,一昨シーズンに比べると幸いに大きな流行はありませんでし
たが,厚生省の指導で用意した350万本のワクチンが,早い時期から枯渇して,私の
外来の患者さんで希望した人の半分も接種ができませんでした。価格も実費で私の病
院の場合3500円でしたが,もっと安価に供給できないかと思います。
 また,昨シーズンから保険適応となったシンメトリルと,来年は間に合うであろう
リレンザに関しては,ワクチンの接種の重要性を大きく変える要素にはならないと考
えています。
 ワクチンに対する問題点がなおありと考えるのであれば,ワクチンの改良を進める
と同時に,それこそワクチンの接種の有無でインフルエンザの発症,入院の頻度,死
亡,有害反応,コストで差が出るのかプラシーボとを前向きに比較する臨床試験をす
べきでしょう。しかし,アメリカでさえ行わないこのような比較試験をする基盤も実
力もないと思いますので,私はCDCのrecommendationsをできるだけ実行したいと考え
ております。



東京女子医大膠原病リウマチ痛風センター 赤真秀人さんのコメント

名古屋の坂先生とほぼ、いや多分、完全に?同じ考えです。

1)我々のセンターでも、昨年、ワクチン接種をどうするかを議論しました。
ちなみに RA, SLE などでも効果、有害事象ともに大きな問題はない、との根拠が
ある(らしい、わたしは直接その論文を一つも読んでいないのですが、医局員間での
discussion の際、いくつか出てきました)ことが判明しました。
2)その際、坂先生が引用されている文献が非常に参考になり、使用されました。
relative risk, Odds ratio, ’いわゆる’有効率などの理解にも繋がります。
3)以下は、付け足しですが、御存じの方は教えて下さい。
evidenceがあるかはわかりませんが、私の印象では、過去、3ー4年前に
インフルエンザに罹患した人は、重症化しにくいのではないかと、思っています。
いくらウイルスが毎年、変異していくとしても、やはり多少は抗体の作用が残ってい
るからと、勝手に思っています。(もっとも、AかBか、香港かソ連かなどで、大きく
かわるのかも知れませんが)。「3年前にインフルエンザから肺炎を起こして入院し
た経験がある」に何か意味があるのかと思ってあえて書きました。



市立枚方市民病院内科(内分泌代謝)磯谷治彦さんのコメント

 糖尿病とインフルエンザワクチンについてですが、少し関連しますのでコメントさ
せていただきます。

 当院は、大阪府枚方(ひらかた)市にあるベッド数434床の自治体病院で、2次救急
を行っています。昨年末から、インフルエンザは流行を認め、年末年始の間に救急外
来から入院になった方も多くありました。当院通院中の1型糖尿病の45歳女性(11歳
発症)も、インフルエンザA感染症を契機に肺炎を起こし、慢性腎不全の急性増悪か
ら心不全を来たしました。当直医からの連絡で駆けつけ、1月1日に人工呼吸器を装着
し、第11病日に離脱できましたが、その間も私の糖尿病外来の患者様がインフルエン
ザで何人か入院されました。この1型糖尿病の患者様は、毎年感冒に罹患しています
が、重症化は起こしていないため、ワクチンの接種を勧める機会が遅れ、11月の時点
で勧めた時には既に供給できませんでした。当院は、ワクチン接種は行っていません。
以下に述べます米国糖尿病学会(ADA)のrecommendationをふまえ、Internal
MedicineのLetter to the editor(7月号掲載予定)に若干の当院のevidenceとコメ
ントを投稿しましたので、先になりますが御参照ください。
 2000年問題から続けて、今年の正月は病院で過ごさせてもらったおかげで、糖尿病
とインフルエンザについて見直す機会を得ました。タイミングよく、Diabetes Care
の2000年1月号に、糖尿病患者へのインフルエンザと肺炎球菌のワクチン接種につい
てのTechnical Review(1)とPosition statement(2)が掲載されていました。ADAは、
その中で次のように述べています。糖尿病患者の易感染性、腎臓と心臓の合併症を持
つ患者で特にインフルエンザからの重症化と予後不良が問題であること、過去に入院
歴のある場合も接種の必要性が高いこと、有効性を証明した大規模な研究は少ないが
対象を限定した形での有効性は確かめられていること、毎年9月から3月にかけてのワ
クチンによる予防の必要性などを述べています。ワクチン接種が、糖尿病患者での、
インフルエンザと肺炎球菌関連死亡を有意に減らすことを強調し、摂取率を上げるた
めの取り組みを、ガイドラインの作成を含め政府が行う必要性を述べています。また
糖尿病患者の60%に、安価に提供できるよう目標を定めています。ワクチン接種の有
効性の啓蒙と誤った考えを減らす努力、ワクチン接種に関する情報の整備、施行条件
の整備、施設を含めた入院患者の接種など、チ−ムで医療関係者と患者に教育してい
く必要性を強調しています。これらのことは、患者の予後の改善とともに、医療費の
削減に繋がることも視野に入れられていることは言うまでもありません。しかし、米
国においても、これらはrecommendationまたは進行中の段階だと思います。日本糖尿
病学会では、もちろん取り上げられていませんし、きちんとしたevidenceはありませ
んが、実際に厳しい経験をすると強い印象を受けます。
(1)Diabetes Care23:95-108,2000
(2)Diabetes Care23:109-111,2000



4/25学生との討論
学生はこのようなことについて最初あまり関心が内容であったが、資料などを読んで
実際患者に説明する場合の難しさを認識したようであった。
絶対安全、絶対効果があると言うことは言えないが、効果はあり、特にハイリスクの
方にはインフルエンザが死につながる重大な病気であることを認識してもらうことの
必要があり、その手段として現在はワクチンがもっとも意味があるのではというとこ
ろで議論は落ち着いた。



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